3話

 屋敷の増築工事がはじまった。

 と言っても、建築予定地の地ならしや、上物以前の部分に着工しただけだが。

 サシャの要望を全面的に取り入れ、レインと大工がそれをブラッシュアップした図書館だ。


 レインが高級木材や建材を指定したり。

 大工がもっといい建材があると提案したり。

 そしてあなたがいいものならいくらかかってもいいよと雑に承諾する。

 結果、どんどん建築費用が膨れ上がって行っている。


 今日も大工が図書館に導入してみてはという提案がされている。

 あなたの目の前では足場が人の手も使わず上下動している。

 それを前に、大工が実に誇らしげに紹介をして来た。


「どうですか、奥様! 最新式の水力リフトですよ! たくさんの荷物を持っても2階や3階に上がれます!」


 凄いとは思うが、そんなにたくさん運べるのだろうか。

 そもそも、こんなもの使わず『ポケット』に入れればいい。

 多少重かろうが、サシャの身体能力なら気にすることもない。

 さすがにこの設備は要らないんじゃないかな。


「でも便利なんですよ、奥様!」


 どうしてもというなら、飛べばいいのでは?

 サシャはそろそろ3階梯に手が届く。

 そこまで行けば空を飛ぶ魔法も使える。


「しかし、そこであえての?」


 食い下がって来る大工。

 そこまでして導入したいのだろうか?

 もう当初の建築予定は原型すらないのに。


 本来は図書の保管庫としての能力を重視したものだった。

 居住能力は最低限。保管庫内で本を読めるスペースを用意する程度だった。

 だが、大工が本を読むには快適な環境が必須と論じだした。


 たしかに、長時間過ごす場所が不快では嫌だろう。

 それは頷けるので、あなたはその追加には納得がいった。

 そのため、図書館には採風のために採風塔を追加することとなった。

 屋敷にもいくつかあり、あるとないとでは夏の快適さが全然違うらしい。


 それから、地下水路の増築工事と地下水槽の増設。これも、まぁいいだろう。

 採風塔と併せ、冷房効果を劇的に高められるというのだから納得がいく。

 真夏でもキンキンに冷たい水が飲めるというのも実にいい。


「ご納得いただけましたか」


 そう、そこまではいいのだ。

 だが、それ以降に提案されたものが分からない。


 屋敷と接続した伝声管は何の必要があるのか。

 ご飯の時に呼び付けるためとは言われたが、そこまでする必要ある?

 使用人に呼ぶように命じて呼びに行かせればいい。


 さらには気送管はもっと意味が分からない。

 手のひらサイズの荷物をあっと言う間に送れるらしい。

 それこそ使用人に持って行かせればいいのでは?


「でも、あった方が便利ですよ」


 そうかもしれないけど。

 金払いがいい施主にかこつけて遊んでないか?

 いつもは出来ないことやってやろうぜ! と言う心の声が聞こえて来そうだ。


「蓄音機は喜んでおられたではありませんか!」


 蓄音機。音を保存し、好きな時に再生する道具だ。

 エルグランドにはエムド・イルの超科学文明が生み出した同様の道具があったが。

 それと同種のものが作られているとは素直に驚きだった。

 たしかにあれはよかった。値段は凄かったが。

 屋敷の方にも導入を決定したくらいにはよかった。


「水力リフトも同じことですよ! なくてもいいが、あると生活が豊かになります!」


 そうかな。そうかも。いや、違う気がする。


「からの~?」


 やっぱり食い下がって来る大工。

 水力リフトはまぁいいのだが。

 平屋建ての図書館でどこに上がるのか。


「そこでこちら……! 2階建て増築案でございます……!」


 もっと根本的なところにまで手を突っ込んで来た。

 まぁ、2階建てにすれば、採風塔はより高くできるし、本もより多く置ける。

 そこまで置く本があるかは知らないが、悪くはないと思われる。


 なのでとりあえず増築案に目を通す。

 縦の高さは3倍。横の広さも両方2倍くらいになっている。

 2階の建て増しだけでなく、全体構造が大型化している。

 これを2階建て増築案と言い切る勇気は褒めてやろうではないか。

 延べ床面積が4倍になっている点についての言い訳を聞こう。


「あった方がいいですよ……夏用、冬用の部屋は……!」


 たしかに季節ごとに分けた方が快適だろうけども。

 しかし、よほどの豪邸でもなければそんな様式にはしない。

 実際、あなたの所有するこの屋敷は季節で部屋を分けたりしない。

 それこそ大貴族クラスでもないとしないのだろう。


「王宮では一般的な様式ですよ」


 王宮並みに豪華な建物にする気なのだろうか。

 この調子で行くと図書館の方が屋敷より豪華になるのだが。


「いけませんか」


 いけなくはないが。

 普通はやらないだろう。


「ですが……今回に限り……?」


 なんでそこまで食い下がるかな。

 あなたは意味が分からず首を傾げた。


「水力リフト、あった方がいいと思うのですが……」


 たしかに2階を増築し、ここまで大きくするなら必要かもしれない。

 ただし、それは一般的な人間が住む場合にはという話だ。

 『ポケット』と『四次元ポケット』の使えるサシャには不要だ。


「なるほど、魔法ですか……ところで、奥様」


 またぞろ妙な提案だろうか。

 建築費用がかかる分にはいいのだが。

 建築期間が長引くのはよくないのだ。

 早くサシャに図書館を引き渡してあげたい。


「私、体が火照ってしまいまして……徹夜で増築案をこさえたせいか、体が疼いているのです……」


 などと言いながら、そっと胸元をはだける大工。

 あなたは大工の野暮ったい作業着の下に隠されていた豊満な膨らみに目が釘付けだ。


 レインは建築依頼を信頼できる大工ギルドの親方に持って行った。

 そして、使うのも屋敷にいるのも女ばかりと説明をした。

 親方は自分の工房で雇っている職人から担当者を抜擢した。

 そこで女だてらに大工をしている変わり者が派遣された。


 そして、女大工はあなたが色仕掛けにクソザコだとどこかで気付いた。

 それ以来、あなたはこの女大工に色仕掛けで全戦全敗していた。

 必要もない伝声管やら気送管、やたら凝った銅張屋根、美麗な塗装、彫刻……。

 女大工が持ってくる提案を丸呑みさせられまくっていた。


「ああ、私の提案が受け入れられないとなると、昨晩の努力は無駄……どこぞで男娼でも買って、無茶苦茶にしてもらおうかな?」


 よくない。それはだめ。

 あなたがその疼きを癒そうではないか。

 もう、メッチャクッチャにしてあげよう。


「奥様すてき! 水力リフトの増築もさせてくれたらもっと素敵!」


 いや、それは要らない。


「そうですか? 残念です……私、大工としての才能がないのかな……ああ、今までの貯金で男娼を身請けして、所帯でも持とうかな?」


 いいや、才能はある。溢れんばかりの才能が。

 この水力リフトの扱い方、イエスだね。

 ぜひとも図書館に導入したくなってきた。

 金ならいくらでも出すのでやって欲しい。

 あなたは自発的に大工の提案を丸呑みしだした。


「ありがとうございます、奥様! 最高の図書館を作ってごらんにいれますよ!」


 うれしそうに笑う大工に、あなたもうれしくてたまらない。

 ところで、昨晩は徹夜をしたと聞く。徹夜はよくない。

 いい仕事をするには、良質な睡眠が不可欠だ。ちゃんと寝た方がいい。


「ええ、奥様の仰る通りです。仮眠を取ってからリフト建築の手はずを整えようかと」


 では、寝る前にマッサージなどいかがだろうか?

 疲れを解きほぐし、最高の睡眠を約束しよう。気持ちいいし。

 あなたは自分の私室でマッサージをすることを提案した。


「よろしいのですか? では、ぜひ!」


 最高の快感を約束しようではないか。

 あなたは女大工を連れて、自室へと向かった……。






「離宮の建築費用かしら? ってくらいの額に跳ね上がって来てるわね……」


「すごい図書館になりそうですけど、すごすぎて入るのが畏れ多いですね……」


 膨れ上がった建築予定に、レインもサシャも戦々恐々としている。

 あなたも戦々恐々としている。いろいろとバレたらまずい。

 色仕掛けで丸呑みさせられまくった結果とは言えない。


「あの大工、予算が無尽蔵だからって遠慮も何もないわね」


「建築期間も伸びちゃったみたいですけど……まぁ、ソーラスの冒険がひと段落する頃には終わるでしょうか」


 たぶんそうなる。ソーラスにいる時はあなたも提案を飲めない。

 結果、異常な増築提案が承認されることはなくなる。


「ところで、そのソーラスの冒険。そろそろ出発だけど、王都ですべき準備はもういいの?」


 レインがそんなことを訪ねて来たが、あなたは頷いた。

 するべき準備はあるだろうが、するための資金がない。

 もちろん、あなたにはありあまるほどの資金があるが。


 レインとサシャは知っての通り、さほど金を持っていない。

 サシャは無尽蔵に小遣いをもらえるが、それはあくまで遊行用。

 冒険用の道具の購入にはあなたの決済が必須なのだ。

 でなくば、冒険をして得た資金の取り分から払う必要がある。

 そしてその冒険をして得た資金は、いまのところほぼ無い。


「まぁ、そうだけども。潤沢な装備を整えないのには何か理由があるの?」


 あると言えばある。ないと言えばない。

 冒険をする上では特に利点はないのだが。

 個人の成長を見越してみると、必要な措置だ。


 単純な話、潤沢な装備がない場合は努力で補う必要がある。

 創意工夫と戦技の向上。それができないでは冒険者としては三流だろう。

 優れた装備は必要だが、それに頼り切るのは危ない。

 要するに、訓練を兼ねた実戦をするためと言うわけだ。


「ふぅん……なるほど。まぁ、迷宮探索で得た資金で装備を整えるって言うのは自然な話ではあるわよね」


 それはそう。

 あなたのやたら潤沢な財布がある方がおかしいのだ。

 実はあなたも冒険者なり立てのつもりで冒険しようと思っている。


 いざとなったらあなたが助けてくれると思われては困る。

 ちゃんと踏ん張りどころで踏ん張ってもらいたい。

 根性の見せ所で根性を振り絞れるのも戦士の嗜みだ。

 変な諦め癖がついてしまわぬよう、必要な措置だろう。


「まぁ、でも、さすがに最後の最後では助けてくれるわよね?」


 もちろんちゃんと助ける。

 髪のひと房くらいは回収しよう。

 ちゃんと教会に金を払って蘇生してもらう。


「あ、最後の最後ってそこのラインなの……」


「最終的に蘇生されるならセーフって思ってそうですよね……」


 むしろ最終的に蘇生するならセーフ以外のなんだと言うのか。

 サシャの言っていることがよく分からず、あなたは首を傾げた。


「……これはマジで言ってますね」


「まぁ、命が惜しいなら冒険者なんかやめろと言う話ではあるし……蘇生してもらえるなら文句を言うのもお門違いかしらね……」


 レインの言う通りだ。

 蘇生代金はツケておく。

 サシャとフィリアはあなたが持つが。

 レインはあなたのペットではないのだ。


「……最近あなたのペットになりたいと思うことがたまにあるわ」


 もちろん大歓迎だ。踏ん切りがついたらぜひとも言って欲しい。

 その場合、いずれレインも魔法剣士になってもらうが。


「剣かぁ……」


 レインがそんな調子でぼやいた。

 生殺与奪の権利をあなたに預けることよりも、そっちの方が気鬱らしい。

 まぁ、サシャの甘やかされぶりを思えば、さほど怖くは思えないのだろう。


 いつペットになってくれるか楽しみだ。





 なんのかんのと準備を終え、出立の日がやって来た。

 図書館も計画が固まったことで本腰入れての作業が始まっている。

 まずは地下水路の増設をし、地下貯水槽部分の建築から始まるらしい。

 まぁ、金を出したらあとはお任せなのが建築だ。頑張って欲しい。


 屋敷の維持管理の方も、およそ3年分の運転資金を預けた。

 上級使用人らが悪意に惑わぬ限りは問題ないだろう。

 ポーリンには大きな裁量権を与えたので大過なくやってくれるものと信じている。


 こうして万端の準備を済ませ、あなたちは旅立つ。

 ソーラスで1週間の準備の後、迷宮へと挑む。


 今回は味方の全員が1人前だ。

 そして迷宮に挑むための制限時間もない。

 あなたも水泳の技能を積んだし、この大陸の常識を学んだ。


 きっと、ソーラスの迷宮を攻略することもできる。

 エルグランドの迷宮とは大きく違っているが、楽しみでしかたない。

 最下層にはいったいなにが待っているのだろう?


 莫大な財宝か、あるいは希少な宝物か。

 それともこの大陸の迷宮の謎か。

 想像するだに楽しいこと限りない。


 さぁ、冒険の始まりだ。

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