13話
建築は順調に進んでいる。
そして、孤児たちの状態もみるみる改善している。
よく食べ、よく運動し、よく寝る。
そんな生活を送るだけで、瞬く間に逞しく育っていく。
「まぁ、生き残って来た子供ですからね。基本が強いんですよ」
「育てば精強な兵士になりますよ。いいですね」
『アルバトロス』チームからの評判も上々。
劣悪な環境を生き残って来た者たちだ。
生物としての強さが根本から違うのだ。
「建築計画も順調ですし、来月には順次訓練をはじめていけるでしょう」
「本格的な稼働は3カ月ほど後を見込んでいただきたいですが」
救児院の運営に関しては順調なようで大変結構。
まぁ、今のところは金を生み出す組織にはなっていない。
なので、あなたの方から公金、あるいはポケットマネーを投入する必要がある。
いずれ回収できる可能性も十分にあるし。
回収できなくとも、正規軍の充足に使ったと思えばいい。
少なくともトイネを挙げてどこぞの国に侵攻することになっても、連れて行く軍には困らない。
「近代以前の軍隊特有の、正面部隊以外を限界まで軽視しまくった軍になりそうですね」
「まぁ、輜重部隊作ってなにでなにを運ぶんだという話だし、工兵もなにするんだって話になりますからね……」
「基本が決戦なので、陣地構築の概念がですね……」
「まぁ、正面部隊以外育てろと言われても困るので、ありがたい話ではあります」
なんだか未来の軍隊は随分と複雑になっているらしい。
あなたはついていけるだろうか、この世界の発展スピードに……。
孤児たちの救済、そして育成。
それらを進める傍ら、領地経営も改革していかなくてはいけない。
とは言え、今まで上手くいっていたものを急進的に変えてもしょうがない。
『アルバトロス』チームが持ち込んでくれた麦の種籾を秋植えしたり。
岩塩鉱山の採掘、流通についての見直し、監査を入れたり。
各地の村々の統治層……つまり村長らの監査、指導を入れたり。
悪徳な真似をしているやつらはもちろんひっ捕らえて処刑した。
あなたは基本的に不正を許さない。金なんぞであなたは靡かない。
女を差し出されたら、ありがたく頂きつつも粛清はした。
私腹を肥やす悪徳な連中を始末し、公正な徴収、分配を行う。
そんな一連の仕事をこなし終え……あなたはヒマになった。
そう、驚いたことに、あなたはヒマになってしまったのだ。
やるべき仕事がなくなってしまい、あなたの前にはただ時間だけが横たわる……。
領主はもっと忙しいものなのでは……?
「むしろ、なんで忙しいと思うのよ」
貴族としての仕事、その辺りの機微に詳しいレインが呆れている。
ザーラン伯の暫定後継者として、その辺りの教育は受けていたらしい。
「いいこと? 貴族と言うのは不労所得ありきの存在なのよ。なければ貴族じゃないわ」
弱小貴族だと貧乏で働かないとやっていけないことも珍しくないらしいが。
「そうだとしても不労所得くらいはあるわよ。それが少ないとなにかしら働くこともあるけど……自分であくせく農地を耕したりはしないわ」
では、なにをするのだろう?
「まぁ、いろいろね。ありがちなところだと家庭教師とか。まぁ、家庭教師は仕事じゃないけれど」
家庭教師が? 仕事でないなら、なんだと言うのだろうか?
「知人の子供に勉強を教えたら、お礼としてお金とかをもらえた。でも雇用されてるわけじゃないからこれは仕事ではない。そう言うことね」
ただの屁理屈では?
「そうかもしれないわね。でもそう言う風に見られるのよ」
貴族仕草めんどくさぁ……あなたは溜息を吐いた。
やがてはあなたの子供たちもそう言う仕草を身に着けるのだろうか?
「あとは男なら手伝い戦……要するに傭兵働きね。実際は騎士として参陣とかそう言う名目はつけるわけだけど」
そちらは理解しやすい。戦争ではいろんなものが手に入る。
規模がでかくなるほどに割に合わなくなっていくが……。
「そんな感じで金を稼いだら、後は社交よ。ひたすら社交。いい嫁ぎ先を見つけて、いい嫁をもらう。そのための社交よ」
つまり、糧を得るための行動以外は、子孫作り。
まるで昆虫のような生態に思えてくる。
「貴族の生業と言うのはね、不労所得よ。つまり、その不労所得を維持し、拡大するのが最大の関心なの。そして、不労所得とは土地からなるものよ」
まぁ、土地が大きければそれだけ農地が増え、鉱山なんかも増える。
水利のある場所ならば、輸送船なんかから金を巻き上げる手もある。
いずれにせよ、土地が大きければ大きいほどに豊かなのは当たり前だ。
「低脳が跡継ぎの家を乗っ取るために聡明な娘を嫁に出したり。子孫が少ない家に健康な娘を出して、子供を何人も作って乗っ取ったり……」
な、生臭い……あまりにも生臭い……!
あなたは愛に生きる女であるから、そのような結婚を好んでいない。
実際、当事者になりたいとも思えない。たとえ美女が抱けてもだ。
「そう言うわけだから、貴族は領地にいるなら仕事なんかないの。最低限の決済とか承認は必要だけど、数分あれば終わるわよ。分かった?」
わかった。まさか貴族がそんな楽な生業だったとは。
エルグランドの貴族は、本当にブルーブラッドか確かめよう! とか言われて確かめられたりしていた。
つまり、叩き切って青い血が流れているかを検められていた。
あなたはそんな目に合うくらいならなりたくないと思っていた。
しかし、そんなに楽な生業で、しかも領地の女の子食べ放題とは……。
こんなことならエルグランドでも貴族になろうか。
「なに言ってるのよ。あなた、これから社交しないといけないのよ。イミテルのおなかの子の将来の行き先を見つけないと。よそで貴族やってるヒマないでしょ」
あなたは頭を抱えた。やりたくない……!
嫁ぎ先を見つけるのも、嫁の貰い先を見つけるのも。
どっちも等しくやりたくない。めんどくさ過ぎる。
あなたは人と人同士の交流はそう嫌いではない。
だが、利益誘導のための交友を結ぶのはあまり好んでいない。
個人同士の働きでの利益確保の交友……つまり、冒険者同士の連帯などならばいいのだが。
商売や政略での交友関係は、複雑怪奇で条件も分かりにくい。
その最たる交友関係、政略結婚など考えるだけで脳が茹る。
「でも、見つけてあげないと子供が可哀想じゃない。将来どうするのよ?」
周辺の貴族一家を暗殺して、土地を実効支配するとか……。
「しれっととんでもないこと言わないでちょうだい。いえ、そう言う手がないとは言わないけれど……」
あなたのポケットマネーを置いていくので、その莫大な富で子々孫々と暮らすとか。
この辺りの金相場なら、それこそ七代先まで遊んで暮らせるだろう金貨の用意は容易い。
「……まぁ、救児院の存在を考えると、戦闘力の高い領地にはなるから、アリかもしれないわね。財産の維持のための戦闘力の維持……下手によそで戦わずひきこもる方が賢いと言えばそう」
まぁ、それを周辺が許してくれるかはまた別の話ではあろうが。
いずれにせよ、莫大な金があれば、社交で有利を得ることもできるはず……。
本気で貴族らしくやっていくなら、あなたの子の代からやってもいいはずだ。
少なくとも、あなたの子が一人立ちする頃もまだあなたは健在だろう。
人の命に絶対はないので確実とは言えないが、少なくとも老いて動けないと言うことはない。
仮に老いて衰えていても、若返って運動能力を取り戻せばそれなりには戦えるはずだ。
なので、社交とかそう言うのは子孫が頑張ってくれるということで……!
「子孫に苦労を丸投げするんじゃないわよ……」
しかし、あなたが頑張るにしてもだ。
あなたにうまいこと社交ができると思っているのだろうか。
「あなた、なんだかんだ人あたりはいいじゃない。話もうまいし、交渉も上手だし。女と言うのは男貴族相手には不利だけど、救国の英雄って言う肩書もあるわけだし」
たしかに、そちら方面の交渉は楽々こなせることだろう。
あなたの全知全能を尽くせば、借金の連帯保証人にすることも可能だ。
しかし、あなたの社交の問題点はそこではない。
あなたは女だ。よって、社交する相手は男に限らない。
貴婦人たちのサロンやお茶会に呼ばれることだってあるだろう。
そうなった時、あなたが冷静にまともに社交できるだろうか?
「……サロンがあなたの盛り場になる未来が目に見えるわ」
そう言うことだ。絶対大問題になる。
しかも複数の家と、同時にだ。
もう社交どうこうではなくなる。
戦争勃発である。間違いない。
まぁ、最終的にあなたが勝って、相手の領地総取りに持って行けば……。
社交の最終目的は達せられると言えなくもない。
「急進的にも限度があるでしょ。あなたは世界平和のためにもヒマを持て余してた方がいいわね」
そうかな。そうかも。
まぁ、少なくとも社交するよりはマシだ。
しかし、そうなるとやることがない。
貴族なら狩猟とかを楽しむのかもだが……。
あなたは少し考えて、ため池を作ろうと思い立った。
穀倉地帯の拡大のためには農業用水の確保が必須。
そこで、農閑期に水を蓄えておける大規模なため池を造成するのだ。
仕事がなければ作ればいい。
あなたはそのように考えた。
「あら、いいじゃない。農地の拡大は豊かさにつながるわ。世話する人手ありきだけれどね」
なので『ナイン』で1発ドカンとクレーターを創り出し、そこに水を溜めよう!
「やめなさい」
止められた。
さっきは「いいじゃない」って言ってくれたのに。
「なんと言うか、そう、あなたはヒマを持て余すとロクなことしないわ。平和に対する罪を犯さないようにしてちょうだい」
さっきと言っていることが違うではないか。
「黙りなさい。あなたは女漁りでもしてきなさい」
なんだか納得がいかない。
しかし、女漁りを推奨されては黙っていられない。
あなたは女漁りをするべく席を立った……。
手近な村に向かった。
「金髪の女たらしが来たぞ! 女を隠せ!」
「妻を隠せ! 姉を隠せ! 妹を隠せ! 娘を隠せ!」
「いいや、母も隠せ! 婆も隠せ! 女はすべて隠せ!」
あなたの前から女が消え去った。
「どいたどいた! 金髪の女たらし様のお通りだぞ!」
「見ろ! こいつがうちの領主様だぜ! とんでもねぇ女たらしだ!」
「女のくせに女たらしだ! 男だったら男たらしだったに違いねぇ!」
かと思えば、お調子者たちがあなたに追随してはやし立てる。
あなたはなんだかなぁと思いつつも、村を一通り歩いた。
結局、女漁りをすることはできなかった。
メスのロバならいたが、さすがに……。
ヒマになって、あなたは屋敷の近辺に作った練兵場へ向かった。
体を動かしたい者は自由に使ってよい場所だ。
まぁ、均しただけの平地でしかないのだが。
軍隊の行進演習もできるように整えたので、キロメートル単位の広さとなっている。
そこでは相変わらず『アルバトロス』チームが訓練をしていた。
12人が4人組3チームを作っているので、どこかのチームは休養だったり訓練に勤しんでいたりするのだ。
「この世界、冒険者ギルドとかあるらしいじゃないですか」
「ありますね」
「やっぱりこう、Aランク冒険者、Sランク冒険者とかいるんでしょうね」
「となると当然、私は実はSSランク冒険者になれる実力があるが、面倒なんでCランク冒険者をやっているんだ……とかがあるに違いない!」
「カル=ロスのお母さんだったら超上までいけそう。SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSランク冒険者!」
「私はSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSランク冒険者になれるんだが、面倒なんでCランク冒険者をやっているんだ」
「たしかにめんどそうだ。書類書く時とか」
「もうそこまで行くならS×10ランク冒険者とかにしときなよ」
「S×99999999999999999999999999999999999ランク冒険者」
「学習しねぇ組織だな!」
今は休憩中らしく、飲み物片手にしょうもないことを駄弁っている。
あなたはヒマだから遊びに来たよと声をかけた。
ついでに、昼時なので弁当も持ってきたと示す。
「へーい、クライアント、へーい」
「へーい」
「お昼ご飯ありがたいです」
「はらへっためしくわせ」
気楽な調子であいさつをされた。
あなたも、へーい、と気楽にあいさつを返した。
そして弁当……山盛りサンドイッチ入りのバスケットを開く。
「サンドイッチですか。おいしそうですね」
「このお屋敷では毎日しっかりしたもの食べさせてくれるからありがたい」
「でもたまにはジャンキーなの食べたいです……」
「サンドイッチはパン、肉、葉物野菜、チーズ、パン。ハンバーガーと思えば……」
あなたたちがこの領地に来て、もう2カ月ほど経った。
『アルバトロス』チームがホームシックになっても致し方なしというところか。
特に、故郷の料理が恋しくなるのは自然なことだろう。
「気軽には帰れないですからね。しょうがないです」
「実のところ、カル=ロスとアキラ、ムツミとアストゥムの4人がいれば十分な仕事だったりするんですよね」
「私たちは留守番でもよかったんですが、やはりこう、アキラとかムツミがマジになってたので……」
「手伝ってあげないとですからね」
なんだかよく分からないが、そこらも覚悟の上だったらしい。
それはそれとして、やっぱり故郷の料理は恋しいらしいが。
「今はなんでもいいから牛丼が腹がはち切れるまで食べたいです」
「文句のつけられない量を出してくれるお陰で、体格は維持できてるんですけどね……」
「やっぱりこう、せっかく体重を増やすなら美味しいもの食べたいですからね……」
「カロリー摂取の効率だけ考えて食べるのしんどいですもん」
たしかに、太るだけなら油を飲めばいいが、あれはしんどい。
顔はべっとべとになるし、気持ち悪くなるし、トイレが大変なことになるし……。
「サラダ油直飲みとかバター丸かじりとか最強に太れますけど、やりたくはないですからね……」
「カロリーで言えば、ガソリンの方が効率よくないですか?」
「カロリーにできればね……」
「待ってください。石炭ならキロ単価20円そこらでコスパいいですよ」
「コスパ論で言えば、泥炭の方よくないですか? 商業ベースに乗ってないんで、北海道に行けば無料食べ放題じゃないですか」
「でもそこまで行くのと掘って食べるのでタイパ悪いし……」
「コスパとタイパの兼ね合いで行くと、ウラン粉末……イエロケーキが安い割にカロリーが高いですよ。重いので少量でたくさんカロリーが取れますし」
「核物質ありなんですか。だったら水飲んで核融合した方がよくないですか?」
「水飲んだだけで核融合なんかできるわけないでしょ」
「ガソリン飲んで火力発電だってできるわけないだろ」
馬鹿話が盛り上がっているようだ。
あなたはそんな話を聞きながら、自分もサンドイッチを食んだ。
そして、溜息をひとつ。
ヒマだ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます