17話
調査に乗りだし、話の出来る相手から話を拾い集めた。
それは単なる世間話で、民たちの暮らし向きについての話が中心だった。
その後に、上級使用人……つまりは生まれが貴族であるような者たちにも聞いた。
そしてあなたは、トイネの国政と言うか、国際関係が限界に達しているのではないかと推察した。
そして、その推測はほぼ間違いなく正しいと、あなたは自信があった。
エルフと言う長寿種族が国政に強く関与する国ならではと言うか。
人間であっても年経れば時流に取り残されるなど珍しくもない。
それがエルフと言う、極めて長く生きる種族ならば尚更に……。
あなたの故郷、エルグランドの主たる交通手段は船だ。
広大な国土を流れるいくつかの川が特に交通手段として使われる。
盗賊が無限に湧くとか言う地獄みたいな場所なので、河川なら族に遭遇しにくいというのが大きい。
あとは単純に、陸路よりも遥かに輸送能力が優れているのもある。
そうした河川交通にあたって、船の移動速度は河川の流速に左右されやすい。
そして川の遡上は人力か馬力なので、移動速度の限界と言うものがある。
そのため、荷の運ばれやすい距離や、人の集まりやすい位置が出来る。
やはり夜になれば船から降りて陸で寝たいものだし、ずっと船に揺られていて体調を崩すものだっているのだから。
結果、その位置には村ができ、やがて町になり、大都市にまで発展することもある。
河川交通が齎す富が町を生む。エルグランドではそう言うことがある。
だが、逆を言えば、その河川交通の齎す富がなくなれば、町は消える。
エルグランドの河川交通では大体の場合、
バージとかライターとも言うが、要するに平底の川船のことだ。
これは下る時は流れに任せ、
だが、ある時、これを覆す大発明があった。
蒸気機関を用いた船、蒸気船である。
蒸気動力による、人力馬力を遥かに超える推進力。
これによって
遡上を早くできれば、それだけ船の回転率、輸送量を上げられる。
艀を用いる者たち、
こうして輸送能力が増大し、廻船問屋はさらに儲かってウハウハ。
だが、割を食った者がいる。それまでの中継点にあたる町の人間たちだ。
立ち寄る廻船問屋が落とす金で潤っていた町に、廻船問屋が来なくなる。
それはもう致命的な問題だ。いくつもの町がこれによって滅んだ。
だがまあ、文明の発展とはそう言うものだ。
外洋航行能力に優れた船舶の建造技術の獲得によって貿易能力が拡大したとか。
まったく新しい新技術によって、今までの10倍のスピードで紡績が可能になったとか。
そう言った技術の発展で富を得る者、逆に割を食う者がいる。
トイネに起きようとしているのは、そう言うことではないか。
あなたはそのような推察をしたのだった。
「……つまり、どういうことだ?」
「詳しく説明していただけるでしょうか?」
夜半、イミテルとダイアに説明したところ、理解してもらえなかった。
あなたはどこらへんからわからなかったのかを訪ねた。
「トイネがなにかまずいらしいことは分かった。なにか、こう、技術が発展したせいなのか?」
「その技術を破壊すればいいのですか? どれを破壊すればいいのですか?」
イミテルはともかく、ダイアの理解力がとてもまずい。
あなたは頭を掻いてから、蒸気機関について知っているかと尋ねた。
「ああ、知っているぞ。ロール製粉機を回転させているのも、その蒸気機関だ」
あなたは頷き、だったら蒸気機関による機関車も知っているかと尋ねた。
「機関車……いや、知らん。なんだそれは」
蒸気機関によって車輪を回転させる乗り物だ。
そのパワーは凄まじく、数十トンの荷物を運搬が出来る。
それも馬を全力疾走させるのにも匹敵するほどの速度で、だ。
線路を引かなくてはいけないこと、水の補給が必要なことが難点だが。
その問題さえ解決できれば、絶大な輸送能力を発揮できる。
エルグランドでは線路を破壊するクソボケがいるせいでイマイチ普及していなかったが。
この大陸では線路を遊び半分で壊すバカはそう多くはないだろう。たぶん。
「ふむ。水の補給か。人の飲む水にも事欠く我が国では些か厳しいな……製粉機は穀倉地帯にあるから水はなんとかなっているが、機関車とやらはそうもいくまい」
そう、問題はそこである。
この大陸にも蒸気機関はある。
機関車こそ見かけなかったが、あって不思議はない。
トイネは中継貿易で栄えている国だ。
その中継地点を挟まなくてよくなれば、トイネ以外の国はもっと利益が出る。
なら、そうしたくなるのが当然の感情だろう。
水の補給がしにくいトイネを避けて鉄道網を敷設。
そして、マフルージャ王国と、北の国々を線路で繋ぐ。
トイネを中継することなく貿易が出来るようになる上、輸送速度も輸送量も桁違いに向上する……。
今までは個人で持てる程度の品物で貿易をしていた。
それゆえに絹織物や、宝飾品類が主な品目だった。
軽量で小さくとも利益率の高いものが貿易に珍重されるのは当然だ。
だが、鉄道輸送が可能になれば、利益率が桁違いに上昇する。
すると、今までは利益にならないものが、利益になる。
マフルージャ王国は豊饒の大地であり、穀倉地帯でもある。
その莫大な食料を諸外国に売り捌けるようになれば……。
マフルージャ王国も、北の国々も、おそらく鉄道敷設には乗り気なのだ。
だが、トイネは。トイネだけはそれに乗り気になるのが難しい。
中継貿易で栄えている国を一挙に亡ぼす一手になりかねないからだ。
だが、鉄道敷設を拒んだところで、なんの意味もない。
トイネを避けて敷設できるかは知らないが、手はあるだろう。
ただトイネは時流に取り残されて、砂漠を抱えた貧しい国になるだけだ。
「…………トイネはどうすべきなのだ?」
鉄道を呼び込むべきなのだとは思う。
迂回するよりも直線で通過できる方が速いのは当たり前だし。
トイネの広さを思えば1日がかりでの横断になるので、夜は停車する場所ができるだろう。
トイネの利益は大幅に減るが、皆無にはならない。
北の国々とマフルージャ王国は鉄道の移動速度がさらに上がる。
今ある利益を手放すのは辛かろうが、他に手はないと思われた。
「できるのか?」
さぁ?
あなたはそうとしか言えなかった。
トイネの国土に詳しくないし、北の国々についても詳しくはない。
鉄道の設置を呼び込める地理条件も知らないし。
だが、もしかすると、クローナ王子にはその一手が見えていたのではないだろうか。
そして、父王クラウ2世は、今までの体制を続けようとしていたのでは……。
これは単なる推測だが、そうだとすると不可解な暗殺についても理解できる。
北方の国と通じて、とのことなので単に傀儡に成り果てた可能性もあるが……。
北方の国と通じて、鉄道を呼び込むために尽力をしていた可能性も、否めない。
もちろんこれは好意的に解釈したものでしかない。鉄道の敷設なんて話があったかも不明だ。
あなたは真偽を確認するかと、ダイアに尋ねた。
「どのように確かめるのですか?」
クローナ王子を蘇生して聞く。
蘇生に応ずるかは不明だが、試してみて損はないだろう。
「なるほど……わかりました。では、やってみていただけますか?」
あなたは頷くと、クローナ王子の蘇生を試みた。
「……ふん、なるほど。僕の目の前に飛び込んで来た黄金の風は貴様と言うわけか。まったく、我が妹はとんだ鬼札を手にしたらしいな」
あなたの手によって蘇生されたエルフ、クローナ王子がそのようにぼやいた。
蘇生出来てよかった。蘇生は、蘇生される者の同意がなければ行えない。
よほどの高位神格であればそれを無視して蘇生することも可能だが。
少なくとも、定命の存在であるあなたには無理な話だからだ。
「お兄様。どうしてお父様を殺そうとしたのですか?」
「フン……愚かなおまえに分かるのか? 字もろくに読めぬし書けぬダイアよ。僕がどれほど苦労しておまえに読み書きを教えようとしたことか……そしてどれだけその苦労を裏切られたことか……」
「話してはいただけませんか」
「まあ、聞きたいと言うなら教えてやろう。父上は老害に成り果てた。話にならん。口を開けば魔術などと言うまやかしに傾倒する貴様の意見はどうだとかほざくような老害だ」
「はい」
「妹よ、20年ほど前にあった、園遊会で見たものを覚えているか。煙を噴き出して走る馬車だ」
「? ええ。可愛らしい大きさの馬車でしたね。ピーピーと音を立てて走る馬車でした」
それ蒸気機関による車じゃね? あなたは首を傾げた。
「いま、人間たちはそれを改良し、より強力なものにしようとしている。それが実用化された時、トイネは三流国に成り下がる……いや、逆戻りするのだ」
「なぜですか?」
「そも、トイネと言う国がなぜ栄えているかと言えば、交易の要衝にあたるからだ。分かるか? 物を運ぶ人間がやって来て、ごはんを食べたり、宿に泊まるからだ。分かるか?」
「はい」
「うむ。だが、その馬車が走るようになった時、ごはんを食べたり宿に泊まる必要がなくなる」
「なぜ? 馬車が走るようになると、人間はおなかが空かなくなり、眠くならなくなるのですか?」
「……そうではなく、トイネでごはんを食べたり、眠らなくて済むくらい早く移動できるようになるのだ」
「ああ、なるほど」
「これは極めて忌々しき事態だった。私はトイネに鉄道を呼び込み、3国にまたがる鉄道網の共同管理を行う会社の設立を目指し、そのひな型を創り上げた」
「はい」
「これが成功すれば、トイネは少なくとも瞬く間に寂れることはない……水の補給駅を設置できれば外貨獲得も目指せる。そこを大公領として、王家の管轄とするのだ。僕はそれを目指し、マフルージャ王国と北の首長国たるランネイとも話をつけた。トイネは不利な立場に立たされたが、最悪は免れた」
「お兄様は凄いのですね」
「おまえよく分かってない状態で褒めていないか? いや、まぁ、いい……その誉め言葉は受け取ろう」
クローナ王子が深く溜息を吐いた。
なんだか思ったより苦労人気質のような気がする。
「3国にまたがる鉄道。それを管理する会社。これは事実上、3国の同盟、あるいは人質にも近しいものとすら言える。マフルージャ王国とランネイに挟み潰される危険性も下がる。トイネは2国の緩衝国、調停役として立つことが目指せる……敵となる者同士を睨み合わせることで、安寧を保てる……そのはずだったのだ!」
突然クローナ王子が猛り出した。
どうも話の流れからすると、相当な問題があったようだが……。
「父上はこの話を破棄したのだ! トイネは鉄道の敷設を認めぬと! 父祖の地に得体のしれぬものは置けぬと! なにが父祖の地だ! ほんの400年前、人間から奪い取った土地だろうが!」
「お兄様」
「わかるか! トイネを存続させる一手を、自ら打ち捨てたのだぞ! 僕はなんとしてもこれを成功させなければならなかったのだ!」
だから父王を暗殺してまで、計画を進めようとした。
なるほど、国を想う王として、まさに正しい姿勢と言える。
ダイアが民を想ったのに対し、国体そのものを想った。
ダイアと方向性は違えど、立派な君主の素質に思えた。
「暗殺計画は露見してしまったが、元よりそれは想定の範囲内。僕は即座に謀反を企て、父上を殺害した。今ごろ鳥の腹を満たす最後の役目を全うしているだろうよ」
「鳥葬に伏したのですね」
「そして僕は王に即位し、話を進めるはずだった……だが、戴冠式を行うのに必要なものをおまえは持ち出して……」
「廃嫡されている方を王にしてはいけないと思いましたので……」
「ああ、そうだ。おまえはそう言うことを言うやつだし、思ったら即それを実行するやつだ。おまえのことを考慮に入れるなら、毒殺とかまどろっこしい真似をしてないで堂々と暗殺をすればよかった」
クローナ王子が深々と溜息を吐き、ソファに背を預けた。
そして、自身の目を覆うと、くつくつと笑い出した。
「もう、終わりだ。僕は1度、殺されたのだろう。僕の死は知れ渡っている。もう、以前の話を進める手はない……トイネは三流国家に成り果てて、滅ぶだろう」
「私が進めるわけにはいかないのですか?」
「字も読めないおまえがどうやって契約を纏める気だ?」
「それはそうなのですが」
そこであなたは、私にいい考えがある! と力強く宣言した。
「なに? おまえは冒険者だったはずだが、なにやらその手の知識でもあるのか?」
そんなものはない。だが、あなたには驚異の技術があるのだ。
あなたはクローナ王子に対し、恐るべき計画を話した。
これは、ダイアとクローナ王子の望みを同時に果たし、さらにはあなたの欲望をも満たす。
強いて言うならクローナ王子が損をするかもしれないが、たぶん些事だ。
あとたぶん、イミテルがバチギレするような気もするが、気にしないことにしたい。
「なる、ほど……たしかに、それならば……僕が損をするというのも確かだが、おまえの言う通りたしかに些事でもある。フン……悪くないぞ。僕は賛成だ。やってくれ」
「私に、そのような道が許されるのでしょうか。ですが、許されるのならば……」
「我が鼓動よ……そんなに、そんなに女が好きか……だが、うぐぐ……! 姫様の幸せを想うなら……! くそっ、やってくれ!」
三者三様の反応だが、感触はそれほど悪くない。
イミテルは殺しにかかって来ないのでたぶん悪くない。きっとそう。おそらくは。
あなたはこの計画を実行に移す承認を得た。
では、はじめるとしよう。
あなたの手による、禁忌の技術を。
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