41話

 ドゥレムフィロアがその翼を広げ、振り下ろす。

 その直撃地点の先に居たサシャが素早く跳躍し、それを躱す。

 地面に鋭く激しいエネルギーの奔流が炸裂する。

 翼の穿った地点に氷柱がそそり立ったかと思うと、それが内部から炸裂する。


 氷の散弾があなたたちを襲う。

 サシャが急所である心臓部と頭部、特に目を守った。

 イミテルは酷く繊細な動作で、迫りくる氷の弾丸を躱し、逸らす。

 あなたは装備の能力に任せ、それを無防備に受けた。


 氷の弾丸は物理的な力も持つが、その大部分は氷雪のエネルギーだ。

 そのため、あなたの装備の持つ氷耐性の力によって無力化された。


 サシャの強靱な体に氷の弾丸が突き刺さるも、それは表皮を幾分削ぐに留まる。

 筋肉層を貫通することはできず、服がボロけ、あちこちに軽傷を負うだけに終わる。


 イミテルはすべての弾丸を躱し、逸らし、避け切れないものを受けた。

 最小限の負傷で抑え切った技量は、なるほど武僧の冴えそのもの。


 それらの光景を前に、ドゥレムフィロアが体を回転させ、翼を横一文字に一閃。

 その軌跡に従い、氷の刃が空中へと射出される。

 サシャはそれを左手で掴み取り、そのまま握り砕いた。


「なんたる剛力!」


 ドゥレムフィロアが驚愕し、サシャが跳ぶ。

 空中でサシャが身を翻し、『ポケット』から取り出したジャベリンを投げ放つ。

 それを、丸太のように太い腕をそっと差し出し、逸らす。


 竜鱗の強度、その肉体重量、そして戦士としての技量。

 それらの併せ技により、ジャベリンがドゥレムフィロアの体表を滑って消えていく。

 ただのドラゴンではまずありえない、柔軟な戦士の技術が垣間見えた。


「なるほど、たしかに武僧の技を持つようだが……その程度では未熟!」


 イミテルが裂帛の気合と共に殴り込む。

 鋭い足捌きで肉薄し、放たれる渾身の一撃。

 ドゥレムフィロアがそれを腕で受け止めんとする。


 が、イミテルの手にするウォーシックルは一味違う。

 それはドゥレムフィロアの鱗を砕き、さらにその下の肉を貫き、抉った。

 絶え間なき錬磨で磨き抜かれ、練り上げた気によって強化された拳撃は鋼の鋭さを帯びる。

 もはや、アダマンタイトのそれに匹敵する威容を放つ拳は、いかなる物体の硬度をも無視する。


 ただの鋼で造られたウォーシックルがアダマンタイトのそれに匹敵する威力を発揮する。

 まさに武僧だからこそ成せる、戦いの芸術であった。


「ぬっ!」


「シィッ!」


 そして、続けざまに放たれた左手の一撃。

 ドゥレムフィロアが身を翻し、遮二無二躱す。

 崩れた姿勢をその翼で無理やり補正し、そのままドゥレムフィロアが浮かび上がる。


「『重力』!」


 その瞬間を見計らっていたレインが、あなたより習い覚えた『重力』の魔法を放つ。


「な、何っ!?」


 ドゥレムフィロアの驚愕の声と共に、その巨躯が堕ちる。

 地に叩きつけられたドゥレムフィロアに矢が殺到する。


 レウナは訓練期間中、弓の扱いを重点的に学んでいた。

 元々弓は得意だったが、専門的に学んだ技術ではなかったのだ。

 そこで、弓を得意とする種族であるエルフのノーラにその扱いを習い覚えた。

 それによって得た弓術の冴えは、針の穴を穿つように正確だった。


 サシャとイミテルの作った傷口に矢が突き立つ。

 傷を抉られたドゥレムフィロアの苦悶の声。

 フィリアがクロスボウから放つボルトもまた、その傷を抉っている。


「以前よりも、腕を上げたらしい。私を殺せるほどに……競い合うとは、このようなものか!」


 嬉しそうに、その墓守の竜は笑っていた。

 戦闘狂であると同時に、孤独だったのだろうことが分かる。

 この迷宮の奥底にいる以上、迷宮の生み出した尋常ならざる生物なのだろうが。

 この深い階層に訪れた者は、あるいは今まで存在しなかったのだろう。

 そう思うと、前回離脱したことは悪いことをしたのかなとも思う。

 

 ドゥレムフィロアが雄々しく咆哮を上げる。

 それは怒りとも気合の声とも判別のつかないものだ。

 そして、先ほどまでよりもなお速く、鋭く、その腕が振るわれる。


「くっ!」


 放たれた先であるサシャが咄嗟に剣の腹でそれを受け止める。

 サシャの体重ごとき軽々と吹き飛ばす膂力に押し負け、サシャの体が宙を舞う。

 その攻撃の瞬間を狙い撃って、イミテルの拳撃が奔る。


「むんっ!」


「そこだ!」


 ドゥレムフィロアの気合の声。同時、地面から突き出す氷柱。

 既に攻撃体勢に入っていたイミテルにその氷柱を避ける術はなく。

 その胴体を氷柱が深々と貫き、イミテルが吐血する。


「ぐはっ!」


 これはいかんとあなたが割り込み、ドゥレムフィロアの顔面を切りつける。

 肉を抉る一撃に怯むことなく振るわれる反撃の拳を躱し、あなたはさらに肉薄。

 フィリアがイミテルの治療に取り掛かる中、あなたとサシャは攻撃の手を緩めない。


「はぁぁっ!」


 サシャの剣戟は鋭く重い。

 それをサポートするように、あなたはサシャの隙をフォローする。

 間断なく攻め立て、振るわれ続ける剣戟。だが、硬い、そして、強い。

 ドゥレムフィロアの生命力は底なしかと思わされるほどに膨大だ。


 傷口からの出血は即座に止まる。

 筋肉による圧迫と純然たる治癒能力。

 なにより深々と抉ったように見えて、そう深く抉り込めない。

 甲殻が強靱だし、なにより皮膚も筋肉も、ひどく頑健だ。


 筋肉量の多さと言うか、体内にかかっている圧力と言うか。

 それらの影響で血が噴き出すが、出血量自体は大したことがない。

 どれだけ攻め立てても、殺し切るのにどれだけかかることか。


「そこだッ!」


「うっ!」


 欲張ったな。あなたはサシャのミスをそう評した。

 成果が上がらないことに業を煮やしたサシャが、より強く切り込もうとした。

 それで動きが大降りになり、その隙を打たれた。


 サシャの胴体にクリーンヒットしたドゥレムフィロアの一撃。

 地面に激突し、バウンドするサシャ。そして、突然出現する巨大な手。

 巨大な手によってレインたちのいる方向に吹っ飛ばされるサシャ。


「機転の利く術者だな! だが!」


 レインが『力強き手』でサシャを自分側に突き飛ばしたということらしい。

 口を開き、ドラゴンブレスを放とうとするドゥレムフィロア。

 それに割り込みをかけようとしたところで、あなたは自分のミスを悟る。


 ドゥレムフィロアのエネルギーは励起していない。

 その大きく広げた顎が、勢いよくあなたへと噛みついてきた。


「む!?」


 歯が食い込んで大変痛い。

 が、あなたの表皮を突破できる鋭さ、威力はない。

 そして、総重量10トンを超えるあなたを持ち上げる首の筋力もない。

 あなたは手でドゥレムフィロアの顎を押し広げて離脱した。


「化け物か……!?」


 失礼である。

 あなたは不躾な言葉に対し、剣戟で応じた。

 鼻っ面を捉えた剣戟が深々と抉り込む。


「ぬあぁぁあ!」


 その強靭な後ろ足で跳び、離脱する。

 未だ『重力』の影響から脱せないドゥレムフィロアはまだ飛べない。

 そう広い空間ではないので自由な飛翔は元より出来ない。

 が、空中で身を留めることが出来るだけで強力なアドバンテージとなる。

 それを許さないだけ『重力』の魔法は強力に作用してくれていた。


「参るぞ……!」


 仕切り直し、決意に満ちた声で叫ぶドゥレムフィロア。

 あなたはなにか大技が来ると、以前のそれかと警戒する。


 周辺を見渡し、状況を確認する。

 イミテルは回復されて復帰し、突入の機会を伺っている。

 サシャもまた回復されているが、まだ完了していない状態だ。


 どちらもやや距離は離れている。

 ひとまず、大技の影響範囲からは逃れていると思いたい。

 ドゥレムフィロアが主体的に狙うのはあなたに相違ないのだろうし。


「ぬぅうううううおおおおお……!」


 暴走しているかの如く励起し、激しく脈動するエネルギー。

 ドゥレムフィロアの体表から舞い上がる氷の結晶。

 それは瞬く間に拡大したかと思うと、地面から氷が隆起しだす。


 咄嗟に後方へと跳ぶあなた。

 だが、その跳んだ先にすらも、その氷の隆起が及んでいる!

 あなたが失態を悟った直後、足元から突き出した巨大な氷柱があなたを覆い尽くした。


 部屋の中央部に屹立した巨大な氷柱。

 その内部に囚われたあなたは、1ミリの隙間もない氷の中に封印された。

 前回も似たような技を喰らったが、それよりも遥かに分厚く、重い。

 前回が推定質量300キロ前後の氷で覆われたが、今回は500トンはザラにある。


 力技でぶっ壊せないかと言えばノーだが……。

 これを破壊できるほどのパワーの発揮はまずかろう。

 前回のは金属鎧を素手で引き裂けるくらいのパワーがあれば出来たが。

 これは厚さ1メートルはある金属塊を引き裂けるくらいのパワーがないと不可能だ。

 もう尋常の冒険者の膂力ではないので、それはさすがにナシだ。

 つまり、あなたは制限した実力の範疇内において、敗北し、無力化されたのだった。


 でも、これはちょっとズルくない? あなたはそう思った。

 超広範囲に回避不能、防御不能の攻撃をぶちまけるのはズルい。

 対処方法自体は複数存在するとは思うが、咄嗟に出来るとも思えない。


 さて、どうしたものか?

 あなたは氷棺の中に閉じ込められたまま外を見やる。

 そして、あなたはドゥレムフィロアの状態に眉をひそめた。


 体に宿していた仄明かりは消え、明らかに疲弊している。

 体に張り付いていた氷の鎧がずるずると脱落している。

 動きは精彩を欠き、体を引きずっているようにすら見えた。

 先ほどまでの機敏かつ力強い動きは面影もないほどだ。


 力量を遥かに超えた無謀な力の発露。

 それによる限界を超えた疲弊。

 今のドゥレムフィロアは自滅しかかっていた。


「まだだ……!」


 それでもなお、膝をつかない。屈さない。

 それは竜と言う絶対強者の自負がゆえか。

 あるいは、その魂が求めた闘争への真摯さか。


 その姿を、あなたは美しいと思った。

 今まさに滅びようとするものが、必死で戦う姿。

 その命の燃える様が美しいと思ったのだ。

 


 さて、どうなるだろう?

 サシャたちは無事にやりおおせて見せるだろうか。

 追い込まれた獣は最も危険だ。

 今のドゥレムフィロアは疲弊こそしているが、それゆえに恐ろしい。

 さて、どうなることやら。



「一気に攻め立てます! 先ほどよりも防御力が落ちてるはずです!」


 サシャが檄を飛ばす。

 そして、腰に帯びていた瑞穂狐みずほぎつねを抜き払う。

 二刀流の構えを取ったサシャの剣が紫電を帯びる。


 ウカノ神の信徒が使うことを許された神技しんぎ雷切らいきりである。

 恐るべき威力を誇るその剣は、今のドゥレムフィロアを容易く切り裂くことだろう。


「捨身の覚悟で参る他、ないようだな……!」


 イミテルが決死の決意を口にした直後、その姿が掻き消える。

 瞬間、ドゥレムフィロアの眼前に現れるイミテル。

 空間転移の揺らぎによる一瞬の動作の遅滞を見逃さず、ドゥレムフィロアがその腕を振るう。

 イミテルの胴体を深々と抉る爪撃に血潮が飛ぶ。


「ぐふっ……! ああぁぁぁっ!」


 捨身の肉薄、そこからの、連打。

 ドゥレムフィロアの鼻面を打ち据え、その肉を深々と抉る連撃。

 8度振るわれる閃光の如き猛撃がドゥレムフィロアの命を揺らすさまがたしかに見えた。

 肉薄しての連撃。そこにすべてを賭ける形で鍛えたと言っていたが、言うだけのことはある。


 EBTGの誰であろうと、あの連撃に囚われれば死あるのみだ。

 顔の穴と言う穴から血を噴き出し、体内は弾けた臓物で掻き混ぜられた血のシチューに成り果てることだろう。

 その凄まじい死の舞踊にドゥレムフィロアがあからさまに怯んだ。


「ザイン様……! この『一撃』に『誉れ高き加護』を!」


 フィリアの手にした盾にまばゆいばかりの輝きが宿る。

 フィリアの信仰心が産んだ新たな戦技にして奇跡、盾への一時的なエンチャント。

 ただの高品質の盾であったはずのそれに、複数の魔法効果がエンチャントされる。


 強力な魔化が施された盾を振りかぶるフィリア。

 怯みながらもそれに応じようとするドゥレムフィロア。

 その視線が自分にかち合った時、フィリアが盾を掲げた。


「光よ!」


 まばゆい光が放たれた。目つぶしである。

 かなり古典的な戦法でこそあるが、それゆえに有効だ。

 まばゆい光に目がくらんだドゥレムフィロアの頭部を、フィリアの盾が打ち据えた。

 手にしたカイトシールドが、まるで大型種族用の盾であるかのような強烈な打撃を産む。


 目つぶしの光を発する力と、打撃力を増幅させる力。

 その2種の力を一時的にエンチャントしたらしい。


「ぐぉっ……!」


 呻くドゥレムフィロア。メチャクチャ利いている。

 先ほどまであなたが割と強めに殴ってもあまり応えていなかったのに。

 身に宿すエネルギーでダメージを軽減していたとか、そう言う理屈だろうか?

 あるいは、身に纏っていた氷の鎧がよほど強力だったとか……。


「結局のところ、こんな初歩的な魔法が一番確実で効果的なんてムカつくのよね……! 『迅速』!」


 レインが愚痴を言いながら、一瞬の速度を得られる呪文『迅速』を発動する。

 思考速度を加速させ、ほんのわずかな時間だけ通常に倍する速度を得る魔法だ。

 それによって得た速度で、レインは手にしたロッド・オブ・マルチプル・ワンドを起動。


 3本のワンドが仕込まれ、同時に3本のワンドが使えるロッドだ。

 3倍のワンドを使えば3倍の攻撃ができる。なんて冴えた発想だろうか。

 そしてレインが起動したワンドは、すべて『魔法の矢』のワンドだった。


 レインが1度の呪文で放つことのできる『魔法の矢』の数は9本。

 1人前の魔法使いが3本打てるというから、その3倍だ。

 それを3倍のワンドで発動することで、通常の9倍!

 それを『迅速』によって得た加速で2回振ることでさらに倍の攻撃!


 18倍に及ぶ最高に頭のいい54本の『魔法の矢』が飛翔する。

 いや、18倍なら162本では? あなたは自分の計算を疑った。


 ともかく、レインの手にするロッドから豪雨のごとく溢れ出す『魔法の矢』。

 それがドゥレムフィロアを滅多撃ちにする。


 純粋魔法属性と言う軽減困難な属性は耐性を得ることが難しい。

 なんらかの手段で防ぐことはそれほど難しくなく、実際にドゥレムフィロアも『盾』の呪文などで防ぐことは容易いだろう。

 だが、それをできる余裕が、今の彼女にはなかった。


「私はいざという時の決め技に欠けるのだがな……『神の一撃/ゴッドスマッシュ』!」


 レウナの持つ中でもっと攻撃力に優れるという魔法が上方からドゥレムフィロアを押し潰す。

 神聖魔法はもともと攻撃系に優れた系統の魔法ではないため、あまり強力な魔法ではなかった。

 だが、強力な追尾性による必中能力や、地面をも押し潰すが故の行動阻害効果と、地味だが有益な魔法であった。


「行き……ます!」


 そして、最後に控えるはサシャ。

 手にした紫電を纏う剣を手に、持てる最大の力を発揮するべく、突撃する。

 真正面からの一直線の突進、迎え撃つドゥレムフィロア。


 使い果たした氷雪エネルギーではない、火炎エネルギーによるドラゴンブレス。

 それをサシャへと勢いよく放ち、業炎がサシャを呑み込む。


 真正面からの直撃な上、今までのダメージの積み重ね。

 それによって、サシャの生命力のほとんどが掻き消されたのをあなたは魔法的な繋がりによって感じ取る。

 ダメだったか……そう思った直後、あなたはドラゴンブレスを脱するサシャの姿を見た。


「はぁぁぁぁっ!」


 その肉体に宿る生命力のほとんどは喪失し、それでもなお動く体。

 意志が肉体の限界を凌駕している。精神力による死の超克。

 長時間は保たない。だが、ある一線を越えた戦士のみが可能とする奇跡。


 気迫と気合によって奇跡を起こす者がいる。

 戦いの前に、ドゥレムフィロアはその手合いだと思った。

 だが、こちらにもいたのだ。サシャと言う無謀な熱血戦士が。

 どうやら、サシャの気迫と気合が上回ったらしい。


 サシャの振りかぶった剣がドゥレムフィロアの頭部を深々と貫く。

 それで決定的な何かが切れたのか、その巨躯が力なく崩れ落ちていく。


 あなたはサシャの成長を感慨深く噛み締めていた。

 やり遂げて見せたサシャが勝鬨を上げ、ぶっ倒れる。

 生命力はほとんどゼロなので、放置したらそのまま死ぬだろう。

 サシャを救助すべく、あなたは氷の棺を力技でぶっ壊して離脱するのだった。

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