3話

 冒険者学園で過ごす日々は穏やかだ。日々常に勉学に励み、自己修練に勤しむ。

 エルグランドでは訓練のために長期間冒険に出ない日々もあったが、それとはまた違った穏やかな時間だ。

 自分を高めることに専心するばかりに、時間に追われるかのように必死で訓練に励むのとはまた違う。

 決まった時間割の中で生きるというのは、ある意味で窮屈だが、ある意味で気楽だとも言えた。


 平日は同じく寮で過ごす同輩ら、そして先輩方との交友を深め、休日には外に出て娼館を巡ったり、他の町に行ったり。

 勉学のために日々を過ごす。世の学生たちは、こんな穏やかな時間を過ごしているのだろうか。

 冒険者として身を立てることを選んだのに後悔はないが、こういう生き方もあったのかもしれない。


 成功した冒険者の両親と言う、極太の実家を持つあなたは、選ぼうと思えば勉学に生きる人生もあった。

 大学に入ることを目指し、大学での勉学に生涯を費やすという未来も、あるいはあったのかもしれない。

 もしくは冒険者の傍らでやっていた娼婦を、それを本当の生業として選ぶ人生もあったかもしれない。

 仮定すればキリはないが、穏やかな日々を過ごしていると、そんなことを思わずにはいられないのだった。


「あなた状況分かってる……?」


 対面の席に座っているレインが戦々恐々とした顔で訪ねて来たので、あなたは頷いた。

 周囲を冒険者学園に在籍しているほぼ全ての女子生徒に取り囲まれ、詰問されている最中だ。

 巻き込んでしまったことは申し訳ないばかりだが、どうか許して欲しい。


「いや、許して欲しいじゃなくて……あなたなにしたのよ……?」


 あなたは冒険者学園の女子生徒全てと仲良くなっただけであると応えた。

 そう、仲良くなった。みなベッドの中で交友と愛を深め、お互いのことをよく知ったのだ。

 まぁ、つまり、あなたは冒険者学園の女子生徒を全員食った。

 教師陣にもかなり苦言を呈されているが、自由恋愛の範疇だし、不純同性交友が禁じられているという校則はないのだ。異性の方はあったが。

 あなたにしてみれば片っ端から妊娠させてないだけ自重しているくらいだ。


「……つまり、この金髪のスケコマシを吊るし上げようとしてる……ってことかしら?」


 レインが恐る恐る周囲の女子生徒に尋ねかける。

 しかし、その言葉に女子生徒らは首を振った。


「いや、他にもシテる子がいるって言うのは気付いてた、って言うか、分かってたし……」


「あれだけあからさまにやってたら……ね」


「むしろ、気付いてない奴いるか? いねぇよなぁ!?」


 全女子生徒約40名が同意したので、主題はあなたの吊るし上げではないようだ。

 まぁ、あなたは全員に誠実に対応したし、ちゃんと他にも相手がいることは伝えている。

 それでもよいという合意をちゃんと得た上で、行為に及んだのだ。糾弾されるいわれはない。

 そう言う形で全員を口説き落としていくのは骨が折れたが、あなたはやり遂げた。

 成し遂げた時の達成感と言ったらなかった。あとは女性教諭陣らをいただけばコンプリートだ。


「問題と言うか、センパイちゃんは誰が本命なのか聞きたくて」


 詰問の内容がようやくわかった。先ほどからずっと詰問されていたが、声が入り混じり過ぎて何を言われてるか分からなかったのだ。

 レインの水入りのお蔭で助かったと言えよう。


「……たしかにそれは気になるわね。誰が本命なのよ、あなた」


 レインも気になるようだ。あなたは、本命は自宅にいると答えた。

 きっと、あなたが冒険の旅を終えて帰ってくるのを待っているだろう。


「ほ、本妻かぁ~……!」


「こまった……ちょっとかてない……」


「それはあまりにも卑怯過ぎるでしょう……?」


 全員が納得しだしたので、逆にあなたが困惑した。

 大抵こういう状況になると、そんなのは認めないと言い出す者が1人か2人はいるのだ。

 しかし、周囲にいる30人を超える女子生徒が納得するのはどういうことなのか。


「いや、ここまでくると……ね」


「あっと言う間に女子生徒すべてを口説き落とした女が本気で入れ込む本妻って……勝てる気がしない……」


「本気のセンパイちゃんと問題なく愛し合える人とか絶対化け物じゃん……」


 あなたの方が納得いかない部分が出て来たが、とりあえず納得してもらえたならそれでいい。


「一応聞くんだけど……どこかの娼館から身請けして来た高級娼婦とか言わないよね」


 あなたは物心つく以前からずっと共にいた最愛の人であると答えた。


「幼馴染とか最強の属性出して来ちゃった」


「センパイちゃんの幼馴染になりたい人生だった……」


「不細工だったりしないよね? 美人なら多少は諦めがつく……」


 あなたは『ポケット』からロケットを取り出した。

 そのロケットを開くと、中にはあなたと最愛のペットが並んで描かれた肖像画が入っている。


「ひえっ、すごい美人!」


「もうだめだ……おしまいだぁ……」


「に、逃げるのよ、勝てるわけがない……!」


 最愛のペットが高評価なので、あなたもうれしい。


「センパイちゃんのパートナーなんだから、強いんだよね?」


「それな」


「弱かったら認めない」


 あなたは自分と肉弾戦でならば互角に戦えると応えた。

 肉体的にはほぼ互角、技術的にはあなたの方がやや上と言ったところか。


「つまり化け物でしょ」


「ここで自分が本妻だとか言い出したら、センパイちゃんの本妻に指先一つで捻り潰されるでしょこれ」


 どうやら全員が負けを認めたらしい。


「幼馴染で、超美人で、しかもめっちゃ強くて、この女たらしに納得してる寛大さ……勝てるわけがない……」


「むしろそこまで行くと実在を疑うよね」


「わかる。完璧超人過ぎて。欠点とかないの?」


 特にこれと言って思いつかない。

 強いて言うなら蛮族出身だからか、そこら中に干し首を飾り出すことくらいだろうか。


「とんでもない欠点が出て来たんだけど」


「ほ、干し首……」


「あれを、そこら中に、飾るの……?」


 あなたは干し首を飾って喜ぶ感性はないのでちょっと閉口している。

 まぁ、可愛いペットがすることなので、何も言わずに受け入れているが。


「むしろ、その干し首の出所はどこなのよ」


 そこらへんの乞食とか、盗賊とか、山賊とか。

 その辺りを切り殺して、首だけ引っこ抜いて持って帰ってくるのだ。

 そして丁寧に干し首を作り、出来上がった干し首を飾るのだ。

 特に出来がいいものを集めて繋げ、首飾りとして贈ってくれる。


「い、要らねぇ~……!」


「こんなに心が躍らないプレゼント他にある?」


「むしろプレゼントなのそれ。いやがらせとかじゃなく?」


 もちろん善意100%だ。あなたのペットは、あなたが喜んでくれると信じて持ってくる。あなたも断るに断れない。

 なにぶん、あなたのペットは両親がともにハイランダーと言う純度100%の蛮族。その常識は常人とは異なる。

 しかし、蛮族とて学習能力がないわけではない。干し首が周囲の誰からも拒否られたら、考え直すこともあるだろう。


「たしかに……」


「ということは、今はもう贈らなくなった?」


 だが、残念なことに、あなたの母も両親ともにハイランダーと言う蛮族のサラブレッドだ。

 干し首作りをあなたのペットに教えたのはあなたの母だし、あなたの母は父に干し首を贈っている。

 干し首はプレゼントに最適! あなたの家において常識となった考えだ。

 あなたの母に補強されてしまった蛮族の教えは、もはや規範となってあなたのペットの人生を照らしている。


「もう、ちゃんと断りなさいよ……断ってあげるのも優しさよ……」


「心は痛むかもしんないけどさ、干し首とかそんな……ね?」


 あなたはもちろん干し首の受け取りを拒んだこともある。というか、普通にかなり初期の頃に拒否った。

 あなたのペットはちょっと考えてから得心したような顔をし、雑魚の首はお気に召さないらしい、と理解していた。

 そして、それからあなたに贈られる干し首は、今までよりも強力なモンスターだったり、強いと評判の人間のものになっていた。


「おお……もう……」


「結局贈られるのは首……」


 今ではあなたも干し首職人、贈るのはもちろん干し首。

 なぜならあなたのペットも干し首で喜ぶからだ。


「いや、センパイちゃんも作ってるんかい!」


 あなたの母なのだから、むしろ娘のあなたにこそ教えが施されるのが自然である。

 たとえばあなたが母に疎まれているとかなら別かもしれないが、特にそう言うこともない。

 まぁ、年齢的な都合であなたの方が後に教えられたが。しかし、あなたは生粋の蛮族ではない。

 干し首作りも好んでやりはしない。相手を保存するなら全身を剥製にして保存する。干し首では生前の外観が保てない。


「いや、それはそれで……」


「干し首か全身剥製かって極まった二択迫るじゃん」


「文化背景がね、違い過ぎるんすよね」


 もしも、本当に稀なことながら、興味があるなら干し首作りについて教えてもいい。

 相手が重要にしている文化についての理解があると知れれば、円滑な関係を築きやすいのはよく知られたことだ。

 まぁ、そうした首狩り族と円滑な関係を築く必要に迫られることがかなり想像しにくいが……。


「し、知っておいて損はないだろうけど……」


「状況が限られ過ぎる……」


「干し首作りクラブの設立……ってコト!?」


 恐ろしく参加に気が向かないクラブである。主催するのも凄く気が向かない。

 とは言え、知りたいと願う者のために、そうして骨を折ることも決して苦ではない。

 まぁ、気が向かないといった通り、べつに好き好んでやりたいわけでもないが。


「まぁ……クラブ活動に関してはある程度のフリーハンドもらえるから……やりたいならやってみればいいんじゃない?」


「スッゲェ生臭そうなクラブだなぁ」


「参加したくないけど、参加してみたい気持ちもある」


 クラブ活動に関するフリーハンド。それはちょっと気になる話だった。


「え? 本当にやるの……?」


「ま、まぁ、他のクラブかもしれないし……」


「ええと、クラブ活動って言うのは、同じ目的の人たちを集めて、講師みたいな人を招聘、あるいは生徒当人が主導で教えを授ける集まりみたいなものなのよね」


「単純に遊びみたいなクラブもあるけど、真面目なクラブ活動もあるわよ。特定流派の剣術とか教えてる人もいるし」


 要するに同好会とかそう言う類のものだろう。

 後輩に剣術を教えたりとか、そう言うことをしているのかもしれない。

 あるいは、教諭陣が趣味として生徒に指導を施すとか。

 あなたにも主催する権利があるなら、ぜひとも色々とクラブ活動などしてみたい。


「ある程度以上に有益なクラブだって分かれば、学園側からある程度の活動費用とかもらえるよ。空き時間の学園施設の利用とかも融通利かせてもらえるし」


 干し首作りが有益かはともかく、あなたには生徒たちに教えられる技術が多数ある。

 特に隠すようなものでもないので、求められるならば教えるのはやぶさかではない。

 これは完全なる善意だ。あなた側に利益と言うものはほとんどない。

 学園中の女子生徒は一通り味見したので、女漁りのために開催するわけではないし。


「へぇ……センパイちゃんの剣術とか教えてもらえるの?」


 人に教えるほど上等な技ではないが、知りたいというなら教えることに否やはない。

 それ以外にも獲物の解体技術とか、単純な対人戦闘技術の心得とか、そう言うもの。

 授業後は基本的に女の子と遊んでいるが、そうして女の子たちにレッスンと言うのもいいものだ。


 とりあえず、娼婦から情報収集と言う定番をこなすために、娼婦相手の寝技の研究クラブなどどうだろう。

 あなたはエルグランドでは名の知れた高級娼婦。講師役として、責め立てられる娼婦役など最適だろう。

 もちろん受講者はあなたが選ばせてもらうが、女の子相手ならだれでもウェルカムだ。


「詳しく」


「ちょっとそれどこで参加できる?」


「金なら出す! 参加させてくれ!」


 みんなも乗り気なようだ。これはぜひとも開催しなくてはならないだろう。

 あなたはクラブ活動に向けて、本格的に動き出すことを決意した。

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