19話

 なんのかんのとあったが、あなたは無事にマフルージャ王国へと帰って来た。

 ひとまず王都にて留守中に溜まった仕事を片付ける。

 元々長期不在を想定していたので、さして問題は起きていなかったが。

 強いて問題があるとすれば、ブレウのことくらいだろうか。


 妊娠からおよそ3カ月ほど。

 ブレウはまだお腹が目立つ頃ではないが、ややふっくらとした印象がある。

 そして、仕事がままならないほどのつわりに苦しんでいた。


「ああ、旦那様……申し訳ありません……サシャの時は、こんなではなかったのですが……」


 ブレウの容態についてマーサより報告されてお見舞いに来たところ、かなり体調が悪そうだった。

 つわりは体質もあるが、時の運と言うか、子供次第と言うか……。

 1人目は軽くて平気だったのに、2人目は食事もとれないほど酷かったなんてことは珍しくない。

 逆もまた然りだし、つわりが極めて長く続いたり、あっさりと終わったりすることもある。


 妊娠と出産。生命の神秘としかいう他のない奇跡。

 それを前にして、人間にできることがどれほどあろうか。

 あなたはブレウに無理せず休みなさいと諭す以外にできなかった。


「うう、新しいメイド服の仕立てがまだ途中なのに……全然進んでいなくて……なにか、なにかないのでしょうか、旦那様……」


 なにかってなんだろう。

 つわりを軽減する魔法や装備品にはちょっと心当たりがない。

 少なくとも、あなたの持つものの中で、つわりに効くものはない。

 もしかしたらこの大陸にはあるのかもしれないが……。


「そんなあ……」


 がっかり、と言った調子のブレウ。すまないが諦めてもらうほかない。

 あなたは話題転換に、食事は取れているのかと尋ねた。


「あまり……何も食べたくなくて。サシャの時はむしろおなかが空いてたまらなかったのですが……」


 酸っぱいものならどうだろうか。

 あなたは夏ミカンを『四次元ポケット』から取りだしてみせた。

 つわりでは胸やけや口の中がねばねばするため、それをさっぱりさせる効果がある。

 ただ、世間で言われるほど妊婦に柑橘類は好まれないことが多いのだが……。

 そして、半ば予想した通り、ブレウはこれに首を振った。


「いえ、そう言うのではなく……むしろ、こう、脂っぽいものが……ですが、お肉は食べたくなくて……こう、臭くて……」


 あなたはちょっと考えてから、用意してくると言って部屋を出た。

 そして厨房に向かうと、アレコレと料理を用意して戻った。

 あなたはブレウにトレイの上に用意した種々の料理を見せ、食べられるかを尋ねた。


 あなたが用意したものは、たっぷりの油で揚げたり焼いたりしたイモだった。

 妊婦は臭いに敏感になる。赤子を守るために、毒物の察知能力が高まるのではないかと思っているが、実際のところは不明だ。

 しかし、その臭いに敏感な状態になると、普段は平気なものが臭く感じて吐いてしまうようになる。


 あなたは数多の妊婦を見て来た。はじまりはあなたの母。

 後々には周囲の人間たちが子を産む姿を見届け、祝福して来た。

 その中では妊婦を世話することも数多あり、対処法は広く知っている。

 妊娠中に感じてしまう臭気の原因物質が少ないもの。それがイモだ。

 そのほかにもトマトやブドウ、メロンやバナナと言った果物も用意した。

 これも臭いが少ないのか、案外と食べれる人間が多いのである。


 ブレウは試しに少し食べてみて、食べれそうだと喜んで食べていた。

 無事に食べれてあなたもほっとした。

 イモにトマトやブドウと言った、臭いの少ないもの。

 これは大体当たるのだが、やはりダメな者もいるのだ。


 むしろ逆に、臭いがキツイハズの魚や肉が欲しくなる者もいる。

 そして不思議なことに、生まれた子はその時妊婦が欲しがったものが大好物だったりするのだ。

 これもまた、生命の神秘と言うやつなのだろうか?

 あなたは底知れない生命の神秘に圧倒されるような思いを抱いた。



 次に、ソーラスの自宅へと戻った。

 そして、長く留守にしたことを詫び、仲間たちの近況を聞いた。


「私は色々と魔法を学んで、使える魔法の種類を増やしました。ただ、使える階梯は増えてないです。剣はセリナさんやレウナさん、それからマロンさんとの試合を繰り返しました。かなりレベルアップしたと思います!」


 そう知って胸を張るサシャ。

 あなたは勤勉で素晴らしいと頷きつつ、その張った胸をじっくりと眺めていた。


「……重たいものを持ち上げる仕草をやめなさい」


 レインに頭を引っ叩かれた。ついうっかりやってしまったようだ。


「私は修行と研究、それからマジックアイテムの作成ね。サシャと同じく使える階梯は上がってないけれど、使える魔法は増えたわ。あと、あなたの留守中に1つ依頼が来たから、それを受けてこなしたわ」


 あなたは依頼の内容と収支について尋ねた。


「依頼者はとある美食家。依頼内容は、5層『大砂丘』でのゴライアスベアイーターの肉の採取よ。参加者はあなたを除いて全員。あ、レウナもね」


 ゴライアスベアイーター。あなたはそれがなんなのかわからなかった。

 アリかサソリのことだろうか。あれはべらぼうに数が多かった。

 そう思って尋ねると、レインは首を振った。


「ゴライアスベアイーターはクモよ。トラップドアスパイダーって言ってね。砂の中に巣を作って、近くを通りかかった獲物を引きずり込む……そう言う種類のクモね。それを見つけ出して倒し、肉を取って持ち帰る。そう言う依頼だったわ」


 なるほど、隠れているタイプのモンスター。

 それならばたしかに遭遇しなくともおかしくはない。

 しかし、わざわざ依頼として出されるとは。

 そのゴライアスベアイーターとやら、よほど美味なのだろうか?


「依頼主はアレよ、以前に私がオイスターを売りつけた美食家。美食家って言うやつはね、物珍しい食材のことを聞いたら、食べずにはいられないのよ。ほんとバカバカしい」


 エルグランドにもそう言う種類の人間はいた。

 どころか、ボルボレスアスやアルトスレアにもいた。

 人間と言う種、その奥底に眠る宿痾なのだろうか?

 あなたは笑いつつも、最後にその依頼で得た報酬について尋ねた。


「金貨にして450枚。まぁ、悪くない報酬だったんじゃないかしら。探索中の戦闘と、治療に使ったワンドや道具の値段を考えると、正直収支はプラマイゼロって感じな気もするけれどね……」


 あなたはマイナスにならなかったのならそれでいいだろうと頷いた。

 たしかにプラスになった方がいいのはたしかだが。


 5層は『大砂丘』は敵の数が極めて多く、範囲攻撃で吹き飛ばしたくなる。

 そうなると自然と魔法の使用回数が増えるが、当然ながら魔力消費も増える。

 それを避けることを考えると、ワンドやスクロールを多用するほかにない。

 無事に乗り切ることを考えると、そちらの方が安全なのも確かだし。


 全員が無事に帰れたならそれでいいと思うべきだ。

 経験と言う得難いものを持ち帰れたと考えよう。


「そうね。まぁ、私の方はそんなところね」


 あなたは頷いて、残る2人、レウナとフィリアに目線を向けた。

 するとレウナが口を開き、報告をしてくれた。


「遠出して、ジャメシンと言う迷宮を探索して来た。最奥部まで潜ったが、特に何もなかった。後はレインの言った依頼に参加した。その他はシカやらクマを狩ったくらいだな」


 ジャメシン。比較的近辺にある迷宮だったはずだ。

 城砦みたいな構造をした、各玄室に配置された守護者を撃破して進む構造とか。

 迷宮と言うよりは、なにかの罠とか、なにかの儀式場のような雰囲気だ。

 既に踏破済みで、資源を得るためだけに利用されているとか言う話だが……。

 無から物を得る手立ては世の中いくらでもあるものだが。

 それが迷宮と言う構造から無制限に得られるというのはちょっと意外と言えば意外である。


 まぁ、レウナは神託の通り、迷宮を巡る使命に従ったということらしい。

 あなたは最後にフィリアにどうだったかを尋ねた。


「レインさんの言う通り、依頼をこなした以外は、治療院でお手伝いをしたくらいでしょうか……意外と蘇生魔法の需要は多いみたいですね。特に7階梯の方の上位蘇生は」


 7階梯の蘇生は発動コストは極めて高いが、その分だけ喪う生命力が少ないとか。

 つまり、戦線復帰が速いということであり、リハビリ期間が短いということ。

 それがどれだけの利益になるかは、その人間の属するチームの力量次第だろうが。

 時間を金で買うことが出来るチームには垂涎の魔法だろう。


「そうなんでしょうね。私以外にも蘇生魔法の使える人間はいますし、私より高位の蘇生魔法が使える人もいるみたいですが……私にお鉢が回ってくるくらい、需要は大きいみたいです」


 ちなみにそれをして、報酬的にはどんなものなのだろうか。


「うーん。お布施としては極めて高額なものをいただきますが、触媒代と、消費する魔力量を考えると、正直言ってトントンなんですよね……ほとんどボランティアです。結局、ワンドとかスクロールを作るのが一番儲かりますからね……」


 そのあたりは信徒を増やすための慈善事業をと言うことだろうか。

 というより、神の授けた奇跡でぼったくり行為は神の勘気を買うのかも。

 さすがの神官も信仰のみで飢えは癒せないので、多少の代価は許されるのだろうが……。


「そうですね。善の神格の大半は、ぼったくりのような真似はお許しにならないはずです。日々の糧は自ら耕して得よ、という神もいるくらいですし」


 そのくらい厳格な神の教えに奉ずるのは大変そうだ。

 そう言う厳しい教えに奉ずる自分たちと言う一体感のお蔭で結束は強そうだが……。

 ちなみにザイン神的にはどの程度のスタンスなのだろうか?


「ザイン様は日々の糧を布施の中から賄うことはお許しになられますが、それ以上はちょっと。ただ、戦場では厭うことなく分け与えよ、とも言いますね。これは双方に適用される言葉ですが」


 つまり、神官は叶う限り癒しの奇跡を振る舞うべきであり。

 また、振る舞われる者は、叶う限りのお布施を払うべきと言うことだろうか。


「まぁ、平たく言うとそうなります。戦場司祭が多い教えですしね」


 あなたはなるほどなと頷いた。

 そして、全員の報告を聞き終えて、あなたは自分のして来たことを報告した。

 まぁ、やったことがやったことなので、報告するまでもなく知っていたが……。


「聞いたわよ。スゴイ魔法で敵軍を吹き飛ばしたとか。あと、エルフを片手で捻り潰す身長2メートルの大女って話も」


「凄まじい剣技で敵の軍勢をたった20人で突破したって聞きました。それから町中の女を一晩で抱いた物凄い大男で、既に子供が10人もいるって言うウワサも聞きました」


「私は王宮にたった1人で攻め入って反乱軍の首魁を討伐し、辺境伯家に身を寄せていたお姫様を迎えに行ったって聞きましたね。あと噂によるとエルフの伝統武器、カーヴ・ブレードを使いこなすエルフの美女らしいですよ」


「私は恐るべき智謀で1500人の軍勢で敵軍5万を討ち破った天才軍師だと聞いたがな。ついでに言うと、クラウ2世とやらのご落胤のハーフエルフらしいぞ」


 ただ、根も葉もないうわさと、尾ひれと背びれと尻尾がついていた。

 子供が10人いるとか、カーヴ・ブレードを使いこなしたとかまではまだいいが。

 大男とはなんだ、大男とは。間違っても男に見える姿はしていないはずだ。

 それに背も女にしては高いが、大男に間違われるほど大きくはない。

 って言うか、これはイミテルとダイアのウワサも混じっている気がする。


「でしょうね。だって、エルフのお姫様は魔法を使いこなす凄腕の魔法剣士ってウワサも聞いたもの、あなたと混ざってるわよ」


「あー、やっぱりそうですよね……凄腕の武僧でありつつも、魔法ですら使いこなすお姫様だって聞きましたけど……先日連れて来たお2人とも、魔法使えないですもんね」


「まぁ、ウワサが混じるのはよくあることですよ。私もよく勘違いされてましたしね」


 まぁ、実力の宣伝になったなら、それでいい。

 いずれまた依頼が舞い込んで来るだろう。報酬次第では受ける。

 まぁ、今は休暇中なので、そこまで積極的にはやらないが。


 ひとまず、報告会は終わった。

 仲間たちの現状と、収支の状態……というか、運営資金の確認と言うべきか。

 そのあたりも済ませ、あなたの現状も報告できた。


 次にあなたは、本格的にバカンスを楽しむための準備。

 つまり、『エトラガーモ・タルリス・レム』のメンバーとの会談をするべく、カイラの自宅へと出向くこととした。

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