12話

 現場監督が馬車馬のような勢いで働き。

 あなたも事態収拾のため精一杯働いた。

 そうしているとデスクワークが長時間に渡る。


 そして、あなたは夜目が爆裂に効く。

 仕事に没頭していると、部屋が真っ暗なことに気付けない。

 あなたは周囲に夜目が爆裂に効くことがバレた。

 その結果、ランプ無しで夜通し仕事をさせられている。


 なぜ夜に寝るかと言えば、灯火に金がかかるから。

 灯火が必要なければ、昼も夜もなく働かされるだろう。

 領主なのに否応なく働かされて嫌になる。


 領主ぞ? 我、領主ぞ?

 そうは言ってみるも、いつも雑に流される。

 毎回キスとか、おっぱい触らせてもらったり、お尻触らせてくれたり……。

 そんなことであなたが黙ると思ったら、大正解だ。

 あなたは相変わらずバカだった。




 連日連夜、散々に働かされて。

 癒しと言えば愛する妻であるイミテルの笑顔くらいだ。

 普通の人間ならば睡眠時間が合わないが……。

 イミテルはエルフなので、睡眠時間が人間の半分で済む。

 おかげで、寝る前には愛を確かめ合うような談笑をして、穏やか気持ちで眠りにつける。


 あなたはそんな調子で1週間ほど仕事漬けの毎日を送っていた。

 今日もまた朝食を共にし、その後あなたは仕事に没頭する。

 のだが、今日は来客があったので仕事は一旦キャンセルだ。


「ひ……いえ、ダイア様。お久しぶりでございます」


「ええ、イミテルも。元気そうで安心いたしました。もちろん、わたくしも元気いっぱいです」


 そう言って嫋やかに笑うエルフの美女。

 力こぶを作るような仕草を見せるのがミスマッチだ。

 トイネ王国女王ダイアそっくりの彼女は、その実ダイア本人である。

 今のダイア女王こそが偽物なのだ。

 女王の正体は廃嫡された王太子クローナ。

 なんやかんやあって、ダイナミック禅譲が為されてそうなった。


「イミテルが懐妊したと風の噂で聞いて来たのですが、もうそこまでお腹が大きくなったのですね」


「はい。母子ともに順調でございます」


 なかなかお腹の目立たなかったイミテルだが、最近少し目立つようになってきた。

 イミテルは細身だが割と筋肉質だったので目立たなかったのだ。


「ふふ。イミテル、あなた、以前よりも柔らかく笑うようになったのですね」


「そう……でしょうか?」


「ええ、とても。母親になるのですね。イミテル。まさにそんな笑い方でした」


「あまり自分では自覚がなかったのですが……」


 ぺたぺたとイミテルが自分の顔に触れている。

 もちろんそんなことをしても表情が分かるわけでもないのだが。


「ところで、ダイア様はここしばらくはどのような?」


「ええ、私はいま、冒険者をしております。今のところ、迷宮に挑むための実績作りが主ですが」


「木っ端冒険者が挑んで死なれても困りますから規制は妥当ですが……実力ある者としては面倒な規則と思えますね」


 たしかに。

 あなたの時もそうだったが。

 そこらへんは杓子定規だ。

 実際の実力はどうあれ実績が必須。


 まぁ、職員の判断で特例措置とかが出来てもよくはないが……。

 どこのだれがそれを正当と評価するのかとか。

 その判断を潜り抜けるためのインチキが横行したらどうするんだとか。

 その判断が間違いで、全員あっと言う間に全滅したら誰が責任を取るのかとか。


 そう言ったような問題があるので、杓子定規な方が楽だろう。

 実力ある者としては面倒だが、実力があるなら実績もすぐ作れるわけだし。

 まぁ、あなたはその面倒を嫌って貴族家の推薦と言う裏技を使ったのだが。

 責任を取るやつが決まれば、横紙破りも許してくれる。そう言うことだ。


「あなたもそうだったのか。私は参加しただけだったから知らなかったな」


「貴族家の推薦ですか。それがあれば問題ないのですか?」


 たぶん。あなたはそう答えた。

 実際、あなたの探索許可はどのラインで出たのか分からない。

 ザーラン伯爵家の推薦のお蔭だったのか。

 腕利きの実績があるフィリアがリーダーだからいけたのか。

 そのどちらの比重が大きいのかは分からない。


「なるほど……」


 ダイアが少し難しそうな顔をしたが、すぐに表情を緩めた。

 結論が出たのではなく、考えるのが面倒になって思考を放棄したのだと見た。


「ダイア様、推薦状をご所望で?」


「ええ。もちろん可能であればですが……私の実力が推薦に足らぬというのであれば、むしろ断ってくださいな」


 推薦状を書くこと自体には問題はない。

 ダイアの実力は非常に高く、そんじょそこらの冒険者を薙ぎ倒せるだろう。

 少なくとも現時点で、ソーラス初挑戦時のEBTGメンバーよりも強い。


 どこの迷宮に挑むかにもよるが。

 ソーラスに挑んで、強引に4層まで突っ切ったりしなければ十分通用する。

 そう言う点を考慮すると、推薦状を書くのに問題はない。


「では?」


 しかし、推薦状を書いてあなたにはなにか得があるだろうか?

 書いてやりたい気持ちはやまやまではあるのだが……。

 アノール子爵としては気軽に領地の名を使うことはできない。


 いずれはあなたの子が受け継ぐ領地だ。

 出来る限りは良い状態で遺したいものだ。

 そう言うことを思うと、推薦状の安売りはしてはいけない。


「そうですね、あなたが推薦するに足るだけの実績か、それに値するだけの対価を私は示さねばならない……当然のことですね」


 冒険者としての損得計算も身についたのか、ダイアがそのように頷く。


 まぁ、実際のところ、ダイアに推薦状を書くメリットはまずない。

 というより、アノール子爵領に推薦状を書くメリットがないというか。


 そもそも、冒険者に推薦状を書く理由がなにかと言う話だ。

 結果を出せるだけの実力があるので推薦する。

 推薦状と言うのはそう言う仕組みの代物だ。

 貴族の名に懸けてその実力を保証するのだ。

 それはなかなかに重い宣言でもある。


 要するに、冒険者に強く目をかけているという表明。

 結果を出す前から支援をしていたほど親密な仲。

 そう言うアピールのために推薦状と言うのは書かれる。

 私兵として動かせる、雇える冒険者がいると宣伝しているのだ。


 さて、アノール子爵領だが。

 トイネ王国に訪れた究極の国難を退けた英雄の領地。

 その英雄は王家とも極めて親密。

 なんなら女王の寵愛も受けている。

 そして、その実力たるやまさに英雄。

 最強の誉れ高き戦士団の支持も受けている。


 ……冒険者の出る幕がない。


 雇える腕利き冒険者なんかいなくたってあなたで事足りる。

 あなたは常にいるわけではないが、冒険者だってそうだ。

 結局、冒険者よりもずっと便利なあなたがいるので冒険者との親密アピールが要らない。


 無論、次代では必要になることだが……。

 次代となると、軽く10数年は後なので、今やっても……。

 エルフならともかく、人間の冒険者の現役期間は短い。

 やはり、老いと言うのは人間を蝕むので。


 そう言った事情を勘案すると。

 コネ作りをするにしても10年後でも遅くない。

 って言うかなんなら10年では早い可能性がある。

 あなたの子がハイランダーの場合は10年後でいいが。

 エルフの場合、代替わりは100年後でもおかしくない。


 そう言うわけで、ダイアに推薦状を書くメリットがないのだ。

 まぁ、あなたとダイアの仲だ。そこらを曲げて書いてもいいが。

 ダイアは生粋のエルフだと言うのも理由としては大きい。

 100年後も現役冒険者でもおかしくないのだ。


 とは言え、ダイアがメリットを提示してくれるならありがたく受け取ろう。

 あなたはこの地の領主だ。領地の利益、その最大化はありがたい限りだ。


「私の実力のほどはご存知でしょうから……迷宮探索の上がりの3割を収めると言うのは?」


 そう言う物納はちょっと。あなたは金に困っていないし。

 上納が常態化して、それをアテに領地経営をし出す領主がのちの時代に現れかねないし。

 不安定な臨時収入をアテにするようになったらおしまいだ。

 そう言う心魂を育てるのも大事だが、そもそも臨時収入自体を無しにすれば万事解決だ。


「なるほど……では、私は本拠をこちらのアノール子爵領に構えますので、有事とあらばお手伝いいたしますと言うのは?」


 本拠を置くということは、そのまんまそう言うことだ。

 もし仮にこの領地で有事とあらば駆けつけてくれる。

 自分の故郷でもあるのだから、それは当然と言えば当然だ。

 本拠を壊されたくない以上、真剣に戦う可能性も高いし。


「それからそうですね。冒険、迷宮探索で得た宝物はあなたを通して売買する……取引に手数をかける迷惑料もお支払いしましょう」


 なるほど、悪くない。

 その手数料がいくらかにもよるが。

 どうにせよ、腕利き冒険者の戦利品。

 それを独占的に取り扱える利益は大きい。


 迷宮の戦利品と言うのは供給が大きいものではない。

 低位の迷宮、あるいは容易な階層ならばべつだが。

 困難な場所、強いモンスターのいる迷宮からの戦利品は供給が少ない。


 そう言う希少品の供給を取り扱えるのは大きい。

 売却による利益は少なくとも、希少品を取り扱っているという手札の利益が大きい。

 物納の亜種とも言えるが、所有権はあくまでダイアにある。

 こね回して利益を得る工夫が必要な以上、ただ口を開けてエサを待つ愚か者にはなるまいし。


「最後に、こちらでは孤児を育てているとか……私でよければ講師など致しますが……」


 それもいいね。あなたは笑顔で頷いた。

 その仕草にダイアも笑顔を浮かべて頷いた。

 あなたが乗り気になったと分かったのだろう。


 実際、書く気になった。

 これだけのメリットを提示されて頷かない方がおかしい。

 イミテルもダイアの願いが聞き入れられてほっとしている。


 同時に、素朴だが交渉ができるようになっている姿に涙など浮かべている。

 文字の読み書きもロクにできない蛮姫が立派になったものだ……。

 ……まぁ、文字の読み書きはまだ出来ないのだろうけども。


「では、いただけるのでしょうか」


 いいだろうとあなたは頷く。

 あなたはネームバリューが大きいので、推薦状の効く範囲は広かろう。

 どこで推薦状のパワーを使うか次第でもあるが……。

 まぁ、少なくとも無意味ではない……はずだ。

 それだけのものを用意する以上、バッチリ頑張ってくれとあなたは笑う。


「はい。必ずやあなたに利益をもたらしてさしあげましょう」


 そう言ってダイアがころころと笑う。かわいい。


 ……実のところ、イイコトさせてくれるとか言い出すと思っていた。

 真面目に、ちゃんと領地の利益を持ち出して交渉されるとは。

 まぁ、交渉と言うほどのものではなかったが、頷いて当然と思える情報は出された。

 そう言う意味で言えば交渉と言うか、コミュニケーションは正しくできていた。


 イイコトさせてくれたら秒で頷いていたろうと、ダメな自信のあるあなただ。

 逆に、ダイアがそう言う交渉をして来てくれてありがたい限りだった。

 以前はまっすぐ行ってぶっ飛ばすしか出来ない野蛮人だったのに……。

 やはり、冒険と言うのは人を劇的に成長させてくれるのだろう。


 その成長の成果を、救児院で子供たちに与えてくれるというのだ。

 強い兵隊を育てたいので、その申し出は本当にありがたかった。


「人に教えるのは自分の糧ともなると、戦士団の方々も仰っていました。私の糧ともなるでしょう」


「そうですね、ダイア様。教えることで、自らも教えられる……人を育てるとは学びの施しでありながら、己の学びでもあると私も感じます」


「そうなのですね。やはり、私にとっても益のあることなのでしょう」


 向上心旺盛で素晴らしい。あなたは頷いた。

 救児院の教育はよりすばらしいものとなる。

 そして、ダイアもまたよりすばらしい戦士となる。


 子供たちに教えを施したことでより成長し。

 その成長の成果を迷宮で確かめることができる。

 あなたが育てているわけでもないが。

 ダイアが冒険者として成長していくのが楽しみだ。


「そう言えば、あなたは最近は冒険などは?」


 ダイアの問いに、新しい迷宮を探索してる最中だと答えた。

 ただ、領地の事故のこともあって探索は中断中である。


「そうだったのですか……貴種の務めとは言え、ままならないものですね」


 まぁ、仲間たちの助力もあって、鉱山復旧の目途も立った。

 現場監督の刑期も確定した。だいぶ重いものになったが……。

 イミテルの出産の暁には恩赦として罪を軽くする予定だ。


 レウナもフィリアも旅先で仕事を無事に果たしてくれたし。

 レウナの連れ帰ってくれた引退した腕利き隧道士。

 現役こそ無理でも、後進の育成では役立ってくれる。

 高い給金を約束して腕利き隧道士を育ててくれる予定だ。


 そしてフィリアは7階梯も使えるという腕利きの司祭を連れ帰って来た。

 7階梯となると死者蘇生も楽々使えるほどの腕利き。

 いざ有事となれば、その類稀な腕前で大活躍してくれることだろう。

 領内で発生した大事には助力してもらえるよう付け届けもしたし。


 レインは……なんか最近ややポンコツ気味だ。

 作った書類にインクをぶちまけてしまったり。

 参照していた資料をどこかに無くして半日かけて探し回ったり。

 疲れているのだろうか。もしくは飲みが足りないとか?

 まぁ、最近は以前の水準に戻って来たので心配いらなさそうだが。


「では、そろそろ冒険に戻れるのですね」


 その通りだ。


「新たな迷宮の発見は冒険者として大いなる誉れです。応援しておりますね」


 あなたもまた笑って、迷宮の踏破もまた誉れであると答えた。

 そして、ダイアがいずれかの迷宮を踏破する日を楽しみにしていると。


「ふふ! ええ、もちろん。いずれ、名誉ある迷宮踏破者となってみせましょう。楽しみにしてくださいな」


「ええ、私もダイア様の英雄譚を聞ける日を楽しみにしております」


「その時には滔々と冒険譚を語り尽くしてあげましょう」


「楽しみにしております」


 元主従の2人はそう言って笑い合った。

 エルフの美女が笑い合う姿にはなかなかよい滋養が染み出す。

 これからも度々見られそうなので楽しみだ……。

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