24話
丘巨人の酋長のほか、幾人かいた指導者層のシャーマンたちは、あなたに新鮮な知見を齎してくれた。
森の中を快適に移動する魔法や、植物たちから話を聞ける魔法など、実に興味深い。
その辺りの魔法はレインは既に見知っていたようだが、シャーマン特有の魔法などは興味深く感じられたようだ。
あなたにしても、美味しい果物を創り出す魔法とか、石ころをパンにする魔法など興味深いものが多い。
金貨をパンにする錬金術を使えば石ころもパンにできるが、魔法の方がお手軽だ。
無から果物を創り出す魔法も興味深い。美味しい上に、軽い怪我を治すほどの滋養があるというのも面白い。
種々の魔法について詳しく聞き、それを身に着けるのは本当に楽しかった。
丘巨人の酋長たちは、瞬く間に魔法を覚えて行くあなたに驚いていた。
魔法の難易度と言う意味ではさほどではないので、使い方さえ分かれば使える。
以前にも話したが、魔法とは動作、詠唱、物質の三要素をまとめ上げて行使する技術だ。
これは使用するにあたっての話であるから、もっと根底を遡れば術式が存在する。
魔力が伝達する秘術の回路こそがその術式であり、魔法の構築とはパズルを解くのに似る。
その、秘術の回路さえ分かれば、あとは技量と魔力の問題である。
自分で作ればどうとでもなるというのはあるのだが。
殺意極まった魔法しか知らなかったあなたでは、石をパンにするなんて言う発想自体がない。
仮にあったところで、どうすればそんなことができるのか分からない。
石をパンにする魔法を元にすれば、パンを石にする魔法を作るのは至極簡単だろう。逆呪文にすればいいだけだ。
同様に、石ではなく木や鉄をパンにすることも可能だ。対象指定を行う回路の変更さえできればよいのだから。
木を限定対象とする魔法の回路をつぶさに観察し、対象指定部分の回路を見いだせればなんとかなるだろう。
しかしたとえば、石をパンではなく、鉄に変えるなどはどうすればいいのか分からない。
それは実戦的な魔法の使い方を旨とする冒険者の領分ではなく、魔法科学者の領分だ。
一応、『物質変性』の魔法を細かく紐解けばできるだろう、という予測くらいはついているが。
あなたは魔法科学者ではない。下手な魔法科学者よりも理論を理解している自負はあるが、新しい魔法を作るというのはそれだけ困難な行為なのだ。
そもそも、石を鉄に変える魔法だって新しい魔法と言うよりも、既存魔法の改造と言う方が正しい。新しい魔法を作る、というにはいささか言葉が勝ち過ぎているだろう。
それに作るにしても、それなりの規模の儀式を行う必要がある。
術式をちょちょっと弄ればそれでおしまい! というわけにはいかないものだ。
魔法とは神秘のエネルギーによって世界の理を歪めるものであるから、迂闊に新しい魔法など作ろうとすれば壮絶なしっぺ返しを食らうこともあるのだ。
べつに自分の肉体が爆散するくらいならどうでもいいのだが。
それで変なモンスターが召喚されたりとか、生ける呪文が創り出されるなどすると問題だ。
というかそれくらいならお可愛いものであり、魔法科学者たちは生ける呪文を作って大惨事を日常的に引き起こしている。
湧きいずる魔力の力をこそ神の恩寵と捉えた魔法文明の絶頂を極めたローナの時代。
その時代に終焉を齎したのは、無茶な魔法作成の儀式が重なった末に起きた魔法災害が原因である。
時凍る果ての災厄、ヴエルコ。そのヴエルコの大々的な発生によるドゥームズ・デイ。それがローナ終焉の原因だ。
さすがのあなたもそんなやべー事態を引き起こしたいとは思わないので、迂闊なことはしないのだ。
まぁ、そのヴエルコを意図的に利用した氷結系最強魔法『永久氷棺』は気軽に使うが……。
魔法を教わり、またサシャは伝承を聞くなどしているうちに、すっかり日が暮れた。
元から昼過ぎに訪れたのであるから、日没が来るのも早かった。
かがり火の焚かれたテント前の広場では、あなたが贈ったドラゴンの頭が鎮座している。
丘巨人たちが総出で解体を行ったため、残っているのは頭部だけだ。
頭部は後々処理を施し、トロフィーとして飾られることになるようだ。
ハンティングトロフィーということになるが、巨人族への友好を示したあなたのトロフィーと言うことになる。
解体された肉たちは丘巨人の女衆たちが調理し、特別なご馳走を拵えている、らしい。
本来、丘巨人たちが総出で狩猟するような強大な獲物であるから、それを成し遂げた時は宴となる。
必然、ドラゴンの肉を使った特別なご馳走は、そのまま特別な宴料理となるようだ。
「中々勉強になったけど、さすがにすぐに覚えるってわけにはいかないわね」
さっさと覚えたあなたと異なり、レインは幾分苦戦しているようだった。
見たことのない魔法を覚えようというのだから、それはしかたないことだろう。
あなたは極めた詠唱技術と強大かつ高純度な魔力、そしてその運用技術でゴリ押ししてるだけだ。
「あ、そうそう、あなたが贈ったドラゴンの肉だけど、それで宴をするからぜひ参加して行って欲しいんですって」
異種族の料理と言うのも興味深い。
あなたは知的好奇心に誘われるまま、参加を快諾することにした。
広場を見渡せば、おそらく楽し気にしている丘巨人たちが料理の準備をしている。
地面を掘り返したり、大量の薪を持って来たりと、慌ただしい有様だ。
ご馳走を作っているとのことだが、いまのところ調理しているようには見えない。宴は夜半に始まるのだろうか?
フィリアは丘巨人たちの調理に興味があるようで、踏み潰されないように気を付けつつ料理の準備を眺めている。
なにしろ身長5メートルもある巨人たちであるから、2メートルに満たない体躯しか持たない人間は視界にすら入らないことがある。
特に至近距離となると危険なので、ある程度距離を取りながら調理を見つめる様は、なにやら踊っているようにも見えた。
丘巨人の伝承をあれこれと聞けたサシャはかがり火の明かりを使って、聞いた話を紙束に書き留めている。
あなたの与えた小遣いで買った紙はどれも上質紙で、使っている羽ペンは予備を何十本と用意しているようだ。
サシャは割と自分の使うものに対して金に糸目をつけないようだ。まぁ、使える金が無尽蔵と言う理由もあるだろうが。
読書好きなことから分かっていたが、サシャはそうした伝承や英雄譚を聞くのが好きなようだ。
いずれ、自分の冒険の足跡を本にしたり、あるいは各地で集めた伝承を編纂して本にするかもしれない。
その時はぜひとも作者サイン一号を貰いたいところだ。出版の根回しに必要な金は任せて欲しいところである。
「ふぅ……」
レインは魔法と頭を随分使ったためか疲労しているようで、あなたの近くで座ったまま動かない。
あなたも魔法を覚えるのと並行して、巨人語を覚えるのに四苦八苦していたので頭の奥に重い疲労感を感じている。
見知らぬ言語を覚えるのは、ただ知識として記憶するだけでは足らず、発音するための口と舌の動かし方も覚える必要がある。
また、言語によっては喉の使い方に特徴があったりもするので、身体操作の方法も覚える必要がある。本の知識を記憶するのとは違うのだ。
幸い、巨人語はそこまで特徴的な言語ではなく、同時にむずかしい文法などもなかった。
こちらで用いられている共通語に近い文法なので、単語と発音さえ覚えればそう難しいことはない。
「ああ、巨人語はね。この大陸の先史文明は巨人族文明なのよ。私たちの話す共通語は巨人語から作られたの。だから似てるのよ」
ということは、巨人語が共通語に似ているのではなく、共通語が巨人語に似ていると言うことになる。
そう言った歴史的背景についても中々面白いものがある。
アルトスレアの歴史的な背景なども面白いものだった。
アルトスレアの言語のすべてはエルフ語から始まっている。
エルフ語から共通語が作られている。そのため、エルフ語特有の美しさを継承しているのだ。
そこまで考えたところで、なぜこの大陸で会話だけは通じるのかとあなたは根源的な疑問に気付いた。
読み書きといっしょに考えると、この大陸の言葉は明らかに発音も単語もエルグランドのそれとは異なる。
なにかしらの魔法の作用、あるいは神格の介入の可能性があるが……仮に神格の介入だとすると、人知の及ぶ領域ではないとあなたはいったん理解を諦めた。
「ふぅん。じゃあ、アルトスレア大陸って言うところは、エルフの文明が先史文明なのね」
如何にもその通りだ。そして、人間がそれを破壊し尽くした。
当時エルフのほとんど全てを殺し尽くした大分裂戦争によってエルフ文明は崩壊。
この当時にエルフを殺しまくった人間はエルグランドでもうまくやっていけそうな勢いだった。
「ええ……」
当時エルフは2億人ほど居たと伝承に残っているが、生き残ったのは数万人程度だったとされる。
その数万人にしても、山間などにいて俗世から離れた生活をしていたお蔭だった。
そうした生活をしているエルフがいなければ、それこそ本当に絶滅に追いやられていただろう。
それくらい徹底的にエルフは殺し尽くされた。それだけエルフは恨みと憎しみを育てていたのだ。
「そんな壮絶な真似がされるほどって、いったいなにをしてたのよ……?」
単純に自分たち以外の種族全てを奴隷種族とし、奉仕種族として扱っていた。
また、戯れに奴隷を殺すなどは当たり前で、命を命とも思わぬような真似をしていたようだ。
この点はエルグランドではべつに疑問にも思われない行為だが、なにしろアルトスレアは死んだら蘇れない。
そんな大陸でそんな真似をしていたら、他種族から恨みと憎しみを買うのは当然だろう。
当時一般に行われていた遊びに、赤子の性別当てゲームと言うものがあった。
人間の娘を強姦させて孕ませ、臨月になったら腹を裂いて赤子を取り出す。その赤子の性別を的中させる。
当然腹を裂かれた妊婦は死ぬし、取り出された赤ん坊は捨てるので死ぬ。命を浪費する遊びだ。
人間を用いるのは見た目で性別が分かりやすいからだ。さすがにエルグランドでもやらない冒涜的行為だ。
エルグランドはあくまで命が紙切れよりも軽いに過ぎず、死体を冒涜するような真似は悪行と見なされる。
喧嘩は悪いことだが、程度によっては止めずに好きにやらせるというのは場所によらず変わらないだろう。
エルグランドでは命が極めて軽いために、喧嘩の延長線上にある命のやり取りに気軽に到達するに過ぎない。
時折喧嘩するような相手を殺したとして、その死体に小便をかけたりするような冒涜をするかと言えば、ノーである。そう言うことだ。
人間同士で殺し合いをさせたり、赤ん坊を取り上げて親の目の前でペットのエサにしたり。
そうした傲慢な行いによって憎悪と憎しみを育て続けた結果がエルフの虐殺だった。
「なるほど……」
今やエルフはそうした傲慢極まりない歴史を反省し、ほそぼそと暮らす少数民族として知られている。
ハイエルフ、つまり先史文明の傲慢なエルフたち。その言葉が侮辱表現とされるくらいだ。
ハイエルフとされた者たちはエルフ社会で容赦なく村八分にされるのだとか。
まぁ、アルトスレア大陸においては、人間が極度に恐れられているという背景もある。
人、ヒューマン。明白な優位がなく、数と多様性を強みとする種族と言われる種族だが、裏ではまた違う評価がある。
殺戮と破壊においてはデーモンですらもが後塵を拝する。
種族間戦争での凄惨極まりない記憶から、アルトスレアの民たちは人間をそのように恐れている。
一度タガが外れると、底すらないほどの悪意と憎悪をブチ撒け、立ち塞がる者すべてを殲滅し尽くす。
殊にその悪意と憎悪を正面から叩きつけられたエルフは極度に人間を恐れている節がある。
エルフの老若男女を問わずに殺し尽くし、運河がエルフの死体で埋まり、川下は血で真紅に染まったなどと言う伝承もある。
古戦場跡地などを掘り返すとエルフの骨が山ほど出て来るというのだから、その殺しぶりは尋常なものではなかったようだ。
記憶や知識ではない、まるで遺伝子にまで刻み込まれたかのように、エルフは人を恐れているのだ。
人間が容赦のない破壊と殺戮を振り撒かないように、ハイエルフを二度と生み出さない。
エルフたちの度を越しているようにすら思える自粛は、そのような恐怖からなるものだと言われる。
「いろいろと壮絶ね……」
そう言えばそのエルフだが、こちらに来てからエルフはあまり見かけていない気がする。
アルトスレアでもあまり見かけることのない種族だったが、こちらではなぜなのだろう?
「そもそも数の多い種族じゃないのよ。でも、隣国のトイネまで行けば一杯いるわよ。あそこは別名エルフ王国って言われるくらいだから」
そう言うものかとあなたは頷いた。
たしかに地域によって特定種族が多く住んでいるということはよくある。
その点はエルグランドでも変わらないので、特に疑問はなかった。
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