14話

 ヒマだなぁ、ヒマだなぁとぼやく毎日。

 しかし、そうしている間にも救児院の建築は進んでいく。

 子供たちの腹が張り裂けるほどひたすら飯を食わせ。

 そして、時を経るごとに救児院の子供は増える一方だった。


「お母様、救児院の子供の数が500人を超えました」


 なんでこんな増えるかな。

 絶対領内にこんなに子供いなかった。

 どう考えても他所から子供が流入している。


「捨て子届出ビジネスが成立してるようですね」


 なんだそのビジネスは。


「自分で救児院に出頭する頭がない孤児の場合、連れてくれば謝礼を出すと約束したでしょう」


 たしかにした。しかし、金貨1枚と言う安値のはずだ。

 金貨1枚自体は高値だが、人間の生存コストは高いのだ。

 子供たちをここまで連れて来るコストの方が高いはず……。


「30人馬車に詰め込んだとしましょう。連れて来るまで飢えや渇きで10人死んだとします。金貨20枚になりますね。十分儲けになります。届け出るまで生きてればいいわけですから、水さえ与えてれば10日くらいは死にませんよ」


 あなたはどうしようもない最悪のビジネスに目を覆った。

 どういう神経をしていたら子供たちにそんなひどい扱いができるのか。

 しかし、謝礼金を減額したところでさしたる意味はないだろう。


 利益確保のために、もっと大量の子供を連れて来るだけだ。

 そして、領内での犯罪率も上がる可能性が高い。

 自己判断できない幼子ならば、攫っても露見の心配が少ない……。


「マンパワーの増大に寄与していると前向きに考えるほかないでしょう。問題は、生産力と人口の均衡が崩れることですが」


 まぁ、それはよくあることなのでしょうがない。

 岩塩鉱山による収入でなんとか賄えるが……。

 これからもさらに人口が流入したら、いずれ賄えなくなる。


 しばらくはあなたの財布をアテにしてもいいだろう。

 しかし、あなたがいなくなったら餓死者が続出だ。

 どうするかと言うと……どうしようもないので現状維持?


「そうですね。食料自給率低いなら他所から買えばいいんですから」


 そして確実に買えるようにするために強力な軍隊を保持すると。

 強力な軍隊を保持していると、なぜか近隣諸侯が親切にしてくれるのだ。


「ビッグ・スティック・ポリシーですね……まぁ、あこぎな真似しない限りは悪いやり口ではないですが」


 現実的に考えて、この領地でそれ以外のやり方はない。

 生産力なんて1年や2年で激増させられないのだから。

 まぁ、気長にやろうではないか。




 救児院が完成した。

 冬を目前にしての完成に子供たちも嬉しそうだ。

 そんな救児院を背にして、あなたは演説をぶつ。



 今日、いまこの時から、ここがあなたたちの家。

 独りの児らが集まり、救われる児らとなり。

 ここで目覚め、ここで食べ、ここで眠る。

 ここで笑い、怒り、泣き、そして喜ぶ。


 昨日と変わらない今日が来る。

 明日と変わらない今日が始まる。

 そんな喜ばしい日々を祝福するところ。


 ここは今日パンを食べるための家。

 ここは明日雨露あまつゆに濡れないための家。

 ここは昨日に後悔を置き去りにしないための家。


 ここはこのアノールの地に住まう子供たちの家。

 いずれの人もここで眠り、目覚めることが許される。

 人も、エルフも、獣人も、いかなるヒトの区別なく。

 打ちのめされた者、病める者、寄る辺なき者。

 そのいずれもが救われるべき人であることを知る場所。


 それはあなたたちであり。

 そして、救いに導かれ辿り着いた者たち。


 この家に住む者すべてが家族であり。

 あなたたちはすべての人の姉であり兄である。

 そして、すべての人が妹であり弟である。

 貧しき者、富める者、健やかなる者、病める者。

 そのいずれもがあなたたちの家族である。


 血の絆は持たないけれど。

 魂の絆を育むための場所。


 ここに生きた者は永遠ではないけれど。

 ここで生きた事が永遠であると知れる。


 あなたたちはもう孤児ではない。

 あなたたちはここに家族を得た。

 どこにいこうと、どれほど時が経とうと。

 その魂の絆は永遠である。


 ゆえに、救児院をはじめよう。

 まだ見ぬ弟妹達のために。

 いまだ知らぬ家族のために。

 いつの日かの自分を救うために。


 ここに私は宣言する。


 ここに住む家族が平等であることを。

 すべての人が平等であるがゆえに。

 その生まれ、種族、力、知恵それら諸々の差。

 それが救いの差をもたらすことはない。

 あってはならないと私は考える。


 その生命を謳歌する権利がある。

 その魂の自由を守る権利がある。

 その幸福を追求する権利がある。


 今日ここからはじめよう。

 このアノールの地をあなたたちの故郷にする日々を。


 今日、いま、ここから。

 他の誰でもないあなたたちのために。

 自分自身のためにはじめよう。


 あなたたちの家がある。

 あなたたちの生命を。

 あなたたちの自由を。

 あなたたちの幸福を。

 それを追求するための家がある。


 ここはあなたたちの家。

 

 ここで目覚め、ここで食べ、ここで眠る。

 ここで笑い、怒り、泣き、そして喜ぶ。


 昨日と変わらない今日が来る。

 明日と変わらない今日が始まる。


 今日、それが自明であると信じられる日になる。

 



 あなたが言葉を締めくくる。

 そして、万雷のごとく拍手が響いた。

 孤児たちがあなたのことを熱い目で見ている。


 溢れるほどたくさんの食事を与え。

 毎日清潔な衣服と入浴の機会を与えた。

 演説が響くだけの下地はあった、そう言うことだ。


「おつかれさまです」


 壇上から降りたところで、カル=ロスが飲み物を渡してくれた。

 喋り倒したので喉が渇いていたところだ。ありがたい。

 カップを傾けると、香ばしく爽やかな液体が喉を伝って流れていく。


 焙煎した大麦を煮出した茶だ。

 『アルバトロス』チームが好んで飲む。

 毎日ばかでかい寸胴いっぱいに作って冷やして飲んでいる。


「お母様って演説も出来たのですね」


 まぁ、内容的に大したことは言っていなかったりするが。


「……ですかね? 孤児たちには響く内容だったと思いますけど」


 子供が救われるべきだなんて当たり前ではないか?

 そして、いずれの種族に生まれようと、生きて幸福になるのは当然の権利だ。

 それは生命として生まれた以上、絶対であるとあなたは信じている。

 それを実現するのは途方もなく大変なことではあるが……。


 そのために大人がいるのではないか。

 子供が子供らしくあり、子供が大人になれるように。

 そのために尽力してやるのが大人ではないのか?


「我が親ながら発言が立派過ぎてビビりますね……」


 なぜか戦慄されてしまった。

 そんなに変なことを言っているつもりはないのだが。

 まぁ、理想論を振りかざしている自覚はあるのだが。

 その理想論を叶う限り実現しようと努力するのは、持てる者の役割だろう。


「女癖以外は最高に誇れるんですけどねぇ。もうほんとに、女癖以外は本当に。あまりにも女癖が酷過ぎて、みんなの親に紹介できないんですよ」


 酷い言われようだ。事実だからしょうがないが。

 しかし、未来のあなたは『アルバトロス』チームの親とは知己ではないらしい。

 みんなそれぞれ違って可愛らしい少女たちだ。

 その親ならばさぞかしかわいいに違いないだろうに。

 実に勿体ない。いずれ紹介してくれるよう頑張ろう。




 さて、救児院が発足し、寝る場所、住む場所が完備された。

 それに伴い、土木工事の必要な度合が削減された。

 なんせ1000人収容できる規模の施設にしたのだ。

 500人に膨れ上がった孤児も楽々収容出来ている。

 では、残った余力でなにをするかと言うと……。


「じゃあ……いいって言うまで、走りましょうか」


 当然、極上の兵士にするためのトレーニングだった。


「さぁさぁ走った走った! フル装備の私に追いつかれた子は腕立て20回!」


「分隊支援火器装備の私に周回遅れにされたら追加で20回!」


「迫撃砲装備の私に追いつかれたら翌日もマラソンです!」


 教官役である『アルバトロス』チームもまた訓練を行う。

 孤児たちよりもずっとキツイ状態で、より厳しい訓練を積んでいる。

 総重量50キロくらいありそうな装備を担いで走るのはなかなかすさまじい。

 あなたなら楽勝でも、常人には想像を絶する苦痛だろうに。


「120mm迫撃砲背負って走ってる人に言われたくないです……」


「砲本体だけとは言え、150キロくらいあるはずなんですが」


「砲弾入り木箱2つも持ってるんで、合計200キロちょいくらいですかね」


「ええ……」


 あなたはあなたで『アルバトロス』チームから重量物を借り受けて走っている。

 合計200キロなら、普段10トン超えの荷物を持っているので誤差みたいなものだ。


「次から迫撃砲じゃなくてりゅう弾砲持たせましょう」


「流石にりゅう弾砲は持ってないんですよね」


「もう荷物全部持たせては」


「お母様は一個機甲軍団を纏めて月まで投げ飛ばせる人ですよ」


「もはや何なら持てないんですかね」


「落ち着き」


 酷い言われようである。

 あなたは抗議しながらも『アルバトロス』チームと共に走り続けた……。

 子供たちを散々に追いかけまわしながら。



 死ぬほど走って体力をつけたら。

 死ぬほど飯を食わせ、死ぬほど眠らせる。

 そんな日々を繰り返し、子供たちを鍛える。


 本当なら座学も多少なりとやりたいが。

 頭のキレる子供を見出す段階なので、まだ早い。

 全員に分け隔てなく施す必要性もあまりないし……。


 もちろん毎日訓練三昧と言うわけではない。

 あんまり連続で働かせたり、鍛えても効率が悪い。

 2日や3日鍛えたら1日休む。それくらいがいい。

 ただ、救児院では5日鍛えて2日休むサイクルになっている。

 『アルバトロス』チームが週休2日は欲しいと嘆願して来たためだった。


「週末だ! さあ今週もやって参りました、5日間頑張った自分へのご褒美!」


「ここから月曜朝までが私の回復タイム! リフレッシュに、ゲームだ!」


「あっ! 異世界だから電気もゲームもない!」


「もういい! 死ぬ!」


 途方もない疾走感で『アルバトロス』チームが死を望んでいた。

 他にも遊び方は色々あるのに。酒とか、女遊びとか、賭博とか。


「うーん、オールドスタイル……」


「酒とたばこを切らさない限り職人は居付いてくれるとは言いますがね……」


「と言うかあの、女に女遊びを推奨するのはどうなんですか?」


 べつに男遊びをして来ても構わないが。

 避妊だけはちゃんとするように。

 あなたはそのように『アルバトロス』チームに告げる。


 そして、各々に特別給と称して金貨10枚を渡した。

 これで町に行って、好きなように遊んでくるといい。


「う~ん……? 大金っぽいけど、金貨10枚ってどれくらい出来るんですか?」


「孤児を10人買い取れます」


「なるほど、第二の救児院設立と」


「真面目な話すると、奴隷でも2人は買えますね」


 結構な大金なのは間違いない。よほどの高級娼婦でも買える。

 酒や食事も、よほど異常な使い方をしない限りは2日遊び倒せるだろう。


 そうして12人に金貨を渡し終え、次は子供たちだ。

 しかし、子供たちのうち、給与が与えられるのは極わずかである。

 リーダー役として選抜した子供たちだけが給与を与えられるのだ。


 あなたはリーダー役の子供たちに銀貨1枚を与える。

 一応、日給銅貨1枚と言うことになっており、週に1度纏めて支給となる。

 なら銅貨7枚と言うことになるが、キリが悪いので銀貨にしてある。


 手にした銀色の輝きに、ゼイレとマリルが頬を綻ばせる。

 15歳前後の彼女らをリーダー役に、10代半ばほどの子供たちが主に訓練を受けている。

 それ以下だと、さすがに訓練を受けても効率が悪いので……。


「へへ、銀貨……銀貨か……」


「なかなかお目にかかれない大金だねぇ。ま、教官の姉ちゃん方にゃ負けるけどね」


 そこはしょうがない。まだまだ扱いで言えば見習いなのだ。

 むしろ給与が出るだけありがたいと思って欲しい。

 実際、他の子どもたちは無給なのだから。

 この給与はリーダー役の特権である。


 そして次に、あなたは交際費として金貨1枚を与えた。

 この金貨は、取り纏めている子供たちのために使うようにとも。

 建前上、リーダー役にしか金を与えられないので。

 リーダー役からヒラの子供たちに還元して欲しいということだ。


「なるほど?」


「なんでまたそんな面倒なことすんだい?」


 向上心の涵養かんようのため。

 やはり、いい待遇を得たいというのは自然な考えだ。

 その分かりやすい際たるものが、給与だろう。


 高い給与のためにはリーダー役にならなくてはいけない。

 今は単純に年齢と、そこに居たからと言うだけの理由でリーダーになっているが。

 いずれはリーダー役は実力とリーダーシップで選抜することになる。


 そのために、リーダーが優遇されるようになっている。

 その上で下の信頼を勝ち取れるよう、その優遇を上手く還元して欲しい。

 それが出来ないようではリーダー役に選抜する意味がないので。


 リーダー役は、将来的には戦場指揮官としての役割を与えることになる。

 指揮官として、トップとして、部下の信頼を勝ち取る技術も培って欲しい。


「なるほどねぇ……まぁ、あいつらと町に出て、飯でも奢ってやりゃいいんだろ?」


「もしくは酒か。金貨とは言え、全員に娼婦奢れるほどの金じゃねえしな」


「酒か飯。まぁ、分かりやすい労いだよ。簡単さ」


 分かっているようで大変結構。

 あなたは頷いて、ゼイレとマリルの理解の速さに微笑んだ。


 なお、もちろんだが銀貨はリーダー役の特権だ。

 そちらは自分のために使ってなんら問題ない。

 それこそ好きな男でもいれば、自分を飾るアクセサリーでも買っては?


「はん、男ね。媚び売るんなら、領主サマにやる方が利口だろうさ」


「バカ言え! この女たらしに隙見せたらえらい目に遭うぞ!」


「はん?」


 ゼイレがマリルを止める。それにマリルがやや怪訝な顔をする。

 今のところ、まだあなたがゼイレを手籠めにしていることはバレていない。

 まぁ、バレるのは完全に時間の問題だが、まだ秘め事を楽しめる。


 バレた時、いったいどうなるだろうか?

 マリルとイルとメル。女の子たちを守っているつもりのゼイレ。

 それが、あなたを独占していると思われるようになるのは……いつになるだろう?


 あなたはそっとほくそ笑んだ。

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