2話

 ナンパしたり、使用人に手を出しまくったり。

 大道芸の見物に行ったり、ついでにそのまま連れ込み宿に連れ込んだり。

 そんなことをしていると、瞬く間に時間が過ぎていく。

 明日から屋敷の仕事に取り掛かるべき日が来る。めんどくさい。


 最後の休日をどう有意義に過ごすべきか。

 そんなことを考えながらだらけていたらもう昼だ。

 これは昼食を食べたら有意義な行動をしようと考え、気付いたら夕方になっているパターンだ。


 でもだらけるの気持ち良すぎてやめられない。

 あなたはカウチに転がりながらだらだらエロ本を眺める心地よさから脱することが出来なかった。



 何かしなきゃという焦燥感。

 それでいてだらける心地よさ。

 その2つに身もだえしていたところ、フィリアが訪ねて来た。


「お姉様、ちょっとよろしいでしょうか?」


 内容による。

 いまカウチと激戦を繰り広げている最中なので、完璧な対応は諦めて欲しい。


「『銀牙』のメンバーを蘇生したので、少し話をしたいということなんですが……」


 そう言えば今朝死体を出すように頼まれた。

 それで今まで蘇生の儀式していたと。


 大した事じゃないのでパス。

 あなたは適当にそう返事をした。

 この柔らかなカウチから抜け出すことができない。


「はぁ……じゃあ、ここに呼んで来てもいいですか?」


 べつにいいかと、あなたは頷いた。

 ちゃんと普段着に着替えているし、特段に恥ずかしいことはない。

 変わらずにだらけていると、やがてフィリアが数名の人間を引き連れて戻って来た。


「お姉様、連れて来ました」


 連れて来たのは分かるが、話したいという用事はなんだろうか?

 あなたはとりあえず自己紹介をし、殴り掛かって来た蛮族の男を地面に叩きつけた。


「ああっ……床が……」


「そこはビフスを心配してやってくれ……」


 フィリアが床が陥没したことを嘆き、リーダーの青年が呆れる。

 しかし、すぐに気を取り直すと蛮族の男を無視して自己紹介をはじめた。


「私は『銀牙』のリーダーである、アルベルトと申します。アルベルト・ライサラス・イナシル・カライン。アルベルトと呼んでください」


 たぶん貴族。おそらく貴族。貴族なんじゃないか?

 レインとレナイアも名前にイナシルとあったが。

 おそらく貴族の名前、そのうち領地の名を指す部分につく前置詞なのだと思われる。


 よくよく見れば、細面で血管が透けて見えるほどに地が白い。

 なるほど貴種と言うほかにない顔立ちをしている。


「この度は私たちの蘇生にあたって費用を用立ててくれたとのことで。かならずや費用は返済いたします」


 あなたはそれについては首を振った。

 べつに貸し付けたわけではなく、フィリアにあげたのだ。


 金貨1万枚くらいそう大した出費ではないし。

 可愛いペットのためだ。まったく惜しくない。

 そもそも、ぶっ殺したのはあなたなのだし。

 使用用途に関しても文句を言うつもりはない。

 返すにしても、あなたではなくフィリアに返すべきだ。

 まぁ、どうしてもお礼をしたいというなら、女の子になって体で返済して欲しい。


「さすがにそれはちょっと」


 難色を示されてしまった。まぁ、それが普通だ。

 あなたは残念だと答えつつも、特に無理強いするつもりはなかった。

 学園で男子生徒を女子生徒にしていたのは、母数に限りがあったからだ。

 学園と言う閉鎖空間内の女子生徒は50人もいなかったのだからしょうがない。


「いえ、では、頂いたご恩はフィリアに金銭で以て報います」


「アルベルト。お姉様は女の子が大好きだから、たとえばあなたの実家のメイドを好きにしていいとか……」


「フィリア、我が家は貧乏な半貴族家系だよ。メイドなんてとてもとても。そもそも、人のことをそう簡単に売り買いしていいわけがないだろう」


「いえ、この場合、口説いてもいいという許可を出すだけよ。お姉様は紳士的……いえ、淑女的な方だから、貴族の家で雇われている女中には手を出さないように控えているの」


「ああ、なるほど……たしかに、メイドの恋愛を禁止としている家もあるからね……そうだとしても、我が家には私の母上より年上のメイドが1人居るきりだよ」


「1人いるならいいんじゃないかしら」


「全然よくないよ。話聞いてたかい? 私の母上より年上なんだよ?」


「大丈夫よ。お姉様はあなたのお婆様より年上の女にも手を出す人だから」


「なんて?」


「だから、お姉様はあなたのお婆様より年上の女にも手を出すわ。80過ぎの老婆にも手を出した人なのよ」


「それは……エルフとかドワーフ?」


「人間よ」


「……?????」


 アルベルト青年が首を傾げて固まってしまった。


「いい、アルベルト。お姉様は女が大好きなの。もう女だったらそれでいいの。女の形状をしていたらゴーレムでも口説くわ」


「それはもう正気ではないと思うのだけど」


「ソーラスの冒険者学園に出るというウワサの幽霊を口説こうと、毎晩徘徊していたくらいなのよ」


「どこからそんな情熱が沸いて来るんだ……」


 どこからと言われても困るが、やはり心の内から無限にと言うべきか。

 ちなみにくだんの幽霊は、風呂場の排水用水道管が破損して漏水しているのが原因の異音でしかなかった。


「変わった方だとは思っていましたが……」


 思っていた以上にやべぇやつだな……という目で見られてしまった。

 正直なことを言うと、自覚はそんなにもないのだが。

 周囲から散々言われ続けているので、さすがに理解はしている。


 というか、変わったやつ、という意味ではアルベルトもそうだろう。

 あなたはエルグランドの民なので気にしないからいいのだが。

 命が1つしかないこの大陸では、殺した殺されたは大問題のはずだ。

 それはそれ、これはこれ、という形で納得しているアルベルトは特殊な分類に入るのではないだろうか。


 実際、他のメンバーたちはそう納得しているようには見えない。

 蘇生代金出してもらったからまぁ……くらいの渋々とした納得と見える。


「みんなは負けたのに納得がいっていないだけですよ。ですが、完膚なきまでに負けましたからね……文句の言いようがないだけです」


 そうなのかとフィリアに尋ねてみると、曖昧に頷いた。


「まぁ、おそらくは。私も負けは認めていましたが、納得していたわけではないですし……」


 そう言われてみると、たしかにそうだったかもしれない。

 捕らえて『セイフティテント』に連れ込んだ時、殴り掛かって来たような。

 しかし、そうだとすると、納得するかはともかくとして。

 この大陸でも蘇生してもらえれば殺されてもOKなのだろうか?


「う、うーん……それは、蘇生された経験があるから、というのが大きいと思います……死を絶対視していないというか……」


 単に慣れの問題と言うわけだろうか。

 まぁ、そう言った心理の問題は本人でもわからないことはある。

 詳しく追及しても答えようがなさそうなことは見ればわかる。


「納得いただけて幸いです。では、我々はこれで……蘇生で衰えた生命力を鍛え直さなくてはいけませんので」


 死の向こう側から蘇ったのだ。そうした弊害は致し方ないだろう。

 あなたはアルベルトの申し出に頷くと、またいつでも来るといいと答えた。

 フィリアの友人ならば、あなたにとっても大事な客人として迎える理由がある。

 まぁ、大したもてなしは出来ないとは思うが。


「ありがとうございます。また、いずれ」


 深々と礼をし、アルベルトは去っていった。

 そのあとに続いて出ていく『銀牙』の面々。

 それを見送るフィリアに、もしそうしたいなら『銀牙』のところに行ってもいいと伝えた。


「ええ、少し考えましたけどね。たぶん、お姉様ならそう言ってくださるような気がしていたので」


 では、もう既に答えは出ているというわけだ。


「はい。より高みを目指せる……そんな気がしますので。このままお姉様と共に居たいと思っています」


 言いつつ、フィリアがあなたの頬をぐいーっと引っ張って来た。

 普通に痛いので、いててて、とこぼす。


「なにより、お姉様から離れて生きていられないような体にしておいて、今さら出て行ってもいいよなんて、どの口が言うんですか?」


 まったくごもっともなので、あなたは謝った。

 あなたから離れては生きていけないようにしたのはあなただ。

 あなたはとりあえず、これから詫びにデートなどどうかと提案した。


「デート……いいですね。どこかに観劇にでも行きませんか?」


 もちろん構わない。何かいい新作の劇などあるだろうか?

 なにはともあれ、町に出てみようではないか。

 そのように提案すると、フィリアは嬉しそうに頷いた。


「夜はもちろん……可愛がってくれるんですよね?」


 まったく、フィリアから提案してくるなど、フィリアも染まったものだ。


「あら、お嫌でしたか?」


 もちろん嫌なわけがない。むしろ大歓迎だ。

 あなたはフィリアに手を差し出して、デートへと向かうのだった。





 フィリアとたっぷり楽しんだ翌日。

 片付けなくてはいけない仕事にあなたは取り掛かった。

 渋々ながらも取り掛かれば後は流れ作業みたいなものだ。


 税金の類はポーリンに資金を渡して全面的に出納管理をしてもらっている。

 屋敷に関しても、ポーリンにマーサにスチュワードらの合同で纏めてもらっている。

 実際、あなたのすべきことは、資金を何に使ったかの報告を聞いて承認するだけだ。


 それが終わったら、今後必要となるであろう出費についての報告書を読む。

 屋敷の維持管理をするにあたって予想される出費が大半だ。

 馬や猟犬と言った、いまいち維持する必要があるかの分からないものもある。


 まぁ、馬は馬車を曳かせずとも、乗用に使えるし。

 猟犬に関しては、狩りはしないが犬は可愛いのでそれでよし。


 庭園の剪定や補修などは正直かなりどうでもいいのだが。

 必要なものだとレインが主張しているので、たぶん必要なのだろう。

 庭園にある噴水の維持管理も正直無意味な気がしてならないのだが。

 釣りをするくらいでしか使っていない。

 普通は釣れないが、エルグランドの釣り竿ならなんでか釣れる。

 しかし、べつに噴水ではなくバケツに水を張っても釣りは出来る。


「おおむね、これで終わりですわ、ミストレス」


 書類作業のサポートをしてくれていたポーリンがそのように言う。

 言われてみると、机の上に溜まっていた書類は粗方片付いたようだ。


「最後に、直近の申請となるのがこちらですわ」


 差し出して来た書類を受け取ってみると、上質紙に書かれた契約書だった。

 この大陸の契約書の書面は不慣れなので、読解に少し時間がかかった。

 どうやら、サシャに約束していた図書館建立に関する書類のようだ。

 あなたの眼からすると、特段に不備はないように思えた。


「私の見る限りでも、そのように思います。すばらしく豪勢な図書館のようで、費用が凄いことになっているくらいで」


 たしかに、金貨5000枚とかなかなかすごい額が書かれている。

 『銀牙』のメンバーの蘇生代金と同額と考えると安い気がしないでもない。

 だが、これは軍馬100頭にプレートメイル一式を100は余裕で揃えられる額だ。

 そう考えると騎士団丸ごと一個を創設できるほどの資金と言うことになる。

 実際は騎士に払う給料や、馬や装備の維持費などもかかるわけだが、大体それくらいだ。


「承認なさいますか?」


 もちろん承認する。サシャとの約束だから当然だ。

 額が額なので、これは専用の資金源が必要だろう。

 とりあえず、改築費用として金貨3万枚を用意しておく。

 この金貨3万枚を超えそうであれば別途報告をするようにとも伝えておく。


「なんとも豪勢ですわね……」


 施工する業者に関してはどうなっているのだろうか?


「ええ、その点に関しては娘がまとめてくれたようで。王宮の施工管理も任されている、信頼できる業者ですわ。この屋敷を立てた業者でもあります」


 であれば、この屋敷とのデザイン的な兼ね合いも期待できそうだ。

 あなたは工事をする職人らの食事や寝泊まりの場所も提供してやるように伝えた。

 食事に関してもケチらず、味も量も妥協しないものを提供するようにと。


「そこまでなさいますか?」


 やる必要はないのかもしれないが、やって悪いことはないだろう。

 どうせ金貨5000枚もの建築費用の前には誤差だ。

 この程度の労働環境の整備で歓心が買えるなら得ですらある。


「かしこまりましたわ。では、そのように。こちらの費用に関しては改築費用の中から出しても?」


 接待費から出してもいいが、改築費用と言えばそうか。

 では、そのようによろしく。あなたはポーリンの提案に頷いた。


「以上ですわ。お疲れ様でした、ミストレス」


 ポーリンもお疲れ様。そのように労った。

 あとは3週間の間に、工事がどこまで進むかだろうか。

 その間に、王都で片付けられる仕事はすべて片付けてしまいたい。


 と言っても、ソーラスの迷宮に向けての仕事が大半だ。

 実際のところ、すべき仕事はそう多くはない……たぶん。

 余裕をもって3週間取っただけなのだ。


 とりあえず、今すべきことは。

 あなたはすぐ隣に座っていたポーリンの腕にそっと手を重ねた。


「あら。まだ外は明るいのだから、ダメですよ」


 そのようにポーリンが言い、あなたの手の甲を抓る。

 まったくつれない態度だ。娘のレインはあんなにしおらしいのに。

 愛妾をしていた経歴ゆえか、こういう時のあしらい方が実に自然だ。


 では夜ならいいのだろうか?

 夜でダメと言うなら、空いている時間はいつなのか。

 そのように詰め寄ると、ポーリンがくすりと笑った。

 余裕のある大人の色香にくらくらと来てしまいそうだ。


「もう、仕方のない方……今晩、お待ちしておりますわ」


 そっと囁くように言われると、脳に蕩けそうな痺れが走る。

 コレコレ……熟女のよさとは、こういうところ……。

 しかもポーリンは若返っているので、その肉体はレインと同年代。

 30代の熟れた色香と、10代の瑞々しい肢体を両立している。

 30代を30代のまま味わうのも実にいいのだが、こういうのもいい。


 老婆を10代まで若返らせたときにも格別な美味しさがあるが。

 30代から10代と言うのにも、他にはない美味しさがあるのだ。

 30代だと、20代の頃の若々しさを覚えているのでまだ諦めていない。

 諦めていないものを手に入れた喜びは一入。そう言うことなのだろう。


 ポーリンの甘ったるい色香に身悶えしていると、ポーリンが立ち上がる。

 しなやかに退出していく去り際に、艶やかな流し目を送って来た。


「では……また」


 そう言い残し、ポーリンが退出していった。

 まったく、夜が待ち遠しい!

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