25話

 宴の準備が整った。


 盛大に掘り返された地面はドラゴンの肉を蒸し焼きにするためだったようだ。

 大きな植物の葉でドラゴンの肉を包み、それを地面に埋めて、その上で盛大に火を焚く。

 その火は祖霊への贈り物であり、その火の煙に誘われて祖霊がやってくるのだという。


 やがて火が消え、熱く焼けた地面を丘巨人たちが掘り返す。

 掘り返された地面から取り出された蒸し焼きのドラゴン肉が盛大に振舞われた。


 土中に埋め込んだ肉を蒸し焼きにするというのは、割とありきたりな方法だ。

 余裕がある野営の際にはあなたも行うことがある。


 火がじっくりと通るため、肉が柔らかく仕上がるのだ。

 土臭くなるという難点もあるが、その辺りは包んだ葉の香りと香辛料で誤魔化されている。

 供された肉は美味だった。素朴にも感じられたが、肉の滋味が伝わるような美味さだった。


 野趣ある料理をかがり火の中で喰らうのは、異文化を感じられて楽しい。

 同時に振舞われた酒は、丘巨人の伝統的な方法で醸された酒だという。


 白くとろりとした酒が、なにかの大きな種子の殻で作った椀に満たされている。

 フルーツのニュアンスを感じられる、フルーティな味わいの酒だった。

 器にされている大きな種子の胚乳と、丘巨人の嗜好品として知られる植物から作られる酒らしい。

 飲みやすいが、酒精は結構強い。巨躯を持つ丘巨人にはちょうどいいのかもしれない。


 やがて宴が盛り上がって来ると、埋め直された地面の上で試合が始まった。

 熱く焼けた地面の上で、相手を押し倒して地面を背中につけさせたら勝ち。

 なかなかデンジャラスな試合であるが、丘巨人同士が激突し合うのは素晴らしい迫力だった。


 祖霊に捧げる闘技であるというから、これもまた宗教的な行いなのだろう。

 見守るシャーマンたちは口々に闘士たちを褒め称えている。


「凄いわね、迫力が」


「ぶつかり合う音がすごく響きますね~」


「挟まれたら一瞬でぺっしゃんこになりそうですね……」


 サシャなら実のところ、痛いけど割となんとかなると思われる。

 殴り合いの衝突地点に居たら死ぬだろうが、体に挟まれるくらいならなんとかなる。


 やがて丘巨人同士の闘技が終わり、最も強かった者が、ドラゴンの頭部を手にする。

 そして、あなたへとその頭部を捧げて来た。


『強き者、ドラゴンを打ち倒した猛者よ。この首級を掲げるかを賭け、俺と勝負をせぬか』


 ハンティングトロフィーをトーテムに捧げるのは最も誉れある行いであると同時、勇者の役目とされる。

 つまりその集団で最も強いものが勇者であるが、勇者以外が価値ある獲物にトドメを刺すこともある。

 そうした時、勇者の座をかけて勝負が行われる……とは聞いていたが、まさか丘巨人同士でなくともあるとは。


 あなたは挑まれては断る理由がないと丘巨人の申し出を受け入れた。


「大丈夫なの? 殺したら大問題よ?」


 レインがそのように心配したが、あなたが勝つことを1ミリも疑っていない辺りに信頼が伺えた。

 さすがのあなたもこうした場面で相手を殺したらまずいことくらいは分かっている。

 ほどよく力を示して勝利すればいいのである。要するに力で上回っていればいいのだから。


 そう言うわけなので、熱く焼けた地面の上に移動し、あなたと丘巨人の勇者が対峙する。


 丘巨人の勇者は平均的な丘巨人よりもさらに大きく、身長6メートルに届こうかというほどの巨躯だ。

 盛り上がった筋肉は分厚く、生半な人間ならば握り潰してしまえるだろう。

 体には無数の毛皮で作られた衣服を纏っており、丘巨人の文化がなんとなくうかがえる。


 身長160センチ程度しかないあなたと丘巨人では、まさに大人と子供ほどの背丈の差がある。

 それゆえ、丘巨人は真っ先にあなたへと握り締めた拳を振り下ろして来た。

 あなたはそれを腕を掲げて受け止めた。肉と肉が激突し合う鈍い音が響き渡り、あなたの足が地面にめり込む。


 常人ならば防御の上から捻り潰されていたほどの強烈な打撃だ。

 あなたは丘巨人の腕を掴むと、それを振り回した。


 あなたの頭上で身長6メートルに届こうかという丘巨人が、子供に振り回されるぬいぐるみのように乱舞する。

 体格の差もあり、丘巨人の手や足が地面に激突する鈍い音と、丘巨人の絶叫が響き渡る。

 あなたがぽーんと丘巨人を上に放り投げると、丘巨人が10メートルほど上に放り投げられた。


 頭部を打ったら死ぬかもしれないので、頭だけ受け止めてやった。

 体格の差があるからしょうがないが、頭以外は全部地面に激突したが。

 一応回復魔法をかけてやったので、死ぬことはないだろう。たぶん。


『な、なんと言う猛者だ!』


『おお、祖なる巨人よ! この戦いを照覧あれ!』


『ドラゴンを打ち倒しし者は伊達ではないな!』


 反感を買うかと思ったが、周囲の丘巨人たちからの反応は好意的だった。

 あなたは腕を掲げて、勝者を示すウォークライを放った。

 巨人たちの歓声が爆発し、あなたは丘巨人たちに次々と挑まれる羽目になった。




 丘巨人たちを一通り上空に放り投げて勝利した後も、挑む者は後を絶たなかった。

 霜巨人も全員投げたし、フィリスティアは上空に殴り飛ばした。頑丈な奴ほど高く飛んだ。

 やがて、人間であるが未開の蛮習を持つ者たちも挑み出し、宴は混沌とした様相を示し出した。


 ミノタウロスの皮を張った太鼓が重苦しい律動を響かせ、どこからか甲高い笛の音が響く。

 肉と塩、そして酒。持ち寄った食物たちが盛大に消費され、宴は混迷を極めて行く。


 熱気の中、霜巨人を殴り倒す蛮族の少年戦士がいて。

 丘巨人に5人がかりで挑んで打ち倒すフィリスティアがいて。

 ただの1人で10人の蛮族の戦士を薙ぎ倒す丘巨人がいて。


 ドラゴンの頭骨から作られた酒杯を、巨人も人間もそれ以外も区別なく回し飲みし。

 蛮人たちが声を高らかに、かがり火に照らされながら大いに歌い、飲み、笑った。


 闘技で無敗を誇ったあなたには次々と酒が振舞われ、あなたはそれを全て干した。

 肉も大いに喰らった。さすがにこういう場面で、自分以外の手で作ったものは……と断るのが無粋なことくらいは分かっている。


 やがて夜が更け、1人また1人と力尽きて広場の隅で寝入っていく。

 次々と挑まれる状態から解放されたあなたは仲間たちの元へと戻った。


「凄い熱狂でしたね……なんだか私もあてられちゃいました」


 そのように言うフィリアの顔は火照っており、その言葉は事実なのだろう。

 原始的な闘争は人の心を沸き立たせる。人はやっぱり理性があるだけで獣なのだろう。

 ある意味でプリミティブな感性で生きる蛮人たちに心惹かれるものが出るのは、そうした理由があるからなのかもしれない。


 レインとサシャは疲れてもう寝入ってしまったらしい。

 野営用の道具を持ち込んでいたらしく、2人で仲良く毛布に包まって寝ていた。

 さすがに宿に戻るのには遅い時間だ。城門だって開いてはいないだろう。

 あなたもこのまま野営道具を用いて、この集落に泊まっていくことにした。


 あなたはフィリアと共に毛布に包まり、かがり火の光に照らされながら寝入った。

 戦いの勇壮と狂乱。その熱気が胸の内で燃えていた。





 目が覚めると、大半の者たちはまだ眠っていた。

 朝方まで騒いでいた者もいたようなので、当然と言えばそうだろうか。


 あなたは習慣である朝のお祈りと、その後の読書を済ませた後、茶など嗜んでいた。

 大いに飲み明かした朝は、一杯の熱いお茶。あなたはそのように決めていた。

 かつては二日酔いの苦しみを和らげるための行いだったが、いまとなってはただの習慣だ。


 芳醇な香りを燻らせていると、近くで転がっていた蛮人の少年がむくりと起き上がった。

 そして香りの元であるあなたの手元を見やり、少年が立ち上がった。

 あなたはどこかで見覚えがあるなと首を傾げたところで、昨晩霜巨人を殴り倒していた蛮族の少年戦士であることに気付いた。

 蛮族の戦士の中では間違いなく最強だったので見覚えがあったのだ。


 グラデーションのかかった赤毛を複雑に編み込んでおり、一見すると少女のようにも見える。

 顔立ちも整っており、髪が長いからか男にしておくのがもったいないほど可憐に見えた。

 案外、こういう少年も髪を刈り込めば普通に少年に見える。逆に、男にしか見えない少年でも、髪を伸ばすと一見少女に見えることがある。

 彼が少年と分かったのは、胸元が平らであることと、節くれだった手に男を感じさせるからだ。


「おう、竜殺しの。おまえ、随分と優雅なことをしているな。俺にも一杯もらえぬか」


 特に断る理由もないので、あなたはティーポットを差し向けた。


「うん……うん? ああ……」


 少年が腰元にぶら下げていたなにかの獣の角で作られたと思しきカップを差し出す。

 それにたっぷりと茶を注いでやると、少年が頭を下げて謝意を示した。

 そうこうしていると、他の者たちも続々と目を覚まして来た。


 各々が朝の支度をはじめる。ある者は食事の支度を、ある者は身支度を。

 あなたに茶をねだった少年は、茶を啜りながら丁寧に髪を梳っている。


「俺たちは頭髪の手入れを欠かさぬ。精霊たちが俺たちにありったけの激怒を注ぎ込んでくれるからだ」


 髪の手入れをする姿を眺めていたら、そんなことを教えてくれた。

 たしかに、本当によく手入れされた髪だった。

 髪の毛に霊性を見出す習慣は世界各地にある。

 かく言うあなたの種族、ハイランダーも髪の毛に特別な力があると信じている。

 彼らの民族的習慣もそう言うものなのだろう。



 あなたは丘巨人の集落の中で、そっと朝の営みを見つめていた。

 人々が動き出し、1日をはじめる姿。そんな姿ですらも見慣れないもので興味深い。

 赤毛の少年は丁寧に丁寧に髪の手入れを続けている。

 丘巨人たちは馬鹿でかい樽を担いで水汲みに。

 フィリステアは目覚めるやいなや、取っ組み合いをして訓練をはじめている。

 姿の見えない霜巨人たちはまだ寝床の中なのだろうか。


 あなたの仲間たちは未だ目を覚ますことなく、まどろみの中にいる。

 ふと、頬を心地よい風が撫でた。茶の香気が香り、あなたは姿勢を崩してリラックスした。

 たまには寝坊するみんなを待ちながら、1人で茶を静かに嗜むのもいい。


 あなたはじっくりと仲間たちの目覚めを待つことにした。




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