第11話
朝の祈りを済ませた後、朝食を摂る。
あなたはいつものようにオムライスとミルク。
サシャはいつものように宿で出す朝食。
食事の量とレベルを見ると、サシャの方が主人に見えてくるまである。
と言うより外見的に奴隷と分かるような証などないので、実際にそう見えるだろう。
主によっては首輪をつけたり、粗末な衣服を着せるなどするので分かりやすいのだろうが。
サシャを奴隷と知らしめる必要性をあなたは感じていないので、どうでもよい話ではあるが。
朝食を終えた後、あなたはサシャを連れて町外れへとやって来ていた。
どんどん人気の少ない方向に向かうに連れ、サシャが不安げな表情を隠さなくなってくる。
いったいどうしたのかと尋ねてみると、サシャは顔を真っ赤にして言った。
「あ、あの、その……お、お外では、その……は、恥ずかしい、です……その、私がそんなことを言うのは、おこがましいですが……」
そんなつもりはなかったあなたは宇宙に叩き込まれた猫の如き面持ちになる。
たしかに外でやるのも中々乙なものであるが、女同士と言う都合もあって外でと言うのは少々難しいのだ。
そもそも、可愛いサシャの艶姿をあなたは独り占めする気満々なので、外でやるつもりなど毛頭ない。
「え……ち、違うんですか?」
もちろん違う。あなたがサシャをここまで連れ出したのは、サシャに戦闘技術を仕込むためだ。
昨日の1日でサシャの動きはそれなりに見たが、身体能力は相応のそれだった。つまり見た目通り。
しかし、体の動かし方はなっていないし、武器の扱い方を弁えた動きでもなかった。
なので、まずは武器の使い方を教え込む。
町外れに出て、ようやく町の外に出ると、あなたは適当な草原でモンスターの召喚を行った。
モンスター召喚の魔法はさほど難しいものではなく、最低限魔法が使えれば労せず使える。
しかも、召喚されるモンスターは選べこそしないが、極めて強大な獣が出てくることもある。
非常に有用そうに思えるが、召喚するだけなので制御などできっこないし、普通に自分に襲い掛かって来る。
なんのためにある魔法かはよく分からない。あなたは血が見たい時に使う魔法なのだろう、と思っている。
召喚されたのは、小汚い犬だった。突如として見知らぬ場所に召喚され、戸惑っている様子だ。
そして、あなたはサシャへと顔を向けると、その汚い犬を指差した。
サシャ、やれ。
「や、やれ?」
やれと言うのだから殺せと言う意味だ。
「こ、殺しちゃうんですか?」
それ以外に何のために使うというのだ。
サシャ、やれ。
「は、はいぃ……」
泣きそうな顔でサシャが剣を抜く。
野盗から奪った粗末な代物だが、手入れはあなたがしたので問題なく使える。
サシャはへっぴり腰で剣を振り、びっくりした犬が避ける。
そして、うぅー、と威嚇の鳴き声を発した。
「ご、ご主人様ぁ」
どうしたらいいのか、と言う表情をするサシャ。
あなたは無言で、犬を指さし、再度言う。
サシャ、やれ。
避けるのは当たり前だ。むしろ、反撃してこないだけこの犬は優しい。
まぁ、優しかろうがなんだろうが、殺すわけだが。
「はいぃ……」
サシャが半泣きで犬へと襲い掛かる。
そして、犬が反撃する。
サシャの振った剣を躱し、そのままの勢いでサシャへと噛みつく。
犬を見慣れていると、人は犬とはさして脅威でない動物だと錯覚する。
そんなことは無い。その俊敏性と反射速度は人を凌駕し、その咬合力は人間の骨を砕いて余りある。
サシャもそう言った手合いなのだろう。
右手首に食い付かれ、悲鳴を上げながら腕を振る。
もちろんその程度で犬が離してくれるわけもなく。
あなたの鋭敏な聴力に、サシャの右手の骨が砕ける音が聞こえて来た。
サシャの悲鳴は絶叫と言うに相応しいものとなり、聞くだけでつらい。
痛みにサシャが立っていられなくなり、地に倒れ伏す。
犬はそれを見計らって、サシャの腕から口を離すと、サシャの喉元へと食い付いた。
くぐもった悲鳴が響き渡り、それはすぐさま水音を含んだものへと変わる。
そこでようやくあなたは手を出す。
囁くように詠唱した呪文は祈りとなって世界を変革させる。
不可視の力場の弾丸。それは形成されると、一瞬にして犬へと食らい付く。
犬の頭蓋に直撃した魔法の弾丸は犬の頭部を木っ端微塵に爆砕して死に至らしめる。
攻撃魔法の基本の基本、魔法の矢である。マジックミサイルともいう。
へぼが使うと犬一匹殺すのに3~4発もいるが、あなたクラスの魔法使いが使えば竜ですら一撃で粉々にする。
犬が耐えれる道理もないわけである。
「ごほ……ごぼっ……」
瀕死の重体に陥ったサシャの傍にあなたは跪くと、次に最も簡単な回復魔法、『軽傷治癒』を唱える。
へぼが使えばちょっとした傷を治すのが精々だが、あなたが使えば瀕死のサシャを完全回復させることも可能だ。
これはあなたの力量が極めて優れていると言うより、サシャの生命力が低い方が大きいだろう。
「あ……痛く、ない?」
折れた骨も、食いちぎられた肉も、全て元通りである。
何が起こったか未だ把握していないサシャは、困惑しながら上体を起こす。
一方、あなたは再度呪文を唱え、新しいモンスターを召喚していた。
召喚されたのは熊だった。
犬、ウサギ、馬、鶏などに並び、召喚魔法で召喚される雑魚の1つだ。
そう言った雑魚の中でも肉弾戦では最も強いが、まぁ、結局は雑魚である。
サシャ、やれ。
熊を指さしてあなたは言う。
熊はドングリをぼりぼり食べている。
目の前にいるサシャとあなたを敵とすら認識していないのだ。
野生動物の中では格段に強いので、熊は警戒心が足りていないのである。
「ま、まって……ご主人さま……む、むりです……」
関係ない。やれ。
あなたは心を鬼にしてサシャに戦うように命じた。
戦う技術を身に着けなければ、死ぬのはサシャである。
もちろんサシャを見捨てるつもりなどあなたにはない。
だが、世に絶対はない。それはあなたが骨身に沁みて感じていることだ。
最善を尽くしても、最悪の結末を迎えてしまうこともある。
だから、いま出来る限りの最善を尽くす。それが最悪の結末を変えてくれると信じて。
訓練で流さなかった汗は、実戦で血となって流されるのだ。
「く、熊は、むりです! 絶対に勝てません!」
うるさい。やれ。
あなたはそう言って切って捨てる。
「でも勝てないですよ! 犬にも勝てなかったんです! 熊なんて絶対に無理です!」
たしかに犬と比べれば熊の方が強い。それは認める。
だが、犬だろうが熊だろうが、瞬殺できる程度にはなってもらわなくては困る。
エルグランドなら駆け出し冒険者でも負けるような相手ではないのだから。
そう言うわけなので。
あなたは溜息を吐いて、サシャの傍に歩み寄る。
そして、懐から取り出した石を熊へと放る。
十分な手加減をしたそれは、熊の額の肉を抉るに留まった。
しかし、突如として攻撃された熊はいきり立って立ち上がる。
「ひっ……」
怯えた様子を見せるサシャ。あなたはそのサシャの背を押して、熊へと送り出した。
「えっ」
裏切られた。と言う顔をするサシャ。あなたは前を向けとサシャに忠告する。
しかし、その忠告は既に遅かった。豪速で迫った熊は、サシャへと殴りつけるように腕を振るっていた。
「ぎゃっ」
短い悲鳴。サシャの顔の皮が剥がれ、肉が血といっしょに飛び散った。
そして、熊がそのままサシャの頭に食い付こうとしたので、また魔法の矢を放って熊を爆散させた。
あなたはまたもサシャの傷を魔法で癒した。そして、もちろんモンスターを再度召喚した。今度はイノシシだった。
サシャ、やれ。
「むりです……むりです……ゆ、ゆるしてください……だ、だめなところがあったなら、な、なおします……だから、ゆるしてください……しんじゃいます……むりです……」
だめなところは戦闘力である。それを身に着けるために戦わせようとしているのだ。
直すというなら腹をくくって戦う以外に方法はない。あなたはイノシシを指さし、再度告げる。
サシャ、やれ。
「う、うぐ……えぅ……ぐすっ……」
サシャがめそめそ泣きながらも、剣を手にイノシシへと立ち向かう。
残念ながらイノシシに突進で弾き飛ばされ、そのまま太ももをイノシシに抉られて負けた。
その後、サシャは日が暮れるまで負け続けた。
ティラノサウルスが召喚された時は、さすがにあなたが対処した。
駆け出し冒険者に対処できる敵ではないので、訓練で使うには厳しすぎる。
とは言え、それ以外はいくらでも対応可能である。あなたが対処したのは恐竜だけだ。
犬、熊、ウサギ、イノシシと言った野生動物くらいには勝てるようになってもらわねば困るのだ。
そして、日が沈み始めた頃、サシャは初めて犬に勝った。
また腕に食い付かれて押し倒されたが、押し倒されても手放さなかった剣を無理矢理犬の口の中に突き込んでの勝利だった。
「はぁっ、はぁっ……! か、勝った……!」
あなたはサシャに駆け寄ると、強く抱き締めた。
「はぅっ!? ご、ご主人様?」
よくがんばった! えらい! あなたは心の底からサシャを褒め称えた。
この程度の雑魚が相手でも、初の勝利を飾ったことは心底から喜ばしいことだ。
サシャの傷を魔法で治療してやると、あなたはサシャを抱きあげた。
今日はよく頑張ったので、ご褒美に甘くて美味しいデザートを作ってあげようと約束をした。
「は、はい……? わ、わかり、ました……?」
サシャは困惑しているようだ。
大方、あなたがサシャのことを疎んで殺そうとしているとでも思っていたのだろう。
そんなわけがない。そもそも殺そうとしているなら、こんな面倒なことはしない。
普通に頭を砕いておしまいである。いや、サシャが相手ならベッドの上で責め殺すだろう。
必要だからやっただけなので、そんな風に勘違いされると少し悲しい。
しかし、そう勘違いされるようなことをしたのはたしかなので、あなたはそれを甘んじて受け入れた。
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