10話

 岩塩鉱山での落盤事故。その規模は大きく、被害は甚大だ。

 被害の拡大に関しては、人災という側面が大きいが……。

 あなたはこの問題の解決のために動かなくてはならない。


 とは言え、さすがに何も言わず長期の離脱ともいかない。

 『トラッパーズ』の協力者と言う立場なので重要な立ち位置にはいないが。

 それでもきちんと連絡をすることは必要だろう。

 そのため、あなたは事態解決に向けて動く前に、タイトのところへ事情説明。


「ほう。地元で事故。領主なんぞやっているのか。物好きなことだ」


 やや呆れ気味にそう言われたが、好きでやっているわけではない。

 いやまぁ、イミテルと結婚するためにそうなったとか。

 トイネの女の子食べ放題のフリーセックスライセンスのためとか……。

 まぁ、いろいろと、アレコレ理由はあるのだが。

 どうにせよ、好きで領主なんかやってるわけではない。


「なら、さっさとやめてしまえ」


 あっさりとそのように言われた。

 それが出来たらそうしているところだ。

 しかし、あなたの子……イミテルの子はまだ生まれていない。

 才覚ある子を養子に取るという手もないではないが……。

 今はあなたが子爵としてやっていくしかない。


「責任感があるというか。バカ真面目というか。損な性質だな」


 タイトがそんな調子であなたを評した。


「あくまで俺ならばそうするという話だが」


 話だが?


「領地を『上手く』回していく必要などなかろう。目の前にある条件に対して最善を尽くそうとすることそのものが間違っている」


 しかし、上手く回してやらなくては領民が可哀想だろう。


「ソーラス迷宮を踏破した冒険者にくれてやる領地だ。優良地なのだろう」


 あなたは頷く。


「優良地を優良地のままにしておくには、それなりの腕がある代官を置くだろう。その代官を続投させればよかったのだ。王家に頭を下げるなりなんなりしてな」


 たしかにそれをやっていれば領地は上手く回っていたかもしれない。

 しかし、そうなったら救児院など設立されるわけもなかったし。

 今回の落盤事故に対しても、あなたの緊急対応は実現不能。甚大な被害が出ていただろう。


「ふむ。やはり、根本的に真面目で、最善を尽くすのだな。良くも悪くも冒険者向きだよ、あんた。組織人には向いてないな。潰れてしまうからな」


 などと苦笑されて、あなたにはよく意味が分からない。

 冒険者向きである自覚はある。

 社会不適合者の自覚もあるので。

 冒険者なんてほぼ社会不適合者だ。


 ただ、あなたは組織人になったことがない。

 なので組織人向きでないというのはよく分からない。


「なに、気にするな。あんたは冒険者の方が輝いている。それは間違いない」


 口説かれているのだろうか?

 すまないがあなたは女の子しか好きではないので……。


「誰が口説いた。誰が。早く帰って済ませてこい。迷宮が見つかったら探索はしないでおいてやる」


 ありがたいことだ。

 では、クロモリとカリーナたちに挨拶をしたら戻るとしよう。




 宿舎に戻り、クロモリとカリーナに事情を説明した。


「なるほど、事故が……それは困りましたね……」


「落盤とは。大惨事ですね、あなた様。私の力は必要でしょうか?」


 既に救助活動は完了しているので、クロモリの手は必要ない。

 こちらの方で十分に迷宮探しに力を振るって欲しい。

 まぁ、向こうに戻りたいと言うならべつについて来ても構わないが。


「いえ、こちらで迷宮探索をさせていただければ……冒険者らしくやっているのが楽しくて」


 それなら存分にこちらで愉しむといい。

 あなたも手早く済ませてこちらに戻ってくる。

 まぁ、早くとも1か月くらいはかかりそうだが。

 今から仕事のことを思うと気が重い……。




 領地に戻り、仕事に着手する。

 とは言え、まずは何から手を付けたものか。


 新規の坑道の開拓をするべきか。

 崩落した坑道の復旧をすべきか。

 そもそも怪我人たちの補償はどうすべきか。

 怪我の見舞金はどうするべきだろう。

 監督の罪はどう追求したものやら。


 ……まずは、起きてしまった事故の収拾か。

 原因の追究、そして再発防止対策も並行して進める必要があるか。

 記憶が薄れたり、証拠が消滅する前にやっておかなくては。





「わ、私は、一生懸命、真面目に仕事に取り組んで……」


 まず、拘留中の現場監督に事情聴取をする。

 レインのかけた『支配』はまだ効果が維持されている。

 ただ、自由意思を縛ってもしょうがないので比較的自由にさせている。


「一生懸命なことは認めましょう。でも、真面目に仕事に取り組んで……というのはどうかしらねぇ……?」


 ねっとりとした口調でレインがそう責め立てる。

 レインは元々ザーラン伯爵家の後継者だった。

 そして、ザーラン伯爵家は荘園よりも鉱山収入の大きい家だ。

 その鉱山経営に関しては十分な教育を受けているし。

 その鉱山で起きた事故に関しても、経験値は多いらしい。


「当日、あなたはいつも通りに作業計画を進めた……ここはいいわ。けれど、当日は隧道士トンネルメーカーが身内の不幸で出勤していなかった……たしかね?」


「は、はい……それは、その、たしか、でございます……」


「おかしいわねぇ……このアノール子爵領においては、隧道士無しでの岩塩坑道の採掘は違法……そう言う取り決めになっているわね」


「はいっ、はいっ……それは、それは、もちろん、承知の上で、ございますが……し、しかし……!」


「ええ、ええ。そうね。鉱山の運営においてはノルマがあり、そのノルマ未達の場合は罰則がある……それを恐れたのでしょう?」


「は、はい……」


 そこがなかなか頭の痛い問題である。

 あなたは鉱山運営に関しては口を出さなかった。

 そのため、旧来のノルマなどがそのまま残っていた。

 そう言う意味では、今回の事故はあなたが招いたとも言える。


 隧道士の予備人員がいなかった件もそうだ。

 ここの鉱山はそう大規模ではないので1人で事足りた。

 予備人員と言うものを配置していなかったのだ。

 そのあたりの運営体制を刷新しなかった責任があなたにはある。


「たしかに、その件についてはこの女たらしに責任がある……あなたの責任じゃないわ。その点は保証してもいいくらいだもの」


「はい、はい……ありがとうございます……!」


「でもねぇ……あなた、私たちは今回の事故の原因……特に、救助の遅れについて追及する立場にあるものだから……」


「そっ、それは……」


 現場監督が顔を青くして俯く。


 そう、事故発生に関してはあなたたちの責任もある。

 隧道士が休んだ場合や、工事を中止せざるを得ない状況。

 そうした状況を考慮した規則を作っていなかったこと。

 また、運営に関する意思決定ができる立場の者を置かなかったこと。


 そう言った諸々の責任があることは認めよう。

 そんなもん認めねぇ、おまえらが悪いんだ!

 と現場に全部おっ被せることもできるが。

 さすがにそれをしたらみっともないこと限りない。


「どうして、事故発生時にあなたはすぐに報告をしなかったのかしら……?」


「そ、それは、それは……!」


「正直におっしゃい?」


「うっ、ううっ……! そ、それは、わ、私にも、わから、ないのです……」


 レインの眼が妖しく光る。

 『支配』の魔法による強制力の発動だ。

 しかし、現場監督の返答は要領を得ない。

 あなたとレインは思わず顔を見合わせる。


「分からない、とは? 理由なしに報告をしなかったのかしら?」


「う、うう……事故発生から、20分ほどは……通路はまだ、完全に塞がっておらず……復旧のめどが……」


「ええ、その点は聞いたわ。なんとか復旧させようとしたところで二次被害が出てしまったと」


「はい……さらに30分ほどかけ、復旧困難と結論が出て……私は、隧道士をなんとか呼び戻そうと……」


「そう。そこ。そのタイミング。そのタイミングで領主屋敷に報告を向かわせることもできた。なのに、しなかった。なぜ?」


「それは……それは……」


 現場監督が言葉を探すように口ごもる。

 その態度に、レインが机を手のひらで強く叩いた。

 そして、現場監督を睨みつけ、強い口調でまくしたてる。


「48人の要救助者よ! 報告が必要だったでしょう! 怪我に苦しみ、悶えていた! みんなは血を流し、おまえに助けを求めたが! お前は何度も! 何度も! 繰り返し! 無視した!」


「ひいっ!」


「おまえは彼らを殺そうとしたようなものなのよ! 認めたらどうなのかしら! 『私が悪かった』と言えば終わるのよ! そんなに難しいこと!?」


「あっ! ああっ! お許しを! お許しを!」


「おまえがやったんでしょう! いい加減、認めなさいッ!」


「お、お許しをっ……!」


 あなたはレインの頭を引っ叩く。

 恫喝してどうする。それに、その論調の着地点。

 現場監督に全部なすりつけようとしていないか?


「痛いッ! ……ほら、優しく聞き出しなさいよ」


 あ、そう言う。どうやら交渉術の一環だったらしい。

 レインが厳しく高圧的に聞き、あなたが優しく聞く。

 すると、優しい方には協力的に話しだしてしまう……。

 そのための前振りだったわけだ。事前に説明しておいてほしい。

 さておき、あなたはレインの意図通りに現場監督の味方をしていく。


 この尋問はあくまで原因の究明と、その再発防止のためだ。

 君の罪をつまびらかにするためではないし。

 間違っても、君に罪を着せるためのものではない。

 黙秘されては君の情状を酌量することもできない。

 だからこそ、ここは正直に話して欲しい。


 あなたはそんな穏やかな口調で語り掛ける。

 その態度に現場監督が救いを見たかのような顔をする。


「う、うう……領主様、私は、私は誓って鉱夫たちの命をないがしろになどしてはいないのです……」


「だったらすぐ報告するべきでしょう!」


 レインの強い詰問調の言葉。

 あなたはそれを、まぁまぁと押し留める。


「その時の私は、現状をどうにかしなければという想いで精一杯で……」


 現場を脱して逃げていてわけではないし。

 その場に残って状況を打開しようと足掻いていた。

 そのことを思うと、決して嘘ではないのだろう。


「鉱夫たちは私にとっても可愛い部下たちです……それが、50人以上も……子供たちには毎日手渡しで日当をやっているのです……決して、決して……!」


「なら、なおのこと報告はすぐにするべきだった。違うかしら?」


「それは! その通りで、その通りでございますが……!」


 どうにも妙な申し開きだ。

 この現場監督、見たところ嘘は言っていないのだ。

 たしかに誠心誠意、鉱夫たちを救おうとしていた。

 ただ、それがうまくいかなかっただけであって。


 あなたは話を戻すようだが、と前置きをしてから尋ねる。

 そもそも、なぜ隧道士がいないにも関わらず採掘を強硬したのか。

 たしかにノルマはあったろうが、その点は相談をするべきだった。

 代官はそうしていたかもしれないが、あなたなら違うかも。

 なぜ、その点に関して報告をして意見を仰がなかったのか。そこが気になる。


「それは……申し訳ありません……それも、それもわからないのです……まるで、私が私ではなかったような、妙な心地で……」


「わからないわからないと要領を得ないわね。あんた、わからないで済まされるのは子供だけなのよ!」


 わからないことはだれにだってある。

 あなただってなんで自分が女好きなのかよく分かんないし。

 それと同じように、なぜかそうしてしまうことはある。

 だから、なぜそうしてしまったのか分からないならそれはそれでよしとしよう。


「ただの方便かもしれなくても?」


「ち、誓って! 誓って嘘は申しておりません! 御疑いめされるならば、この胸を断ち割ってまことの血を流す心臓を御覧に入れる所存でございます!」


「誰もお前の命なんかいらないわよ」


 レインが冷たくそう言い捨てる。

 あなたは再度まぁまぁと取りなす。


 次に、いくつもあったろう節目のタイミング。

 そこで報告をしようと、連絡員を出さなかったのはなぜか。

 そして、報告をしようと申し出た者もいたようだが……。

 それを自分のクビが飛ぶからと押し留めた……この点についてはなぜか。


「わ、私はそのようなことは誓って口にしておりません……」


「本当かしら?」


「はいっ、はいっ……!」


「本当らしいわね……」


 現場監督はレインの『支配』の魔法に抗える能力はない。

 である以上、現場監督の証言は真実である。

 ならば、鉱夫たちの証言、自己保身のための口止めと言うのはいったい……?


「わ、わからない……わからないのです……私はいっぱいいっぱいで……そんな発言をした覚えが……」


「…………ふむ」


 なんだか、嫌な着地点が見えてきた。


 現場監督は一生懸命に頑張った。

 そして、真剣にみんなを助けようとした。

 けれど、打った手はどれもこれも失敗した。

 そうするうちに、時間ばかりが過ぎて行った。


 ……つまり、だ。

 現場監督は悪意や自己保身ではなく……。

 ただ、ひたすらに……運と、能力のなさで、事態の悪化を止められなかった……。

 そう言う結論に達してしまうのだが……。


 鉱夫たちの方は……どうなのだろう?

 口止めをしていたとは言うが、どこまで本当か。

 極限状況で別の話を取り違えたという可能性も。


 少なくとも現場監督は『支配』の魔法で虚言は言えない。

 それを思うと、現場監督の証言には信頼がおけるのだ。


「…………もういいわ。行きなさい」


「うう……! は、はい……」


 『支配』の魔法で退出を促された現場監督が出ていく。

 それを見送り、あなたとレインは溜息を吐く。


「つまり……運のなさと、危機対応能力の低さで……状況の悪化ばかりを招いた……そう言うこと?」


 レインのあまりにも救いのない結論にあなたは思わず押し黙る。

 信じたくないが、そうとしか考えられないのだ。


 現場監督は『支配』の魔法で虚言が絶対的に出来ない。

 勘違いをしているという可能性はあるにはあるが……。

 それならそれでもう少し言い訳くらいはするだろう。

 分からないの一点張りなのは、本当に分からないのだろう。


 彼は責任者の立場にはあったが。

 その責任を負える能力がなかった。

 あまりにも救いがないが、そうとしか言えない。


「どうするの? 罪に問う以外に手立てはないけれど……」


 情状酌量の余地は、まぁ、なくはない。

 少なくとも悪意あっての行動ではなかった。

 状況を打破しようと努力はしていた。

 そのすべてが力及ばなかったことを罪に問うのはむごかろう。


 しかし、起きた事故の規模が規模だ。

 そして、出た損害の大きさも酷いものだ。

 間違っても無罪と言うわけにはいかない。

 だが、死刑にまでするのはやり過ぎだ。


 超長期の労役刑に処す。

 それしかないのでは。


「それが落としどころね……」


 なんだかいまいちもやっとした結果だ。

 本当に、これでいいのだろうか?


 なんらかの魔法などによる誘導も考えられるような不自然さだが……。

 だが、種々の占術を用いた調査などでも、心術による洗脳の痕跡などは見えなかった。

 現場監督が自らの意思で動いて、事態の悪化を招いたとしか……。


 もしも何者かの悪意による誘導だったとしたら。

 それは、それこそあなたにすら悟らせずに、人を意のままに操る超越的な存在だけが可能だろう。

 それほど超越的な存在がこんなしょぼいことをするとは思えない。


 人の身からすると大惨事で大事故ではあるのだが。

 神々などに並ぶであろう存在らからすれば些事だろう。

 やはり、ただの偶然、悪い運が呼んでしまった惨事……。


 そう思うしかない。違和感は拭い去れないが。

 それ以外の結論は、見出せなかった。

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