8話

 あなたは撃破した人型はともあれ、自分の体の回収に向かった。

 肉体の方にはもちろん何の価値もないので放置。

 グラムいくらのクズ肉だ。なんせ血抜きもしていない。


 しかし、纏っていた装備品の破片の回収には重大な価値がある。

 あなたは破壊されてしまった装備品を回収し、魔法での修復を試みる。

 装備品の有する格のようなものを上回る技量がないとできないが……。

 幸い、あなたの衣服類は問題なく修復することに成功した。

 両断されてしまった剣も修復してみたところ、こちらも同様に成功。


 とは言え、剣は破壊されて性能が発揮できるかは謎だ。

 試しに少し使ってみて、ダメなようならカイラに修繕してもらわないといけないだろう。


「……装備は問題なさそうか?」


 レウナの問いに、あなたは頷く。

 修復した装備品を着用し直す。いつも通りの着心地だ。


「うむ……さっきはすまん。なんと言うか、こう……臓物をぶら下げながら、両断された体で飛んできていて……なにかバケモノかなって……」


 気持ちはわからないでもないが。

 あなたならともかく、他の人間なら1秒が生死を分けるので気を付けて欲しい。


「あの状態になって即死しないのはあなたくらいだと思うぞ……」


 そうかな。そうかも。

 まぁ、いい。死んだならその時はその時だ。

 あなたはそのように考えると、撃破した敵の検分に向かうことにした。


 サシャとフィリアが検分していた敵の死体に向かう。

 鎧を纏った敵だと思っていたのだが、どうも違うような印象だ。

 まるで象やサイのように、極めて頑健な皮膚のような質感である。

 それでいつつ、ヤギ皮のように柔軟かつ伸縮性のある感触がある。


「ご主人様。こちらを」


 サシャが人型の使っていた装備品を差し出して来る。

 あなたはそれを受け取り、そのどちらにも魔法が込められていないことを理解する。

 銃の方はともかく、剣の方がそうでないということは、あのエネルギーはこの人型の能力と言うことのようだ。


 あなたは剣の方を手に取り、軽く振ってみる。

 全体的な印象は東方様式の剣なのだが、実際は違う。

 フルタング構造のナイフのように、グリップから刃まですべて一体成型だ。

 金属のようだが、同時に陶器のような不思議な艶感のある材質だ。


 振り心地は悪くなく、刀剣として及第点は与えられるだろう。

 あなたは宝飾品の類がないことを確認し、それを地面へと叩きつけた。

 軽い震動音を発して剣先が震えるが、刃が零れた様子はない。


 あなたは再度地面に剣を叩きつける。

 先ほどよりも激しい音がした。

 そして、あなたは全力で地面に剣を叩きつけた。

 地面にでかいヒビが入り、剣が根元まで地面に突き込まれる。


「なにやってるのよ」


 レインに呆れられたが、これはすごいぞとあなたは応えた。

 魔法もなにもかかっていない。つまり、素材の性能だけで蛮用に耐えた。

 つまり、エンチャント消去などの魔法が無意味ということ。


 魔法の武具を問答無用で解体するような魔法も存在する。

 そうした存在と戦う場合、ただ高品質な普通の素材の武具が必要だ。

 多々あることではないが、度々あることではある。

 その時にこの剣はあなたの道を切り開いてくれるだろう。


 あなたはこの剣を自分のものにしたかった。

 金額を査定してもらって、その分の額を仲間たちに分配しよう。

 地面から剣を引っこ抜きつつ、あなたは仲間たちにそう説明した。


「いいんじゃない?」


「よさげな剣でしたけど、そこまで頑丈なんですね。いいんじゃないでしょうか」


「私はバスタードソードがありますので」


「いいんじゃないか。私はこの剣以外を使うことはありえんからな」


 とのことなので、めでたく剣はあなたのものとなった。

 後々、鞘を職人に注文しなくてはいけないだろう。

 とりあえずは『ポケット』に放り込んでおく。


「こっちは銃ですよね」


「銃口が信じられんくらいでかい」


「撃たなくなったのはなんだったのかしら。弾切れ?」


「みたいですね。ここが弾を入れるところみたいですけど、何も入ってないです」


 ホルスターインしたのは弾切れが理由だったのだろう。

 再装填を試みようにも、距離が近すぎた……予備弾倉を持っているようには見えないが。


 足元に散らばっていた使用済みの薬莢を検分してみる。

 先ほどドラグーンから回収した拳銃の弾薬とは次元の違う大きさだ。

 余裕であなたの手からはみ出すほどの大きさだ。

 常識的に考えて携行運用すべきサイズではない。


「私は銃とか詳しくないのだが、これはどういうサイズなんだ」


 あなたはたぶん20mm弾じゃないかなと答えた。

 弾頭がないので正確には不明だが、直径はおおよそそのくらい。

 薬莢の長さがおよそ8センチほどなので、定番の表記だと20×80mmと言うことになる。

 あるいはすでに滅びた単位系を使った表現だと、75口径弾だろうか。


「75口径……強いのか、それは」


 普通は人間が手で持って使うものではない。

 ただ、反動とか重さを無視すれば、威力が絶大なのは間違いない。

 このくらいのサイズだと、内部に火薬を仕込めるので榴弾にできるし。


「75口径、か……」


 だが、弾はもうない。作れるかもわからない。

 まぁ、内部機構などを連発式銃の参考にできるかもしれないが……。

 どこの好事家に売りつければいいのだろうか?

 現金化するのはなかなか難しそうな気がする。



 さておき、次に鎧の方の検分に入る。

 とりあえずは脱がせてみようとするが、どうも脱がせそうにない。

 体の断面から内部を覗き込み、あなたは内臓を引きずり出してみる。


「ウッ……」


「ウワッ……!」


 仲間たちが呻いたり吐き気を催したりしているが、一顧だにせず内臓の検分をする。

 肺、心臓、腸管、胃、そして肝臓や腎臓……粗方の内臓を取り出し終え、さらに手を捻じ込む。

 おそらく頭部のある部位にまで手を捻じ込み、その中身を引きずり出す。


「おい、もうやめろ……モンスターと言えど、死者を冒涜するのは……」


 べつにそう言うつもりはないのだが。

 まぁ、粗方の中身を取り出し終えたので、あなたはそこでやめにする。

 手についた灰色の肉片と血を洗い流しつつ、あなたは結論付ける。

 これは人間だ。それも、体格に秀でた若く健康的な女性であると。


「え……?」


 内臓類が類人猿のそれでありつつ、脳容量が極めて多い。

 あなたの知る限り、この特徴を持つ生物は人間の類だけである。

 つまり、これは特異な状態に体表が変化したミュータントの人間だと思われる。


「たしかに、形態は人間そのものだ……身長200センチを超える女と言うのも珍しいが、居ないことはないからな」


 まさか、ここまで踏破出来た人間があなたたちに襲い掛かって来たわけではないだろう。

 つまり、ダンジョンと言うのは、人間ですらモンスターとして創り出す。

 他のダンジョンでもそう言うことがあるのだろうか?

 あなたの中でダンジョンの謎についての興味が鎌首をもたげた。


「人間……人間がダンジョンで造られる……そんなことが……」


「彼女はどこからきて、どこへいくんだろうか……彼女は何者だ?」


 他のメンバーたちも、ダンジョンの謎について考え込んでいる。


「…………なぁ。あなたはこの手のものに詳しいようだが……」


 レウナの問いに、あなたは頷く。

 銃火器についてはそれなりに詳しい。

 冒険者もよく使う商売道具だ。

 使うかはともかく、対処法として知っておきたい。


「コレは、あなたから見てどれくらい進んだ代物だ?」


 問われて、あなたは首を傾げた。

 銃火器の良し悪しくらいは分かる。

 だが、その先進性について問われると、よく分からない。


 もっと小口径の銃ならまだわかったかもしれないが……。

 こんなバカげた大口径弾を使う携行式の銃なんて他に例を知らない。

 そのため、あなたは素直に分からないと答えた。


「常人が使うことはありえない、バカげた代物…………」


 レウナが考え込むような仕草をする。

 なにか心当たりでもあるのだろうか?


「星屑戦争を戦い抜いた者たちの中に、『グレイスメイデン』を名乗る集団がいた。彼らは銃火器を主たる武器として使う集団だったが……」


 まさかこんなバカげた銃を使っていたのだろうか?


「ああ。だが、彼らはこんなうすらでかくなかったし、この程度ではなかった。だが、彼らは自分たちと似たような銃を使う兵士について言及していて……もしや、コレがそうなのかとな」


 すると、その『グレイスメイデン』なる集団の知る存在。

 おそらくは、外の世界に存在している人間の集団が、このダンジョンにモンスターとして現れていると?

 外の世界にもいる霜巨人が、4層は『氷河山』に居ることを思えばありえないことではないが……。


「だが、それは…………」


 レウナが考え込んだまま、口を噤んだ。

 あなたはどうしたのかと尋ねた。


「……なんでも、ない。あまり、考えたくない……忘れろ」


 レウナの顔色が酷く悪い。あなたはひとまず落ち着こうと提案した。

 敵の死体を『四次元ポケット』にまとめてぶち込んで隠し、小休止を取ることにした。


 湯で蒸らした茶葉を、温めたミルクへと放り込む。

 くつくつと遠火で茶葉を煮詰め、シチュードティーを作る。

 そこにとろーりと甘いハチミツをたっぷりと垂らし、よく混ぜる。

 それをカップに注いで全員に渡し、軽食のクッキーを提供する。


「うん、おいしい。ほっとするわね」


「ハチミツたっぷりで贅沢ですねー……ああ、おいしい……」


「クッキーもおいしいです。このラチの実って、エルグランドにしかないんでしたよね」


 みんなが喜んでお茶とクッキーを消費する中、レウナだけが静かにシチュードティーを呑んでいる。

 あなたは話したくないなら構わないのだが……と前置きしつつ、レウナに先ほど懸念していたことについて尋ねた。


「あまり考えたくないと言ったろう。だが……いや、これは私のワガママだな。分かった、話そう」


 レウナはそのように答えて、話しはじめた。




「彼女には以前話したが、私は星屑戦争と言う大戦に参陣したことがある。今から5年ほど前に起きた大戦だ」


「空より数多の星屑が降り注ぎ、それは恐怖の大王となりて地を浚えた。そのように伝わっているそうだ」


「実際のところは、違う。降り注いだ星屑は敵ではなく味方だった。敵は、初めからアルトスレアの大地にいた」


「それらは自らたちを、無限の光の教えに帰依するもの……『無限光教団』と名乗っていた」


「アルトスレアを無限の光によって教化する……そのように言っていた」


「無限の光とは無限の命。すべての生ある者が、かつえず乾かず、永遠とわの命を謳歌することが出来ると謳った」


「やつらは、『泣き女バンシー』や『涙の女ティアーズ』とか言うバケモノを使役していた」


「それに食われることで、永遠の命を謳歌できる。永遠の楽園に辿り着けると称してな」


「もちろんそんなもん信じるアホもおらん。なので、やつらは無理やり食わせた。ゆえに、私たちは戦った」


「戦ううちに、私たちは『無限光教団』の本拠を突き止め、そこを襲撃した」


「そこで、私たちは知った」


「連中が無限の光と呼んだものの正体をな」


「いつかのどこか。愚かな者たちが絶対的な力を欲した」


「ただの1つで、全ての解となり得るもの。究極の兵器を求めた」


「そうして創り出されたもの。それは、暴走する命そのものだったという」


「凶悪な捕食本能と攻撃性を持ち、自己増殖を繰り返し、致命的な速度で進化し続けるもの」


「あらゆるすべてを侵食する、波であり粒子である、星を喰う魔物『アルメガ』」


「連中の言う、無限の光の正体とは、それだった」


「……あの化け物のことは、あまり、思い出したくない……口にすることすら憚られる……」


「……さしもの愚か者たちでも、ただ作っただけで使おうとするほど愚かではなかったという」


「……アレには、それと対を成すように造られた究極の機械兵器が存在した」


「『インメタル』。そう呼ばれる代物だったそうだ」


「いずれかが暴走した時、もう一方がそれを鎮圧する。つまりは、安全装置だ」


「そしてある時、どちらかが暴走した。それがどちらなのかは、わからないが」


「この宇宙の開闢より1度としてあり得なかった究極の激戦があったという」


「その果てに、アレはこの惑星に落着した」


「アレはそれ以来、虎視眈々と復活の時を待ち続けていた……」


「『無限光教団』とは、復活のための手駒だった。その中には、かつてアレが捕食し、取り込んだ者たちがいた」


「リンカーやサイバネナイト、ナノトルーパー、サイキックソルジャー……そのように呼ばれる者たちだ」


「アレを創り出した者たちが、アレ以前に兵士として創り出した者たち」


「そのリンカー以外の者たちが使った、サンダラーと総称される銃器は、75口径を基本としたと言う」


「この、ダンジョンは……アレの手駒たちが、潜んでいるんじゃ、ない、のか……?」


「最奥に、アレがいるんじゃ……」


「考えただけで、吐き気がするほど怖い……」


「助けてくれ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る