16話

 数分ほどかけて、あなたは呪文回路の意図を読み取った。

 この呪文回路は意図的に経路を繋げて描画されている。


 魔法使いが回路を形成する場合、魔力を起動すべき順番通りに流す。

 なので、回路が多少雑でも問題なく発動するが、物に刻んだ場合はそうはいかない。

 ただ流し込むだけでは経路に順々に魔力が浸透していってしまう。


 物に刻む場合、回路はキッチリ精密に区分けして描かなくてはいけない。

 区分けしないと変な順序で魔力が流れ込んでしまい、上手く作動しなくなるのだ。

 安全措置のしっかりしているこの大陸の魔法の場合、発動しない。

 エルグランドの魔法だと暴走して爆散するので、その点は安心か。


「すると、お姉さんがやればうまくいくのです?」


 そう言うわけにもいかない。

 呪文回路は台座内部にあり、そこが始点だ。

 そこから魔力を流し込む必要がある。

 直接触れられなければ魔力を流し込むのはともかく、操作は無理だ。

 やはり血液の形で流しいれるしかないのだろう。


「5か所から流し込みつつ、混ざらないようにする……? そんなことできるの?」


 他人の魔力は普通すぐには混ざらない。

 なので、5つの台座に5人べつの血液を流し入れれば……。


「なるほど。5人いないと攻略出来ないようになってると」


「1人が大きく負担を引き受けて、魔法1発、ポーション1本で帳消しとはいかないようにできてるんだね」


「物凄くいやらしい構造なのです。嫌がらせのプロなのです」


「この迷宮を作ったやつがいるとしたら、性格が悪いわ!」


 あとはまぁ、膨大な魔力か生命力があるやつなら……。

 この大陸の呪文回路は魔力量でごり押しして発動させやすい。

 魔力に物を言わせれば割と横紙破りなこともできる。

 なので、5か所全部にあなたの血を流し込めば起動するかも。


「なるほどなのです」


「さすがにあなたに5か所全部負担してもらうのは筋が違うわ」


「1人1人やるしかないわね」


「そうだね」


 そう言うわけで、あなたたちは手分けして1つ1つのゴブレットに血を流しいれることにした。

 手首を切って、ゴブレットへと血を流し込んでいく。


 あなたの生命力量は極めて膨大だ。

 多少の肉体の損傷、ダメージではその生命力は大して削れない。

 だが、血液ばっかりはそうもいかない。

 血液量は体格比だ。そして、血液は生命力の塊と言っていい。


 なので、生命力量が増えれば増えるほどに。

 血液1滴あたりの生命力含有量は上昇する。

 失血だけはどれだけ強くなっても侮れない。


 そう言う意味で、このギミックは大変いやらしい。

 どんなに強くなっても消耗を強いる……と言うか。

 強ければ強いほどに消耗の大きいギミック、と言うべきか。


 なんと言うか、本当にこの迷宮は性格が悪い……。




 全員がゴブレットに血を流し込み。

 その血が台座の中へと流れ込んでいった。

 そして、足元の呪文回路が起動。

 『開錠』の呪文によってドアが開かれる。


 ドアとしての機構は目の前にあるが。

 施錠部分の機構は壁の中に埋め込まれている。

 なかなか考えられた構造と言えるだろう。


「次々行くわよ!」


「突撃なのです!」


「私たちの勇気はやつらの比じゃない!」


「私たちが誇り高き帝国軍人であることを忘れちゃだめよ!」


 足止めされたことにフラストレーションでも溜まっていたのだろうか。

 クラリッサを筆頭に4人が勇んで次の部屋へと突撃していく。

 クラリッサとブリジットが勢いよく突っ込み、ドロレスとアンジェリカが入口付近に留まる。


「きゃああぁ――――っ!」


「な゛の゛です゛――――!」


 そして、奥の部屋から悲鳴が聞こえてきた。

 またぞろトラップに引っかかったのだろうか。

 そう思っていると、クラリッサとブリジットが勢いよく戻って来た。

 特に怪我をしている様子は見受けられなかった。


「梱爆! 梱爆! 纏めて吹っ飛ばすのです!」


「もしもし! こちら小隊長から大隊へ! 次の地点への砲撃を要請するわ!」


 どうしたのだろうか? そう思ったのも束の間。

 奥の部屋から、わっと雲霞のごとく黒い雪崩が飛び出して来た。

 それはかさかさと蠢いていて、ねっとりとした油で包まれている。

 それは、ゴキブリと呼ばれる昆虫の群体スウォームだった。


「ひゃあああっ――――!」


「退避! 退避ぃぃぃ――――!」


 アンジェリカとドロレスもその光景に踵を返して逃げ出す。

 一方、あなたはゴキブリの群体へと向けて手を向ける。

 そして放たれるのは『火の防壁』。この大陸の魔法だ。


 狭隘きょうあいな通路に展開される青く燃える焔。

 それは対面側にのみ強力な熱波を放射し、侵入者を阻む防壁となる。

 近付くだけでも熱によるダメージを受け、通り抜けようとすれば燃やされる。


 こういった虫の群体と言うのは武器での攻撃はあまり有効ではない。

 小さいので『火球』と言った魔法で吹き飛ばすのも微妙だ。

 場に対して展開され、そこを通るものに例外なく影響を与える類の魔法。

 今まさにあなたが展開した『火の防壁』のような魔法が有効打となる。


 熱波に炙られてゴキブリが燃える。

 無理に突入したゴキブリは燃え尽き。

 広がる火が次々とゴキブリを焼き尽くしていく。


「お、おお……助かったわ……」


「魔法すごいのです……」


 ほっとした様子で4姉妹が息を吐く。

 あなたもほっとしている。

 あなたは昆虫類は平気ではある。

 だが、だからと言って好きではない。

 あんな群体に呑まれたいわけもない。


「私たちは魔法もサイキックもさっぱりだから、こういう場面に弱いのよね……」


「そうだね。魔法使いのお姉さんがついて来てくれて助かってるよ」


「なのです」


「たしかに、お姉さんがいなかったらさっきの扉は超えれなかったし……」


 アンジェリカが見やる先にはゴキブリの群体。

 あなたがいなかったらたぶん4姉妹はアレに呑まれていただろう。

 考えるだけでもおぞましい状態だ。あなたなら泣く。


「ふぅ……まだまだゴキブリはいるみたいだし、ちょっと休憩しましょうか」


 言いながらクラリッサが懐から懐中時計を取り出す。


「昼も近いし、大休止にしましょうか。1時間、大休止を取るわ」


「じゃあ、弁当を使わせてもらおうかな」


「なのです。アンジェリカ」


「ええ、弁当よ!」


 アンジェリカが背負っていた背嚢から茶色い奇妙な包装物を取り出した。

 それをアンジェリカが各々へと投げ渡していく。

 あなたはいったいそれはなにかと尋ねた。


「これ? これはね……じゃーん! おにぎりよ!」


 包装を止めていた紐を解くと、姿を現すのはライスを握ったもの、おにぎり。

 この大陸では一般的な軽食であり、携帯食として食されているところを見る。

 鮮やかな緑色の植物が混ぜ込まれており、混ぜご飯のようだ。


「あなたはお弁当あるのかしら? なければ私の分を分けてあげるわ!」


 アンジェリカの申し出に礼を言いつつも、あなたは『四次元ポケット』から食べ物を取り出す。

 心配されずともあなたの食料は潤沢だ。


「そうなのね。よかったわ! お腹が空くと悲しくなっちゃうもの! ちゃんとご飯は食べなきゃだめよ!」


 もちろんだ。あなたは頷く。

 そして、先ほどクラリッサを消し飛ばした詫びにと食べ物を適当に用意する。

 おにぎりだけだと油っけがなくて物足りないだろう。


 あなたは以前のソーラスにおける強化合宿で習った料理を出す。

 つまり、米飯文化で生まれ育ち、そこで料理人として熟達した青年。

 オベルビクーン伯爵家のコック長、ケイから習った料理だ。


「こ、これは……!」


「これは幻覚よ!」


「私は今朝、酒を2杯も飲んでしまったことを後悔してるよ」


「はわわ、びっくりしたのです!」


 あなたが出した料理、カラアゲにみんなが過剰反応をしている。

 そこまでビックリされるほどの料理だろうか? ただの揚げ物なのに。


 ケイに教えてもらったレシピは非常にシンプルなものだ。

 鶏肉を酒、ショウユ、ニンニクとジンジャーのすりおろしを混ぜたものに漬け込む。

 しばらく漬けたら、それに小麦粉をまぶして油で揚げただけだ。


 シンプルなだけに味も分かりやすく、シンプルに美味い。

 そしてなにより『四次元ポケット』で保管していたのでアツアツなまま。

 色の白いは7難隠すというが、揚げたては10難くらい隠してくれる。

 つまり、揚げたてならウマいものが尚更にウマいのである。


「か、唐揚げがあるわ……!」


「幻覚じゃないというの!?」


「そして、ウォッカを飲みます」


「はわわ、おいしそうなのです!」


 たくさんあるので遠慮なく食べて欲しい。

 もちろん、クラリッサ以外の3人も。

 おかわりもいっぱいあるので遠慮しなくていい。


「素敵! 抱いて!」


 クラリッサがそのように言うので、あなたは今夜部屋においでと答えた。

 なんか勢いとか冗談で言ったように見えたが。

 言った以上は抱いてやらねば無作法と言うもの……。

 あなたは言質を取った以上、クラリッサを抱く。


「あ、あら? えっと、冗談よ?」


「……クラリッサ、言ったことには責任を取らなきゃいけないよ」


「えっ?」


「クラリッサ、吐いた唾は飲めないのです……」


「え? え?」


「あなたは戦いから逃げようとしているわ! 逃亡者は銃殺されるわ!」


「えっ!? ええ!?」


 あなたはそんな様子なので、嘲るように言う。

 前言撤回とは情けない。臆病者とはまさにこのことか。

 真に勇気ある者ならば、堂々と女を抱けるはずだが……と。


「やってやろうじゃないの!」


 クラリッサがあっさりとキレた。

 これで今夜の相手は決まった。

 あなたは満足げに頷きつつ、カラアゲを食べなさいと差しだした。


「わぁい、唐揚げ。レモンかけるわね!」


「唐揚げにはやっぱりスパドゥラァァァイだよね」


「はわわ、仕事中にお酒はダメなのです! 服務規程違反で停職3カ月なのです!」


 あっさりとカラアゲに喜ぶ3人。

 一方、売り言葉に買い言葉で応じたクラリッサは頭を抱えている。


「ど、どうしよぉ……私、はじめてなのに……! あ、あの、ドロレス?」


「愛とか恋とか言われても私には分からないよ」


「我関せずってワケ!? あ、アンジェリカ!」


「クラリッサ! あなたは大丈夫! 私が傍で見ててあげるわ!」


「見てるだけで助けてはくれないのね……! ぶ、ブリジット……?」


「しくじったお姉ちゃんも、できれば助けたいのです……」


「助けたいけど助けるとは言わないのね……!」


 妹3人に見捨てられ、クラリッサが嘆く。

 そして、縋るような目つきであなたを見つめて来る。

 あなたはニコリと笑って、安心するといいと答えた。


「そ、そうなの?」


 あなたならば愛や恋をドロレスに教えることができる。

 そして、傍で見ているだけでは寂しかろうからアンジェリカにも参加してもらおう。

 ブリジットは助けたいつもりがあるなら、もちろん参加してもらおう。


 つまり、4人同時にかかってくるといい。

 処女が4人、硬いつぼみを同時に4つも解きほぐす……。

 熟練の女たらしであるあなたをして厳しい戦いになるだろう。

 だが、姉妹仲がダメになるかならないかなのだ。

 やってみる価値はあるだろう。あなたはそう思った。


「……え、お、教えてくれるのか。知りたいわけではないんだけども……」


「はわわ、手籠めにされるのです!」


「わ、私無しじゃ人生が成り立たなくなるわよ!」


 3人とも戸惑っているが、拒否というわけではないらしい。

 少なくとも性的なことに対して忌避があるわけではない。

 ならばそれで十分。あとは言葉巧みに誘導してやればいい。

 あなたの話術、そして手技、体験を駆使すれば落とせる。


 人間、快楽には弱いものだ。

 目の前で繰り広げられる快楽の光景。

 それを目にすれば体験してみたいと思うもの。


 少なくとも部屋に連れ込めさえすれば。

 その時点であなたが勝ったようなものだ。

 夜までに同行の約束を取り付ければ……。


 あなたは口説き文句を考えながら昼食に集中した。


「…………どうして連鎖的に私たちも行くことになるんだろう」


「お、落ち着きなさい! あくまでお誘いよ! 冷静に対処すれば大丈夫よ!」


「そうなのです! はじめては好きな人ととか適当な理由をつけてお断りするのです!」


「逃さん……あんたたちだけは……!」


「ああっ! クラリッサが私たちを引きずり込む気満々だ!」


「吐いた唾を飲めないのなら、盛大に吐き散らかしてやるわ!」


「うわぁ! 最悪なのですこの姉!」


「こうなったらスタコラサッサよ! 終わり次第逃げるわ!」


「デルタ、集まれ!」


「うわ、『号令』使い出した!」


「クラリッサだけに許された指揮権があったの忘れてた!」


「それは汚いのです! 私たちは『号令』を出されたら拒否できないのです!」


 クラリッサは逃れられないと悟ったらしい。

 積極的に妹たち3名を引きずり込む気になったようだ。

 実にすばらしい。その調子で見事引きずり込んで欲しいものだ。


 あなたはすばらしい今夜を夢見てクラリッサを応援した。



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