第10話

 翌朝、あなたが朝のお祈りをしていると、サシャが目を覚ました。

 慣れて来たから疲労の度合いが薄かったのか、あるいは即座に寝入ったからか。


 いずれにせよ、いつもあなたが朝のお祈りを済ませてから目を覚ましていたサシャはお祈りの最中に目を覚ました。


「も、申し訳ありません、ご主人様」


 主人より遅く目覚めるのは奴隷としてNGらしく、こうして毎朝謝っている。

 サシャをベッドで好き勝手した結果寝坊させているのはあなたなので、特に怒るつもりはないのだが。


 あなたはせっかくなので、サシャもお祈りをするかと尋ねた。


「お許しいただけるなら……ですが、これはいったい何処の御方の祭壇なのでしょうか?」


 あなたが祈りを捧げている祭壇には、館を簡略化したような木製の置きものが配されている。

 その前に、白磁で作られた容器と皿があり、館の左右には瑞々しい葉の生えた木の枝が白磁の花瓶に差し入れられている。

 皿の上には、穀物から作られたモチと言う食物と、豆から作られたアブラアゲと言う食べ物が備えられている。

 本当ならドラードゥ・ルージュと言う赤い魚も捧げるのだが、この辺りには海が無いので手に入らない。

 また、それとは別に、昨日あなたが稼いだ銀貨と銅貨が皿などが乗った台の手前に置かれていた。


 これはあなたの信仰する神、財宝のウカノ様の祭壇であるとサシャに教える。


 ウカノは豊穣と芸事の神であり、また旅の安寧を助ける神である。

 あなたが駆け出しだった頃に信仰し、その神威に常々助けられた。

 ウカノがオリエンタルな雰囲気を持つ女神だから信仰しているのだろうと思われがちだが、あなたの信仰は純然たる感謝によるものだ。

 そして、獣人の神である。そう言う意味でも、サシャが信仰するのにも適していると言えるだろう。


「獣人の神様……シェバオ様とは違うお方なんですか?」


 そのシェバオ様とやらをあなたは知らないので、それがどのような神か尋ねた。


「シェバオ様は戦いの勇壮を司る神と言われていて、獅子の頭を持つ男神だと言われています。獣人の多くが信仰していますよ。私の家もそうでした」


 ではまったく違う。財宝のウカノ様は、豊穣と芸事の神であり、旅の安寧を見守る神でもある。

 また、温和な性質の女神であり、獅子の頭ではなく、狐の耳と尾を持っている。

 あなたが獣人の奴隷を欲しがっていたのはウカノへの信仰心を拗らせた結果だったりする。


「穏やかな神様なんですね。私もウカノ様の教えに帰依した方がいいのでしょうか?」


 それはサシャ自身が決めることだが、あなたは自分と同じ信仰の道を進むならば歓迎すると伝えた。


「はい。では、私もウカノ様に私の信仰を奉じます。えと、お祈りはどうすれば?」


 大切なのは祈りだ。ウカノ様を自身の唯一信ずる神と崇め、その信徒になることを誓えばよい。

 断っておくと、唯一信ずるとはその神以外の存在を認めないという意味ではなく、その神を第一の神とすることを言う。

 お祈りの作法について細かな取り決めはないが、手と手を合わせた合掌の姿勢で目を閉じて行うのが基本である。

 そういったことをあなたが細かに教えると、サシャは頷いた。


「分かりました。ウカノ様、どうか私が信仰を捧げることをお許しください……」


 そう、サシャが呟きながら、合掌して眼を閉じた。

 いつもならここでいたずらをするが、如何なあなたとて信ずる神の前で不調法を働きはしない。


 そして、サシャの上から、光が注いだ。


『あらあらまぁまぁ……こんなに遠い地から、新たな信仰が……うふふ、よろしくお願いしますね♪』


 穏やかな妙齢の女性の声が、どこからか響いてくる。

 サシャへと向けられた言葉であるが、同じ信仰を歩むが故か、その声はあなたの耳にも届いた。

 サシャの髪がぶわっと広がり、耳をピンッと立たせると周囲を驚いた様子で見まわす。


「だ、誰ですか? 今のは一体?」


 誰も何も、今まさに信仰を捧げたウカノ様に決まっている。なにを驚くことがあるのだろう。

 あなたは不思議に思うも、一方でサシャは当たり前のように告げられた言葉に眼を剥く。


「神様が私にお言葉を!? ウカノ様は、末端の信徒にまでお言葉をくださるのですか!?」


 神は大地にあまねく眼を行き届かせ、その言葉を響かせる。

 むしろ、末端だろうがなんだろうが信徒に声を届かせない神などいない。


「ですが、シェバオ様は大神官様にしか言葉を授けないと……」


 横着な神もいたものである。信徒を大事にしない神は偉大になれないというのに。

 あなたは呆れるも、ウカノ様は決して信徒を粗末にしないし、たしかな御利益を授けるとも教える。

 具体的に言うと、財宝のウカノの名の通り、教えを信ずるものに財と宝を与えてくれるのだ。


 財とはそのままに金銭であり……そして、宝とは、子宝のことだ。


 財宝のウカノは安産の神と言うわけではないが、その眷属であるキツネが出産の手助けをするという。

 明かりが足りなければ狐火で助け、獣に襲われることが無いように妊婦を守るのだという。

 安産の神ではないが、助産の神であるとも言われることがある。


「すごい……そんなにハッキリした効果があるんですか?」


 当然だ。あなたは常に腰元に備えている短剣をサシャに見せる。


「この短剣がどうされたんですか?」


 ウカノ様から授かった品である。当然ながら名品であり、決して毀れることのない絶世の品だ。

 また、持ち主に様々な加護を与えてくれる力もあり、いわゆるところのレリック……それも神の手による、イモータル・レリックである。


「これを神様が直々に授けてくださる……」


 たゆまぬ信仰を積めば、ウカノ様は必ず応えてくれる。これがその証なのだ。

 あなたの言葉にサシャはきらきらと眼を輝かせた。


「はい! ウカノ様に私の信仰をお捧げします! ご主人様、どうかウカノ様の信徒の先達として私をお導きください」


 もちろんである。あなたは可愛い奴隷で、また同じ教えに奉ずるものに心を砕くことを厭うことはない。

 あなたはまた1人ウカノ様の信徒が増えたことを喜んだ。


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