42話
ぶっ倒れた生焼けのサシャを救命し、魔法で応急処置をする。
「……勇士、よ」
息も絶え絶えで横たわっているドゥレムフィロアがあなたへと声をかけて来た。
あなたはまだ息があったのかと驚きつつも、一応どうしたのかと尋ねた。
「良き、戦いであった……長きに渡るまどろみを覚ます、あまりに鮮烈な……楽しかった、ぞ……」
あなたも楽しかった、と思う。
ドゥレムフィロアを超えるために、どうEBTGを導くか。
途方もない力を秘めたドラゴンと言う存在を思うたびに。
胸がどきどきわくわくと弾んで、叫び出したい気持ちにもなった。
ドゥレムフィロアと言う強敵を超えた今、少し寂しい気持ちもある。
いつものあなたならば、一瞬で打倒して終わりだからこそ。
実力を制限している今だからこそ、楽しかったと思える相手だった。
「そう、か……ならば、感無量だ……思い残すことは、無い……」
命の火が掻き消えようとする中、あなたは訪ねた。
ドゥレムフィロアとは何者だったのか。
そして、迷宮とはいったいなんなのかを。
「さぁな……私はここで生まれ、ここに囚われ続けた……ただ、私の元となった、ドゥレムフィロアと言うドラゴンが、かつて居たはずだ」
つまり、ドゥレムフィロアは本来は迷宮で生まれた者ではない?
「おそらくは、な……迷宮を創り出した者が、私をここに据えたのだろうと、分かる……だが、それだけだ……」
まぁ、元からあまり答えは期待していなかった。
なんとなく分かればよかった。
そして、分かったこともある。
この迷宮を創り出したものが、凄まじい力の持ち主であること。
そして、この迷宮であなたは思う存分に冒険ができていること。
それは最高に楽しくて、いつか邂逅するかもしれない強者のエッセンスを知れる。
楽しかったのだ。だから、それでよい。
「またいずれ、おまえたちが来る時……私ではない私がいる……存分に、楽しませてやって、くれ……」
最後にドゥレムフィロアはそう言い残して、死んだ。
その魂が、自由なる闘争を楽しめることを願って、あなたは少しの間、祈った。
そうした後、あなたはドゥレムフィロアの遺骸を『四次元ポケット』へと収めた。
亡骸は糧として使わせてもらう。
その魂を継ぐとか、そう言うのはよく分からないが。
ドゥレムフィロアはあなたたちの糧となり、力となる。
それを喜ぶか、力をかすめ取ったと怒るかは、知らないが。
傷を負った者を治療し、あなたたちは車座になって休憩を取った。
今までにない激戦だった。それを乗り越えた疲労は色濃いものだった。
それを癒すべく、甘いクッキーとお茶を片手にのんびりとする。
「すごい激戦でしたね……ご主人様がとんでもない氷の中に叩き込まれた時はもうだめかと……」
「あんなのズルよね、ズル。避けられないでしょ……」
「来ると分かっていた上で、なんらかの手段で転移魔法を高速化させるとかでしか回避できんな……」
「私ならば『縮地』で離脱できるが、おまえたちには無理だからな……魔術でなくば無理だろう」
主に言及されるのはそれだ。
やはり、あの広域の制圧は印象に強く残ったのだろう。
あなたは力技で離脱できたが、普通は無理だ。
あれを出された時点で詰み、ゲームセットである。
あなた1人しか封印出来なかったので、結果的にドゥレムフィロアは負けてしまったが……。
あれでもう1人か2人を封印出来ていれば、ドゥレムフィロアの勝利に終わっただろう。
そう言う意味では、あの戦いは薄氷の上に成った勝利と言える。
「まぁ、あなたは分厚い氷の中にぶち込まれてたけどね」
それを言われるとちょっと弱い。おめおめと封印されたのは確かなので。
しかし、レインの言う通り、アレはズルいので大目に見てもらいたいところだ。
「まぁでも、アレを出させた、と言う意味では戦術的勝利だったかもしれないわね」
「たしかに……あれで一気にドゥレムフィロアは精彩を欠きましたからね」
「あれがなかったら勝ってませんでしたね……いえ、ご主人様を封印されなければ、最終的には勝ってた……のかなぁ?」
長期戦になるとなにかひとつのラッキーヒットで一気に形勢が変わることがある。
そして、ラッキーヒットが致命傷になるのは、ドラゴンではなく人間だ。
おそらく、長期戦になるほどにドゥレムフィロアの方が有利になっていただろう。
「うーん……まさに薄氷の勝利だったわけですね……」
まぁ、勝ちは勝ちだ。
必然の勝利でも、薄氷の勝利でも。
負けていないのなら、それでいい。
「まぁ、そうかもですねー……」
納得したのだか、していないのだか。
なんとも言えない調子でサシャは頷いた。
しばらく休憩した後、あなたたちは戦利品の回収に移った。
つまり、周辺の墓所に居並ぶ数多の副葬品の回収だ。
ラセツの館で押し込み強盗の次は、ドラゴンの墓荒らし。
なんと言うか、冒険者とは所詮はならず者と思い知らされているようだ。
まぁ、この大陸においてはそれなりに尊敬を集める職業ではあるらしいのだが……。
なんとも微妙な気持ちになりつつも、あなたは上層部分の副葬品を回収する。
あなたは生得的な飛行能力持ちなので、他のメンバーよりは高所で作業がしやすい。
回収したお宝はすべてひとまとめに回収し、すべてを持ち帰る。
あなたの見る限り、どれもこれもしょぼい偽物などではない本物だ。
超大粒の宝石類が多数飾られた宝飾品の他、魔法の武具なども多少はあった。
ここで得られたものだけでも、凄まじい財産になることだろう。
一生遊んで暮らせるどころか、子々孫々に渡るまで遊んで暮らせる。
まぁ、あなたはそれを全部次の冒険にぶっこむ予定だが。
「笑いが止まらないとはこのことね。少なく見積もっても金貨10万枚……いえ、それ以上の額だわ。スクロールにワンドを大量に買い足せるわね……」
「装備をもっといいものにした上で、各種の冒険を便利にする道具類が潤沢に購入できますね。バスタードソードをアダマンタイト製にしようかな……」
「折り畳んで運べる魔法の船とか、全員で乗れる空飛ぶ魔法の船とか……そのあたり欲しいですよね」
「矢に特定の種族に特別効く呪いをかけるのもいいな……あれは強力だが、恐ろしく金がかかる」
「トイネには特別な切り札として『雷の槍』と言う投げ槍が売っている。1本金貨150枚だが、すばらしく強力だぞ」
みんな使い道は似たり寄ったりらしい。
まぁ、そのあたりは帰って売り捌いてからでもいいだろう。
壮絶な額になるのは間違いないが、強力な装備品もまた壮絶な額だ。
見積もりが出てから買い込んでも遅くはないだろう。
さて、あなたは次の階層を軽く下見しようと提案した。
消耗が激しいので、あくまで軽い下見に過ぎない。
なんかヤバげだったら、命を大事にすべく、そのまま帰る。
イケそうだったら、とりあえず軽く探索する。あくまで軽い探索だ。
場合によってはこの階層で野営をして回復を待ち、再度探索することもあるかもだが。
「そうね。行くだけ行ってみましょうか」
「では『経路探知』……あちらですね」
フィリアの魔法により、次の階層への道順が示される。
そちらへと進んでみると、なるほど、柱の陰に隠れるように階段が配置されていた。
あなたたちはその階段を降りて、ソーラス迷宮の10層へと侵攻した。
そこは、例えるなら、宝物庫と言うべき空間だった。
目も眩むような金銀財宝が数多並び、そこいら中に金貨やら白金貨が散らばっている。
武具の類はさっぱりなく、純粋な金銀財宝……つまり、宝物、と表現されるべきものばかりだった。
ソーラス迷宮の10層には、そんなものばかりが転がっていた。
「……敵が潜んでる、と言うわけでもないわね」
「幻覚とかでもないですし……これで、終わりですか?」
「なんか拍子抜けですね……?」
レインとフィリアが種々の魔法を用いて探知しても、サシャが嗅覚で探知しても。
敵の気配は全くなく、ここがただひたすらに財宝があるだけの部屋と示していた。
サシャの言う通り、ものすごく拍子抜けだった。
まぁ、9層をも上回るほどの凄まじい金銀財宝の数々だ。
これらを回収する手立てもあるので、次の冒険の軍資金としては役立つことだろう。
拍子抜けでこそあれ、役立つのに違いはない。
「……ですね。なんだかものすごい強敵がいると思ったのになぁ」
「まぁ、物語的にはそう言うのが真っ当だけど。これは現実よ」
「そうですね……」
夢もへったくれもないレインの意見に、サシャがしょぼくれた顔をする。
あなたもしょぼくれた顔になりつつも、金銀財宝を回収する作業に移った……。
すべての金銀財宝を回収し、あなたは広々としてしまった部屋を見渡す。
壁にも金箔が張られており、剥がせばそれなりに金にはなりそうだが……。
剥がす手間もかなりのものなので、さすがにそこまでしようとは思わなかった。
そこまで分厚い金箔でもないので、全部剥がしても金貨にして数百枚程度だし。
装飾品として壁に埋め込まれた宝石なども多少は価値があるとは思うが……。
外す際に破損する可能性も高そうなので、あんまりやろうとは思えなかった。
目を模した装飾になっているので、見られているようで気分が悪いし。
「回収、終わったわね。じゃあ、帰りましょうか」
「そうですね。油断せず、しっかりとやりましょう」
「未踏破迷宮の制覇……冒険者の憧れ、やり遂げてしまいましたね……」
「冒険はひと段落と言うわけだな? そろそろトイネで諸々の始末をするぞ。ホワイトドラゴンの遺骸も捌くぞ!」
「これで私たちがソーラス迷宮を制覇した初めてのメンバーと言うわけか……しかし、我が神の神託はいったい何を示しているのだろうな……?」
そんな会話を交わしながら、あなたたちは帰路に就いた。
足取りは軽く、誇らしいものだった。
このソーラスの迷宮を制覇してやった。
そんな達成感があなたたちを満たしている。
離脱したら、まずは祝勝会をして、パーティーをしたいところだ。
親しい友人たちを呼んで、大いに騒いで、たくさん祝福してもらいたい。
やはり、友人たちに祝福されることはうれしいことだ。
あなたはそんな未来を思い描きながら階段を上っていくのだった。
……………………
金髪の女たらしを先頭に、殿のレウナ・ファンスルシムが階段を上り終えた。
それを見届けて、壁に埋め込まれた装飾の眼玉がぎょろりと蠢いた。
ぼたり、ぼたりと音を立てて、天井から肉片が落ちる。
それは6層と7層を席巻する異形の化け物、バラケのそれに相違なかった。
標準的な体型の成人女性、それを構成する肉塊が蠢く。
常のバラケならば、そうである。
しかし、最後に壁に埋め込めれた装飾の眼玉がぼろりと零れ落ちた。
その目玉がてんてんと跳ねて肉塊の中に飛び込むと、その眼球を中心に頭部が形成された。
「ふぁ~あ……とんでもないのが来たわね。参ったわ。他の迷宮の管理端末にも情報を共有しておかないとね」
形作られた女が、その場にごろりと寝転がった。
そして、天井を眺めながらぼやく。
「端末を殺されちゃ困るから隠れたけど、バレなかったのはラッキーね。目くらましに適当な財宝を置いといて正解だったわ」
そうぼやく、それ。
外見は人間の女でしかない。目立った容姿でもない。
愛らしい容姿でこそあれ、特別美しいわけでもない。
青い瞳に橙色の髪も、特段に珍しくもない。
「それにしても、エルグランドの冒険者……ありえるのかしら? この惑星は誕生からまだ10億年も経っていないし、落着時点でエディアカラ生物群相当のそれがようやく発生したばかりだったのに……?」
なにもかも普通で、なにも珍しくなく、なにも異常ではない。
町中にいれば、平然と紛れ込めるような存在だった。
それの製造目的を考えれば、それは不自然な話でもない。
「エルグランド大陸を封鎖遮断した神格が、強制的に進化を促した……たったの7000年で、40億年相当の進化を。私への服従遺伝子が存在すらしていない以上、確実ね。ディッキンソニアみたいな神格がこんなことまで出来るとはね……」
それは惑星を制圧し、人類の版図に組み込むための制圧兵器。
そして同時に、それは人類の中に自らへの服従遺伝子を刻み込む悪魔の兵器。
それゆえに人間の中に溶け込めるように、その姿形の基礎が作られた。
「でも、あれほど強力な生命体がいるなんて……常人の1億倍以上もの生命エネルギー! エルグランドと名付けたのは正解だったわ。まさに祝福の大地! アルトスレアで滅びかけたのがチャラどころか、それを上回るほど私を強力に進化させてくれる……!」
すべてを捕食するもの。暴走する生命。
凶悪な捕食本能と、それを統率する人間を基礎とする自我。
自らの生命種子を播種し、すべてを自らの眷属とする怪物。
「如何に私が超絶のサイキックとは言え、5000年もの
数多の星を制圧し、その生命を貪り喰らい続けたもの。
人類が生み出した、覚めることのない悪夢。
あらゆるものを侵食し、同化する、捕食生命体。
「あれを捕食できれば、すぐに次の制圧端末が作れる。いえ、継続的に摂食できる方がありがたいわね。打ち上げユニットを構築して周辺惑星への播種をして、この恒星系の制圧を進めたいわ。少なくとも年単位くらいは……」
波動にして粒子たる、光と同質の存在。
でありながら、二重らせんの塩基配列を持つたしかな生命。
異常構造生命体であるそれは、かつての地球が創り出した過ちの結晶。
人類の超科学文明が創り出し、その文明を終わらせた終焉兵器だった。
「こういう時のために外部端末を根付かせてるんだけど……ああ、機能はしてたのね。でも死んだと……人間を基礎とする上に自動端末だから、こういう事故もつきものとは言え……運がないわね。ふーん……なるほど……まぁ、サシャとか言う子を使えばいいわね。簡単だわ」
始まりにして終わりたるもの。
アルファにしてオメガ。
それゆえに『アルメガ』。
「端末名は……クロモリ、と言うのね。コレに時間回帰で今から10年前に知識、認識を送り込めば……タイムパラドックスは、最後の辻褄さえ合えばいい。うん、これを再起動させて、生命エネルギーの徴収をするとしましょうか……蘇生をよろしく頼むわよ、サシャ? いえ、サシャ先輩、と呼ぶべきかしらね?」
陰謀が、今まさに蠢動を始めていた。
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