サシャ 2話
金髪の女たらしとの甘やかな夜を過ごし。
開けて翌日はサシャの第1回卒業試験への出立の日だ。
前日にも行った荷物の確認を済ませ、すべて『ポケット』へ。
放り込んだものがペシャンコになり、消える。
見た目はそうなのに、魔法を使った感覚はまさにポケットへ物を突っ込んだかのよう。
不思議な感覚に襲われるが、そう言うものと言えばそう。
そして消えた荷物の重さは、ずっしりと全身にかかる。
手で持つのと、身に纏うのでは、重さの感じ方が違う。
そのおかげで『ポケット』は極めて効率的に荷物が持てる。
かなりの量の荷物を詰め込み、最後に精神を集中して魔法を使う。
『ポケット』の上位魔法である『四次元ポケット』の魔法だ。
とは言え使用感から効果まで、何から何まで違う。
あくまで効果から上位魔法とされて名付けられているだけだ。
『四次元ポケット』は異次元空間に荷物を仕舞う魔法だ。
いまのサシャでは大したものは入れられないが、食料くらいは入る。
『四次元ポケット』の中では食物が腐らないので安心して食料が運べる。
ご主人様印の最高においしいポタージュや贅沢な調理パン。
日持ちしない氷菓子や生菓子だって冒険の旅に持ち込める。
『四次元ポケット』の真価はどれほど重いものでも運べることだというが。
サシャからするとアツアツのポタージュをアツアツのまま運べることが1番の価値だ。
「ふぅ。これで、よし……」
「準備は終わった?」
「はい。ご主人様が作ってくださったポタージュもしっかり持ちました」
「そっか……ね、サシャ」
「はい?」
「私のポタージュ、おいしい?」
「はい! とっても!」
尻尾をパタパタさせながらそう答えると、金髪の女たらしが頬を染めた。
意外にはにかみ屋なのか、得意料理だという卵料理やミルク料理を褒められると頬を染めるのだ。
ミルクの風味豊かなポタージュは濃厚で病みつきになりそうな味わいだ。
もう毎日だって食べたいくらいにおいしいのだ。
はしたなくも口の周りを汚してしまうくらいがっついてしまう。
少女風ポタージュの、どこがどう少女風なのかは分かりかねたが。
北方風サラダとか、悪魔風スパゲッティとかと似たような、印象的なものなのだろう。
サシャにとって重要なのは、とにかく美味しくてパンも進んでサイコーだということだ。
「デザートもちゃんと持った? 私のレアチーズケーキ」
「はい! レアチーズケーキもおいしいから大好きです!」
「私のミルクも、カメいっぱいに渡したよね。持った?」
「濃厚でおいしいミルクだから毎日飲んでます!」
「よかった」
食べることは大事。飢えるのはよくないと、異様な実感と共に語られたことがある。
そのため、サシャは遠慮なく食べるし、女たらしは容赦なく食わす。
ちょっと多いんじゃ? と言うくらい渡された料理も、全部受け取った。
「3食ちゃんと食べるんだよ」
「朝ご飯もしっかり食べました」
「気をつけてね、サシャ。危なかったら逃げてもいいんだからね」
「はい。行ってきます!」
「ン……」
主である女たらしに優しく触れるだけのキスを贈られる。
もちろん返礼に深く甘いキスをして、サシャはサーン・ランド冒険者学園を発った。
冒険者とひとくちに言っても色々ある。
その多くは迷宮探索を志向する者たちだ。
これは冒険者の成り立ちを思えばさほどの不思議でもない。
そもそもなぜ冒険者と言うのかと言えば、元々は開拓者たちのうち荒事担当の者たちのことを言った。
この大陸はきわめて広大な熱帯雨林が過半を占めている。
現在でも人間の領域など大陸の2割もないのではないかと言われる。
この熱帯雨林を切り開くことで、この大陸の人類は生存圏を獲得してきた。
その最中に、先史文明である巨人族文明の遺跡を人々は多数発見した。
そうした遺跡を見つけ出し、探検し、宝物を手にして来た者たち。
それこそが冒険者であり、この大陸の冒険者の祖なのであった。
そして、その冒険者たちが見つけ出した最大の宝。それこそが迷宮。
迷宮を冒険者たちが探索し、莫大な財宝を持ち帰ることを志向したのは不思議な話ではないだろう。
本来は開拓者たちであったのが、やがて迷宮漁りになった。
結果、冒険者と言う名前だけが残った。
この大陸における冒険者の由来はそうだ。
それが大半の冒険者。
そして、そうでない冒険者。
迷宮探索を志向しない者たち。
半傭兵、半モンスター駆除業者。
自称冒険者の日雇い労働者。
他の商人と行き会って行商団を組むのを目論む商人。
巡礼中の宗教者、あるいは一般人。
対モンスター専門の戦闘者集団。
種々様々な冒険者たちのうち、サシャが引き合わされたのはいちばん最後。
つまり、対モンスター専門の戦闘者集団だった。
冒険者ギルドに出向いて、名を告げて。
行くように指示された部屋へと向かえば、出迎えたのは屈強な男たち。
荒くれた、と言ったような雰囲気ではなく、どこか統率されている気配。
ただの兵役上がりではない、専業兵士上がりの冒険者なのだろう。
「冒険者学園のサシャ・キリム……だな?」
「はい。魔法剣士をしています。今日はよろしくお願いします」
「ああ。俺は『銀色の牙』のリーダーであるナルイーダだ。よろしくたのむ」
チーム名『銀色の牙』。サシャは微妙な気持ちになった。
2年前に金髪の女たらしが皆殺しにした『銀牙』と似たようなチーム名だ。
って言うか修飾表現をちょっと変えただけで、実質同じ名前だった。
「今回、君には細かいことをとやかく言わない。君がすべきだと思ったことを、思ったままにするといい。冒険者学園での授業が身についていれば、おのずとすべきことが分かるだろうからな」
「はい。それで、今回の仕事はなにをするのですか?」
「街道沿いの森……西側の方の森だ。そちら側でオーガの定住が確認された。オーガについては?」
オーガ。一応の分類上は巨人族と言うことになるが。
他の巨人族からは、できそこないと嫌悪される部類の存在だ。
巨人族はその魁偉な巨躯を除けば、人間と変わらぬ社会性を持つ。
種によってやや愚鈍であったり、やや狂暴であったりはするが。
それでも高度な社会性を持ち、共同体を構築する能力がある。
オーガにはそれがない。彼らの構築できる最大限の関係性は家族までだ。
それ以外の存在はことごとくが敵であり、また醜悪な狂暴性の犠牲者に過ぎない。
あるいは彼らに奉仕する奴隷だ。まぁ、彼らに奴隷と犠牲者の区別などありはしないが。
他のより強力な巨人族に力によって支配される以外では、常に彼らはくだらない理由で殺し合いをはじめる。
そんな救いようのない愚鈍なでくの坊がオーガだ。
だが、その巨躯からくる剛力と、想像力の欠如からなる蛮勇ぶりは危険の一言に尽きる。
人間の共同体の近くに生息すれば、やがては周辺に危害を及ぼす。
サーン・ランド近辺の漁村などを襲撃されれば、コトである。
女が襲われれば、ハーフオーガが生まれることもある。
生まれたことが消えない罪ですらある哀れな忌み子だ。
サシャはそんな知る限りの情報を述べた。
「……と、こんなところでしょうか?」
「完璧じゃないか。俺たちより詳しいぞ、なぁ?」
ナルイーダがそう言って仲間たちに同意を求めると、仲間たちは笑って頷いた。
「ラッキス、おまえなんかよりずっと賢いお嬢さんだぞ!」
「おまえも少しは本を読め! スケベな本以外だぞ!」
「あーうるせーうるせー! 獣人族たるもの、激戦と湧き上がる高揚こそが友だ! 机について本なんか読んでられっか!」
ラッキスと呼ばれた男がからかわれ、怒鳴り返す。
サシャと同じく、獣人族であることを示す尖った耳が生えていた。
「獣人族ならよ! コレよ!」
そう言ってラッキスが勢いよく腕を机に乗せる。
肘をつけ、手を挙げる姿勢。サシャに向け、勝負を誘う仕草をしてみせる。腕相撲の体勢だった。
「手、握って欲しいってか?」
「若くて小ぎれいで可愛い同族が来たからって……」
「キッショ……死んだら?」
「ラッキスおまえ……そう言うのはよ、相席してくれる酒場とかでやれよ」
「ちがぁぁぁぁう!! 腕相撲! 腕相撲だ!」
バンバン机を叩いて腕相撲を主張するラッキス。
サシャはなんだか哀れになって応じることにした。
ラッキスの対面に座り、腕相撲の姿勢を取る。
「そうこなくちゃあな! ほう……いい手じゃねえか」
「えっ……ちょっと、そう言うのは……」
「あっ!? 違っ、そう言う意味じゃねえ!」
サシャの手を握った瞬間、なにやら感慨深げに言うラッキス。
思わず気持ち悪くなって手を離すサシャ。
「ラッキスおまえ……そう言うのはさ、娼婦相手にやれよ」
「臨時で来た子でもう会うこともないだろうからって、イタズラすんのはさ……」
「ラッキス、おまえチーム抜けろ」
「違う! そうじゃねえ! そうじゃねえんだよ! よく鍛えられてる剣士の手だなと思ったんだよ!!」
「とかなんとか言って、若い女の子の手の感触、堪能したんだろ?」
「うわ気持ち悪……」
「サシャちゃんだっけ? ラッキスが変なことしたらすぐ言えな。俺らがとっちめてやるから」
ラッキスはからかわれがちらしい。
少し直情径行がある人種なのだろう。
そう言うタイプほどからかい易い。
「あはは……えと、とりあえず、腕相撲ですよね」
「おう……今度こそちゃんとやるぞ……!」
サシャとラッキスが手をがっちりと組む。
誰も止める様子がないことから、これはある種の洗礼なのだろう。
少しくらいは力を示せ。そう言う意図のある洗礼だ。たぶん。
ならばやってやるかと、サシャは気合を入れる。
「よーし、両者しっかり組んで……はじめ!」
「オラァッ! おっ、おっ!? 凄い力だ!」
ラッキスが開始と同時、勢いよく腕を倒して来る。
が、サシャは左手でしっかりと机を握って体を固定し、ビタリと右腕を静止させた。
たしかになかなかの力だ。だが、サシャを相手にするには力不足だった。
「うおおおっ……! 待って! 強い! ピクリとも動かない! 信じられないくらい強いんだけど! 俺の腕の方が折れそう!」
クッッッソまずいハーブを泣きながら食べて鍛えた日々は無駄ではない。
いまやサシャは馬を担ぎ上げて移動することが可能なほどの膂力を得た。
巨躯ゆえの有利さと言う点を踏まえても、巨人族をも圧倒する剛力だった。
「じゃあ、私も反撃しますね。はっ!」
「オウァーッ!?」
そしてサシャが反撃をする。一瞬にして腕が捻じ伏せられ、机の天板にラッキスの手が叩きつけられる。
「おおーっ! 強ぇ! 嬢ちゃん強ぇな!」
「ラッキス情けねぇぞ!」
「この嬢ちゃんが強ぇんだよ! 俺が弱いわけじゃねえ!」
容赦なく負かしたが、悪印象を招かなかったようでなによりだ。
サシャは内心で安堵しつつも、この集団のレベルを少々測りかねていた。
サシャが接したことのある現役冒険者は数が少ない。
そして、接したことのある冒険者は、例外中の例外のような強者が多い。
そうした例外を除いた中で、いちばん強いと思われるフィリア。
そのフィリアより弱い、のは間違いないが、それがどれくらいの差なのか。
自分と比較してどの程度なのか、そのあたりがわからなかった。
「(勉強になるな……それにしても、ラッキスって人……ふふふ……)」
自身の腕を眺めて、サシャがうっそりと嗤う。
自らの意思に呼応して滑らかに動く1本1本の指。
大の男を容易く捻じ伏せられる膂力がそこには宿っている。
生半な実力では抵抗できないほど圧倒的な力。
自分にその力があると思うだけで、背筋に得も言われぬ快感が奔る。
もしもさっきの腕相撲で、もっと強く、もっと荒々しくやっていたら。
きっと、ラッキスの骨はへし折れ、その肉はひん曲がったのだろう。
手の中でズレる肉の律動、折れた骨の瑞々しい感触。
人体を致命的に破壊した感触を空想するだけで達してしまいそうになる。
苦痛に悶える姿、思わず溢れ出す涙は、どれも感動ものの光景に違いない。
ラッキスが男だったから、そう言った行為に出るのを踏み止まれたが。
もしもラッキスが女の子だったら、ついうっかり折ってしまっていたかも。
人間には理性があるから、空想しても実行するとは限らないものの。
ここまで強烈な空想をしてしまう時点で、サシャが相当アレなことが分かる。
ラッキスは金髪の女たらしに感謝しなくてはいけないだろう。
あの異常者がサシャの性癖をひん曲げておいたお陰で腕を折られる確率が下がったのだから。
「剣の腕はまだわからないが、腕力は相当なものだな。魔法も使えるんだろう?」
物思いにふけっていると、ナルイーダがそう声をかけて来た。
意識を現世に呼び戻しつつ、サシャが答える。
「あ、はい。2階梯まで使えます。そんなにたくさんの種類は使えないのですが……」
昨年2階梯に達してから、サシャの魔法は伸びていない。
伸び悩んでいるわけではなく、剣と魔法どちらも両立しているので成長が遅く、そうなるのだ。
「そりゃすごいな……今年は君が首席かな?」
「首席ではないですね。首席はもっとすごいですよ」
言わずもがな、金髪の女たらしのことだ。
現状のサシャの上位互換と言ってもいい。
ただし、聴覚、嗅覚はサシャの方が優れている。
逆を言うとそこ以外はすべてサシャが劣っていた。
「ほう、今年の卒業生は凄いのがいそうだな……サシャ、君にも期待させてもらう」
「精一杯頑張らせていただきますね」
「ああ、見極めさせてもらうよ。では、そろそろ出発と行こうか。おまえたち、行くぞ!」
ナルイーダの号令の下、『銀色の牙』が出立する。
久方ぶりの冒険にサシャの心は躍った。
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