23話

 あなたは宿に麻袋を抱えて戻って来た。

 金貨1枚分の大豆は思ったよりも多かった。


「なに買って来たのよ……」


 山盛りの大豆である。炒って食べると、まぁ、まぁ……おいしい。

 それなりに、ほどほどに、まぁ、おいしいと言えば、うん、おいしい。


「その言いぶりからして、まずくはないどころかむしろ美味しいけど、好き好んで食べはしないって言うのがありありと分かるわね」


 呆れたようにレインがあなたを評した。


「わぁ、ほんとに山盛りですね。ポリッジに入れたりとかしてましたけど」


「よくおやつに食べてましたね……」


 各々の反応からすると、あまり裕福でない層には慣れ親しんだ食品なのかもしれない。

 レインは食べたことがなさげだが、サシャとフィリアは慣れ親しんだ様子だ。

 あなたはこれからこの大豆でショウユなるソースの制作を試みることにすることを全員に伝えた。


 また、サシャには剣の注文を出して来たことも伝えた。

 入念に吟味した上で決めた素材なので、ずっと使える一品になるだろう。

 まぁ、サシャの体格が変わったら買い直すわけだが。


「わぁ、ありがとうございます。オーダーメイドの剣かぁ……!」


 オーダーメイドと言う部分にはなにやら心惹かれるものがあるようだ。

 自分専用、というのは所有欲が強く満たされるものなので、分からないでもない。

 あなたも自分専用の可愛いペットのサシャとフィリアには大変心が満たされている。


「オーダーメイドって、なにか憧れる部分があるわよね……」


「レインさんの服はオーダーメイドでは?」


「社交界用のはね。普段はこれだし」


 そう言ってレインは着ているガウンを示した。

 まぁ、見るからに吊るしの品と言った感じだ。

 店に入って適当に買った、という印象が否めない。

 とは言え、吊るしの服を買える時点で富裕層ではあるのだが。普通は古着を買う。


 ちなみに、レインはガウンの下にはストラップレスの胴衣を着ている。

 肩に何かかかると、首が凝る、などと言っていたが。

 どうもこの辺りでは肩凝りのことを首凝りと言うらしい。


 ともあれ、あなたは宿の厨房を借りたいことを宿の女将に伝えた。

 金貨を握らせたことで快く貸していただけることと相成った。


 ショウユとは発酵食品であるからして、概ねの方向性は分かる。

 問題は、どのように発酵させ、どの程度発酵させるか、という問題である。

 発酵にも種類があり、一般的なものはアルコール発酵と乳酸発酵となる。


 アルコール発酵は名の通りにアルコールを生成するため、酒の醸造はこれによる。

 乳酸発酵は保存食品のうち、酸っぱい味がするものは大半がこれである。

 メジャーなもので言うとザワークラウトなどがそうだろう。


 ショウユはおそらく、この発酵の双方を用いていると考えられる。

 どちらか片方ではああはならないことが想定される。


 大豆の成分から考え、またショウユの味から考えると、おおよその分解工程は想像がつく。

 科学と錬金術を修めたからこそ分かることだ。


 大豆のおおよそを占めるタンパク質を分解、これをアミノ酸とする。

 アミノ酸に分解し、これがメイラード反応を引き起こすことであの独特の色味と香ばしさが生まれる。

 また、あの味の深みからすると、乳酸発酵とアルコール発酵は相互に作用していると考えられる。


 発酵の程度に関しては、おそらくだがあれは発酵させたものを搾っている。

 発酵させ続け、全てが形を喪うまで発酵させてはあのようにはならないと考えられる。


 あなたは流れに概ねの想像をつけた後、錬金術を用いて醸造の過程を加速させることにした。

 

 小瓶いっぱい程度の大きさの量のショウユの試作を重ね、失敗作は適当に魔法で処分する。

 そうした失敗を繰り返すうち、それらしいものがひとつ出来上がれば、あとはそれを突き詰めるだけだ。

 実物の味見をしたことがあり、さらには素材まで分かっているならば、そうむずかしい話ではない。


 答えが分かっている上、その答えを構成する要素まで分かっているのだ。

 それをどう組み立てるのか? という問題はたしかに多大なものではあるが。

 材料すらも分からずに作るのに比べれば、何倍も楽なのは間違いない。


 あなたは次々と試作を繰り返し、やがてショウユの完成へとこぎつけた。

 小麦の量が多いと、随分と色が薄くなってしまうので、その比率にやや苦労した。

 とは言え、味わいや風味はあの店で食べたものと幾分か異なる。


 この辺りに関しては、醸造元と素材、水の違いが影響しているのだろう。

 味わいは異なるが、質が劣るということはなく、個性の範疇内で片付けられる程度だ。

 それで片付かなければ、この世に複数の醸造所ができることはないであろうから問題ない。


 あなたは出来上がったショウユを用い、料理の試作をしてみることとした。

 気のせいでなければ、今朝セリナと飲んだあのスープはショウユを使っていたように感じた。

 鶏の骨から取ったフォンに近いものと、ショウユ。それからリーキのようなもの。


 あなたは幾度かの失敗を重ねてから、朝方に呑んだスープに近いものを完成させた。

 やはりこれはいい。炊き込みご飯などにしなかった米に抜群に合うことが想定される。

 レシピを煮詰め、より良い品に改善していくのは後々の課題とし、とりあえず成功だろう。


 エルグランドに帰ったら醸造所を作り、ショウユを大々的に生産することも考える。

 いちいち自分で作るのは面倒だし、大々的に生産され、大々的に売り出されれば人口に膾炙する。

 そうすれば多くの料理人が使うようになり、やがてはあなたでは想像もつかなかった使い方をするだろう。

 そうした刺激を与えあうことで、文化と言うのは発展するのだ。何事も向上し、進歩するのは楽しい。


 そんな試行錯誤を重ねて遊んでいたら、すっかり昼時だった。

 あなたは宿で軽い昼食を済ませた後、4人揃って宿から出掛けた。


「丘巨人のテント村があるらしいのよ。巨人族の古老は失われた魔法を知っていることもあるわ。教わることが出来ればいい勉強になるわ」


 とのことである。失われた魔法、というのはあなたにしても大いに興味が惹かれる話である。

 エルグランドでも失われた魔法は数多いが、概ねの場合において「敵を倒すことができます」で効果の説明がつく。

 敵を倒す手段はいくらあってもいいものの、敵を倒す以外の魔法の方に興味を惹かれる。


 巨人族の使う魔法とはいったいどんなものなのだろう?

 あなたは知的探求心に駆られ、レインの勉強に同行したというわけだ。

 サシャは巨人族に伝わる伝承などに興味があり、フィリアはワンド作りに飽きたからとのこと。

 宿の部屋でワンド作りをするのは大変なので、あんまり気を入れていないという事情もある。


 あなたたちはレインに誘われるまま、町の城壁を出て、町外延部に配置されたテント村へと訪れた。

 テント村では町中ではあまり見かけることの少ない種族たちが多数生活をしているようだった。


「あれは丘巨人。あっちはフィリスティア。霜巨人もいるわね。どこから来たのかしら?」


 丘巨人はずんぐりとした巨体の持ち主だ。町中で見かけた身長4メートルほどの種族が丘巨人だったようだ。

 こちらのテント村で見かける巨人たちはより大きく、身長5メートルほどがザラである。

 もしかすると、町中で見かけた4メートルほどの巨人は、人間で言うと10代初めくらいの若者だったのかもしれない。


 人間をそのままスケールアップさせた感じではなく、肩や腕はより屈強に、胴体はさらに太く。

 そして腹は真ん丸と突き出している。頭はみな禿頭で、毛髪の生えない種族なのかもしれない。

 まるっと禿げた頭と丸く突き出した腹と言い、なんとなく愛嬌があるような気がしないでもない。

 皮膚の色は緑とも灰色ともつかない微妙な色合いをしており、全身がその色をしていた。


 フィリスティアは神殿の柱を繰り抜いた巌のような顔をした種族のことだった。

 岩石のように頑強な皮膚を持っており、身長2.5メートル程度が平均的な屈強な種族。

 逞しく盛り上がった筋肉を覆う石色の皮膚を除けば、人間とそう差のない外見だ。


 霜巨人は、丘巨人をより屈強に、より大きくしたような外見をしている。身長8メートルほどだろうか。

 皮膚が白、あるいは青に近い系統をしており、もさもさと生えた髭を三つ編みにしている。

 丘巨人と異なり毛髪も生えるようで、真っ白な髪をしっかりと結わえている。

 文化的な特徴なのか、数人ほどいた霜巨人はみな髪の手入れがしっかりしている印象があった。


 そうした巨躯の持ち主たちの中に紛れ、人間と大差のない体格をしたものもいる。

 と言うよりも粗野な文化を持つ人間も混じっているようで、文明圏外の者たちが暮らしているのだろうか。


「巨人語はあんまり得意じゃないのよね」


 などと言いながら、レインが『ポケット』から小瓶を取り出した。

 小瓶の中には琥珀色の球体が複数入っており、レインはその球体を小瓶から取り出して口へと放った。飴玉だったらしい。

 そして、小瓶をこちらへと差し向けて来る。


「『会話』の効果のあるキャンディよ。1個食べれば10分間だけどんな言語も理解できるようになるわ。丘巨人と話すなら使った方がいいわね」


 あなたはキャンディの提供を断った。巨人語とやらは自力で覚える。

 自力で覚えなかったら巨人族の女の子をナンパするのに支障が出る。


「あなた巨人族にまで粉かけるつもりなの……」


 信じ難いものを見るような眼で見られたが、巨人族は外見的には人間とそこまで差がない。

 腕が2本あり、足が2本ある。頭は1個で、目鼻口の数も人間と同じ。皮膚の色はチャームポイントに過ぎない。

 あなたは相手が女ならアンデッドにだって粉をかける。

 腐りかけたゾンビだって隙間から見える臓物がチャーミングだ。

 スケルトンにだってピカピカに磨かれた骨格標本のように美しい娘さんがいるのだ。


「ちょっとよく分かんないわ」


「骨格標本のように美しい……娘……?」


「スケルトンに性別どうこうってあるんですかね……」


 もちろんある。男女では頭蓋骨の形状に差がある。

 また、骨盤の形状などは顕著に異なるため、一見すれば容易く判別可能だ。

 しかし、骨盤を曝け出しているのはいささか扇情的過ぎるため、大抵皆隠している。


「まぁ、人間で言えば股にあたるから、扇情的なのかも、だけど……骨、よね?」


 当たり前である。でなければスケルトンなどと呼ばれない。


「……まぁいいわ。巨人語はがんばって覚えなさい」


 あなたは頷いた。


 あなた以外のみなが『会話』のキャンディを食べ、巨人族に声をかけた。

 巨大な岩塊を運んでいた巨人は応じてくれたが、不愛想なのか愛想があるのかも分からない。

 そもそも何を言っているのかも分からない。まずは頻出単語の意味を理解するところからだ。


「えと、それはテントって言う意味ですね」


 サシャもキャンディを食べていたので、頻出した単語の意味を聞けば理解ができる。

 これなら実に高効率で言語が覚えられる。あなたは得をしたと思った。


 幾人かの丘巨人に声をかけ、都度交渉をするなどした末、あなたたちは巨人族の酋長のテントへと辿り着いた。

 巨人族は典型的な祖先崇拝の宗教観を持つらしく、多くの集落において指導者層はシャーマンであるという。

 つまり、魔法を学ぶならシャーマンから学ぶしかない。ただ、魔法を知る古老はシャーマンに限らない。


 丘巨人の酋長は、意外にもあなたたちを快く迎え入れてくれた。

 笑っているのやら怒っているのやら分かりにくいものの、歓迎はしてくれているようだ。

 ただ、なぜかターゲットをあなたに絞って話しかけて来るのが謎だった。


「あなたが来るのが分かってたみたい。たぶん『神託』の魔法を使ったんだと思うわ」


 『神託』は神から意見を仰ぐことが出来る魔法だ。

 エルグランドにも存在する魔法である。あなたはこれでウカノとたまに無駄話をする。

 丘巨人は先祖崇拝の宗教観を持つものの、神の存在を否定するものではない。

 そのため、この大陸で一般に信じられている神々にも同様に信仰を持つようだ。


「ええと……魔法について教えるのはやぶさかではないらしいわ」


 ただ積極的に教えてくれるという様子でもない。

 こういう時はつまり、賄賂が欲しいと言うことである。

 あからさまには言わないものの、贈り物が欲しいのは誰だって一緒だ。


 あなたは丘巨人が何を欲しがるのかについてレインに尋ねた。

 町の近くで暮らしている以上、貨幣経済の枠組みは持つのだろうが。

 しかし、種族によって重視するものは異なり、必然特別な贈り物も異なってくる。


「丘巨人は狩猟民族で、所有する毛皮の数が尊敬の対象となるわ。でも、これは自分で狩ったものでないといけないから、狩猟で得るべつのもの……肉が主な贈り物ね」


 であれば『四次元ポケット』の中に山ほどあるのだが。

 豚や牛の肉などありきたりなものよりも、野生の獣の肉の方がよいのだろうか。

 狩猟民族であるならば、豚よりもイノシシの肉の方を好むということもあるだろう。


「丘巨人は極めて屈強な種族だから、時としてドラゴンを狩猟の対象に選ぶこともあるわ。逆に狩られることも多いけれど。彼らにとってドラゴンの肉は特別なご馳走よ」


 であればと、あなたはテントから出て、テント前にあった広場で『四次元ポケット』からドラゴンを取り出した。

 あなたがエルグランドで経営している牧場で繁殖された、レッドドラゴンだ。

 ドラゴンは既に解体しておいたものよりも、首だけ刎ねた未解体のものの方がウケがいい。

 やはり、生物の持つ迫力のようなものが妙味となるからか、頭があるとないとではだいぶ違う。


 刎ねた首と、内臓だけを抜き取った丸一体。

 それをテント前広場に置いて、あなたはこれが贈り物であると伝えた。

 その言葉に丘巨人の酋長は驚嘆の声を発した。


「す、すばらしい、お、お、おくり、ものだ。まほ、魔法、教えるの、いい、だろう」


 丘巨人の酋長の言葉だ。人間の言葉には幾分不慣れなようで、発音もおぼつかない。

 だが、わざわざあなたの理解できる言葉で礼の言葉を述べたのが、彼にとって示せる最大限の礼儀だったのだろう。

 あなたはその言葉に礼を示すと、さっそく魔法を教えてくれるように頼むのだった。

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