8話

 冒険者対抗試合がはじまる。

 不幸なことに、あなたはトップバッターだ。

 他の誰かが戦っているところを見て、相手の出方を伺うということは出来ない。

 あなたは渋々ながら覚悟を決めて戦うことにした。


 対抗試合では本物の武器を使うことが許される。

 そのため、あなたはきちんとした装備を整えて試合会場へと上がる。

 もちろん殺傷は厳禁なわけだが、使い慣れた装備の解禁はうれしい。


 これは冒険者の強さは装備の強さも含まれるためだ。

 武具の使用禁止が為されると途端に弱体化する者もいる。

 これを有利不利と考えるのかどうかは、割と難しい問題でもある。

 少なくとも、冒険者学園としては装備を手に入れるのも実力のうちと考えているようだ。


「相手は現役冒険者か……センパイちゃん、がんばろうね」


「なーに、センパイちゃんがいればなんとかなるさ。俺たちはセンパイちゃんのサポートに回ればいい」


「そうそう、緊張し過ぎないように、気楽に気楽に」


 そう言いつつも、気負っていることを拭いきれない生徒たち。

 あなたは笑いつつも、彼女らは何の役にも立たないだろうと戦力としては勘定しないことに決めた。

 冷たいようだが事実なので、これはしかたがないことだった。




 あなたが自分1人で戦う決意をしていた頃、ハンターズも同様に戦いの準備を整えていた。


「ジル、行くぞ。おまえがチームリーダーだ」


 モモロウが今回の作戦のチームリーダーであるジルに声をかける。

 ジルは大陸全土に名を轟かせた冒険者チーム、サイン・オブ・ファイト戦いの兆しのリーダーでもある。

 声をかけられたジルがコクリと頷くと、目をグルングルンさせながら答えた。


「問題ありません問題ありません問題、ありません、ありません、問題あり、ありあり、ありません」


「なんかジルが壊れてるんだが!? おい、コリント。なんか魔法でこいつを正気に……」


 そう呼びかけられたブライド・オブ・コリント。

 力強く頷くと、カクカクと首を揺らしながら答えた。


「問題な、ない、ないわ、問題ない、ないわ、ないないない、ないあるあるないよ」


「なんでこっちも壊れてんだよ!」


 頼れる最高戦力の2名が戦いの前からぶっ壊れている。

 あまりの異常自体にモモロウは思わず天を仰いで嘆く。

 そして、セリアンがその2人にチョップを叩き込んだ。


「とあっ!」


「うぐっ」


「あだっ」


 本気でやれば鉄の鎧も叩き切れるセリアンだ。

 その威力は頑健かつ莫大な生命力を持つ2人にも十分に効いた。

 痛みと衝撃に2人が目を回しつつも、やがて眼に正気の色が戻る。


「どうしたんだい、いったい」


「いえ……ちょっと思った以上に相手が化け物過ぎまして。情報収集だけで私20人分のサイキック・パワーを使う羽目になろうとは」


「『伝説級時間延長』で24時間化した『時間停止』を連打する羽目になろうとは思わなかったわよ」


「8時間の睡眠さえ取れれば私はスペルパワーもサイキック・パワーも回復しますからね。私には24時間化したタイム・ストップに関するルールがありませんので、そのままPHBの記述が適用されると考えるべきです。サイキック・パワーの持ち出しが私だけなのは困りものですが」


「『時間回帰』を4倍化して発動なんて無法な真似が出来るのはあなたくらいだもの……」


 ジルとコリントが、お互いにだけ伝わっているような会話をする。

 こうした会話をされると、モモロウもエルマもセリアンもまったくわからない。

 なにかしらの特定の法則に従う話らしいのだが、その法則がなにかは分からないのだった。


「よく分かんねーが、なにしてたんだ」


「彼女がどれくらい無法な真似をしてくるかを時を巻き戻しながら確認していました」


「そんなことできるの……」


「30秒が精一杯ですが、出来ます」


「まぁ、おまえらができるって言うならできるんだろうな……で、どうなんだ?」


「結論から言うと、確実にサクラさんより強いです。というか、サクラさん1000人分くらいの強さあります」


「うそだろ」


「なんですかその株式投資で有り金を溶かし切ったようなすごい顔は」


「いや、あの、だって、サクラだって超人的な強さだったんだぞ。ドラゴンを指先ひとつで捻り殺して、そんじょそこらの騎士団長だの英雄だのを小指で薙ぎ倒して、冗談抜きで貪り食うバケモンだぞ?」


「どこだかの騎士団長を物理的に貪り食っていたのは眼を疑ったわね。なにがすごいって、1分足らずで成人男性の8割を平らげていたことよね」


「個人的には戦場と自分自身の垢に塗れたオッサンを躊躇なく貪り食っていたところが一番すごいと思いました」


「まぁ、私がいちばんヤバいと思ったのは、人肉をふつうに調理してふつうに食べていたところだけど……」


「そこらの行動のヤバさは置いておいてですが。まともにやってたら絶対に勝てません。場外勝ち狙いしかないことが分かりました」


「防御手段も、回避重点ね。受け止めるのはまず無理。彼女の『魔法の矢』を試しに受け止めたら手が消し飛んだもの。私の『魔法の矢』の50倍くらいの威力あるんだけど」


「さて、あまりにも無法なステータスをしているので、彼女のことはとりあえずアドベンチャラー・ドレッドノートと呼びますが」


「なんだそりゃ」


「ファッティな癖に軽挙するからです。まるで12点を踏み倒して来るかのようですね」


「まぁ、なんでもええわい。とりあえず、そのアドノートとやらじゃが……勝てるんじゃな?」


「はい。手立ては見つかりました。戦法も決まりました。いまから作戦をお話します」


「聞かせとくれよ。あたしも姉者もやり切って見せるさ」


 あなたが自分1人で戦うという作戦を決めていたころのこと。

 急造チームである、あなたを泣かせ隊もまた、作戦を決めていた。





 あなたの強さは、ごくごくシンプルに、あまりにも高レベルで纏まった身体能力にある。

 そして、それを超高速で駆動させる、あまりにも大深度に至った速度。

 あなたを尋常の手段で捻じ伏せることは容易ではない。


 ただし、エルグランドの民にはある弱点がある。

 それは法則がきわめて原始的であることだ。


 アルトスレアやファートゥムと言った大陸に存在する魔法や道具には、複雑細緻な能力を持ったものが存在する。

 綿密な構築によって、凄まじい力を発揮する手段なども、存在する。

 エルグランドにはそう言うものがない。

 組み合わせの妙とも言えるものがない。

 なぜそうなのかはわからない。

 そう言うものだとしか言いようがない。

 エルグランドはどこか四角四面なのだ。


 ゆえに、アルトスレアやファートゥムと言った大陸。

 そこ生まれの複雑細緻な能力を持った者たちは一筋縄ではいかない。

 それらの能力を全力で使いこなしてくるのがあなたにとっていちばん怖い展開だった。


 そしていま、その状況が訪れている。



「まとめて吹っ飛びな!」


 試合開始と同時、空間転移と見紛うほどの速度で肉薄してきた獣人の美女が味方を一気に薙ぎ払った。

 おぞましい死のエッセンスを漂わせる、巨大な鉄塊のごとき大剣の一撃だった。

 あなたは躱せたが、ほかの面々は反応すらできずにまとめて片付けられた。


 これはまともに戦っていられない。

 あなたは初手で速度を引き上げた。

 周辺に被害を及ぼさない最大戦闘速度。

 音の壁を超えないギリギリまで上げる。

 その速度で手加減をして打撃を入れる。


 これで相手の意識を断ち切って勝つ。

 至近まで迫っていた獣人の美女の横を抜ける。

 約30倍にまで速度を引き上げているため、相手の早さは本来の30分の1。反応すら許さずに突破する。


 あからさまに魔法の気配を漂わせる、3名。

 黒と金のリボンで目元を隠した美女。

 白髪白目の少年、そしてエルフ。この3人をまず片付ける。


 殺さないように、剣の腹で殴りつけることにする。

 あなたはいちばん前に立っていた少年に剣を振りかぶる。


「そう来ると分かっていました」


 そして、少年が凄まじい速度で反応して見せた。

 あなたと同じ速度にまで、同じ世界に入門してきた――!

 驚愕に打ち震える中、あなたの振るった一撃が少年の手にする剣で捌かれる。


 見た目はただの片刃の長剣だが、異様な気配を放つ剣だった。

 エルグランドの武器には時を止めるエンチャントが付与されていることがある。それに似た気配だ。

 時空間に関連する能力があるのだと思われた。

 おそらく、加速した世界に入門したからくりはこれだ。


 停滞した時の中、それに倍するほどの速度で少年が動き出した。

 あなたの目の前で凄まじい速度で呪文回路が構築される。

 どことなく見覚えがあるような気がするが、見たことのない呪文回路だった。


 信じられない速度は呪文修正の類だろう。

 呪文を単純に高速化するのに加え、さらに要素の省略。

 音声要素、動作要素、物質要素の3要素すべてを省略。

 それら呪文修正を追加する都度に消費する魔力は膨大なものとなる。

 最高位クラスの魔法と思われる規模の回路にこれ。

 並みの魔法使い3~4人分の魔力が一気に消し飛ぶだろう。


「――――『時間停止/タイムストップ』」


 いったい何が起きるのかと、あなたは油断なく注視する。

 そして、呪文が完成した直後、目の前から少年が掻き消えた。

 一瞬後、あなたの周囲を4体の天の使いが囲んでいた。

 巨大な白い翼を持った神聖な存在。

 異次元から招来される存在だが、魔法によって召喚することもできる。

 いったいどこから? そう思ったのも束の間、あなたは手にした剣を振るい、それらを一挙に薙ぎ倒す。


「ハッ!」


 直後、あなたへと肉薄していたのは、リボンで目を隠したドレス姿の少女。

 手には先ほどの少年のものと同じ長剣が握られており、こちらもやはり異様な気配を放っている。


 どうやって肉薄してきたのだろうか。

 明らかに一瞬前まで居なかった。

 こんなに見晴らしのいい場所で見落とすことはありえない。

 からくりを見破ろうとして、あなたは周囲の気配に気づく。


 時空間に特有の揺れが感じられる。

 空間転移を発動させたときに特有のものだ。

 信じ難いことだが、魔法の気配はない。

 つまり、なんだ。どう考えてもおかしいのだが。

 彼女は純粋な身のこなしだけで空間転移を実現した。

 ありえないとは思うのだが、そうとしか考えられない。


 極めた武とは、そんなことまで出来るのだろうか。

 が、拳を振りかぶらなければいけないのであれば、対応することは可能だ。

 ドレス姿の少女が白魚のようにたおやかな指を巌のごとく硬く握りしめる。

 それを迎撃しようと、あなたは剣を構える。

 だが、少女の拳の軌道は地面へと向かっていた。


「『地脈撃』!」


 少女の拳が地面を穿ち、あなたを局所的な地震が襲う。

 思わずバランスを取ろうとした直後、鋭い水面蹴りがあなたの足を払っていた。

 足払いが目的にもかかわらず、並みの人間なら両足がもげ飛んでいるほどの凄まじい威力だった。

 そもそも、重量的なことを言ってしまうと10トン近いあなたの足を払える時点でおかしい。


 空中に浮かんでしまえば、ふつうはもはやそこで詰み。身動きが取れない。

 だが、あなたは違う。あなたは肉体に備わった飛行能力がある。

 その飛行能力によって強制的に姿勢を制御する。


 少女が先ほどの少年と同じく、凄まじい速度で呪文回路を構築する。

 幻術系統の呪文回路だ。呪文が完成したが、なにも起こったようには見えなかった。

 おそらく、かなり高位の呪文で、あなたには理解できないなにかが起きたのだ。


 あなたの感覚能力は鋭敏だが、それはあくまでも人間の域を出ない。

 ゆえに、幻術には相応に弱い。下手な幻術ならば騙されることはなくとも、高位の幻術にはまんまとひっかかるのだ。

 ええいままよと、あなたは少女の放ってきた鋭い刺突を払いのけようと剣を振るう。


 そしてあなたの剣はすり抜けた。


 なるほど、剣で刺突してくる姿自体が幻術だったらしい。

 おそらく先ほどの呪文は、本体を不可視化し、幻影を同時に出現させるような魔法だったのだろう。

 不可視化看破の装備品はつけたままなのだが、おそらくそれでも無駄なほどの超高位の呪文だ。


 あなたの体になにかしらの打撃が入る。

 ふつうなら凄まじいダメージだが、あなたにはかすり傷だ。

 だが、いやなところに入った。あなたの意識に霞がかかる。

 相手を朦朧化させる特殊な技術による打撃だ。


 視界が揺らめき、立っていられなくなる。

 思わず膝を突くあなた。

 これはまずい。

 まずいと分かっている。

 だが、体が動いてくれない。


 意思の力で体調不良を捻じ伏せることは得意だ。

 だが、これは体調不良ではなく、機能の失陥だ。

 気合や根性ではどうにもならなかった。


 そして、あなたへと集中攻撃が降り注いだ。

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