20話
「あら~、お久しぶりですね~。トイネに永久移住するのだとばっかり思っていましたけれど~」
カイラの自宅を訪ねたところ、開口一番そんな嫌味を言われた。
通された研究室は雑然としており、掃除が行き届いていない。
研究か何かが切羽詰まっていて、機嫌がよくないのかもしれない。
あなたは話題を変える目論見もあって、最近の研究はどう? などと返事を返した。
「大したことはしてないですね~。ただちょっと、MIRV化ICBMの実現可能性を検討がてら実験していたくらいで~」
なんだろう、MIRV化ICBMとは。
「要するに、強力な爆弾を複数搭載した飛翔体を発射して、そこからその複数の爆弾を投射する兵器です~。それでトイネを更地にしてやろうかなと~」
どうしてそんなことするの……?
あなたは突然の暴挙に目を白黒させた。
なんだってトイネを更地にしようというのか。
「まぁ、考えることは色々と……まぁ、あるんですよ~……」
そう言って昏い瞳で笑うカイラ。やや……いや、かなり怖い。
カイラを相手に戦えば、まず負けることはないという確信はある。
だが同時に、敵に回したら何をしでかすか分からない確信がある。
あなたの知らないすさまじい超技術を持っているのは間違いないのだ。
それであなたには計り知れない大破壊を撒き散らしたりしかねない。
「うふふ……やっぱり、耳でしょうか? 耳が悪いんですよね、きっと。ふふ、うふふふ……」
なにかの嫌味だろうか……あなたの聴力は悪くはないはずだが。
あなたは下手に刺激できないと黙ってお茶を飲んだ。
「世代交代の遅い種には、細菌兵器が効くんですよね~。うふふ~……炭疽菌とかどうですか~? 魔法でないと治療不可能ですし~、致死性も高いですしね~」
なにかすごくまずいことを計画しているらしいことがわかる。
あなたはこのまま喋らせていると、余計に悪い方向に進むと理解した。
そのため、強引に話題転換をするべく、バカンスについての話を切り出した。
「ああ、はい~。3層は『大瀑布』でのバカンスでしたね~。うふふ、秘境について知りたいんでしたよね~」
もちろんである。
あなたは未知のものが知りたくて冒険者をやっているクチだ。
そんなあなたが未知を前にして大人しくしていられるわけがない。
あなたの好奇心の強さは滅多に見ないほどのものだ。
それこそ、エルグランド究極の秘宝のひとつとも言われる『真実の眼』を暴いたくらいだ。
『真実の眼』。それは究極の自動書記道具と言われる製作者不明のレリックだ。
安置されていた迷宮も含めてひとつのレリックとされ、暴いた現在ではその力は喪われている。
一応、迷宮を再起動すれば力も戻るはずだが、再起動の方法は知らない。
まぁ、実質的にエルグランドの大秘宝のひとつをぶっ壊したことになるだろうか。
「もちろん、教えて差し上げますよ~。でも、お仲間の皆さんたちとはいいんですか~?」
既に相談済みだ。そして、全員遠慮する、とのことらしい。
レインとサシャは、もっと魔法の勉強をしたいとのこと。
つまり、レベルアップのための訓練に励みたいらしい。
迷宮内だから気兼ねなく飲めないし……というのもレインの本音だったろうが。
フィリアは、既に1か月も休暇を取ったからこれ以上は……とのこと。
訓練がてら、日々を治療院でのボランティアに費やすらしい。
レウナは他の小規模迷宮の攻略のために出かけるらしい。
ついて行きたい気持ちもあったが、比較的攻略しやすい踏破済み迷宮に絞るとのこと。
あなたは未踏破迷宮を積極的に攻略したいので、結局は見送ることにした。
「あら~、真面目ですね~。まぁ、私たちも休暇がてらの訓練をするので、不真面目と言うわけでもないのですが~」
実によいことだと思う。
その際には、ぜひとも『エトラガーモ・タルリス・レム』のメンバーとも仲良くなりたいものだ。
そのようにあなたが零すと、カイラがすっと目を細めた。
「みんなにも手を出すつもりですか~?」
ダメかな……? あなたは恐る恐る尋ねた。
「ダメじゃないですけどね~。泣かせるようなことがあったら、私にも考えがありますよ~」
いったい何をするというのだろう……?
カイラが言うとかなり洒落にならない感があって怖い。
「いえ、そこまで酷いことしないですけどね~。でも、私たち『エトラガーモ・タルリス・レム』は結成から3年、苦楽を共にして来た仲間たちです~」
あなたがカイラをナンパした、あの初対面の日。
ちょうどその時が『エトラガーモ・タルリス・レム』の初冒険の日だったらしい。
つまり、ソーラス大森林に突入し、熊と戦って命からがら逃げて来たらしい。
それからずっと、今に至るまで。地道にレベルアップを重ね、今までやって来た。
カイラとほかのメンバーの実力の差は未だ埋まっていないが、差は小さくなっている。
カイラが見守って来たメンバーたちとの絆は、生半なものではないのだろう。
「泣かせるようなことがあったら、私にも考えがありますからね。ええ、なにかしますよ」
なにかってなんだろう、なにかって。
具体的な内容がないが、カイラが言うとなんか洒落にならない感があって怖い。
あなたは不誠実な真似は出来そうにないなと気を引き締めた。
まぁ、元より女性相手には真摯なのがあなたの信条である。
その当然のことを、より一層誠実に追及するだけのことだ。
「さて、休暇の過ごし方ですが~……3層では魚類と、少数の鳥類の調達が可能ですよね~?」
あなたは頷いた。その他、頂上の湖では貝類も採取可能だ。
それと食べれるかは不明だが、海藻類もいくらか取れる。
採取できる魚類の種類はなかなかのものなので、早々食に困りはしない。
「ですけど~、やはり主食となるパンやお米は欲しいですよね~。特にうちの子たちはみんなお米大好きですから~」
たしかに、主食は必要だろう。特に米が。
あなたはパンだけで平気だが、この大陸では非常に米食が盛んなのだ。
パンも当然食べられているが、どちらかというまでもなく米の方が消費量は多い。
それは収穫量が段違いに多い、というのもあるのだろう。
冷涼なエルグランドの地で育ったあなたには信じ難いことだが。
この温暖な大陸では、年に3回も米を収穫ができるのだとか。
ただ、さすがにそれが出来るのは最南端の国であるマフルージャ王国あたりだけだ。
それ以外の国では年に3回は無理で、2回が精一杯らしい。それでもすごいことだが……。
そんなマフルージャ王国なので、当然米食が盛んなわけだ。
「現地調達できない以上、持ち込む必要があるのですけど~。きっと、優しい私のあなたが用意してくれますよね!」
もちろんとあなたは頷いた。
米もパンも、いくらでも用立てようではないか。
米は安いし、パンは知っての通り錬金術で生成可能。
そうでなくともエルグランド産の小麦粉があるので自分でパンを焼いてもよいし。
米の話に付随してのことだが、この国の小麦はエルグランドの小麦と種類が違う。
小麦には秋蒔きと春蒔きのものがあり、どちらも一長一短の性質がある。
秋蒔きは栽培にほぼ丸1年かかるが、多収量で美味と言う特性がある。
春蒔きはおよそ4カ月で収穫できるが、低収量で味も安定しない。
そして、この大陸にはたぶん、秋蒔き小麦が存在しない。
あってもごく一部でしか栽培されていないのだろう。
秋蒔き小麦は越冬しないと芽吹かない性質があるのだが……。
この大陸の冬は暖かすぎて、秋蒔き小麦が芽吹かないのだろう。
そのため、この国のパンは正直言ってあまり美味しくない。
エルグランド産小麦のパンの味を教えてやるのも一興だろう。
「へぇ、美味しいパンが……あと、私はお魚だけで十分なのですけど~。みんなはお肉が食べたいというんですよね~」
あなたは胸を叩いて自分に任せろと宣言した。
牛でも豚でも鶏でもなんでもたっぷりと買って来よう。
羊や山羊、兎やカンガルー、ワニ、猿なども用立てよう。
食料調達の労くらいは担って然るべきだろう。
なにしろ、あなたは『エトラガーモ・タルリス・レム』のメンバーを美味しくいただくわけなので。
「あらあら~。あとお酒も欲しいですよね~。もちろん甘いお菓子も~。えと、あと、お酒のおつまみとか~?」
可愛いお姫様のワガママだ。あなたはもちろん喜んで承る。
カイラが食べたいなら、なんでも用立てよう。
そのように答えると、カイラが頬を染めて手で顔を覆ってしまった。
「あうぅ~……腹いせにワガママ言いまくって嫌な女になったのに、可愛いとか言われたら立つ瀬がないじゃないですか~……」
もっと言ってくれて構わないのに。
なんなら、これから市場に出ようではないか。
そこでカイラの必要なものを全部買ってあげよう。
「そ、そんなこと言われると、ここからここまで全部ちょうだいとか言っちゃいますよ~?」
店ごと買っても構わないが?
「わーお……でしたら、みんなを連れてお買い物にいきましょうか~」
カイラと2人きりでも構わないのだが。
3層で過ごす食料調達分はまた後日と言うことにして。
今日は、カイラと2人きりで、アクセサリーでもなんでも買ってあげよう。
「はうっ……すっごく、すっごくすっごく魅力的なんですけど……アクセサリーとかあんまりわからないし……みんなも早くバカンスに行きたいとのことなので……今日は遠慮します~」
なるほど、たしかにあなたは待たせ過ぎてしまった。
では、カイラの提案通り、他の皆も連れて、バカンスのための買い物に行こう。
『エトラガーモ・タルリス・レム』のメンバーが招集された。
そして、集まったメンバーを前にして、カイラが説明をした。
「今年のバカンスのスポンサーである、身長3メートルの大男にして、トイネの女エルフを100人孕ませ、1500人で5万の軍勢を討ち破った天才軍師さんです~」
「わーすごーい」
「あれで3メートルなら、私も2メートル70はあるな」
「実は頑張って膝を曲げてるのかもしれんな」
根も葉もないうわさ話での紹介をするカイラ。
まぁ、このメンバーとあなたに面識はあるのであくまで冗談だ。
「さて、スポンサーなのは本当で~。お肉にお米にパン、それからお酒やおつまみ、お菓子に調味料に、煮炊き用の燃料まで……ぜ~んぶ彼女が買ってくれるらしいですよ~」
「えっ、なんで?」
「彼女が請けていた依頼の関係で、バカンスが遅れに遅れましたからね~。そのお詫びらしいですよ~」
「あーなるほど」
そう言うわけなので、遠慮せずに好きなだけ買ってくれて構わない。
まず、このソーラスの町の市場に買い物に行こう。
その後、酒や菓子、調味料は王都で買った方がいいだろう。
最後に畜産の盛んなスルラの町で肉類を買うのでどうだろうか。
もちろん、移動のための転移魔法はあなたが用意しようではないか。
「至れり尽くせり……!」
「抱えきれないくらいの焼き菓子
「高級な
「
あなたの二つ返事の満額回答に、『エトラガーモ・タルリス・レム』のメンバーが沸き立つ。
目もくらむような贅沢し放題と分かったのだろう。
まぁ、正直、食い物や飲み物への浪費には、ある程度の限界がある。
絶世の珍品名品となると、目もくらむような額になるのはたしかだが。
そう言うものはそれこそ伝手がないと手に入らないのだ。
市場で購入可能なもので贅沢をしても、おのずと普通の額になる。
まぁ、高くとも金貨を数百枚程度で済むのではないだろうか。
たしかに1カ月やそこらのバカンスで浪費する額にしては凄まじい額だが……。
『エトラガーモ・タルリス・レム』のメンバーにしても捻出不能な額ではない。
捻出可能にしても、浪費していいレベルの額でもないだろうが。
「さっそくお買い物行こうよ!」
「いこういこう! 一度でいいから霜降りの牛肉だけを腹いっぱい食べてみたかったんだ!」
「毎日酒盛りし放題だ!」
「うへへ、お菓子食べ放題……お菓子……うへ……」
各々が欲望全開である。存分に買って飲み食いして欲しい。
引け目を感じさせたらあなたの勝ちだ。そこに漬け込んで仲良くなろう。
あなたはこのバカンス中に全員を美味しくいただくつもりだった……。
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