10話
「そう言えば、この階層の名前って決まったの?」
翌朝……日が暮れも昇りもしないダンジョン内で朝もないが……。
ともあれ、休息からの起床後、お茶とパンを食べながら、レインがそんなことを言い出した。
そう言われてみて、この階層には未だ名前がないことをあなたは思い出した。
今までの階層には到達した先人たちがいた。
この階層には……いたのかもしれないが、記録は残っていない。
それはつまり、帰って来れなかったと、そう言うことだ。
であるからして、この階層に名をつけるのはあなたたちだ。
まぁ、その命名が知れ渡るのは、帰還してからのことになるが。
つまり帰るまでが冒険ですと、そう言うことだ。
あなたはちょっと考えてから『無機玄室』と答えた。
ただ、あくまであなたの印象で名付けたものでしかない。
他のメンバーたちにも命名の権利は当然あると付け加えた。
「なら、私は『兵器庫』を推すわ」
「う~ん……ダンジョンって、慣例的に神話由来とかの命名はしないんですよね……見たまんまをシンプルに表現するというか」
「気取った命名するとバカにされますからね……『巨兵工廠』とかどうですか?」
「『格納庫』」
だいたい似たり寄ったりな意見のようだ。
あなたは講評は地上の連中に任せようと話を切り上げた。
べつに、どれか1つに絞らないといけない理由もない。
チームの意見を統一することは大事なことではある。
だが、なんでもかんでも統一する必要もない。
そんなことしても意識の抑圧にしかならないし。
「これに引き続いて、9層の名前も考えなきゃいけないのよね」
「パッと分かりやすい名前がつけられるといいんですけどね」
「9層で終わりでしょうか。それとも10層以降もあるのか……楽しみですね」
みんなが口々にこれ以降の層について語る。
あなたも楽しみだ。未踏破だというこの迷宮、奥底には何があるのか。
あなたはパンを口に運びながら、冒険の再開を心待ちにした。
よく食べ、軽く食休みをした後、冒険を再開する。
8層『無機玄室』ではバラケの出現が確認できなかったので、9層もそれを考慮する。
つまり、まずあなたが1人で9層に入ってみて、ざっと状況を把握。
バラケがいる可能性が高いならば、以前と同様に『空白の心』を使用する。
いなさそうであれば、そのまま進む。金貨900枚の節約は捨てがたい。
9層に入り込んだあなたが見たものは、広大な墓地だった。
一辺が300メートルはザラにありそうなほど広々とした空間。
軽く30メートルはあろう高さの天井からは燦燦と日光が注いでいる。
この激甚なまでに広大なその空間を埋めるものは、死体。
壁に埋め込んだのか。あるいは、そのように掘り出したのか。
壁から何百と突き出している分厚い1枚板の上には、巨大な遺骸が乗っている。
それはかつて、翼持つ巨躯であったことを物語る姿形をしている。
強靱であったろう四肢、天に羽ばたいたであろう翼、そして如何なるものをも噛み砕いただろう牙……。
ドラゴンとして、最上位の成長段階にまで成長した個体だろう。
それもおそらくは老衰で死去した、数千年を生きた個体群だ。
薄皮も鱗も残り、水分が抜け切って皮膚が劣化した以外は生前の姿を残している。
今にも動き出してきそうな……そんな威容すらも感じさせる。
収められた遺骸の数は、100を下らないだろう。
ミイラ化した遺骸の他にも、頭蓋骨だけが積み上げられた箇所もある。
スペースの問題か、あるいは取り戻せたのがそこだけなのだろうか。
はたまた、いずれかの墓地から移設して来たような印象がある。
そして、その墓所を守るかの如く、中央に鎮座する者。
それは豪壮なる巨躯を誇り、しなやかな体躯には鋼のような筋肉が備わっている。
皮膚を覆う数多の鱗は美しく光を散乱させ、宝玉のごとく輝いている。
数多の鋭い牙の覗く口からは、ちろちろと火炎が漏れ出している。
生きたドラゴン、それも見たことのない種類のドラゴンだった。
まるでダイアモンドのごとく透き通って輝く鱗からすると、ダイアモンド・ドラゴンとでも言うべきなのだろうか。
カラードラゴン、メタルドラゴンと言った大別で言うと、どちらなのだろう?
ジェムドラゴンとかジュエリードラゴンと言う区別は聞いたことがないし。
あなたは首を起こしてこちらを静かに見据えるドラゴンを眺める。
身を横たえている姿はかなり無防備で、芸術品の如き美しさがある。
あなたの存在を認識してはいても、敵と認識してはいないような雰囲気だ。
それは強者の傲慢か、知者の寛容か……いずれにせよ、理性的な存在であることは間違いなさそうだ。
しかし、このドラゴン。EBTGで戦って、勝てるだろうか?
あなたにはちょっとわかりかねた。
このドラゴン、見たところそれほど年経た個体ではない。
体躯から見て、壮年期か、あるいは老年期に入りかけか。
だが、まったく初見のドラゴンなので、その脅威度は計り知れない。
ドラゴンは種類によって基礎戦闘力に結構なばらつきがあるものだ。
たとえばホワイトドラゴンとレッドドラゴンでは別格と言えるほどの差がある。
同じ年代であれば、まず間違いなくレッドドラゴンが圧勝するほどの差だ。
このダイアモンドドラゴンが、ホワイトドラゴンくらいの基礎能力だとしたら。
EBTGでも、まぁなんとか勝てるだろう、くらいの強さだ。
だが、レッドドラゴンくらいの基礎能力だとしたら。
EBTGは確実に負ける。一矢報いるどころの話ではないだろう。
瞬殺されはしないだろうが、勝てる勝てないで言えば勝ち目はほぼゼロだ。
EBTGは順当に強い種類のチームなので、そこらへんの予測はしやすい。
特定状況で圧倒的な爆発力とか、奇策に嵌めれば大物食いが出来るとか。
そう言う際立った特質を持つようなチームではないのだ。
まぁ、ここは1つ、仲間たちと相談すべきか。
あなたは引き返し、8層へと戻っていった。
「宝石のように輝く鱗を持ったドラゴン……まさか、プラチナムドラゴンとか言わないわよね」
プラチナムドラゴンはもっと、こう、落ち着いた感じの輝きだ。
なにより、プラチナムドラゴンは極めて強大なドラゴンであり、同時に神格でもある。
こんなダンジョンなんかにまずいるはずのない存在である。
「まぁ、そうなんだけど」
「うーん……宝石のように輝くドラゴン……強さも不明……サシャちゃんはなにか……」
「いえ、まったく……何か固有の特別なドラゴンにしても、プラチナム・ドラゴンとか、クロマティック・ドラゴンとかなわけですし……」
「加齢で鱗が退色したドラゴンって線は? じつは超高齢のシルバードラゴンとか」
「だとしたら私たちが勝てる可能性が1ミリも無くなりますけど……」
「それもそうだわ」
超高齢となると、始原のドラゴンとか、プリモーディアルとか色々な呼び方がある。
割とあちこちで呼び名の流儀が違うようで、プリモーディアルクラスと言うのはこの大陸ではじめて聞いた。
他大陸だとグレートワームとか、エインシャントとか……エルグランドでは年齢別に呼び分ける慣習がないし。
「とりあえず叶う限りの準備をした上で、ひと当てしてみるしかないのではないか」
そのようなレウナの提案に、誰ともなく頷いた。
実際、ここで延々と駄弁っていてもなにも始まらないのだし。
レインとフィリアが種々の魔法を叶う限り最大の力でかけてくれた。
そしてその上で、フィリアとレウナは安全策を取ってもらうことにした。
フィリアが居れば万一の時には格安で蘇生が叶うし。
レウナが居れば致命傷を負っても確実に回復してもらえる。
ひと当てするにあたってのメインを張るのは、あなたとサシャだ。
あなたとサシャ、そのどちらかが無謀と判断すれば引く。
そのように取り決めて、あなたたちは9層へと突入した。
9層に突入し、あなたたちは輝く鱗のドラゴンと対峙する。
ドラゴンは地に投げ出されていた頭部を持ち上げると、あなたたちを一瞥した。
そして、頭だけを持ち上げた状態で、そのドラゴンは静止した。
やはり、一見してみても、どちらのドラゴンか判別がつかない。
世の中には、そのどちらにも該当しないドラゴンもいることにはいるが……。
しかし、そうなるともはやそれは特異個体であり、一般知識ではないのだ。
「先ほどは長きに渡るまどろみが見せた夢かとも思ったが、こうも短き間に再びとあらば呆けたわけではないようだ」
その声は、重たげでありつつも可憐な声音だった。
どうやらメスのドラゴンだったようで、巨躯に見合う重い音だが、比較的高い声音だ。
4層でも霜巨人が決闘を持ちかけて罠にハメて来たが……。
叶うことならば、会話して情報を引き出したいものだが……。
人と造詣があまりにも異なる顔ながらも、戦意が満ち満ちていることがありありと分かる。
理性的でこそあれ、好戦的でもあるのだろう。
まずは対話から、などと言って通じそうにはない。
「私の名はドゥレムフィロア。
身を起こし、その翼を広げるドゥレムフィロア。
ぎらぎらと輝いて見えた鱗が、ほのかな光を宿す。
天井から注ぐ輝きを反射しているのではない。
自らが発光し、内側から柔らかな光を放射しているのだ。
ランベント・ドラゴン。その名にふさわしい姿だった。
呪文回路が構築される。極めて高位の呪文。
レインが咄嗟にその解呪を試みるべく呪文を放つも、それは叶わず。
あなたとサシャが剣を手に肉薄する中、その呪文の構築が完了する。
「GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAR!!」
その呪文が発動したと同時、放たれた咆哮に乗せられた負のエナジーが迸った。
あなたは耳朶に痛みを覚え、なにか攻撃性の含まれた呪文だと理解した。
そして、あなたのすぐ傍を走っていたサシャが、走る勢いのまま地面へと倒れ込んだ。
しかと握り締めていた剣が手を離れ、甲高い音を立てながら転がっていく。
「あっ」
背後からレインのなんだか間の抜けた声と同時、どしゃりと人が倒れる音。
それから、サシャとレウナの苦しむ声が聞こえた。
極めて広範囲に及ぶ攻撃性能の高い呪文であることがわかる。
あなたたちEBTG、そのメンバー全員を射程に捉えるとは。
この部屋全体が効果範囲と考えてもよさそうだ。
「ふーむ……振るい落としに3人が無事であるならば、私の前に立つ資格は十分と言えよう。だが……そう易々と眼前に立たせるのも竜の名折れと言えような」
その稚気を含んだ言葉と同時、新たに構築される高位の呪文。
肉薄して打撃を叩き込み、呪文構築を中断させるにはやや遠いか。
ドゥレムフィロアの顔、その前面から放たれる、4つの火球。
おそらくは『魔流星』。
9階梯の呪文であり、知名度のある呪文の中では最強の攻撃性能を持つもの。
端的に言って、3階梯呪文の『火球』を4発発射するのに等しい呪文だ。
その4発の火球のうち、2発があなたへ。そしてもう2発があなたの背後へと飛んでいく。
これを通せば、背後のレインとフィリアがどうなるか分からない。
おそらくレウナはなんとか切り抜けるとは思うのだが。
あなたはやむを得ないかと、自分に向かって来る火球はそのまま放置した。
その代わりに、背後へと飛んでいく火球に向けて『火球』を放った。
直撃し、起爆する呪文。
空中で炸裂して火のエナジーが舞い散る。
そしてあなたに直撃した火球が炸裂する。あたたかい。
そう言えばダメージを喰らった際はどうするか、考えていなかった。
サシャと同程度の剣士ならば、割と痛手を負った計算になると思うが……。
まぁ、いい。これはどうせひと当てしての実験でしかない。
多少攻撃を喰らったら、負けたということにして撤退としよう。
「ほう……仲間を守ったか。よき、勇士だ」
やや煤けたあなたはドゥレムフィロアの眼前に立つ。
もはや、魔法を好き勝手放てるような距離ではない。
魔法を使おうとすれば、その前にあなたの剣がドゥレムフィロアをぶん殴るだろう。
「参れ。叙事詩が如き戦いを演じるとしよう――――!」
あなたは背後のサシャが矢面に立ってくれていればよかったのだがと思いながらも、ドゥレムフィロアとぶつかることを選択した。
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