22話

「おまえのその異常な身体能力はなんだ? 意味が分からん」


 試合後、適当に買った飲み物で喉を潤しながら、あなたとセリナは試合後の意見交換を行っていた。

 しかし、なんだと言われても困る。がんばって鍛えたから強くなった、それだけの話だ。


「それだけで済むレベルか? いや、まぁいい。私の修行が足りんと言うことなんだろうな……」


 セリナがむずかしい顔をして考え込む。

 逆にあなたはセリナにあの剣技は何なのかと尋ねた。

 あの、当たったら絶対にヤバいと思わせる剣戟だ。


「ふむ」


 セリナが手にした素焼きのカップを見つめる。

 そして、傍らの街路樹から1枚の葉っぱを引き抜いた。

 セリナはその葉っぱを無造作にカップにひらりと当てた。

 カップが真っ二つに切断されて地面に落下し、砕けた。


 今すごく無茶なものを見た。


 あなたはセリナのしでかした驚天動地の真似について興奮して訪ねた。

 いまのは一体何なのか、どういう技術なのか、自分にもできるのかと。


「お、おい、落ち着け」


 セリナに制されたあなたは、とりあえず深呼吸をして自分を落ち着けた。


「今のはなんと言うのだろうな……真に内功を極め、武を極めれば、無剣が有剣に勝つと言う。私はまだその域には至っていないが……」


 内功とは?


「使ってる私でもうまく説明ができん。とにかく死ぬほど鍛えれば使えるようになる。血の小便が出てからが本番って感じだ」


 なかなか極まったことを言う。

 血の小便が出るまで鍛えろとは。

 だが、努力してなんとかしろと言うのは分かりやすい。


「基礎から修行していくうちに、自然と掴めるものなんだ。そうとしか言いようがない」


 説明が難しい部類の技術であるらしい。

 そう言う技術は度々あるのでそんなものかとあなたは頷いた。

 ならば、その技術を基礎から練習して、自然と掴めばいいだけである。


「まぁ、ともかく、そう言う技術で私は剣戟を振るう。木剣で人を叩き切るくらいは楽勝だ」


 実質的にあなたは木剣を使っていたのに、セリナは本身の剣を使っていたと言うことだろうか。

 次にやることがあったら、セリナには紙を丸めた棒きれで戦ってもらうことにする。


「う、うん、そうだな。やっておいてなんだが、私も卑怯だと思う」


 セリナも気まずげにしている。一応卑怯だという自覚はあったらしい。

 さておいて、その技術についてあなたは詳しく尋ねた。

 どうやったらそれを会得できるのか、練習方法はどうやるのか。


「本気でやるつもりか? 私は先ほどのができるようになるまで8年かかった。幼い頃からやってそれだ。おまえの歳では10年かかってもできるか分からんぞ」


 なら100年かけるだけの話である。

 エルグランドにおいては努力でゴリ押しするのが基本だ。

 発想の直線運動こそが最大の近道だとだれもが知っている。


 10年かけてもダメなら100年。100年かけてもダメなら1000年かけるのだ。

 それでだめなら? 1万年でも1億年でも努力し続ければいいだけの話である。


「……なるほど。おまえみたいなバカは嫌いじゃない」


 苦笑気味にセリナは笑った。

 なにか好みに合致した答えだったらしい。


「そうだな。武とは深淵にして無辺だ。果てはなく、奥深さに意味もない。ただひたむきであらねばならん」


 よく分からないが、教えてもらえるのだろうか。


「いいだろう。とは言え、私もまだ修行中の身なのでな……パイシーなぞ烏滸がましくてやってられん。修行の方法は教えてやれるが、指導は期待するな」


 基本のやり方を教えてもらえればそれで十分だ。

 あとは試行錯誤をして努力しまくるだけである。

 壁にぶつかれば壊れるまで全力で激突し続ける。

 努力でゴリ押しするとは、そう言うことである。


「いいか。内功の基本は呼吸だ。呼吸を制し、血流を御し、肉体の内側を鍛え抜くことにこそ内功の真意がある。内勁を鍛え抜かねば話にならん」


 あなたはセリナの教授に真剣に耳を傾けた。





「基本は教えた。あとは自分で努力してくれ。分からないことがあれば教えるが……教えられるとは限らんと言うことは理解してくれ」


 あなたはセリナに内功なる技術について基本を教わった。

 呼吸と、それに伴った身体制御。あなたが今まで行ってきた修行とはまったく別方向である。

 とにかく鍛え、硬く強く大きく、そうした方向性とはまるで違う。


 柔らかく、緩やかに、小さく。この技術の習得には相当な時間がかかるかもしれない。

 だが、諦める理由になどならない。あなたはこの技術も鍛え抜くことを決意した。


「内功についてはいろいろと他に教えることもある。基礎を身に着けたら言え。また教えてやる」


 たとえばどんなものがあるのだろう?

 純粋な疑問を尋ねると、セリナが指折り数えながら答えた。


「そうだな。毒を解毒する内養功。経絡系に作用させるツボ治療。あとは房中術とかだな。房中術は特におまえには必須だと思う」


 ボウチュウ術とは? 虫を退ける技なら身に着けておいて損はなさそうである。

 あなたは虫が嫌いというわけではないが、好きではない。退けられるなら覚えたい。

 しかし、あなたに必須とはどういうことだろうか? 冒険者なら覚えるべきということかもしれない。

 たしかに、密林などにおいては虫を避ける手段と言うのは生死の境を分けることもある重要な技術だ。


「それは防虫だ。房中術とは房事、つまり性行為のことだ。内功を鍛えた者には弁えるべき性行為の要点が……」


 つまり、内功とやらを身に着ければ、セリナがベッドで実地訓練をしてくれると言うことだろうか。


「そうじゃないが」


 しかし、教授するなら実地訓練と言うのは必要なはずである。

 その時にはぜひともベッドで優しく、なおかつやらしく教えて欲しい。

 あなたは真剣にセリナに訴えかけた。


「わかったわかった……おまえが基礎を会得して、内養功に、約700あるツボを全部覚えたら教えてやる。そこらを覚えないと話にならんからな」


 冗談交じりながらも言質は取った。

 セリナは出来やしないだろう、と言った調子だが、あなたはやる。

 女がかかった時のあなたは本気だ。

 この技術をなにがなんでも会得して見せる。

 最低でもセリナが寿命を迎える前にだ。

 あなたはセリナに現在の年齢と、寿命が何歳くらいかを訪ねた。


「え? 私の歳? 18だが……自分の寿命は知るわけないだろ……」


 大体おおよそでいい。セリナの種族が大体何歳生きるかだ。


「あー、そうだな……110くらいが限界、らしい。120過ぎまで生きたという話もあるが、眉唾だ」


 ハイランダーとあまり変わらないようだ。


「まぁ、生活環境で大幅に違って来るが、健康的な生活が出来れば80くらいまでは大体生きれるようだ。私は内功を鍛えているし、100くらいはイケると思う」


 あと80年もある。これほどの猶予があるならなんとかなるのではないだろうか。

 最悪の場合、セリナに若返りの薬を盛って、寿命を伸ばすことにする。

 勝手に寿命を延ばされたら怒られるかもしれないので、もちろん内密にだ。


「なんで私の寿命の話になったんだ?」


 あと80年以内に身に着ければいいという目途が立つ、とあなたは答えた。


「80年以内て。その時の私はよぼよぼのババアだぞ。というか、生きてるかも怪しい」


 それがどうしたというのだろうか。

 セリナはセリナで、疑いようもなく女性だ。

 あなたの愛するべき女性であるという事実以外に何が必要なのだろうか。


「なるほど、トモの女バージョンとはそう言う……」


 ガキでもジジイでも食べられるゲイの少年であるトモ。

 たしかに親近感の涌く少年だったので、頷ける評価だった。

 あなたからすると、トモが自分の男バージョンと言う感覚だが。


「まぁ、寿命の瀬戸際で迫られても困るんでな、習得するなら早めに頼むぞ」


 などとセリナは笑いながら発破をかけて来た。

 あなたは真剣なまなざしで頷いた。なんとしてもやって見せる。

 寿命の瀬戸際では困るということなら、あと60年を目途にすべきだろう。

 あなたは必ずや内功を会得し、セリナにベッドでえっちな授業をしてもらうと誓った。


「そんなこと誓うなよ……いや、まぁ、やる気があるのはいいこと……なのか?」


 セリナは微妙な顔をしていたが、あなたは誓ったのだった。





 セリナにえっちな個人授業の約束を取り付けたあなたは宿に戻った。

 セリナとのえっちな授業は大事だが、目の前の冒険も大事だ。

 同時に、あなたは目の前の冒険に対して、懐疑を抱いている部分もある。

 まだ、早かったのではないか。そんな懐疑だ。


 フィリアとあなたにはなんの問題もない。

 だが、レインとサシャには足りない部分が多い。

 それは冒険をする中で問題なく鍛えられているのだが。


 しかし、問題なく、無理なく鍛えられるのでは、足りない。

 エルグランドと違い、死を最大限回避しようとするこの大陸では感覚が違うのだ。

 とりあえず突っ込んでから考えよう! みたいな雑な考え方がない。


 実戦における技術の習得と言うか、鍛えられ具合が、だいぶ違う。

 あなたの想定では、そろそろサシャは危なげなく戦うどころか、一方的に相手を惨殺できるレベルに至っているはずなのだ。

 いや、身体能力的にも、装備的にも、それは可能だ。

 ソーラスの迷宮第二層においても、ホブゴブリンもトロールも一方的に斬り殺せるはずなのだ。


 だが、できていない。これは身体能力の不足ではなく、感覚の不足だ。

 実戦の中に放り込むだけでは、安全策を取ってじっくりと戦うことしか出来ないのかもしれない。

 自分の能力を正確に把握し、彼我の差を見極め、容易と見て取れば一気呵成に仕留める。


 こうした戦法が取れるようになってくると、ぐっと違って来る。

 レインに関してもリソース配分の見極めなどがまだまだ未熟。

 これも実戦の中で鍛えられるのだとは思うが、相当な時間が必要かもしれない。


 もっと、じっくりと技術と眼力を鍛える時間が必要だったのかもしれない。

 基本を教え、適宜訓練を施し、あとは実戦で鍛える。どうもこのやり方はうまくない。

 気長なやり方になるが、訓練専用の期間を、年単位で取るべきなのかもしれない。

 エルグランドとは違うと分かっていたが、やはり難しいものである。


 あなたは考え込みつつ、ふらふらと町を歩いた。

 今日はなんとなく散策したい気分である。




 ソーラスの町は冒険者の町である。

 それは冒険者相手の商業規模が極めて大きいことを意味する。

 町の北端にある職人街では金属の精錬などもしているのだろう。

 いつも黒煙が立ち上っているのが伺える。必要ではないが武器屋など覗いてみるのもおもしろいかもしれない。


 道行く者たちの種族は様々だ。あなたの見慣れた種族もいれば、見慣れない種族もいる。

 ドワーフやエルフは割合よく見かける。多いわけではないが。獣人も結構な場合で見かけるようだ。

 対照的に、エルグランドでは度々見かけたアンデッドやゴブリン、ゴーレムなどは見かけない。


 人間と比較して半分くらいの背丈しかない種族はなんという種族なのだろう?

 一見すると子供のように見えるが、頭の大きさと頭身からして子供ではなく、純粋に背丈が半分しかないだけだ。


 どこぞの神殿の柱を掘り抜いた巌のような顔をした屈強な種族。

 一見すると異常な細身に全身鎧を着ているように見える鋼の体を持つ種族。

 身長4メートルくらいありそうな巨人系の種族と思わしき種族。

 歩く水晶、墨でも塗りたくったように真っ黒い人、金属質の髪をした者。


 この分では一見して人間に見えて異種族の者ともすれ違っていたのかもしれない。

 現にあなたも外見的には人間の少女にしか見えないのだ。

 それと同じように、一見するだけでは普通の人間にしか見えない種族もいるのだろう。


 そんなことを考えながら歩いていたところで、冒険者向けの食料品店の軒先が眼に入った。

 塩タラをはじめとした、塩漬けの保存食に、硬く焼き締めた食品類。あとは単純に長期保存が効くもの。

 やはり人気の保存食と言えばハチミツだろうか。ハチミツは異物を混入させない限りはなにをどうしようが腐らない。


 栄養価も高い上に、甘味なのでストレス軽減にも役立つ。

 さらには食品に加えて調理するだけで味が上質になる調味料にもなる。

 あなたもハチミツは好物だ。エルグランドでは養蜂が盛んだということもある。


 あなたも幼い頃には父や母と共にミツバチたちの世話をしたものだ。

 一般家庭であっても、冒険者の家庭であっても、養蜂と言うのは身近なものだ。

 母が妹を産んだ時には父と共に、ミツバチたちに妹が誕生したことを報告したりもした。

 きっと、あなたが生まれた時は父が1人で報告しに行ったのだろう。

 ミツバチは言葉こそ交わせないが、大切な家族なのだ。


 そこでふとあなたは豆類が眼に入った。

 豆類は乾燥させたり、炒ったりしておけばかなり保存が効く。

 種類によっては生のままでも相当な保存が効くため、優秀な保存食だ。

 しかし、地域によっては家畜のエサであるとして人間が食さないこともある。

 この辺りではそう言ったことはないようで、極普通に麻袋に入った豆が山盛りで売られていた。


 豆と、塩と、小麦。そして上質な水。


 その4つから作られる調味料こそが、ショウユなる美味なソースだったはずだ。

 あなたは先日セリナから教わった、活け造りを美味しく食べるためのソースについての話を思い出していた。


 あなたは店に入ると、大豆とやらを金貨1枚分購入することにした。

 今日は久し振りに錬金術に凝りたい気分になったのだった。

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