18話
あの密会から、しばらくのこと。
あなたはトイネ王国の戴冠式に参席していた。
功績大なることを認められて参席は許されても、席次は極めて下。
それでも戴冠式の場において、末席を汚すことを許された。
戴冠式は粛々と進み、どこか不敵な自信を宿した笑みを浮かべるダイアの姿が壇上にはある。
そのダイアに祝福を施し、王冠を被せるのは、あなたが仲介したザイン神の枢機卿だ。
トイネ王国は極めて珍しいことに、セキュラーステート、世俗国家だ。
つまり、国家運営と宗教は切り離されており、宗教に特別な地位を認めない国である。
それでも、戴冠にあたっていずれかの信仰における高位司祭を呼ぶことはあるようだ。
宗教の権威を利用するだけ利用するしたたかな立ち回り……。
というより、戴冠式とはそう言うものだからそうしとく……くらいの認識らしい。
ある意味で宗教をクソほどに舐め腐っている使い方な気がする。
ザイン神なことに特段に理由はない。
最初はあなたが戴冠式をやってくれと頼まれていたくらいだ。
この大陸における知名度がほぼ皆無のウカノ神の祝福で戴冠はまずいとあなたが止めた。
すると、そう言うものならそうしておくか、程度の考えでそれは認められた。
本当にエルフは宗教を舐め腐っているというかなんというか。
当人らに粗略に扱っているつもりはないのだろうが……。
扱われる側は「ある意味で」死ぬほど雑に使われているとしか思えない。
さておいて、そこであなたはフィリア経由でザイン神の大主教に仲介をした。
一国の王の戴冠式を執り行うというのは宗教的権威を増すのに格好の場だ。
ザイン神の神官らはこれに対して精力的に取り組んでくれた。ありがたいことだ。
こうして無事に戴冠式は執り行われた。
戴冠式を終え、招いた種々の客人らを饗応し、正式な式典は終了した。
客人らはすぐに帰るわけでもないのでしばらく応対の日々が続くが……。
それはあなたには関係のない話だ。
トイネ王国国王となったダイアの手により、あなたへの初夜権の使用権利交付が為された。
求められた仕事は終わり、報酬は手にした。
これであなたのトイネでの仕事は終わりだ。
最初の予定と違い、事後処理など含めて2カ月近くかかったが……。
まぁ、仕事はじめは初夏で、今は夏真っ盛りと言ったところ。
バカンスをするのに不足はない頃合いと言ってもいいだろう。
まだ、『エトラガーモ・タルリス・レム』との約束は果たせると考えても……大丈夫だと思いたい。
「やれやれ、まったく。肩が凝ってたまらん」
考え事をしていると、諸々の事後処理を終えたダイアが戻って来た。
さきほどまで被っていた聖エルゼ王冠は被っておらず、それより少し小さい宝冠を被っている。
戴冠式までの間使っていた、トイネ王国宝冠とか言うものだ。少し小型で軽い。
王冠と言うのは大体クソ重いので、常時被っていると健康を害する。
なので、別の宝冠を用意していたりする国は少なくない。
「女と言うのは偉いものだな。こんな重くて邪魔な代物をぶら下げて生きているのだから」
ダイアがそう言いながら、自分の胸を持ち上げて溜息を吐く。
あなたは柔らかくも重量感あるその動きに目が釘付けとなった。
隣に座っていたイミテルが、その目線の動きに気付いてあなたの頭を引っ叩いた。
「見るなたわけが!」
持ち上げたのはダイアなのに……。
あなたがそのように抗議をすると、イミテルとは反対側のあなたの隣に座っていたダイアがあなたの頭を撫でてくれた。
「よしよし。見たければ
そう言って胸を持ち上げてくれるダイア。
うおっ、すっげ! 迫力! ヤバイ! 最高!
あなたが釘付けになって喜んでいると、さらにイミテルに頭をしばかれた。
「僕を笑わせようとしている……わけではないのだよな。愉快なやつらだ」
あなたの対面に座っているダイアがそのように笑う。
あなたの横にもダイア。対面にもダイア。
この意味不明な状況は、戴冠式までの間に行われた、ある秘術によるものだった。
あなたはこれを成し遂げた奇跡の御業について思い起こす。
それはおよそ2週間ほど前。マフルージャ王国はソーラスの町でのことだ。
あなたは以前の約束があるからと、ダイアとイミテルを連れてソーラスに帰還した。
そして、仲間たちにダイアとイミテルを紹介。
サシャを筆頭とした仲間たちに「また新しい女を作ったのか」と胡乱な目で見られ。
イミテルには「こんなに女がいたのか」と怒りの目で見られ。
針のむしろに座らされたような気持ちになりながらも、あなたは執り行う秘術について説明した。
「人体錬成の秘術、ね……たしかに以前、やる時は見せてくれると言われていたけれど」
そう、あなたは以前にレインと約束をしていた(2章36話)。
エルグランドでは許されざる禁忌の秘術とされるが、それはあくまで人の法。
神が「それはやめとけ」と止めて来たりするわけではない。
そして、この大陸において人体錬成の秘術は禁忌とされていない。
存在しない技術を想定して禁じるなんてありえないのはたしかだが。
しかし、法律で規定されていない以上、やってなにが悪いというのか。
「そうね。それで、人体錬成をするにしても、誰をそうするのよ?」
あなたはダイアを示すと、彼女を人体錬成すると答えた。
「なんの意味があって?」
人体錬成に必要なものは、その人間のパーツである。
言ってみれば擬似的な死者蘇生。そこに人格は含まれないが。
限りなく似通ったコピー人間を作ることを死者蘇生と言えるかはともかく。
ダイアから心臓や脳、眼球、骨と言ったパーツを採取。
それらを用い、不足分の肉や骨の原料を追加してダイアと同じ姿形のエルフを錬成。
心臓や脳を引っこ抜かれて死んだダイアは、死者蘇生で対応。
この賢く冴えた手立てによって、ダイアが2人になる。
「とんでもないことするわね……2人にして、何をするの? 替え玉?」
たしかにそう言うのが必要な立場の人物ではある。
しかし、錬成したダイアはダイアとして振る舞えるわけではない。
そこで、あなたは死霊術には魂の呪縛があると説明した。
肉体の複製に魂を移し替えて復活する手法も死霊術だ。
そして、別人の肉体を乗っ取って復活することも、死霊術だ。
「なるほどね? 彼女の肉体に、誰か別人の魂を宿すってわけ。いえ、それは分かったけど、なんの意味があってそんなことをするのよ……?」
そこであなたは、ダイアについての詳細な説明をした。
次期トイネ国王ダイア。彼女は王位に就くことは決定しているが、本人はやりたくない。
そして、ダイア当人がクローナについての誤解も謝罪していた。
たしかに、クローナは当人の欲望のために前王を弑したのではなかった。
国のために、愚王に成り果ててしまった前王を廃してトイネを繁栄に導こうとした。
その手段、考えには賛否両論あるのだろうが……少なくとも、ダイアにとっては誤解を謝罪するべきことだったようだ。
「なるほど、理解したわ。トイネを救った英雄と言うネームバリューを手にしつつ、繁栄に導ける青写真と知恵のある人物が王位に就くために……」
レインには十分な理解をもらえたらしい。
「でも、あなたはそれでいいの? あなたは社会的に死ぬことになるのよ。もう、トイネの王女を名乗ることは許されないわ」
「ええ、問題ありません。むしろ肩の荷が下りた気分です。私はもう、自由に生きてよいのですから」
ダイアはそう言う人間だ。たぶん、肩書に何の興味もない。
そして、王女としての生活は豊かだったのだろうが。
その豊かさに未練を抱くことはあっても、魂の自由の方が彼女にはうれしいのだ。
秩序の下に生きることは、きっと彼女の燃え滾る激怒の焔を消すことだ。
それはきっと、彼女にとって死ぬよりも苦しいことなのだろう。
「それにしても、あなたもよくそんなことしようと思ったわね?」
だってこれをやると男が1人減って女が1人増える。
「なるほど、相変わらず頭がおかしいわね。もう喋らなくていいわよ」
ひどい。あなたはレインのにべもない対応に閉口した。
1か月近く留守にしていたからとは言え冷たい……。
その後、あなたはダイアから必要なパーツを採取し、ダイアを蘇生した。
本来、死者蘇生は体のパーツが揃っていないといけないのだが。
高位の蘇生呪文ならば、そのあたりの制約は無視することができる。
エルグランドの蘇生呪文は、この大陸の最高位呪文に等しいので十分無視可能だ。
そうしてダイアの肉体を錬成する。
錬金術の極地のひとつと言える技法だが。
実のところ、そんなに高位ではない魔法に、肉体の複製呪文がある。
エルグランドではなくこの大陸の魔法なので、使おうと思えばレインにも使えるだろう。
そう言う意味では、それほど凄まじい技術ではないとも言えるのだが。
それでも、純粋な技術による人体の複製は滅多にできることではない。
レインもフィリアもサシャも、そしてレウナも物珍し気に見ていた。
そうしてダイアの複製を作り終えたら、クローナの魂を移植した。
これはあなたが提供した『ミラクルウィッシュ』のワンドで行った。
それをする前に、クローナ当人にも『ミラクルウィッシュ』のワンドで性転換をさせた。
意味不明な手順に思えるだろうが、これが重要な手順だったりする。
人間は自身の性別と言うものを絶対のものと考えて生きている。
なにかの思し召しかで、そのどちらにもよらない肉体を持つ者もいるが。
大半の者は、自分は女、自分は男と自覚をもって生きているものだ。
人格的に性別を持っていない存在もいるが、それでも社会的役割として性別を自負することはできる。
その肉体を、突然転換させてしまうと、人格に致命的な崩壊を齎す危険がある。
『ミラクルウィッシュ』のワンドによる性転換はそこが一味違うのだ。
当人にはなんらの自覚ももたらさないが、人格丸ごと性転換させているのだ。
それによって、あなたはクローナの人格を女に転換させてから肉体を移植した。
どこまで効果があるかは不明だが、何もしないよりはマシだろう。
これが、ダイアが2人いて、もう1人がクローナのような言動を取っている事の真相だった。
戴冠式の後、あなたはトイネを発つ。
さっそくフリーセックスライセンスを使ってもいいのだが。
今は夏真っ盛り。1年で一番暑い時期に差し掛かっている。
こんなクソ暑い時期に町中でナンパなんてやってられないのだ。
ひと夏が終わり、秋や冬になったらまた来ようと思っている。
「なにやら妙な次第になったが、ある意味でおまえのお陰で最高の戴冠が叶ったとも言える。礼を言わせてもらうぞ」
ダイアの肉体を手に入れたクローナは、やや苦笑気味ながらあなたにそのように礼を言った。
たしかに、救国の英雄と言う立場については先ほども言及したが、それとはまたべつ。
クローナはダイアの肉体由来の、トイネのエルフたちが尊ぶ肉体的強さも得たのだ。
実際のところ、身体能力はあっても技術や知識がないので肉弾戦はほぼ不可能だろうが。
重要なのは「王は強靱な肉体を持ち、戦士の技術を持っている」と言う認知である。
王になったことで戦士として前線に立つことはまずありえないことなので、それだけあれば十分。
少なくとも以前のような、「魔術とか言う得体のしれぬものを扱う軟弱もの」と言う悪評は消えた。
政治の世界においては悪評とはない方がいいものなのだ。
使い方次第では武器になることもあるが……。
「私からも礼を。私は自由を得ました。これからは、どこまでも走っていける……私にはそれがうれしくてたまりません」
「私からも礼を言おう。姫様……いや、ダイア様の自由を貴様は与えてくれた。さすがは我が夫だ。私も鼻が高いぞ」
ダイアとイミテルからも礼を言われ、あなたは気にするなと答えた。
しかし、イミテルはこれからどうするのだろうか?
御付武官と言う立場上、すぐにやめることはできないと思われるが。
「その辺りは仕方あるまい。今しばらくはクローナ王子、ではなかった。ダイア王にお仕えし、いずれ職を辞するとするさ」
「そのようにしてくれると助かる。今すぐ解任してやってもよいが……王になって変心し、忠実な配下を放逐したと見られるのは痛いのだ」
「承知しておりまする。十分な名目の立つ理由を作り、面目の立つだけの祝福と物をご用意いただければ悪評とはならぬでしょう」
「そうだな。結婚するのだろ。その際には救国の英雄としての立場を喧伝して、国を挙げての盛大な結婚式にしてやる。ついでに領地のひとつでも下賜してやろう」
「そこまでしていただけるのですか?」
「ああ。爵位もつけてやる。立派な城館も建ててやるさ」
大盤振る舞いと言えるが、まぁ、ねらいはなんとなくわかる。
軍1つ吹っ飛ばせるあなたの力が欲しいのだ。
それが出来る人間の支配する領地がある、というだけで周辺への抑止力になる。
爵位も大盤振る舞いだが、救国の英雄に与えるなら名目は立つし。
爵位を得るということは、トイネの傘下に加わるということでもある。
結婚式にもどうせ臨席するつもりなのだろう。あなたと言う存在を政治的に利用するための手だ。
どうせそのうち、王宮で行われるなにかの行事に呼び付けられるのだろう。
その際にはクローナのすぐ近くに呼ばれ、仲良しアピールをさせられるに違いない。
王と星落としの英雄の親密さをアピールすることで、王の権威を高める。実に分かりやすい手だ。
クローナの政治をする者としての素養が見て取れる。
「爵位と言うのは……」
「ああ、無論、騎士爵だのケチなことは言わん。たしかウルディア子爵家だったな? それと同じ子爵位と、それに見合うだけの領地だ。おまえたちの子に継がせることのできる領地だ」
「そこまでの御高配を……感謝いたします、王よ」
「僕は浪費は好かんが、無暗な
「ははっ」
働きに見合う報酬とは言うが、それはいままでなのか、これからなのか。
まぁ、これから、なのだろう。政治的に利用するための代金前払いと言うわけだ。
これだから貴族だの王家だのに関わるとめんどくさいのだ。
敵に回すとめんどくさい。しかし、味方にしてもめんどくさい。
怖いから味方にしてしまおう、なんてことをしてくるのだ。
そう言うところがあなたにとっては「怖い」し「めんどくさい」のだ。
あなたはクローナにこう答えた。
つまり、世話になるから依頼料金は大サービスしておくよ、と。
「クク……ああ、勉強してくれると助かる。おまえのような凄腕を雇うと、トイネの宝物庫が空になってしまうからな」
この国の貴族ではなく、冒険者としてならば。
そして、きちんと対価を払うならば、動いてやる。
つまり、めんどくさい政治には関わらないぞ。
あなたのそんな釘刺しはクローナにきちんと通じたようだ。
クローナの求めた満額回答ではなかったのだろうが。
それで十分なのか、あるいは不満なのか、クローナは満足げに頷いた。
たとえ不満があっても、それを出すほど愚かではないだろう。
あるいは、クローナの意図を読んだことを読んで、そう言う政治力学的賢さを理解して喜んだのか……。
ああ、本当にめんどくさい。
あなたは内心で溜息を吐いて、これからの楽しいバカンスについて思いを馳せて気を安らかにした……。
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