9話

「りょ、領主様ぁ! 領主様ぁぁぁあ! 大変です! 大変なんですぅぅぅう!!」


 屋敷で残務を処理し、そろそろ前哨基地に戻るか。

 そう思っていたところで、屋敷の外でそう騒いでいるものがいた。

 使用人がやかましい慮外者を捕えようと動く中、あなたはその鬼気迫る様相を感じ取った。

 なので、窓から飛び出して何事かと尋ねに向かった。


「ええい! 大人しくしろ! 領主様に直訴ならせめて女にやらせろ!」


「領主様は薄汚い男はお好きではないのだ! 女ならとりあえず聞いてくれるから出直せ!」


 使用人があなたの人格を見透かした忠告をしている。

 そんな使用人たちが取り押さえているのは、やや薄汚い男だ。

 服にはたっぷりと塩が浮いているが、出所は人体だけではないだろう。


 岩塩鉱山で働く鉱夫たちがこういう感じになる。

 地下深い岩塩鉱山では排水がほとんどされないので酷く蒸し暑い。

 そして、蒸した空気にすら塩気が含まれるので、服は塩まみれになるのだ。


「ああっ、領主様! 鉱山で落盤が! 50人以上の鉱夫が閉じ込められて!」


「なに!? 落盤事故だと!?」


「50人以上、だとぉ……!?」


 使用人たちが血相を変える。あなたもそれはまずいと唸った。

 アノール子爵領の岩塩鉱山はそれほど巨大ではなく、鉱夫の数も少ない。

 それでも300人近い規模の鉱夫たちが入れ替わり立ち代わり働いている。


 50人となると、6分の1にも及ぶ莫大な数だ。

 それらすべてが閉じ込められたとなると損害は計り知れない。


隧道士トンネルメーカーはなにをやっていた!」


「隧道士無しで採掘したのではあるまいな!?」


「そ、それが、おふくろが死んだというんで休みで……代役も捕まらなくて、現場監督が早々落盤は起きないからって……」


 現場監督の罪は後ほど追及するとして。

 今は何よりも閉じ込められた鉱夫たちの救助が必要だ。

 あなたは今すぐ現場に向かうことにする。


 使用人たちには領内の人手を掻き集めるように命ずる。

 回復魔法の使い手として、フィリアを。

 そして現地での知恵袋役としてレインを連れていこう。


「ご案内します領主様!」


 ここまで急を報せてくれた鉱夫が言うので、あなたはそいつを小脇に抱える。

 そして、まずは救児院の方へと走った。

 10秒ほどでサクッと踏破し、屋外に居たフィリアを。

 そして屋内にいたレインも小脇に抱えて走る。

 さらに10秒ほどで岩塩鉱山に到着する。


「あ? ん? あれ?」


「ここは、鉱山……?」


 衝撃波で周辺に多少被害が出たが、やむを得ない犠牲だ。

 人命救助のためには、多少の器物損壊は致し方ない。


 あなたは連れて来たフィリアとレインに事態を説明する。

 岩塩鉱山で落盤事故が起きたので、その手伝いを頼みたいと。


「落盤事故ですって!? 隧道士はどこの間抜けよ!」


「状況は分かりましたが、次は連れてくる前に説明をお願いしますね……」


 無理やり連れだしたことは謝ろうではないか。

 だが、今は何よりも閉じ込められた鉱夫たちの救助が最優先だ。


「そうね。私は落盤地点と、どこに誰が何人いるか、占術で探るわ」


「私は治癒魔法を。よろしいですね?」


 フィリアの問いにあなたは頷く。

 すべて事後承諾で構わないので、確実に治癒してもらいたい。

 やや甘い対応とも言えるが、構わないだろう。

 この鉱山は領主たるあなた最大の財産なのだから。


「領主様、落盤地点はこちらです!」


 報せてくれた鉱夫の案内で、あなたたちは落盤地点へと向かう。

 腕利き冒険者が近辺に居る時に助かるのはこういうところだ。

 フィリア1人で並の神官100人分の回復魔法が使えるし。

 レイン1人で領内の魔法使いすべてを掻き集めたより高度な占術が使える。


 狭い坑道内に、10人も20人も徒党を連れて歩くことはできない。

 ほんの3人でありながら、10人20人の徒党に勝る力。

 腕利き冒険者の存在のありがたみが分かる。

 各地の貴族が、結婚という形で取り込みたい気持ちも分からなくはない。


 さておいて、あなたたちは落盤地点へと到着する。

 日の光差さぬ坑道内は極めて暗く、ランプの薄暗い明かりばかりが灯っている。

 崩れた岩塩の壁と、そこからなんとか救助されたのだろう鉱夫の姿。


 無事だったらしい鉱夫たちが何とか救助しようと試みる怒号。

 そして救助されたらしい鉱夫が怪我の苦しみに呻く声。

 下働きの子供たちが鉱夫たちの無事を祈る声が入り混じっている。


 坑道奥部にはうず高く積み上がった岩塩の山。

 落盤事故の規模がかなりのものであることが如実に伺えた。

 本来ならばさらに奥へとつながる隧道すいどう、トンネルがあるはずだ。

 坑道の1つが完全に塞がれる規模の落盤事故と言うことになる。


「あちらです! ああ、なんてこった……俺が出てくる前よりさらに崩れてる……」


 落盤の規模は拡大の一途を辿っているということらしい。

 迂闊に岩塩を除去すれば、さらに崩落する危険もある。

 これは苦しい状況だなとあなたは思わず唸った。


「これはひどいわね……隧道士を何人捕まえても、調査から始めないと……」


 隧道士とは、こういった鉱山における隧道の保全・保護を専門とする魔法使いだ。

 変性術によって壁を頑強にし、崩落を防ぎ、崩落した場合も迅速に復旧をする。

 しかし、人が生き埋めになった場合、それを救助する能力はない。


 料理人が料理中の怪我を治療するために医術を学ぶことはまずない。

 隧道士はそう言った専門家であり、人を救助するのは専門外だ。

 まぁ、料理人が包帯を巻く程度の応急処置ができるように。

 生き埋めになった人間の場所に向けて隧道を新しく作る程度はできるだろうが……。


 どうあれ、隧道士はあくまでも隧道を作る変性術の専門家だ。

 人を探索する占術が使えることがまずないように。

 隧道士は生き埋めになった人間の場所を探し当てられない。


 もしそれが出来るならば、隧道士になんかなっていまい。

 総合術師になってマジックアイテムを作ったり、冒険者になっていることだろう。


 「まずは点呼。何人が生き埋めになっているかを確認するところからね」


 あなたはそのあたりはレインに任せると宣言した。

 現場監督に尋問をして欲しい。尋問の手段は問わない。


「分かったわ。まぁ、『支配』で洗いざらい吐かせればいいわね」


 この大陸の『支配』の魔法だろう。

 エルグランドのそれと違い、効果時間に制限はあるが。

 基本的には相手を絶対服従の奴隷にしてしまう魔法だ。

 自殺的な命令をさせられなかったり、あまり複雑な命令が出来なかったり。

 それなりの制限はあるが、尋問程度ならば洗いざらい吐かせることが可能だろう。


「あなたは?」


 あなたは直接的な救出の方に入る。

 崩落した岩塩を片っ端から『ポケット』に放り込む。

 あなたにかかる荷重は残るが、空間を占める体積は排除できる。

 あまり無茶なやり方をするとまた崩落はするだろうが……。


「そう。あなたなら回復魔法も使えるし、悪い手段じゃないわね」


 では行動を始めよう。

 あなたはまず落盤地点へと向かった。



 岩塩を退けている鉱夫たちの下へ。

 そして、まずあなたは周辺に『持続光』の魔法をかけまくった。

 あなたは問題なく見えているが、他の鉱夫たちはそうもいかないのだ。


「おお、助かった! 魔法の明かりか!」


「魔法使いが来て……うぁぁぁ! りょ、領主様が鉱山を練り歩いてる!」


 練り歩いているだと行列を作っていることになるのだが……。

 まぁ、その辺りの誤用はどうでもいい。

 あなたは鉱夫に奥に何人いるか分かるかと尋ねた。


「正確にはわかりませんが、少なくとも50人以上。子供を含めりゃ70人はいるんじゃねえかと」


 坑道と言うのは狭いものなので、大人では移動に苦慮する場所もある。

 そして、重たい成果物……岩塩の山を運び出すことが不可能なことも。

 そうした場所で役立つのが、小柄な女性、あるいはより小柄な子供だ。

 貧困層の子供がこうした場所で働くことは珍しくないのだ。


「もう落盤から2時間は経ってます。もう死んでるやつもいるかもしれねぇ……」


 絞り出すように鉱夫が言うが、あなたは耳を疑った。

 この鉱山からあなたの屋敷まで、徒歩で移動しても1時間もかからない。

 あの鉱夫の疲労度合から見ても歩きではなく走って来ただろう。

 それならば20分もかからないはずの距離だ。それが、2時間?


「監督のクソボケが止めやがったんだ! 領主様に知られれば自分の首が飛ぶって!」


「ディケンズが監督のクソ野郎の眼を盗んで報告しに行ってくれたんです」


 これほどの大事故だ。隠匿したところでいずれはバレる。

 そして、これほどの事故の隠匿は悪い方にしか働かない。

 救命のために必死で動いていたならともかく。

 自己保身のために鉱夫たちを犠牲にしていたとは。


「ちょっと! まずいわよ! 落盤からもう2時間は経ってるって! それに、奥の方から聞こえてた声が20分くらい前から途絶えてるって!」


 レインが虚ろな目の男を連れてこちらへとやって来た。

 どうやら本当に『支配』の魔法で無理やり聞き出していたらしい。

 あなたはその監督であろう男に思わず溢す。


 お前さぁ……ひどすぎるよ。

 なんで嘘つくの? 最悪じゃん。

 ちゃんと報告してくれたら悪いようにしないのに。

 なのに、なんでこんな真似するの?

 隠蔽されたら、おまえのこと容赦してやれないよ。

 もう死刑にするしかなくなっちゃったよ。

 まぁ、でもいいよね? 家族一緒に死刑にしてあげるから。


 そこまで言って、あなたは気を取り直す。

 この現場監督をいくらなじってもしょうがない。

 あまりの酷さに思わず言ってしまったが。

 こいつを言葉で嬲るより、まずは鉱夫たちを救出してやらなくては。


「元々一刻を争ってたって言うのに、余計に猶予がないわね。どうする?」


 やむを得ないので、危険は承知で無理やり救出する。

 この落盤した岩塩を、力技で素早く退ける。

 そして生き埋めになった者、閉じ込められた者を救出する。

 更なる落盤が起きる前に、この先にいる者をすべて運び出すしかない。


「どうやって? なにかちょうどいい魔法があるの?」


 そんなものはない。なので、加速する。

 あなたは時の針を一気に加速させた。


 周囲の者たちが酷くのろのろと動いている。

 そんな中で、あなたは岩塩の山に取り付いて『ポケット』へと次々と放り込む。

 数百キロ、数トンはあろう大きさのものもすべて突っ込み、隧道を開通。


 その奥へと飛び込むと、鉱夫たちが車座になって座っていた。

 落盤時は救助を待つのが鉱山の基本であり、こうして一塊になるのだ。

 しかし、車座になっている者たちはぐったりと倒れ込んでいる。


 あなたは口内に軽く坑道の空気を取り込み、それを呑み込むように体内に入れる。

 ぐらりと来る酩酊感のようなものを感じ、あなたは酸素の枯渇を察知した。

 どうやら、ここにいる者たちは酸欠で倒れているらしい。

 有毒ガスによるものではないのは不幸中の幸いか。


 車座になっている者、倒れている怪我人に向けて、あなたは『治癒の雨』を発動する。

 エルグランドの範囲回復魔法であり、これにより怪我人は一挙に治療。

 今あなたは高速で動いているので、怪我人を運び出すとトドメを刺してしまいかねないのだ。


 そして、あなたは鉱夫たちを片っ端から運び出していく。

 空気の壁を突き破らないギリギリの速度。

 常人のおよそ30倍速ほどの速度での救助作業だ。


 48人の鉱夫、15名ほどの子供、そして小柄な女性が3名。

 周辺の生命を感知するなどの種々の占術魔法で探索。

 坑道奥部にいずれの生命もいないことを確認し、あなたは離脱する。


 レインの前で速度を定速へと戻した。


「うわぷっ」


 あなたが巻き起こした風にレインがのけぞる。

 そんなレインに、この先に要救助対象がいないか調べてくれと頼んだ。


「え、ええ」


 レインが複数の魔法を次々と起動して奥を調べる。

 数分ほどの後、レインが頷いた。


「なにもいないわね。虫1匹いないわ」


 よかったとあなたは安堵の息を吐く。

 そして、猛スピードで救助された者たちが首を傾げているのを見やる。

 怪我していた者も、いつの間にか怪我が治っていて首を傾げている。


「あの、お姉様……治療が必要な人は?」


 フィリアがそう尋ねてきたので、もういないと答えた。

 あなたたちが来る前に救助されていた者はフィリアの手で治療済みだし。


「……もう全部お姉様1人でよかったんじゃないかな」


「そうね……」


 フィリアとレインに呆れた目で見られた。

 しかし、今回はあくまで急を要する事態だったので無理押ししただけだ。

 本来なら、レインとフィリアの力を借りて確実に救助したかった。

 実際あなたが無理やり開通させたトンネルは今まさに崩落中である。

 がらんごろんと岩塩の塊が不定期に落下して来ている。


「それは分かってはいるんです。分かっては、いるんですけど……ね……」


「救出と治療のために連れて来られたのに、どっちもあなたがね……」


 2人のジト目に、あなたは抗議する。

 命の危機だったからしょうがないではないかと。


「分かってはいるって言ってるじゃない。でもね……」


「はい……やっぱり、お姉様1人でよかったんじゃないかな……」


 あなたによって出番を奪われた2人のジト目。

 2人とも命が優先とは分かってはいるのだ。

 しかし、もやもやしたものは消し切れない。

 同じ状況になったら、自分要らなかったじゃんかとあなたも言うだろう。

 なので、あなたはその抗議は甘んじて受け入れた。


 しかし、頭の痛い問題だ。

 岩塩鉱山の落盤事故。

 この復旧にはどれだけ時間がかかるだろう。

 あなたはべつにここの収入が途絶えてもなんとも思わないが。

 ここで働くはずだった鉱夫たちがどうなるかというと……。


 この事故の問題が収拾をつけるまで、あちらには戻れなさそうだ……。

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