13話
なんやかんやあって、岩塩鉱山の復旧は完了した。
元より、そう大規模な鉱山ではないので、坑道の規模もそこまでではない。
まぁ、だからと言って一朝一夕で復旧できるほど小さくもないが……。
そんなこんなでようやく復旧は完了。
あなたの仕事もおおよそ終わり、やっと冒険に戻れる。
やれやれとあなたは大きく溜息を吐いた。
入浴によって、溜まりに溜まった疲労が溶けていくようだ。
やはり、入浴はいい……最近はとみに涼しいので余計に。
真夏の入浴の心地よさは正直よく分からないが。
真冬の入浴の心地よさはガチだ。最高に気持ちいい。
少し肌寒いくらいの気候でしかないから気持ちいいのだ。
これがエルグランドの刺すような冷たさだと逆に気持ちよくない。
肌がビリビリして破れるような、そんな感触を招くのだ。
「おつかれのようだな、我が鼓動よ」
あなたの後ろから、イミテルがそんな調子で声をかけて来る。
あなたは疲れたよう……としんなりとした調子でぼやいた。
この1か月、毎日毎日デスクワークの連続だったのだ。
しかも補佐のレインはインクを零すし、資料は無くすし。
挙句、あなたの部屋に火を放つとポンコツを極めていた。
オイルランプを落っことし、予備の油壺も同時に落として部屋を火の海にしたのだ。
まぁ、さっさと魔法で鎮火したが、書類は全部オジャンになった。
なにかの病気に罹ったかとレイン自身が不安に思うほどの有様だった。
「たしかにあなたの言う通り、レインの様子はおかしかったな……フィリアの診察では異常なしとのことだったが……」
実際、うっかりぼんやりしている以外は特に異常はなかった。
単に疲労状態とか、ストレスが溜まっているとか……。
なんかそのあたりが原因だとは思われるのだが。
しっかり休んでも、いくら飲んでも、いくらエロいことしても。
レインの調子が改善されることはなかった。原因も不明だ。
うっかりぼんやりしている時は記憶が曖昧なようだし……。
「まぁ、回復はしたのだ。心配はいらんだろう」
たしかに最近はすっかり回復した。
意識が飛んだり、記憶が曖昧になることも。
あなたがそろそろ領地を離れるぞと言うタイミングでの回復だ。
まったくありがたい限りと言うか……。
「ふふ、まぁ、領地のことは私たちに任せておけ。明日、出立するのだろう?」
あなたは頷いた。
明日、また前哨基地の方に出立する予定だ。
あとはあなたがいなくてもなんとかなる。
その状態まで苦心して持ち込んだのだ。
「そうか、あなたの顔もしばらく見れないのだな……」
そう言いながら、イミテルが抱き着いて来る。
触れ合う素肌の暖かさは、浸かっている湯にも負けないほど柔らかで甘い。
あなたは変な気分になってしまうのでやめてくれぇと呻いた。
妊婦相手に無体はできないのに、その気にさせられては困る。
「やれやれ。今はとりあえず我慢して、後で使用人をつまみ食いするとかそう言う考えはないのか?」
それはちょっと。
イミテルでムラついたらイミテルと。
使用人でムラついたら使用人と。
興奮の出所で発散するべきだろう。
「なんかよく分からん漁色の作法出て来たな……まぁ、あなたがそう言うならやめておくとしよう」
そうして欲しい。
でも、そのうちまたして欲しい。
無体を働ける頃になったら。
「ふふ、またいずれな」
出産を経ると、子供にかかり切りになる者も少なくない。
出産を経験するとそう言う方向に頭が切り替わるらしい。
そのあたりをなんとかかんとかうまくやるのが女たらしと言うもの。
それに、イミテルは使用人や乳母を使うことに躊躇がない。
色々とこう、イチャつくタイミングは普通よりも多そうだ。
出産が今から楽しみだ。こう、色んな意味で。
さて、翌日あなたはアノール子爵領を出立した。
そして、前哨基地の宿舎に転移で現れた。
「開けろ! ナイムカナイ市警だ!」
そして大声で怒鳴りつけられて一瞬意識が遠のいた。
いったいなんだなにごとだとあなたは頭を振った。
「あれ、お母様。突然出て来てどうしたんですか」
現地にクロモリと共に残した『アルバトロス』チーム。
その1人、あなたの娘であるカル=ロスがぽかんとした顔であなたを見ていた。
あなたは頭を振りながら、向こうの仕事が終わったので戻って来たと答えた。
「ほほう、向こうの仕事が。もうそんな時期でしたか」
時期?
「お母様が新迷宮を発見したのは春ごろと聞いてましたので。そろそろ春になるんですね」
なるほど、そう言う。
しかし、カル=ロスは一体宿舎の外でなにをしていたのだろう。
「合言葉を言って、正解した者だけ入れる的なやつやってたんです」
秘密基地に入れるのは合言葉を知る者だけ……。
子供たちの定番の遊びと言えばそうではある。
まあ、その手の遊びをするのは大抵男の子だったが。
「私たちは私たちでないと絶対正解できない合言葉作れますので。割と訓練として重要でもあるんです」
まぁ、異次元から来たのだ。
その異次元にしかない本もあるだろう。
それらの本から引用した合言葉なら。
同じ次元から来た者しか気付けまい。
「そうそう。そう言うアレです。まぁ、私たちはリアルタイムで合言葉決められるというのもありますけどね……さておき、入りましょうか」
言いながら、カル=ロスが扉を叩く。
「やあ! ダニエル! ここを開けてくれないか!」
誰だ、ダニエルって。そんなのいたっけ。
『トラッパーズ』のお客さんだろうか。
『合言葉だ……』
「Anybody home?」
『合言葉だ……』
「すみません!」
『合言葉だ……』
「開けろ! ナイムカナイ市警だ!」
ナイムカナイ。エルグランドに存在する王国、セリマン国の王都だ。
しかし、警察機構なんて洒落たもんは存在しないはずだが……。
カル=ロスが王都に行けるようになる頃にはできるのかもしれない。
『合言葉だ……』
あなたが首を傾げる最中も向こうは頑なに合言葉を求めている。
というか、そう連呼されると言うことは。
カル=ロスが口にしているのは合言葉ではないのでは。
「状況を理解していないのか? 君は破壊されるんだよ。わかるか? 破壊されるんだ!」
『合言葉だ……』
「谷!」
『合言葉だ……』
「かねてリボ払いを恐れたまえ」
『合言葉だ……』
あなたはそろそろカル=ロスがふざけているだけなのではと気付き始めた。
なので、その後頭部を引っ叩いて、真面目にやれと促した。
「しょうがないですね。すみません!」
『合言葉だ……』
「マナの木が芽生えない理由。100億の夜。100億の夢。100億の鏡の欠片」
カル=ロスの言葉に扉が開かれた。
そこにはアキラが立っていた。
どうやら彼女が合言葉を求めて居たらしい。
「おや、クライアント。おかえりなさい」
「お風呂にする? ご飯にする?」
「それとも」
「わ・た・し?」
じゃあ、アキラとカル=ロスを食べさせてもらうとしよう。
「ああ! ジョークで言ったけどマジで受け取る人だった!」
「しまった! ここはレズハウスだ! 私が抱かれているうちに他ハウスに逃げろ! 早く! 早く! 私に構わず逃げろ!」
アキラとカル=ロスが慌て、カル=ロスが足止めを試みる。
まるで2人に襲い掛かっているかのようだ。
帰宅の挨拶をしただけなのに、なんでこうなるのだろうか。
あいかわらず『アルバトロス』チームは呼吸が独特と言うか。
まぁ、これはこれで面白いし、足止めするというならそうさせてもらおう。
「あ、これマジでヤられるやつ。私はマジでズラかります。じゃ、足止めよろしく」
「うわーん! 仲間甲斐がなさ過ぎます! このままでは私、お母様の女にされてしまいます!」
「手遅れでは?」
言いながらアキラが逃げていく。
あなたはそんなカル=ロスを抱き上げ、部屋まで運ぶ。
「昼間からはまずくないですか……?」
まぁまぁ。昼間からやるからこそイイ。
そう言うこともある。むしろ昼間じゃないとダメなことだってある。
「ゲーテ曰く、真昼から情事に耽る日があってもいい、自由とはそう言うものだ……と言うことでしょうか」
ゲーテと言うのが誰かは知らないが、中々いいことを言う。
そう、冒険者とは自由だ。真昼から情事に耽ってもいい。
まぁ、そればかりに耽溺するのはよくないが。
たまには羽目を外して遊んだっていいではないか。
具体的には身重の妻を気遣って毎日禁欲した後とか。
「……妊娠中の奥さん放ってソープ行くクズ夫みたいですね」
しかし溜まるものは溜まるのだから……。
あなたは女なので物理的に溜まるものがあるわけではないが。
それでもやはり精神的には、いろいろと、こう、溜まるので……。
「言い訳の仕方までもがクズでどうしようもない……よく刺されないですね……」
割と刺される。割と痛い。
でも刺された後、ちゃんと真剣に話を聞いて慰めれば許してもらえるのがほとんどだ。
むしろ、そう言う時は刺されない方が怖い。
内に溜め込まれるよりは、爆発してあなたに叩きつけられた方がいい。
「なるほど、それで度々お父様に殴られていたんですね」
いや、あれは普通に殴られてるだけ。
「あっはい……」
納得してもらえただろうか。
「え、はい」
じゃあ……抱くね。
「くっ、話を逸らすことすらできやしない……! こうなったら楽しむしか……!」
その意気だ。では、楽しむとしよう。
「優しくしてね……」
イミテルのことは愛しているが。
やっぱり禁欲はつらい。
冒険開始の前に、ちょっと羽根を伸ばしたって罰は当たらないだろう。
あなたはカル=ロスに覆い被さり、愛娘を堪能することにした……。
それからしばらく。
あなたは帰参の報告をタイトに行った。
「帰ったのか。お疲れ。明日から探索に復帰するといい」
あっさりとした調子で迎えられた。
まぁ、それほど親密でもない。
むしろこっちの事情を覚えていてくれただけ手厚いか。
「それと。あんたの連れてきた『アルバトロス』だったか。彼女らが生活設備を設営してくれたので助かった。工作班として雇いたいくらいだ」
そんなことしてたのか。知らなかった。
あなたはのちほど『アルバトロス』チームの働きについて詳しく聞くことにした。
働きの内容次第では『トラッパーズ』に報酬を請求する必要もあるだろう。
タダ働きはよくない。そう言う線引きは大事だ。
さておき、あいさつを終えてあなたは宿舎に戻る。
そこでは相変わらずの『アルバトロス』チームと。
この宿舎にて生活しているカリーナ・E・ディキンソン。
そしてあなたの可愛いペット、クロモリ・ダイが待っていた。
「あ、お久しぶりで……おっ、おっ、おっ! おひっ、おひさしぶりです!」
うん、久し振り。
「は、はい! あ、ああ、あの、あの……ちょ、ちょっと、あとで頼みたいことが……」
それは金がかかる用事だろうか?
「うえっ、は、はい……私が払います……」
なるほど、了解した。
たぶん、娼婦としての仕事だろう。
お誘いの時のカリーナは童貞っぽい挙動不審さがあるので分かりやすい。
「あなた様、ご帰参のほどをお喜び申し上げます。お疲れでございましょうが、近況の報告をお受け取りください」
クロモリが丁寧にあなたの帰参を喜ぶ。
そして紙面にてあなたの不在中の報告が提出された。
紐で綴じた羊皮紙の切れ端の束に記述されている。
これはありがたいとあなたは受け取り、後ほど読むことを約束した。
「われわれ『アルバトロス』チームからも報告書が。どうぞ」
『アルバトロス』チームからも紙面での提出らしい。
差し出された封筒を受け取ってみると、厚い紙束が入っている感触がした。
開いて中身を検めると、中身は美しく裁断された長方形の植物紙だ。
そこに統一された書式で報告が記述されている。
あなたは整然と整ったレイアウトに感嘆の息を吐いた。
ものすごく見やすく、報告書のお手本と言える内容だ。
誰が何をして、何を消費し、何を得て、何の成果が出たか。
そう言ったものがすぐさま分かるように書式が整っている。
書くほうも読むほうも書式を弁えればすぐわかる。
文字の可読性ではなく、情報の可読性が高いというか。
よっぽど綿密に考えた書式であることが分かる。
「まぁ、報告書に書いていない些末なこともありますが。秋雨が規制子無くして半日かけて探したとか、そのくらい」
「晶が探すの手伝ってくれなかったの酷いと思います」
「あとはアストゥムが雨降った時にTMごっこして風邪引いたとかくらいですかね」
「ゲーテ曰く。雨の中、傘を差さずに踊る人間がいてもいい。自由とはそういうことだ」
「ゲーテ言ってない定期」
まぁ、報告書は受け取った。
これはのちほどじっくりと読ませてもらう。
明日からは冒険の再開だ。今夜中に片付けよう。
そして、そのあとはカリーナとお楽しみだ。
まったく、今夜は眠れそうにないな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます