8話

 あなたたちの迷宮探索は順調だ。

 順調に進んでいるだけで、成果はさっぱりだが。

 毎日なんの成果も得られないともやもやする。


 『トラッパーズ』の女の子たちを食べまくっても。

 クロモリを死ぬほどイキ狂わせまくっても。

 カル=ロスを母としてたくさん甘やかしても。

 冒険の成果が出ない限り、あなたの気はいまいち晴れなかった。


「げっひゃひゃひゃ! どうぞ寄ってっておくんなせぇ! 今日も皆々様方お求めの品をたっぷり持ってまいりやした! さぁさぁ、買った買った! いつでもニコニコ現金割引、ジューンの移動商店ここに開店でござぁます! げっへっへ!」


 妙に小物臭い言動で客引きをしている商人、ジューン。

 嗜好品類はなんでもござれ、金さえあればなんでも用立ててくれる凄腕の商人だ。

 まぁ、本人に言わせると商人ではなく、調達屋らしいのだが……。


 あなたはそんなジューンに、タイトが土産に持って来てくれた酒を頼んでいた。

 既に何回か取引をしており、本当に何でも仕入れてくれるのであなたも頼りにしている。


「げひゃひゃひゃ! これはこれは! ソーラス迷宮を踏破しなすった『紅の聖女』様じゃあございませんか! もちろん仕入れてござぁますとも!」


 言って、ジューンが提示するのは酒樽。

 木製のそれではなく、金属製の樽だ。

 サイズはかなり小さく、ふつうの樽の10分の1ほどだろうか。


「なんと言っても、あのビールの売りはキレ! 炭酸の強さがうまさでさぁ! 木製の樽じゃあガスが抜けちまわぁと職人が考えた! そうしてこいつ、アルミ樽の出来上がりってぇわけで!」


 なるほど、すごい。

 アルミと言う金属はごく最近発明された金属だ。

 銀のように輝くが、錆に強く、しかも軽い。

 軽銀と言った名称で呼ばれることもある。


 現状、ものすごく高価な特殊金属なのだが。

 それを実用品の樽に、ここまで潤沢に使うとは。

 酒のうまさに対するモチベーションがすごい。

 レインみたいな酒造職人が作ったのだろうか……。


「お客様の御要望は10樽でござぁましたが、こいつは20リットル入りでござぁますから! 8樽でようやく1樽分でして!」


 しかし、ジューンが用意した積み上がった樽の数はすごい数だ。

 どうみても10樽分などではなく、その10倍近くはありそうだ。


「あたくし、御覧の通りの、飢えた痩せ犬ではありますが、痩せようが飢えようが禿げようが、ぼったくりはしねぇ! それがあたくしの主義信条でござぁますから! キッチリ10バーレル分、80樽をご用意しましてございますとも!」


 あなたの想定した10樽分相当の量と言うわけだ。

 物言いは三下みたいだが、商人としての姿勢は大変真摯だ。

 そう言うところもあなたは気に入った。


「げひゃひゃひゃ! ありがとうございます! ありがとうございます! お褒めの言葉、まことありがとうございます! 当店、ニコニコ現金払いが基本でござぁますので、お代金の準備はよろしいでしょうか『紅の聖女』様!」


 もちろん準備は万端だ。

 この大陸のエールは金貨1枚で2樽買えるが、ラガーはもっと高価だ。

 そのため、1樽あたり金貨5枚が相場である。

 キチンと金貨50枚分を用意してある。


「お買い上げ、ありがとうございまぁす! まことおありがとうございます! げひゃひゃひゃ!」


 ジューンに代金を手渡しし、あなたはそのままジューンの手を握る。


「げぺ? お客様?」


 ジューンの処女を買いたい。いくらだ?

 あなたはそのように鋭いまなざしで問いかけた。


 調達屋ジューン、言動はものすごい三下小物口調だが。

 その外見はごく普通に年若く愛らしい顔立ちの少女だった。


「げぺーっ!? お客様! お客様ぁー! 困ります! あーっ! お客様! お客様ー! 困ります困ります! あーっ、困ります! お客様あーっ! あーっ! あーお客様困りますぅぅぅ!」


 困ることはよく分かった。

 だが、ジューンはなんでも売ってくれると言ったではないか。

 さすがに命などは困るだろうが、処女ならば。

 そう、命よりは大事ではないだろう処女ならば買えるのではないか。

 あなたはそう思った。だからこそ淑女的に買い取り交渉をした。


「り、理屈は通ってござぁますがね! ですが、世の中には金じゃ買えねえもんもあるものでして! あ、あたくしの処女は非売品でござぁます!」


 それは残念だ。だが、朗報もある。

 ジューンは処女。おいしい情報だった。


「げ、げぺ……あ、あたしは大声でなにを叫んで……あああああ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛……」


 苦悩する姿もなかなか可愛いものだ。

 あなたは最近、サディズムに凝っていた……。





 冒険者として迷宮を探す日々は満たされる心地だ。

 しかし、あなたは同時に貴族でもある。悲しいことに。

 時々は帰って、領主としての仕事をこなさなくてはいけないのだ。


「そう思ってそれなりの頻度で帰って来てくれるのはありがたいが……それこそ、年に2~3度帰ってくる程度でもなんとかなるのだぞ」


 と、イミテルは言うものの、さすがに年に2~3度はまずい。

 いくらなんでも身重の妻をほったらかしにして年に2~3度は。

 なにより、あなた自身、イミテルにはそれなりの頻度で会いたい。


 イミテルのお腹はまだあまり目立っていない。

 しかし、身重の女性特有の顔つきになって来た。

 頬と目元がふっくらとして、柔らかい風貌になった。

 以前の鋭くすらりとした様相もよかったが、これはこれで。


「まったく……やたらと女を誑すだけではなく、釣った魚に餌をやるのも上手いのだからな……閨を共にすることも出来ぬのだぞ?」


 そのように苦笑するイミテルだが、それでもかまわない。

 身重の女を尋ねたらその日は何もできないのは当たり前だ。

 お腹の子に大事があってはいけないのだから。傍に居れるだけでいい。


「はぁー……どうして、こう……余計に好きにさせてくるのだ? ちょっと顔を貸せ」


 言われるがまま顔を差し出す。

 すると、イミテルがあなたの首筋に抱き着いてキスをして来た。


「これで許せ……どうしてもというなら、その、手で、してやるが?」


 大丈夫だ。あなたは苦笑した。

 たしかにあなたは無尽蔵の性欲の持ち主ではあるが。

 冒険中なら禁欲できる程度の理性の持ち合わせはある。

 1晩や2晩程度、喜んで我慢しようではないか。


「そうか? そうか……」


 別の女のところに行っても大丈夫。

 そう口では言っても、本音では行って欲しくないのが当たり前だ。

 まして、妊娠中など不安になって当然なのだから。

 その辺りの心情を汲み取ってやれなくては女たらしの名が廃る。

 少なくとも、今夜一晩はどこにもいかない。


「我が鼓動よ。私の心臓よ。その鼓動が共にあることを……」


 イミテルがあなたの胸に抱かれに来る。

 あなたはそれを優しく受け入れ、イミテルを抱擁する。

 その心臓の音を、笹の葉のごとく長いイミテルの耳に乗せるように。


 あなたがイミテルの鼓動だと言うのならば。

 イミテルの鼓動もまた、あなたなのだ。

 その鼓動の音色を分け合うように。

 あなたとイミテルはしばらく抱擁しあった……。




 イミテルと抱擁し合い、ただ共に就寝して翌日。

 領主の仕事をパッと済ませ、またぞろ救児院の視察に来た。

 救児院の増築工事は適宜進められているが、視察の本領は訓練の方にある。


「さぁ走った走った! あたしらの雇い主様は、馬車馬みたいに走れるガキをお望みなのさ!」


「オラー! ちんたら走ってんじゃねぇー! 俺に抜かされたボケは腕立て伏せ50回だ!」


 かつては『アルバトロス』チームに追いかけられていた子供たち。

 いまはリーダー役に任命されているマリルとゼイレに追いかけられている。

 救児院が出来てからの数カ月で、随分とこなれたようだ。

 今は新入りの子供たちが鍛えられているようである。

 つまり、未だに救児院に子供を投げ込むビジネスが成立している。


「あれ、お姉様。お帰りになっていたんですか?」


 その子供たちの監督をしているのはフィリアだった。

 『アルバトロス』チームはより高度な教育の教官役をしているらしい。

 高度な軍事教練を受けているのは『アルバトロス』チームしかいない。

 単純な肉体鍛錬の監督に回すのはもったいないのだ。

 そこで白羽の矢が立ったのがフィリアだったわけだ。


「子供たちの訓練は順調ですよ。ただ、お姉様もお察しの通り、子捨ては止まるどころか増える一方です……」


 フィリアが大きく溜息を吐く。

 報告書で知ってはいたが、見るだけで気鬱になる。

 加えて言うと、フィリアから上がっていた請求書も……。


「そして、健常児が減りました。今は怪我や病気で手足やら耳目を喪った子供ばかりです……」


 そう、今の救児院に投げ込まれている子供は、健常ではない。

 手足、あるいは耳目、それら五体不満足な子供ばかりなのだ。

 救児院はあまねく子供の救済のための施設だ。


 ここに住む子供たちのいずれもが平等であり。

 その生まれ、種族、力、知恵それら諸々の差。

 それらが救いの差をもたらすことはない。あってはならない。


 それゆえに、どんな子供であろうが受け入れ、救う。

 そして、五体不満足な子供を救うにはただの医学では不可能。

 フィリアの手による奇跡『再生』の魔法が必須なのだった。

 この魔法を用いれば、欠損した手足も臓器も回復できる。


 しかし、呪文の行使には金が必須……。

 無料で施せば破門、最悪は呪文の剥奪だ。

 神の嚇怒を買えば、そうなることもあり得る。


 である以上、フィリアは金を対価に得る必要がある。

 その請求先が誰かと言えば、このアノール子爵領の領主たるあなたなのだった。

 フィリアからは金貨数万枚にも及ぶ天文学的な請求書が届いていた。

 エルグランドから来た請求書かと思ったくらいだった。


「本当にいいんですよね?」


 フィリアの問いにあなたは力強く頷く。

 絶望的な額の請求とは言え、あなたが決めたことだ。

 領主としての収入ではとても賄えない以上、永遠には続かないが。

 あなたが領主の地位にある限りは続けるつもりだ。


「いずれは、流入がなくなるといいんですが……と言うか、大人もなんでもするから施してくれと来ることがあるんですが」


 それはちゃんと当人に金を請求するように。


「ですよね。はい」


 さすがに領民にまで施していられない。

 って言うかたぶん領民以外も来てるだろうし、それ。

 まぁ、領民ならば領主たるあなたへの借財と言うことで処理してもいいが……。


「……お代は当人の処女ですか?」


 それもアリだな……あなたはナイスアイディアに唸った。

 フィリアもなかなかあなたのやり口が分かって来たらしい。


「分かりたくはなかったですけどね。ともあれ、お姉様の仰る通り、子供たちには遠慮なく施しますね」


 まぁ、フィリアの無理がない程度にはして欲しい。

 フィリアが倒れたりしたらコトだ。無理は禁物。


「はい、それはもちろん」


 ならば結構。あなたは頷いた。



 しばらく視察をして、訓練が終わった。

 そして、リーダー役の2人からの報告を受け取る。

 マリルとゼイレは随分と兵士らしくなってきた。


「おや、領主サマ。随分とお見限りだったじゃないか。今日は視察かい?」


「けっ、帰って来なくてもよかったのによ」


 100回。あなたはそう零した。


「100回? なにがだい?」


「…………」


 マリルが首を傾げ、ゼイレがやや顔を青くしている。

 さておいて、報告をして欲しい。


「あいよ。と言っても領主サマんとこにゃ報告書が届いてるんだろうけど、あたしら最初の子供組は基礎体力訓練は終わったよ」


「今は武器訓練と、行軍訓練中だ。防具装備訓練もな。見込みあるやつは、読み書きの訓練と、レイン様のところで呪文の訓練だ」


「聞いてるかもしれないけど、あたしも呪文訓練中さ。『毒物感知』は発動出来たしねぇ」


 そう言ってマリルが胸を張る。

 この短期間で呪文発動まで持っていけたのはすばらしい。

 訓練に集中できる環境のよさもありはするだろうが。

 マリルに才能があることの証明と言えるだろう。


「領主サマがいなけりゃ開きもしなかったろう才能とはね。皮肉なもんだね」


「俺には魔法の才能はなかったらしい。読み書きは習ってるけどな」


 まぁ、魔法の才能なんてない方が普通なのだ。

 エルグランドの魔法なら才能がなくても割となんとかなるが、アレは例外だ。

 だいたいのことは命懸けでやればなんとかなる。

 エルグランドの魔法はそう言う理屈でなんとかなるだけだ。


「そんなもんか」


 そんなものだ。ゼイレはその調子で読み書きを会得して、指揮官の道を進むといい。

 マリルは読み書きを会得し、魔法も会得すれば色んな道が開けることだろう。

 前線に出ずとも、後方で魔法による援護を主体にする道もあるのだ。


「まぁ、切った張ったよか安全そうではあるねぇ」


 そこであなたはふと思い出して『ポケット』からスクロールを取り出した。

 そして、それをマリルへと渡した。


「おっと。なんだいこれ?」


 それは『魔力のスクロール』だ。内部に魔力が封入してある。

 開いて使えば、その魔力を取り込むことができる。

 つまり、使えば魔力が回復するスクロールだ。


「へぇ。そんなものがあるのかい。便利だね」


 エルグランドではそう珍しくないスクロールだが、こちらには存在しない。

 同種の効果があるアイテム自体はそれなりに数があるのだが。

 スクロールのように気軽に使い捨てられるものは少ないのだ。


「いいのかい? そんな便利そうなものもらっちゃって」


 あなたにはもはやスクロールを使う意味がないのだ。

 深呼吸すればスクロールを使うより魔力が回復する。

 スクロールの回復量自体、そんな高いものではないし。

 レインが使っても総量の10分の1くらいしか回復できない。

 まあ、魔力が枯渇した時には十分有用ではあるが……。


「そんなものかい」


 しかし、マリルならば魔力が完全に枯渇しても全回復してくれるだろう。

 駆け出し冒険者の時ほど恩恵の強い道具と言うわけだ。

 このスクロールも使って、魔法の練習をバリバリ頑張って欲しい。


「なるほどねぇ。それじゃあ、ありがたくいただくとするよ。どうだい、領主サマ。お礼をさせちゃくれないかい?」


 気持ちだけで十分だ。

 あなたの望みは子供たちが立派に成長することだ。


「そうかい? ベッドでお礼をしてやろうと思ったんだけどねぇ」


 ぜひ欲しい。

 あなたは食い気味で答えた。

 力強い前言撤回だった。


「マリル! おまえなに言ってるんだ! 娼婦になるなんざ死んでもごめんだって言ってただろお前!」


「娼婦になるわけじゃないさ。それに、汚い野郎に捨てるよか、美人で綺麗な領主サマにくれてやる方がマシだからねぇ」


「でも、でも!」


「なにより、うちの領主サマは初夜に金を払ってくれるそうじゃないか」


 耳ざとい。どこで聞いたのだろう?

 たしかにあなたは初夜権を行使した相手に金を払っている。


 厳密に言うと、初夜権の代わりに払っているわけではないのだが。

 初夜権を行使するということは、その娘は結婚するということだ。

 その結婚の祝い金として、金貨5枚を一律で払っているだけである。

 まぁ、マリルのはじめての代金が金貨5枚と言うなら喜んで払うが。


「金貨5枚。あたしの処女にそんだけの値が付くなら、悪くないさ」


「けど、でも、それじゃあ! それじゃあ!」


 ゼイレが頭を振っていきり立つ。

 その仕草にマリルが不思議そうな顔をする。

 まぁ、マリルは不思議に思うだろう。

 なんでゼイレがそんなに拒否するのかと。


 これはゼイレがマリルのことを愛しているからというのが理由ではない。

 ゼイレは自分の献身の価値を信じている。だから拒否するのだ。

 ゼイレはマリルとイルとメルを守るためにあなたに処女を捧げた。


 マリルの処女を守るためにゼイレは自分を犠牲にしたということだ。

 では、マリルがその処女をあなたに捧げてしまったならば。

 ゼイレの自己犠牲には、なんの意味もなかったことになってしまう。


「考え直せよマリル! なぁ!」


「なんでさ? あんたが口を突っ込むことじゃないだろうに」


 自分の献身の価値、自己犠牲の意味を守りたい。

 そんなゼイレの哀れな姿は涙を誘うほどだった。

 あなたはそうまで言うなら代わりにゼイレとやろうかなと口にした。

 代わりなので、ゼイレにお小遣いもあげようではないか。

 まぁ、初夜でもないし、結婚するわけでもないので、銀貨5枚だが。


「わ、わかった! それでいい! いくぞ!」


「は? ちょっ、ゼイレ! あんた何言ってんだい! 横入りしようってのかい!」


「うるせぇ! おまえは自分を大事にしてろよ!」


「はぁ!?」


 美しい……なんと、なんと美しい姿だろうか……。

 マリルのために自分を犠牲にするゼイレの姿……。

 まさに、マリルたちへの愛の証明と言えるだろう。


 その肝心のマリルからは、横入されたようにしか見えないわけだが。

 金の話になってから出しゃばって来たように見えたろう。


 このすれ違いは、やがて大きな齟齬になる。

 ゼイレにはつらいことになるかもしれないが。

 なに、ちゃんと慰めて可愛がろうではないか。

 まったく、これからが楽しみだ……。

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