11話

 あなたへとドゥレムフィロアが勢いよく襲い掛かってくる。

 その鋭い牙による力強い噛み付きをあなたは跳んで避ける。

 続けざまに放たれるのは、太く強靭な筋肉を備えた腕。


 1つ1つがダガーのように鋭く凶悪な爪があなたを襲う。

 右と左の爪撃。意外なことに、力任せのそれではない。

 打撃を連携として組み立てる術理の下に放たれた連撃だ。

 あなたは剣によって軌道を反らしつつ、自身も身を躱す。


 面白い、と言わんばかりの顔でドゥレムフィロアが鋭い牙を覗かせる。

 ぶわりとその背に生えた翼がはためいたかと思うと、あなたへと襲い掛かった。

 爪や牙があるわけではない翼だが、その巨躯を飛翔させる力の源だ。

 無論、翼による羽ばたきだけではなく、魔法的な力も合わせてのことではあるが。

 風を捉えて羽ばたける強度を持つ翼は、十分な打撃力を乗せることが可能である。


 あなたはそれを敢えてドゥレムフィロアの懐に潜り込むことで躱した。

 あなたの剣の間合いに入り込み、あなたは弓のごとく引き絞った刺突の構えを取る。

 繰り出した剣戟を前に、ドゥレムフィロアはいっそ流麗なほどに身を翻した。


 あなたの剣がドゥレムフィロアの鱗の表面を滑っていく。

 いや、鱗ではない。その仄明かりを灯していたものが、涼し気な音を立てて削り取られていく。

 宙を舞った白い輝きは、きらきらと光を反射している。

 ドゥレムフィロアの体表を覆っていたものは、氷だったのだ。


 あなたが思わずそれに目を奪われていると、横っ腹に衝撃。

 あなたの足が地面から離れ、壁まで勢いよく吹っ飛ぶ。

 どごんと音を立てて壁に激突し、あなたは何事かと首を捻った。

 腕と翼の打撃は躱し、ドゥレムフィロアの体勢は泳いでいた。

 もはやあなたを打ち据えられる部位などないと思ったが……。


 そう思って見れば、ドゥレムフィロアの尾が揺らめいていた。

 どうやら、その尾で打ち据えられたらしい。

 そう言えばドラゴンには尻尾なんてものがあるのだった。


「ふぅむ? 恐ろしく重い尾応え……何か秘密があると見たが」


 最高位呪文を使いこなす高度な術者としての能力。

 そして、それを上回る圧倒的な肉体能力。

 その肉体能力を十全に使いこなす戦士の技術。

 ドゥレムフィロアは凄まじい強敵だった。


 戦士としての技術は、そう高くはない。

 軍の精鋭部隊とか、その程度だ。

 弱くはないものの、冒険者に比べて圧倒的に見劣りする。


 だが、ドラゴンと言う極めて強大な肉体能力を持つ種族がその技術を持つ。

 下手に技術に凝らない、肉体能力を十全に使いこなすだけの技術。

 上手過ぎないがゆえに、強い。ドゥレムフィロアの技量はそのようなものだった。


「さらに、参るぞ!」


 佇まいを直し、ドゥレムフィロアが口を開く。

 そこから放たれるのは、先ほどの『魔流星』とは次元の違う高密度の火のエネルギー。

 ドラゴンブレスによる火球が放たれ、それが炸裂する。


 あなたは炸裂するエネルギーの流れに、無秩序さを見出した。

 エネルギー密度の劣る場所へと体を捻じ込み、剣にてエネルギーの奔流を切り裂く。

 あなたの肌を熱波が撫でるも、それ以外にあなたへの損傷はない。


 そよ風のごとくドラゴンブレスを突破してのけたあなた。

 ドゥレムフィロアが牙を剥き出しにして、嗤った。


「はあっ!」


 気合の咆哮と同時、地面から突如としてそそりたつ氷柱。

 あなたは咄嗟に手にした剣を振るい、その氷柱を殴り飛ばす。

 氷塊が弾け飛び、きらきらとダイアモンドダストのごとき輝きが舞う。


 その只中を突破してくるドゥレムフィロアの爪撃。

 剣に両手を添え、それを真っ向から受け止める。躱せる距離感ではなかった。

 重たい衝撃があなたの中を突き抜け、あなたの体が押し戻される。


 ぷくりとドゥレムフィロアの喉が膨れ上がるのが見えた。

 さらにドラゴンブレスによる追撃かと身構える中、ドゥレムフィロアが地面へと顔を向ける。

 一瞬の困惑を覚えるも、あなたは遮二無二前へと出た。

 なにをするつもりか知らないが、遠距離攻撃を連打されてはたまらない。


 ドゥレムフィロアが口を開く。その口から放たれるのは、輝く吐息。

 大地を伝って、恐るべき冷たさが奔り抜けていく。

 激しい音を立てて凍結していく地面、あなたの足が氷に囚われる。


 火と氷、その2つのエネルギーを使い分けることが出来るドラゴン……!?

 あなたが驚愕する最中にも、ドゥレムフィロアのブレスは止まず。

 あなたの足を捕縛する氷が急成長をはじめ、あなたの体が氷へと覆われていく。


 気合と共にあなたは氷に覆われた体を無理やり動かす。

 それによって氷が砕け散り、あなたの体は氷の戒めより解き放たれる。


「力技とは! 生半な鋼を超える氷牢のはずなのだがな! すさまじいぞ勇士よ! それでこそ!」


 呵々大笑するドゥレムフィロアに取り合わず、あなたは剣を振りかぶる。

 ドゥレムフィロアの爪と、あなたの剣が激突。

 激しい擦過音の後、ドゥレムフィロアのダガーのごとき爪が切り飛ばされた。


 そして、追撃のあなたの剣が、ドゥレムフィロアの鼻先を切り付けた。

 表層を覆う氷が砕け、その下に存在したのはあおぐろい竜鱗。

 あなたの剣はそれすらも突破し、竜鱗によって守られていた肉身を突き破った。


「ぐぅっ!」


 ドゥレムフィロアの呻き声。噴き出す血。血の色は通常の竜と変わらぬ赤だ。

 ドゥレムフィロアが身をよじって剣から逃れる。

 翼がはためき、体を宙へと舞い上がらせる。


「はぁぁぁぁ……!」


 その全身から放射される、恐るべき氷雪のエネルギー。

 この墓所すべてが凍り付いていく。信じられないパワーだ。

 言葉を解する知性から見て、この大陸やアルトスレアの竜かと思ったが。

 この出鱈目なパワーの発揮はボルボレスアスの飛竜に類似して見えた。

 あのパワフルな大陸の生物にはこういう出鱈目をやってのける類のもいる。


 全身に叩きつけられる氷雪のエネルギーは、エルグランドの冬期を思い起こさせる。

 エネルギーの高まりは脈動であるかのように波打っている。

 そして、その高まりが最高潮に達した瞬間、氷雪の嵐が吹き荒れた。


 あなたへと襲い来る氷塊の弾丸。

 剣で切り払い、身を躱し、あなたはそれらを回避する。

 都合27の直撃コースの氷塊を処理し終えた時、ドゥレムフィロアが地面へと降り立った。


「はぁ、はぁ……! 私の、奥義のようなものなのだがな……無傷、か……!」


 荒く息を吐くドゥレムフィロアの体を覆っていた氷が消えている。

 黝い竜鱗が露わとなり、鋭く攻撃的な体のシルエットが浮き上がっている。


 あなたは背後をちらりと見やる。

 サシャは地面に倒れたまま動いていない。

 表面に霜が降りるほど凍り付いている。

 先ほどの氷雪エネルギーの乱舞の影響だろう。


 そのさらに先では、フィリアが剣に縋りつくようにしてなんとか立っている。

 レウナは白い息を吐きつつも動いているが、相当なダメージを負っていることは明白。

 レインは倒れ伏したまま動いていない。

 失敗したなとあなたは内心で溢す。


 先ほど、あなただけで偵察した際、ドゥレムフィロアは火の吐息を零していた。

 そのため、ドラゴンブレスの種別は火のエネルギーとあなたは判断した。

 それを伝えた結果、『エネルギー防護』の呪文で、火に対する耐性を得た。


 が、ドゥレムフィロアが主に使ってきたのは氷雪のエネルギー。

 対策が対策として役立っておらず、ほぼ素通りになってしまったということだ。

 安易に考え過ぎた……いや、本来ドラゴンの扱うエネルギーは1つのみだ。

 ドゥレムフィロアと言う尋常ならざる存在を知らなかった以上、やむを得ない。


 あなたは白い息を吐いて、『ポケット』から小瓶を取り出した。

 手の中に納まる小さな瓶で、蝋によって封印がされている。

 それをぽいっと投げると、ドゥレムフィロアがそれを目で追う。


 それを後目にあなたは踵を返して脱兎のごとく逃げ出す。

 瓶はただ注意を引くために投げただけだ。中身はエルグランドのポーション。


「なっ、逃げるのか!」


 ドゥレムフィロアが戸惑った声を発するが、あなたは取り合わずに逃げる。

 サシャを地面から引っぺがして担ぐと、一目散に階段へと。

 レウナとフィリアはレインを引きずって階段から降りようとしている。

 2人で足を掴んで引っ張っているものだから、頭をゴリゴリ地面に擦っている。


「逃げるな! 逃げるなァ!」


 ドゥレムフィロアがそう叫び、あなたへと火球のブレスを放ってくる。

 あなたはそれを後目に階段を降り、戦場から離脱した。






「はぁー! き、肝が冷えました!」


「寒くて耳が痛い……」


 フィリアが心臓の鼓動を治めるように胸に手を当て、レウナがへたり込む。

 あなたは2人とも無事かと尋ねつつ、サシャを地面に転がした。


「私は無事ですが……」


「ああ、私も大事ない。しかし……」


 そう言ってレウナが指差すのは、地面に横たわっているレイン。

 緊迫感のある顔つきをし、眼は鋭く開かれている。

 あなたはその鋭く開かれた目に手を当て、そっとその目を閉じてやった。

 その際、酷く冷たいレインの肉体には、生命の息吹は感じ取れなかった。

 その横に転がされているサシャもそれは同様だ。

 あなたは大きく溜息を吐き、遂に死者が出てしまったな、とぼやいた。


 ドゥレムフィロアの放った最初の咆哮。

 アレに乗せられていた致命の音波は、サシャとレインの生命の火を掻き消してしまったらしい。

 一気に生命力を削られたので、その苦痛に耐えきれずにショック死した、と言うところだろうか。


 早々あることではないが、あることはある。

 サシャなら割と余裕を持って耐えそうな気はするのだが。

 運が悪いと、そう言うこともある。世の中そんなものだ。

 ドラゴンスレイヤーが転んで頭を打って死ぬことがあるように。


「ですね……」


「うむ……」


 じゃあ、さっそく蘇生してもらえるかな?

 あなたはフィリアに触媒のダイアモンドを渡しつつ、そう頼んだ。


「用意いいですね……蘇生の儀式が必要なので、少し待ってくださいね」


「地上でやるのではだめなのか?」


 べつにそれでもいいが、運ぶのが大変なので嫌だ。

 さすがに仲間の死体を『ポケット』に突っ込むのは嫌だし。

 儀式が必要にしても、そう時間のかかるものではないというし。

 帰り道の戦闘でも経験を積めれば万々歳だろう。ただでさえ蘇生の影響で弱体化するのだし。


「そうか。んんっ……寒い。茶を淹れるか」


 しみじみとレウナがそう呟き、手早く燃料を用意しだす。

 あなたも散々氷雪エネルギーに晒されたので寒い。

 寒いのに慣れているからと言って、べつに好きなわけではないのだ。


 あなたはこのままここでしばらく休憩してから帰ろうと提案した。

 もう探索は無理だ。サシャとレインが1度死んだ以上、仕切り直しが必要だろう。


「そうだな。あれは無理攻めして勝てる相手でもあるまい……ドラゴンとはそう言う存在だ」


 まったくその通りだ。弱者の雑多な抵抗を薙ぎ払うのがドラゴン。

 知恵や工夫を振り絞ってドラゴンと戦うのは英雄譚の定番ではあるが。

 最低限の強さと言うものがなければ、知恵と工夫は浅知恵と小細工に成り下がる。

 残念ながら、あなたたちのチームではまだ浅知恵と小細工にしかなっていない。


 ここは力を蓄え、力量を底上げする時だ。

 やはり下積みと言うのはどれだけしてもしたりない。

 少なくともレインには8階梯にまで至ってもらおう!


「うーむ、このしれっと要求される2階梯の成長……まぁ、あなたの言う通り、必要な力ではあるがな……私もそろそろレベルアップが必要な頃合いかもしれんな」


 レウナは十分にドゥレムフィロアと戦える程度の力量と生命力はある。

 だが、優越しているというほどではないのも確かだ。

 ぶつかり合ってみた感じ、ドゥレムフィロアの戦闘力は極めて高い。


 基礎能力的にはたぶんだが、レッドドラゴンどころかゴールドドラゴン並だ。

 年齢段階は氷の剥がれた時の体躯から見るに、老年期に入りかけか。

 戦力比較で言うと、最高位にまで成長したホワイドドラゴンに、レッドドラゴンの能力を足して割らなかった感じだ。


 現状のEBTGではとてもではないが荷が重い。

 少なくとも、レインとフィリアには9階梯まで至ってもらう必要があるだろう。

 おおよその目安だが、それくらいでようやくドゥレムフィロアに伍する力を得たと言える。


 脱出したら、また訓練のやり直しだ。

 やはり、ハーブドカ食いで基礎能力だけを上げてもダメなのだろう。

 経験を重ね、生命力も十分に引き上げる必要がある。

 サシャとレインは蘇生によって力も衰えるはずなので、それも踏まえて訓練の必要がある。


「うあっ……! あ、ああ……わ、私……」


「はい、おはようございます、サシャちゃん」


「は、はぁぁぁ~……! すごい、ものすごい深い泥沼に沈んでたような……そこから無理やり引きずり出されるような……死と、蘇生って……あんな感じ……」


「私は蘇生されたことないので分からないんですけど、かなりつらいとは聞いています。今はゆっくり休んでください」


「は、はい……」


 サシャを蘇生し終え、新たにレインの蘇生に取り掛かるフィリア。

 それを眺めつつ、あなたは蘇生されたサシャを労わってやろうと、手招きして呼び寄せるのだった。


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