9話

 このダンジョンに、超ヤバい兵器の尖兵がいるかもしれん。


 レウナの話を要約すると、そう言うことになる。

 まぁ、内容はなんとなく大体わかったような気がする。

 その上で、なんでこんなに怯えてるんだ? とあなたは首を傾げた。

 なんだかよく分からないが、レウナが怯えているなら助けるのは当然だ。


 いざとなったら、あなたが全力で戦おうではないか。

 惑星がどうとかのスケール感がいまいち分からないが……。

 あなたが本気でぶん殴って壊せないものなどないし。

 全力の魔法で吹き飛ばせないものだって存在しない。

 なにも怯えることはない。すべてあなたに任せればいい。


「ふふ……それは頼れるな……」


 などと儚げに笑うレウナ。あんまり信じていないっぽい。

 まぁ、そのあたりは実績で示す以外にないだろう。

 あなたはとりあえず、レウナにこのまま撤退するかと提案した。


 怯える者を無理やりダンジョンに引き連れていくわけにもいくまい。

 レウナの離脱は戦力として大変な痛手だが、やむを得ないことだ。

 戦意のない者を戦場に立たせれば、双方にとって不幸なことが起きる。


「いや……大丈夫、だ。考え過ぎかもしれんからな……本来、もう、死んでいるはずなのだからな、アレは……」


 青白い顔で力なく笑うレウナ。なんとか励ましてやりたいが……。

 しかし、実力制限中の今、安心させるべく圧倒的パワーで敵を屠ることはできない。

 あなたはどうしたものかと頭を悩ませた。




 次の玄室へ進む。

 前回とは異なるドラグーンとの戦闘となった。

 より重装甲、より重量級の武器での戦闘だった。

 まぁ、丁寧に回り込んで足を叩き壊したら好き勝手分解するだけだったが……。


 さらに次の玄室では、再度2度目の人間サイズの敵との戦闘だった。

 呼び名に困ったので、フェイスレスと呼ぶことにした。なにせのっぺらぼうなので。

 今度は1人ではなく2人に増えていたが、あなたとサシャで1人ずつ分担して無事勝利した。

 剣戟か銃撃、いずれも喰らえば一撃必殺の威力があったので、中々冷や汗ものの戦闘が続く。

 1度、サシャが腕を根こそぎ吹き飛ばされたが、それ以外はノーダメージで済んだ。


 レインとフィリアは、魔法による攻撃はほぼ無意味と断じ、種々の妨害に専念してくれていた。

 特にレインの『疲弊』の乱射が助かった。喰らえば筋力がガタ落ちする呪文だ。

 以前あなたもザリガニに使った呪文で、この呪文は喰らったら確実に効く。

 効果を半減させることはできるが、無効化することはできない。

 そのため、気合で全部避けなくてはならず、当たれば弱体化する。

 必然、動きを阻害されるので、こっちは攻撃を当てやすくなる。

 

 呪文の制圧能力も助かるが、妨害や支援も実に助かる。

 戦士としての戦いを主体にしていると、そのありがたさが骨身に染みる。


 そうして玄室をいくつもクリアしていく。

 すると、銃が未使用のまま敵を倒せたりすることがある。

 銃弾を回収して、こちらでも使用可能な状態に持ち込めた。

 使うかはともかく、弾とセットなら高く売れるかも。


 敵はドラグーンか、フェイスレス。その2種類のみ。

 レウナ曰く、かつての『無限光教団』は種々の敵を繰り出して来たと言うが。

 一応ドラグーンは3種類いる。だが、フェイスレスは1種類のみ。

 特にフェイスレスは装備以外は常にまったく同じだった。


「違うのかもしれん」


 ざっと10個ほどの玄室をクリアしたところで、レウナがそう言い出した。

 顔色が先ほどよりも随分といい。


「違うかもしれないって?」


「うむ……リンカーやナノトルーパーと言った兵士自体は、絶対に『無限の光』由来と言うわけではない。元々、人類が創り出した兵士だからな」


「アレを人類が作ったって言う方が信じられないけど……」


「このダンジョンは、なにかの偶然でそれらを取り込んで、それを再現するようになったとか……なんかそう言うアレなのかもしれん」


 なんかそう言うアレ。

 レウナにしてはふわっとした物言いである。

 未確定なことは断言せず、断言できることははっきり言い切る。

 軍の指揮官のような、白黒つける物言いをするのだ。

 よっぽど『アルメガ』なる存在の可能性を否定したいらしい。


「実際、ダンジョンがどういう仕組みの代物なのかは分からん。無からモンスターが産まれるなら、惑星の外の存在を参考にしていてもおかしくはない」


「そう、なのかしら……?」


「まぁ、異次元のモンスターが出現するダンジョンもあるとのことですから、あり得るのかもしれません」


「別の星と別の次元って、どっちが遠いのかしら……?」


「え、さぁ……?」


「だからきっと、アレはいない。うむ、問題ない。よし、行くぞ。ほらほら、行くぞ行くぞ」


 レウナのテンションがやや……いや、かなりおかしい。

 いつもならパーソナルスペースが広く、レウナは人に近寄らない。

 だが、今日に限ってぐいぐいとあなたの背中を押して来る。

 いつもは部屋の端から端が適切な距離と言うくらい距離を取るのに。


 まぁ、空元気でも元気が出たならよかった。

 あなたはそう頷いて、次に進むことにした。



 都合15の玄室を突破した。

 そして、あなたたちの前に、階段が現れた。

 この8層も終わりということだろう。

 あなたたちは9層に降りる前に、休息を取ることにした。


 気温は暑くも寒くもなく、風も無い空間だ。

 体温の放散を防ぐように毛布さえ被れば安眠可能。

 そして、玄室型ダンジョンは、玄室以外に敵が出現しないのが基本だという。

 絶対にとは言い切れないが、階段のあるこの空間は安全地帯と考えてよさそうだ。

 飲酒こそ控えるが、盛大に飲んで食べて、次の階層への鋭気は養える。




 エルグランド料理ではなく、マフルージャ料理が食べたい。

 あなたとレウナ以外の3人がそんな要求をして来た。

 もちろん、あなたはその要望に応えることが可能だ。


 屋台で呼び込みをしているおば様に声をかけられれば、あなたは食べる。

 たとえそれが、明らかに不衛生で不味そうであっても。

 美食で腹をいっぱいに満たして、食べたら張り裂けそうであっても。

 そのため、あなたはマフルージャ料理の味をよく知っている。

 まぁ、屋台飯にレパートリーが偏りがちなのはやむを得ないだろう。


 米粉で作った麺を茹で、牛の骨を煮込んで作ったスープをかける。

 そこにお好みで各種のハーブを散らし、香味油を垂らす。

 マフルージャの定番料理、ボルティヤの完成である。

 ちなみにボルンとは、ボールン・ヨティヤの略だ。

 ボールンは牛の骨。ヨティヤは米の麺。シンプルな略語である。


「うわぁ、ボルティヤ! ほんとにマフルージャ料理ですね!」


「あら、いいわね。2日酔いになった時は、レモンをたっぷり絞ったボルティヤを啜りに行ったものだわ」


「揚げパンもあるんですね。うん、さくふわでおいしいです、お姉様」


 ボルティヤにつくことも多いマフルージャ式の揚げパンも用意した。

 なくても構わないが、あると100点が120点になるとのことなので。

 パン屋の膨らし粉を使ったサクっとふわっとした食感が美味しく楽しい。

 

「うん……うまい……屋台飯と言う感じだなぁ。うまい……」


 しみじみとレウナもボルティヤを啜って食べている。

 エルグランドではなかった食習慣だが、麺類は啜って食べてOKなお国柄らしい。

 正直あまり愉快ではない食べ方だが、異邦人なのはあなたなので文句を言うのも違うだろう。


「アルトスレアの屋台って、どんな食事を出してたの?」


「いろいろだが。サンドイッチが多かったな。あと、串焼き。紅茶やコーヒーの屋台もあって、そこでは焼いたイモが売られていることが多かった」


「へ~」


「子供の頃……『トンネルワーカーズ』を立ち上げたばかりの頃は、よくそうした格安屋台で空腹を満たしたものだ。イモとはまこと労働者の味方だ」


 懐かしむような面持ちでレウナが溢す。

 アルトスレアの寒冷な方面の生まれとのことなので、暖かなイモは余計に美味かったことだろう。


「そう言えば。ジルの家の厨頭くりやがしらのケイを知っているか」


 あなたは知っていると頷いた。

 なんか立派な角が生えた美少年だ。


「彼は昔……いや、今も、か? まぁ、よく屋台を引いていたことがあったんだ。彼の屋台は安くて旨くて最高だった」


「へ~。そんなに?」


「ああ。銀貨1枚でチーズとベーコンを挟んだイモを売っていた。あれは美味かったな……」


 それはたしかに安い。ただの焼いたイモでも銀貨1枚……1ネルーが相場だ。

 そこにチーズとベーコンまでも挟んで1ネルーなら激安と言って相違ない。


「リフラとキャロラインと共に、よく彼の屋台の世話になった」


「たしか『トンネルワーカーズ』ってチームの創立メンバーだったわね」


「ああ。2人とも信じられないほど胡散臭いガキだったが、筋の通ったやつらだった」


「仲間に対する評価じゃないと思うんですが……」


「だが、胡散臭かったんだ……最初の頃は必死こいて下水道を掃除しては、100ネルーぽっちの報酬をもらっていたものだ」


 100ネルーと言うと、銀貨100枚相当。金貨で言うと10枚だ。

 下水道掃除は、危険な野生動物や、時としてアンデッドの危険性がある。

 それを踏まえて考えると、不衛生で危険な上に低報酬と最悪の仕事である。

 まぁ、一般庶民の仕事よりはよほど高額の報酬だが……。


「汚れたガキ3人組で泊まれる宿も無いし、屋台も追い払われることの方が多かった。ケイはそんな私たちに嫌な顔せず商品を売ってくれた」


「いい人だったんですね」


「ああ。食い物の恩とは、早々忘れないものだ。そう言う意味では、大和と言う可哀想なやつもいいやつだった」


「ヤマトねぇ。変わった響きの名前ね」


「頭の具合が、少し、アレな女でな……フィリアを少し小さくしたような体形のやつだったんだが」


「はい」


「そんな体形してるくせに、俺は男だと常々主張していてな」


「ええ……」


 それはたしかに頭の具合がちょっとアレである。

 フィリアより少し小さいくらいの胸があったら男を名乗るのは無理がある。


「だが、料理はとにかくうまかった。台所事情が火の車の『トンネルワーカーズ』で、うまい賄い飯を腹いっぱい食わせてくれる凄いやつだった」


「元はどこかのコックとかだったのかしらね」


「さぁなぁ……その相方のジョージは、大和より豊満だったがあいつも男だと主張していたな……」


「変なコンビね」


「面白いやつらではあったぞ」


 そんな調子で、レウナは食事をしながら、アルトスレアの冒険で知己を得た者たちの話をしてくれた。

 かつての戦いを思い返して、仲間たちを懐かしむように。

 あるいは、自分が守った者たちを振り返るかのように。


 食事の後は、暖かい茶を嗜みながら話を続け。

 やがて、サシャが寝入り、レインもフィリアもそれに続き、やがてあなたとレウナだけになる。

 レウナが話を止め、あなたを見つめる。

 あなたはしずかにレウナを見つめ返す。


 しばらく。10分か、20分か。あるいは1時間か。

 沈黙を共有し合った後に、レウナが口を開いた。


「私は、生まれてこの方、死ぬことを恐ろしいと思ったことがない」


 突然の告白に首を傾げつつも、あなたも同感だと頷いた。

 あなたにとって死はあまりにも近い。それゆえに怖いと思うことはない。

 好き好んでそうなりたくはないが、死ぬことを恐れるほどではない。


「だからと言って、死にたいわけではない。かけがえのない友たちと生涯を歩いて行きたいと、そう思う」


 それは当然だ。あなたは同意の頷きを返した。


「だが、浅ましくも生にしがみつきたいとも思っていないのだ」


 レウナの黄金の瞳が焚火の輝きを受けて妖しく光っている。

 どことなく、神聖を感じる色だ。おそらくは、ラズル神の加護か何かがあるのだろう。


「この胸の中で脈打つ刹那の鼓動。その僅かな瞬きの中に私が生まれ、息つく暇もないうちに滅び去るとしても……私は後悔しない」


 ふと、レウナのそのカラーリングが、違って見えた。

 亜麻色の髪に、緑色の瞳をした少女が映って見えた。

 思わず目をこすると、一瞬後には灰のような白髪と黄金瞳の少女が映っていた。


「死とは、衣替えをするようなものだ。春になればコートを脱ぎ捨てるように。死ねば肉の身を捨てる。それだけのことだ。恐れる必要はない」


 そう溢してから、レウナが俯いた。

 そして、震える声で、つぶやく。


「私はすばらしい人生を生きてきた。苦労を分かち合った友がいて、命を預け合った仲間がいて、愛する家族がいた」


 心底から誇らしいという顔で。それでいながら、泣きそうな表情だ。

 震えた声で紡ぐのは、誇りに満ちた宣言。だが、同時にどこか悲しい。


「だが、そんなすばらしい人生も、やがて時の中に消える。降り頻る雨の中に零した哀しみのように」


 諦観だ。レウナには諦観があった。

 自分の人生、生涯に、何も意味などないと、そう言う諦観が。

 自分を肉の塊が偶然意識を持っただけのできそこないだとでも思って居るような。

 その上で、よりよく生きたいと、心底から願っている。

 それは、ある意味で途方もなく強い生き方だった。


「死ぬことは恐ろしくない。だが、いつか忘れられることが、私は恐ろしくて、悲しい」


 人間が本当に死ぬのは、忘れられたとき。そう言うやつだろうか。


「そうかもしれない。だから……友よ」


 あなたは頷く。友の声に耳を傾ける。


「私のことを、憶えていてくれるか。あなたに純潔を捧げた死に損ないがいたことを、憶えていてくれないか」


 忘れない。絶対に忘れない。

 レウナみたいな強烈なキャラの女の子を忘れる方が難しいし。


「そうか。なら、安心した……」


 そう言って、柔らかにレウナは笑った。

 あなたもまた、笑った。

 たとえ今生の別れが訪れても。

 この瞬間を忘れないために。

 この瞬間を過ごしたことを、善き思い出にするために。


 あなたたちは、静かに笑い合った。

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