ソーラス迷宮再挑戦編

1話

 学園を卒業したあなたたちは王都へと帰還した。

 一応持ち家もある、この大陸における拠点なのだが。

 サーン・ランドで過ごした期間が長いからか、あまり家と言う感じはしなかった。


「ふぅ……潮風を感じない王都の方が、今となっては慣れない感じがするわね」


 他の皆も同じ気持ちなのか、レインがそんなことを零した。

 他の面々も否定するでもなく頷いているので、同じ気持ちなのだろう。

 あなたも、あの爽やかな潮風が懐かしく感じる。

 あの爽やかなオーシャンブルーの香り。

 潮風で髪が傷むとかぼやく人も多かったが。

 あなたには好ましい町だった。


「ソーラスにはいつ行くの?」


 問われて、あなたはちょっと考えた。

 今すぐ飛び出して行ってもいいのだが。

 急がなくとも迷宮は逃げないのだし、少しくらい骨休めをしてもいい気はする。


 ちょくちょく帰っていたとは言え、約3年も留守にしていたわけなのだから。

 あなたにしても王都の屋敷ですべき仕事はいくつかあるし。

 レインやサシャは家族と愛を深め合う時間も必要だろう。

 

「じゃあ、しばらく休暇?」


 そうしようか。あなたはそう頷いた。

 あなたは休養期間、準備期間、冒険期間と言う形で行動期間を区切る。


 休養期間として、完全休暇を1週間。

 そして準備期間としてさらに1か月を目安に取ろう。

 1週間は完全に休み、1か月は仕事を片付けつつ冒険の準備。

 そして、ソーラスの方でも多少の準備は必要かもしれない。

 準備期間の3週目にソーラスに出向き、1週間かけて現地での準備。この予定でどうだろうか。


「いいんじゃないかしら。ちょっとくらい休みは必要だと思うわ」


「王都の書店って、結局未だに行ってないんですよね……」


 サシャが言及した書店からの連想で、あなたは思い出す。

 サシャと約束した図書室。建てると決めつつもまだ実行していない。

 なにしろ王都にほとんどいなかったので、そんなことしているヒマがなかった。

 これから少なくとも1か月は屋敷にいることになるので。

 その間に図書室建立について詳しく詰めるといいだろう。


「ふかふかのカウチとかも買ってもらってもいいですか!」


 もちろん構わない。好きなだけ家具を入れるといいだろう。

 資金に関しては一切気にせず、最高の図書館を作るといい。

 図書室の見積もりに関してはレインも交えて適当に済ませて欲しい。


「ええ、その辺りは私が適当に伝手を辿るわ。予算はいくらまで?」


 基本的には考慮しなくてよい。

 どうしても上限値が必要と言うなら20億枚と考えて欲しい。


「たしかに考慮の余地もないわね……分かったわ。サシャ、最高に豪華な図書室作ってもらったらいいわ。全面黄金張りとか」


「転んだら死にそうですね……冬の夜は寒そうだし……」


「たしかにね」


 この大陸は極めて温暖だが、さすがに冬となればそれなりに気温も下がる。

 とは言え、それでもエルグランドの秋や春くらいの気温なのだが。

 それこそ1ケタまで行くことはないほどに、この大陸は温暖だ。

 が、裏を返すと気温が1ケタに近付くことはある。そこまでいけば当然寒い。


「というか金属張りの床って、スカートの中見えちゃいますよ」


「ああ、ピカピカに磨けばそうなるわね……とりあえず大工とかその辺りを呼び付けるから、応接室の方で話しましょう」


「はい」


 出ていくレインとサシャを後目に、あなたは戦慄していた。

 ピカピカに磨いた、スカートの中が見える金属の床面……!?

 なんて面白そうな空間だろうか。ぜひともやってみたい。

 金属ではなく鏡張りでもいい。全面の床がそうなっている部屋とかすごそうだ。

 そんな部屋でメイドたちに給仕してもらったら最高ではないか。

 それこそノーパンなら……気が狂うほどに楽しいに違いない。

 あなたの頭はそんな妄想でいっぱいになった。

 

「あの、お姉様。ちょっといいですか?」


 鏡張りの床面を使った飲食店はどうか? なんて考えていたら、フィリアが声をかけて来た。

 なんだろうかと尋ねると、ちょっともじもじしながらフィリアが要望を告げて来た。


「その……金貨を5000枚ほど用立ててはもらえないでしょうか……?」


 なるほど、かなり強烈なおねだりだ。

 エルグランドの民からすると小銭もいいところだが。

 この大陸からすると、人生を100回や200回は買えるほどの額である。

 用立てるのはまったく構わないのだが、何に使うかは知っておきたい。


「7階梯まで至ったことで、私は上位の蘇生魔法を使えるようになりました」


 知っている。


「その蘇生魔法で、『銀牙』のメンバーを蘇生してあげたいんです」


 なるほど、好きにすればいいのではないだろうか。


「蘇生魔法の触媒に、大粒のダイヤモンドが必要なんです……」


 などとフィリアが嘆くような声で言う。

 なるほど、それはたしかに金が必要だろう。


「5階梯の『死よりの復活』にも必要ではあったんですけど、高位の魔法ならもしかしたら必要なかったり……しないかなー、なんて思っていたんですが」


 残念ながら必要だったと。


「どころかもっと大粒のダイヤモンドを要求されるみたいです……」


 まぁ、必要と言うなら用立てるのはまったく構わない。

 以前に言っていた自力で蘇生するとはなんだったのか、とは思わなくもないが。


「ええ、まぁ、はい……冒険でお金を溜めて……なんて思いもしたんですが、よく考えたらアルベルトたち本人に稼がせればいいのでは……? と思いまして」


 なるほど、まったく道理である。

 自分の食い扶持を自分で稼ぐのが当然なように。

 自分の蘇生費用を自分で稼ぐのは当然の機序とも思える。

 もちろん死体が金を稼げるわけもないので、蘇生費用はとりあえず立て替えが必要だろうが。


「はい。あと、アルベルトたちの死体の一部が残っていれば……」


 『四次元ポケット』にまだ入っている。


「まだ入れてたんですか……」


 死体の処理がめんどかったので。


 あなたはとりあえず金貨1万枚の入った袋を取り出す。

 金貨1万枚ともなると、さすがに重量もすさまじい。

 1枚あたり1グラムしかなかったとしても10キログラムだ。そして金貨は重い。

 まぁ、あなたは当然、フィリアも相当な膂力の持ち主なので、特に苦戦もせずに魔法のかばんへと放り込んだが。


 死体の方は蘇生する段になったら出すので、その時でいいだろうか。


「はい。私はさっそく、触媒を入手する手立てを講じます」


 大粒のダイヤと言うのがどの程度かは分かりかねるが。

 大粒と言う以上は大きいのだろう。なれば必然的に高価だろう。

 入手に手間取るのも当然と言えばそうだ。あなたは頷いてフィリアを送り出した。


 さて、1人でサロンでぼんやりしていてもしょうがないと、あなたも立ち上がる。

 とりあえずは久方ぶりの王都へと繰り出そうではないか。

 まずは久し振りにナンパでもするか! あなたはそんな決意を胸に町へと飛び出した。



 王都の街並みをふらふらと歩きながら、あなたはとりあえず酒場へと向かっていた。

 なにはともあれまずは酒。1杯引っかけて、それからナンパをしよう。

 ハンターズがいないのが残念だが、彼女たちの定宿だった『明けの黄金亭』でとりあえず飲もう。

 もしかしたら、女冒険者がそこでヒマしていたりするかもしれないし。


 そんなことを考えながら明けの黄金亭へと向かっていたあなたにある光景が見えた。

 王都の広場で大道芸を披露している者たちの姿だ。

 なにやら曲芸を中心としたパフォーマンスをしている。


 あなたは騒音を撒き散らすへたくそな吟遊詩人には厳しい。

 とりあえず石を拾い、それから投げる。

 さすればたちまち静かになるというくらいには。


 しかし、こうした視覚的に楽しませてくれる大道芸には大変に寛容である。

 大抵の大道芸人は売春もしているという件については無関係だとあなたは主張している。


 どんな大道芸をしているのかとまじまじと見つめる。

 椅子に座らされた男性と、きらびやかな装飾のついた剣を手にした女。

 これは期待できるぞとあなたが食い入るように芸を見つめる中、大道芸人の女がえいやっと剣を抜いた。


 ほう、と思わずあなたが溜息を吐く。

 正当の剣技を習っているわけではないようだ。

 しかし、その抜き打ちの速度は瞠目に値するものだ。


 俗に居合切りとか言われる技法であるが。

 突然剣が生えたかの如く見える抜き打ちの速度は素晴らしい。

 よくよく見れば、剣や鞘に細々とした細工が施してある。

 それが奇跡のような剣速を生み出している……ように見せているようだ。


 長い剣のように見える。

 実際は鞘に描かれた模様や装飾で長く見せかけているだけ。

 ちゃんと測ればさほどの長さではなく、ショートソードが精々だろう。


 そして、あなたの超人的な動体視力で捉えた剣身は、鞘と比較しても短い。

 それこそちょっと長めのダガーとか、そのくらいの長さしかないようだ。

 刀身も薄めのもので、かなり軽いようだ。だからこそ恐ろしく速く抜けて、振れる。

 観衆はロングソードだと思っているのだから、さぞかし早く見えることだろう。


 その抜き放った剣が、並べられた素焼きの壺を一息に5個叩き割る。

 なぜ壺なんか割るのか。意味が分からずあなたは首を傾げた。

 さらに女はもう一方の手で腰元に手をやると、鞭を抜き放った。

 その鞭は、椅子に座った男の頭の上に乗せられていたリンゴを華麗に吹き飛ばしていた。


「はぁっ!」


 そして女は裂ぱくの気合と共に、男の口から伸びていた紐を引っ張った。

 ぎゃっ、とか悲鳴が聞こえ、男の口から血と肉片のついた歯が飛び出して来た。なんで?


 居合切りをしながら鞭でリンゴを吹き飛ばし、歯を抜く。


 なにがなんだかよく分からないものの、なにやらすごいものを見せられた気がする。

 周囲の者もそう思ったのか、盛大な拍手を送り、銅貨などを放っている。

 あなたもおひねりを投げ、とりあえず大道芸人をナンパしようと決めた。




 いろいろと楽しんだ後、夜になってあなたは屋敷へと戻った。

 どこぞで宿を取って、朝寝などするのもそれはそれで楽しいのだが。

 コックが晩餐で腕を振るうと宣言していたので帰って来た。

 雇い主に料理を供することが無くて暇を持て余していたのだろう。


 その豪勢な晩餐を楽しむ中、あなたはレインに昼に見た大道芸について話した。


「ああ、歯抜き芸ね。たしかいま5代目だったかしら」


 あれはどうやら歯を抜くのが主題の芸だったらしい。

 どうやら、この大陸では医療行為に分類されていないらしい。

 エルグランドでは抜歯は芸ではなく医療行為として行われている。


 まぁ……下顎ごと吹き飛ばしたり、いっそ頭ごと吹き飛ばしたり。

 下手すると悪ノリの末に全身丸ごと消し飛ばしたりもするが……。

 あるいは凄まじい馬鹿力によって首ごと引っこ抜いたり。

 医療行為と言うか、ただの悪ノリのネタになっている気もする。


「あの大道芸って、剣士からするとかなり腹立たしいものに映るらしいけど……あなたは気にしないのね」


 あなたは頷いた。大道芸と言うのはいい。

 見てもなんの意味もないし、得られるものだってない。

 だが、芸を見れば楽しいという気持ちを抱けるのだ。

 このろくでもない世界で、もうちょっとだけ頑張ってやるか、と言う気持ちになれる。

 人生にはそう言うことがあってもいい。あなたはそう思っている。


「ふぅん……そう言う考え方もあるのね」


 それに、大道芸に意味なんぞないと言ってしまうと。

 酒を飲んでも得るものはさほどないのだから、飲む意味はないし。

 書物だって読んでも役立つ場面は少ないのだから、最低限でいいとなってしまう。

 無駄を楽しむことが人生を楽しむ秘訣だ。


「なるほどね。じゃあ、私も無駄を楽しもうかしら。というわけで飲むわ」


 べつに理由なんかつけなくとも普段から飲んでいる気がするが。

 まぁ、酒飲みとはなにかと理由をつけて飲むものだ。

 真の酒飲みたるもの、屁理屈を肴に飲むのである。

 一説には真の酒飲みは飲んだことを隠すとも言うが。


「ねぇ、何か面白い話してちょうだいよ」


 自分も飲むかなと『四次元ポケット』の酒瓶を漁っていたところ、レインがそんなめんどくさいことを言い出した。

 あなたはちょっと考えてから、本当に怖い敵について話した。


「へぇ、本当に怖い敵ね」


「怖い敵? 冒険のお話ですか?」


 サシャも興味があるようで、耳を傾けて来た。

 あなたが個人的に最も恐ろしいと思うのは、意外かもしれないが盗賊だ。


「盗賊?」


「え? 盗賊、ですか?」


「盗賊怖いですね……怖い……盗賊怖過ぎます……下手な成体のドラゴンより強いです……怖い……」


「え、えっと、フィリアさんが遭遇した大英雄級盗賊はともかく……盗賊ってそんなに怖いですか?」


 フィリアに変なトラウマが刻まれているが、あなたも盗賊は怖い。

 エルグランドの盗賊なんぞ、いくら殺しても湧いて出て来る自然物に等しいものくらいにしか思っていないが。

 しかし、真に熟達した盗賊と言うのは、シャレ抜きに怖い。


 具体的にと言われても、言葉で説明するのは難しい。

 あなたはそう言いつつ、手にした布地を綺麗に折り畳んで懐に仕舞いこんだ。

 サシャはあなたが手にしていた布地にちょっと首を傾げつつも、続きを促した。


「えと、どういう風に怖いものなのでしょうか」


 やはり一番怖いのはスリだ。

 財布やらをこっそり持って行くアレ。

 盗賊と言うよりは盗人と言うべきかもだが。


 真に熟練の盗人たるや、身に着けているものですらも違和感なく盗み出して見せる。

 その神業染みた盗みの手腕は、後に持ち物を確認する段になってようやくと言うほどなのである。

 なにしろ、エルグランドには魔法による保護を受けていなければ、今のあなたからですらも金をスリ取る化け物がいるのだから。

 それほどまでに恐ろしい相手を侮っては必ず痛い目を見る。

 あなたはサシャに厳しい口調で言いつつも、手にした布地を香ってから綺麗に畳んで懐に仕舞った。


「あなたからスリ取るっていうのはたしかに凄そうだけど……でも、魔法で防げるのよね」


 そもそもの話、レインはちょっと勘違いしているところがある。

 スリ取るというだけを聞くと、たしかに凄いがそれだけ……と思ってしまうだろう。

 あなたは手にした布地を綺麗に畳みつつも懐に仕舞い、レインに思い出させるように言った。

 そもそも、あなたは財貨の類は全て『ポケット』に突っ込んでいる。

 にも関わらず、相手はそこから盗み出しているのである。


「!? た、たしかに……えっ、あそこから盗み出せる人間がいるの……?」


「ええ……エルグランドの盗人って……す、凄いんだけど……それでやることがスリって……」


「ど、どうやって盗み出すんですか……?」


 みんな『ポケット』を実体験として使えるので、その凄まじさがようやくわかったらしい。

 そう、なにをどうやっているのかはあなたにもさっぱり分からないが。

 エルグランドには折り畳んだ異空間に手を突っ込んで金をかすめ取る連中がいるのだ。

 エルグランドの盗人の凄まじさが分かっただろうと、あなたは手にした布地を綺麗に折り畳んで懐に仕舞った。

 あなたは実にいい仕事をしたと、掻いてもいない汗をぬぐう仕草をした。


「あの、お姉様」


 フィリアの呼びかけにあなたは頷く。なんだろうか。


「さっきから、その……ショーツやブラジャーをどこから出してるんですか……?」


 べつにどこからも出してはいない。仕舞ってはいるが。


「あ、いえ、それはそうなんですが……では、言い方を変えます。いったいどこから手に入れているんですか?」


 入手先はサシャである。

 会話を始めたあたりからサシャから盗んでいるのだ。


「えっ」


 サシャが愕然とした顔をし、自分の服の内側を覗き込む。

 そして、自分が上着1枚しか身に着けていないことに気付いた。


 どうだ。盗人の恐ろしさが分かったろう。

 あなたがそんな風に言うと、サシャが引き攣り笑いをした。


「はうぅ……わ、分かりましたぁ……」


「こ、怖い……怖過ぎるわそれ……気付かないうちにほとんど丸裸ってどういうことなの……」


「お姉様を敵に回したら、何もかも盗まれててもおかしくないんですね……怖過ぎます……」


 こんなものエルグランドのスリからすればままごとのようなもの。

 真のスリはもっとすごいことをやらかしてくる。


「よくわかりました……」


「ええ、もう、心胆を寒からしめるような実演だったわ……」


「あぅぅ、ご、ご主人さまぁ。わ、私の下着、返してくださいぃ」


 哀れっぽい顔でサシャが言う姿は実に可愛らしい。

 あなたは絶対に返さないと断固たる態度を見せた。

 これは元々自分のものだ。サシャには貸与していただけと強弁した。


「ええええ……」


「まぁ、たしかに作ったのはあなただし、サシャもフィリアも代金払ってるわけじゃないものね」


 レインは銀貨を払ってあなたに製作を依頼している。

 なのでレインの場合は間違いなくレインのものだ。

 しかし、サシャとフィリアの下着は本来あなたのもの。

 盗み取って保管し、鑑賞する権利は当然あるのだ。


「まったく、あなたの思想は未来に生き過ぎてて嫌になるわ」


 レインがそんなことをぼやくように言った。

 レインの下着は盗み取るつもりはないのに……。

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