15話

「私は攻撃を行うわ!」


「おねがい! 助けてちょうだい!」


「私たちは犠牲者を連れてるのです!」


「獅子奮迅とは私のことだよ!」


 突っ込む。斃れる。救助される。

 クラリッサを筆頭とした4姉妹の偵察はそれに尽きる。

 イノシシよりも酷いと言いたくなるほど無策に突っ込む。


 ちょっとくらい安全な調査をしてみてはとも思うのだが。

 事前調査するより、突っ込んで作動させた方が速いのは確かだ。

 すると、不死身の4姉妹ならたしかに突っ込む方が正しい。


 しかし不死身でないあなたとしては上手く言えない不満がある。

 もっと安全確実、それでいてスマートなやり方があるのに。

 だが、速度と言う一点に限って言えばクラリッサらの方が速い……。


 彼女らにとっての最適解ではある。あるのだ。

 だが、あなたからするとどう考えても最適解ではない。

 この見解のミスマッチ、なんとも言えない……。


「大体わかったね。動体反応を検知して撃ってる。呼気、温度、音声でもない。純粋な光学検知みたいだ」


「矢は30本以上撃たれて尽きる気配なし。あと、私たちの背が低いから頭に直撃してるだけで、本来は胴体を狙ってるみたいね」


「匍匐前進して突っ込んでも撃たれたので、動体を狙ってるのは間違いないのです」


「肩車して突っ込んだら下側を狙われたわ。150センチくらいの高さを上限として撃ってるみたいね」


「対処法は見つかったわね! 竹馬用意!」


「竹馬用意!」


 近くの熱気林から枝を切り出して来て工作を始めた。

 エルグランドでは渡河道具として使われているところを見かける道具だ。

 このあたりでは竹馬と言うのだろうか?


 まぁ、要するに木で作った身長の嵩増し道具だ。

 たしかにこれで150センチ以上の高さに体を持って行けば被弾はすまい。

 なんと言うか随分と力業な突破方法ではあるが……。




 数分ほどの工作を終え、竹馬なる道具にクラリッサが乗り込む。


「おっとっと……」


「クラリッサ! ゴーなのです!」


「私の勇気はやつらの比じゃないわ!」


 カツカツと音を立ててクラリッサが突っ込んでいく。

 あなたはそれを下から見上げ、黒いタイツ越しに見える下着の素晴らしさに唸っていた。

 クラリッサら4姉妹の年のころは、10歳そこそこくらいに見える。

 小柄な体躯に細くすらりとした足。ニンフェットな魅力が漂っている。


 しかし、実際のところ年齢はよくわからない。

 ドロレスは15歳そこそこくらいに見えるのだ。

 しかし、ドロレスが長女かと言うと違うようだし。


 そんなことを考えているとクラリッサが竹馬でカツカツと戻って来た。


「問題なかったわ! 中に入って、竹馬を戻すわよ!」


「任せる!」


 そう言って再度クラリッサが突っ込んでいく。

 それを見送って、あなたは近くにいたブリジットに話を振った。

 4人姉妹の順序ってどうなってるの、と。


「クラリッサ、ドロレス、アンジェリカ、私の順なのです」


「と言っても年はほとんど同じよ」


 具体的な年齢は?


「さぁ? でも、冒険歴はもう10年になるし、20そこそこくらいじゃないかしら」


「私たちはちょっと特殊な例なのです」


 意外と歳が行っててあなたは驚いた。

 すると遠慮なく手を出してもいいわけだ。

 まぁ、たとえ5歳でもあなたは状況が許せば手を出すが。


 この可愛い姉妹たちを一度に食べれたら最高に違いない。

 どうやって上手くナンパするか、今から考えなくては。

 なんて思っていると、洞窟の出口から竹馬が飛び出して来た。


「おっと。じゃあ、私がいくよ。私は竹馬プロの通り名もあるからね」


「初めて聞いたのです」


「竹馬のプロって何する人なのかしら……」


「それはまぁ、プロなのですから。転ばないのです。たぶん」


「うわあああっ!」


「転んだわね、さっそく」


「まぁ、朝から迎え酒とか言って蒸留酒飲んでたのです。当たり前なのです」


 未だにややフラフラしているので微妙だ。

 竹馬とやらを上手く操れるようになるまで待ってみては。


「待てないのです。とにかく奥まで投げ込めればいいのです」


「奥にもうクラリッサがいるから、粉々になってもいいから奥に突っ込めばいいのよ」


「そうだね。とにかく何でもいいからトラップの発動圏内を通過できればいいんだ」


 じゃあ、あなたがなんとかしよう。あなたはそう提案した。


「どうやるんだい?」


 あなたはドロレスを持ち上げた。

 そして、岩窟の奥へと勢いよく投げ込んだ。

 内部の奥行きが不明なので余裕をもって500メートルほど飛ぶように投げた。


「よし、解決なのです。では次は私がいくのです!」


「突撃ぃぃぃ!」


 ブリジットが先に行き、再度戻って来た竹馬でアンジェリカが。

 そして最後にあなたのところに竹馬が戻って来たが……。

 こんなチンケなものに体重をかけたら一瞬で壊れる。

 なので、あなたは自前の飛行能力で高く飛んで解決した。


 内部に入ると、円形のホールが広がっていた。

 その円形のホールに多数の石像が立ち並んでいる。

 すべてが弓を手にしており、矢筒にはたっぷりと矢。

 どうやらこの石像がクラリッサら4姉妹を打ちまくっていたらしい。


「よし、出口は突破できたわね! さぁ、次々進むわよ!」


「そうだね。行こうか」


「なのです!」


「女の根性見せてあげるわ!」


 中央に立っている石像が血まみれだ。

 肉片とかアッシュグレーの髪も散らばっている。

 相当悲惨なことになったらしいが、問題なかったようだ。

 あなたはクラリッサらの不死身っぷりはどれほどなのか尋ねた。


「まぁ、粉々になっても肉片とか髪1本があれば蘇生できるわ」


「塵ひとつ残さず消滅した場合は分からないのです」


「仮にそうなっても問題ないとは思うけど……」


「試したことはないから、たぶんそうとしか言えないね」


 予想以上の不死身ぶりだ……。


「あ、人間を丸ごと消滅させられる魔法とかあったら試してみてもいいわよ。クラリッサに」


「そうね、お姉ちゃんである私に任せておきなさい。10人前のレディーたる私にね!」


 10人前のレディー……?

 1人前のレディーなら分かるが。

 10人前とは?


「次の食事の取り分を多めに寄越せって言う催促だよ」


「10人前食べるレディーなのです」


 なるほど、そう言う。まぁ、その程度でいいなら。

 あなたは本当にやってもいいのかと確認をした。


「いいよ。どうせ死なないからね」


「どーんとやるのです。女は度胸なのです」


「かかってらっしゃい! 相手になってあげるわ!」


 とのことなので、あなたは人間を丸ごと1人綺麗に消し飛ばせる魔法を発動させる。

 その名を『ホワイト・ブレイカー』。この魔法は来歴がはっきりしている魔法だ。

 エルグランドの第4期文明、ロ・ラの時代が創り出した魔法である。


 曰く、超高出力のガンマ線を高密度に照射すれば最強ではないか。

 そう言う理屈で造られた魔法らしい。

 その、ガンマ線とやらがなにかは知らないが。


 あなたの手から放たれる極太の白い光線。

 この白い光線は危害範囲を可視化するためのもので、ガンマ線ではないらしい。

 ただ、この白い光線の内部に対象を入れ込めば確実に当たる。

 これはそう言う魔法であるらしい。


「ぎええええ……!!!! そ……そんな……!」


 その光に呑まれたクラリッサが消滅していく。

 照射された光は超微小なヤスリのように働くという。

 その光が細胞の1つ1つを丁寧に丁寧に削ぎ飛ばしていく。

 そうすることによって、対象を消滅させる。

 それこそが『ホワイト・ブレイカー』の効果。

 防御不能の超高威力攻撃魔法として知られる魔法だ。


「バ……バカな……! この……わた……し……が…………!」


 ボウッ……と音を立ててクラリッサが綺麗に消滅した。

 あなたの放った『ホワイト・ブレイカー』の痕跡が壁に残っているばかりだ。


「うわぁ。ガチで消滅したのです」


「本当に塵ひとつ残らなかったね」


「さすがにこれは即座に蘇生はできないわね……」


 アンジェリカが難しそうな顔をする。

 それはまずいのでは? あなたは自分が蘇生しようかと慌てて提案した。

 あの不死身っぷりがどれほどか気になっただけで。

 べつにクラリッサを殺したかったわけではないのだ。


「いえ、大丈夫よ。瞬時に蘇生できないだけだから。ちょっと待てば大丈夫」


「なのです。いくのです」


「そうそう、心配いらないよ」


 とのことらしい。

 あなたは不安に感じつつも促されるまま進む。


 ホールの反対側、通路のある方へと進む。

 そして扉に突き当たり、無造作にブリジットがドアを開ける。

 トラップの確認すらしないとは豪快過ぎる……。


 そしてドアを開け、次の部屋へ。

 そこには篝火が焚かれた部屋だ。

 突き当りにはドアがあり、その前面に台座が5つ。

 1つ1つにゴブレットが置かれている。


「なにかしら、これ。開錠ギミックってことかしら?」


「たぶんそうなのです」


「ゴブレットを並べ替えるのかな」


「それともゴブレットになにか入れるのかしらね」


 そう言いながらゴブレットに向かう4人姉妹……。

 ……なんか気付かないうちにクラリッサがいる。

 傷ひとつないのはもちろん、服装も先ほどと変わらない。

 黒と白の水兵服に赤のネクタイ、前鍔付きの帽子。

 そして細い足をより細く魅力的に見せてくる黒のタイツ……。

 あなたは瞬時に蘇生はできないのでは? とアンジェリカに尋ねた。


「? ええ、瞬時には蘇生できなかったわ。でもほら、次の部屋に行くくらいの時間はあったから」


 つまり1秒で蘇生出来ないだけで、10秒あれば蘇生出来たと?


「そうね」


 あまりの常軌を逸した不死身っぷりにあなたはめまいを覚えた。

 エルグランドの民よりも明らかに不死身ってどういうことだ。

 死んでも10秒で蘇るとか、死んだら3日は蘇れないエルグランドの民より無茶苦茶だ。


「私たちだって完璧な不死身じゃないのよ?」


「私たち4人が同時に死んだらさすがに蘇れないわね」


「だから1人斃れたらすぐに3人のうち誰かが救助」


「そうやって私たちの不死身は実現されてるのです」


 にしたって無茶苦茶だ。

 彼女たちが先行偵察に使われる理由が分かると言うもの。

 しかし、4人が倒れたらおしまいとなると。

 1人くらいは補助の随行員がいてもよさそうだが。

 今はあなたがいるが、『トラッパーズ』で用意はしていないようだし。


「私たちが死んだらタイトが分かるからね」


「1日あればタイトは私たち4人を蘇生できるのです」


「だから、私たちが全滅したらその時点でタイトが蘇生。先行偵察は打ち切りになるわ!」


「まぁ、そうならないように先行偵察するのが私たちの腕の見せ所ね!」


 そこまで行くと完璧な不死身なのでは……?

 いや、タイトの手によってしか蘇生出来ないというなら。

 タイトがいなくなったら瓦解する脆い体制とも言えるが……。


「ま、そんなことはどうでもいいわ! 今はこのゴブレットよ!」


「この迷宮、どうやらギミック型の玄室ダンジョンなのです。モンスターの数は極小が想定されるのです」


「すると、これもそう簡単なギミックではなさそうだね」


「あるいは、簡単だけど易々とは満たせない条件があるとかね」


 言いながらゴブレットを手に取るクラリッサ。

 あなたもゴブレットを確認するが、中央に突起がある以外は特に珍しいものではない。

 陶器製のもので、白く艶めかしいが、特段高級品と言うわけでもない。

 呪文回路などもなく、これ自体はただのゴブレットのようだ。


 そして、ゴブレットの置かれていた台座。

 こちらには穴が開いているが、その奥は見えない。

 呪文回路か何かが刻まれている可能性もあるが……。


「なにかしらね、これ。とりあえず水でも入れてみましょうか」


「賛成なのです」


 まぁ、ゴブレットなのだから当然の発想か。

 あなたたちはとりあえずと言った調子で水を流し込んでみた。

 持って来ていた水筒から水を流し込んでいく。

 すると、8分目ほどまで注いだところで水が消えていくではないか!


「あ、これ、ピタゴラスのカップだったのね。変なゴブレットだなぁと思ったら」


「なのです。なんのためなのでしょう?」


「一定の液量を測るためじゃないかな」


「すると、一定程度の液体を、この台座に流し込むため……ってことかしら?」


 では、全ての台座に一定程度の水を流し込んでみようではないか。

 そのピタゴラスのカップなるゴブレットを使って。


「うーん。さすがにそんな簡単に行くものではなさそうだけど……」


「まぁ、他に手も無いのです。やるだけやってみるのです」


 あなたもたぶんこれは違うだろうなと思っている。

 だが、明らかに違うものであってもとりあえず試してみる。

 可能性を除外してみるのは大事なことだ。どんなに愚かしい可能性であっても。


 そう言うわけで、あなたたちはすべての台座にゴブレット経由で水を流し込む。

 そして、もちろん何かが起きることもなかった。やっぱり違ったらしい。


「なるほどね! じゃあ、まずは周辺の探索からね!」


「ヒントがどこかにあるはずだからね。少なくとも迷宮は攻略できるようにできているからね」


「なのですなのです」


「なにかないかしらね!」


 というわけで、あなたたちは手分けして部屋を虱潰しにしていく。

 と言っても、そう広い部屋でもないのですぐに探索は終わる。

 次の部屋の入口の扉、そこに碑文が刻んであったのだ。

 この大陸の公用語で簡潔に、生命の通貨を注ぎ入れよ、と。


「生命の通貨ってなんなのです?」


「アデノシン三リン酸、ATPのことをそう表現することがあるね」


「ATPを……注ぎ入れる……?」


「たぶん違うわね。そもそもATPの概念がこの大陸にあるとは思えないわ」


「お姉さんお姉さん、お姉さんはなにか思い当たるものはないのです?」


 ブリジットに聞かれ、生命の通貨と言ったら血液ではと答えた。

 少なくとも血液を大量に失うと死ぬ。

 生命の通貨と言う考えは当たらずとも遠からずだと思える。


「じゃあ、血だね。アンジェリカ、よろしく」


「もうマヂ無理、リスカしよ……」


 などと言いながらアンジェリカが手首をナイフで裂いた。

 そこから流れ出す血液をゴブレットに流し込んで行く。

 不死身だからいいが、これだけの出血量となるとなかなかのダメージだ。

 回復魔法を使わされることになるいやらしいギミックと言える。


 やがて数分ほどかけて5本の台座に血が流し込まれた。

 すると、あなたたちの足元に呪文回路が浮かび上がる!

 しまった罠だ! あなたは咄嗟に飛びのく。


「くっ!」


「ううっ……う?」


「あれ?」


「ど、どっか壊れちゃったのかしら? なにも発動しやしないわ。ほら!」


 アンジェリカの言う通り、足元の呪文回路は起動していない。

 あなたが足元の呪文回路を見やり、その内容を読み解く。

 この大陸で一般的な呪文回路で、そう複雑なものではなかった。


 非常に大きく作られているが、呪文自体も珍しいものではない。

 『開錠』の呪文。2階梯の呪文で、名前通りに錠前などを開く。

 ただ大きいだけで、特別な強化なども加えられていない。

 大きいからと言って威力が上がるわけでもない。本当にただの『開錠』の呪文だ。


 おそらく、これで扉を開けるのだろうが……。

 なぜか上手く発動していない。なぜだろう?


「うーん? 私たち魔法はさっぱりなのです」


「お姉さん、なにかわかるかしら?」


「私たちではお手上げだね。あなたが頼りだよ」


 そう言われれば頑張って読み解く他ないだろう。

 あなたは地面の呪文回路とにらめっこした。

 そして、台座から伸びる呪文回路の経路。

 その供給システムの構造から、呪文回路の意義を読み取っていく……。

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