40話
思いつく限り精一杯の相談をし、対策を立て。
事前にかけられる限りの呪文はかけてから、あなたたちは野営に入った。
気力体力を完全に充実させた状態で挑みたかったからだ。
翌朝、あなたは目覚めると同時に火を熾す。
それでお湯を沸かしながら、読書に耽る。
あなたのモーニングルーチン、読書だ。
本の内容が大変『実用的』なものであるのは余談だ。
そうするうちにお湯が沸くので、それでお茶を一杯。
ジャムを舐めながら濃く渋いお茶を飲む。
それでほっと一息を吐いたら、朝食の支度をする。
今朝は具の少ない軽いスープと、パンだけ。
そんなシンプルで軽い食事は、これからすぐにはじまる戦いを想定してのものだ。
腹になにかを入れておかねば戦えないし、さりとて食べ過ぎては動けない。
それに勝利の暁には祝勝会をしたいのだから、食べ過ぎ厳禁だ。
「9層の次には何があるのかしらね」
「それよりもお宝ですよ、お宝。次の冒険のための資金も必要ですからね」
「あんまり真剣に見てなかったけど、副葬品みたいなものが大量にあったし、相当な額になるんじゃない?」
そんなのあったっけ? あなたはレインの発言に首を傾げた。
そう言われてみると、周囲のドラゴンの遺骸に副葬品があったような……なかったような……。
まぁ、あれだけ立派な墓所なら副葬品があってもなんら不思議はない。
ほとんど意識していなかったので、正直を言うと分からんと言うところだが。
あなたは長年の経験からなる鑑定眼から、初見でも武具のおおよその素性を見抜ける。
武器としての性能は純粋に戦士としての経験から見抜ける。
込められたエンチャントの性能は魔法使いとしての感覚で見抜ける。
その2つの併せ技で、大雑把にだがその武器の性能の規模が分かる。
そして、あなたは極めて高性能なレベルでない限り、使用に値しないと考える。
超高品質、超高性能の装備ばかりで身を固めている弊害とも言える。
金に困っていない以上、それらを金銭的価値で見るのではなく、実用価値で見るからだ。
つまり、宝飾品や美術品などに対し「なんかあるな」くらいにしか思わないのだ。
道端の石ころを意識して記憶しないのと同じようなものだ。
「ドゥレムフィロアとか言うドラゴン自体にもなにかしら価値はあるでしょうしね。2種類のエネルギーを扱えるその器官は秘術的に壮絶な価値を持つことは間違いないでしょうし」
「名前が売れれば依頼も来ますしね。『銀牙』の時も、貴族から依頼が来る程度のネームバリューはありましたから」
「そうだったわね。やっぱり、お金になるの?」
「なりますね。あのくらいの実力の時点で、相当派手な話が流布されますからね……天を穿つとか、すべてを焼き尽くすとか……」
「そう言われてみると、たしかにド派手なウワサ話が広まってたわね……割と真に受けてたわね、私……」
あの頃のフィリアは5階梯くらいの使い手だったはずだ。
それは仲間たちも同じなので、冒険者学園に在学中のレインと同程度の腕前だったはずだ。
それでド派手なウワサが流布されるのだから、ウワサはアテにならないものだ。
「……もしかして私たちもド派手なウワサ話がされてたりするのかしら? そこの女たらしみたいに」
「そうですね。ウワサ話によると、お姉様は身長5メートルの巨人族の末裔で、女3000人を抱き、その剛剣の一振りは敵兵100人を1度に薙ぎ倒すとか」
「もうそれ完全に人間じゃないわね」
「一番の笑いどころは、女3000人を抱き……って言う話が、ご主人様に限ってはほぼ間違いなく事実だってことだと思います」
まぁ、そのくらいはいっているのではないだろうか。
万もたぶん超えていると思う。10万まではいっていないと思う。
3万は……どうだろう? 超えているような、いないような。
あなたは特定個人にこだわりもしないが、人数を誇るような趣味もない。
回数と言う意味では世界屈指の数だが、経験人数はそうでもないだろう。
「万超えておいてそうでもないってなによ」
まぁ、世の中、上には上がいるということだ。
たぶん、あなたより経験人数が多いものだって世の中にはいるのだろう。
「いないと思いたいけど、1日平均5人抱いて、30年過ごせば3万は超えるからありえなくは……ない?」
「想定がかなり無謀ですね……でも、ありえなくはないのがまたなんとも」
「まぁ、そこな女たらしが超人的な性欲を持つのはともかくとして。すまないが、そう言った地上における依頼を請け負うつもりはないぞ」
レウナがそのように断って来た。
レウナは元より迷宮探索にかぎって 同行するという約束だ。
それに関して否はないし、無理も言うつもりはない。
「レウナは神託で迷宮を探索しているんだったわね。そのあたりはしょうがないわね」
「無理強いしてもしょうがないですからね。レウナさんがいてくれたら本当に助かるんですけども……」
レウナがいない場合、回復役はフィリアが一心に担うことになる。
レウナの不在はフィリアの負担増につながるので、できればいて欲しいものだ。
あなたももちろん回復魔法は使えるが、戦闘中は前衛を張るのが基本となる。
実力の制限中なので、そのあたりはしょうがないと割り切ってもらっている。
まぁ、割り切れないもっと頑張れ、と言うことになると、今度は仲間たちの存在意義がなくなってしまうので。
レインが使える魔法はあなたにだってすべて使えるし、それはフィリアも同様である。
そして、戦闘力は仲間たちすべてを合算してもあなたの方が強いのだ。
もはや仲間たちの存在意義など、セックスの相手でしかなくなる。
それではもう娼婦を連れ歩くのと何が違うのかと言う話だ。
全員それなり以上のプライドがあり、それにふさわしいだけの実力がある。
それをすべて無下にして愚弄するのは、あなたとしても本意ではなかった。
「サシャちゃん、回復魔法も使えたりするようになったりしませんか?」
「使えますよ?」
「えっ?」
フィリアが驚いた顔をするが、実際にサシャは回復魔法が使える。
と言っても、フィリアが使うものとは違うものだが。
「……ああ、そっか。エルグランドの回復魔法ね?」
レインの問いに、あなたは頷く。
サシャはエルグランドの『魔法の矢』を最初に覚えた。
それと同じように、エルグランドの魔法もいくつか習得しているのだ。
この大陸の秘術使いが習得できない回復魔法が使えるのは絶大なアドバンテージだ。
そのため、サシャは積極的にあなたに乞うてエルグランドの回復魔法を会得した。
「まぁ、ご主人様みたいに爆裂な効果はでないですけどね……ほんとに軽傷を治すのが精一杯で」
「いえ、それでもあるとないとでは違いますよ」
「そうですね。便利です、結構」
いずれはあなたのように、万能型の魔法剣士になるだろう。
その成長が楽しみだ。
ぽつぽつといつもと変わらぬ雑談をしながら朝食を和やかに終え。
あなたたちは道具類を片付けた後、出立の準備を整える。
その後、レインとフィリアが手分けして各種の魔法を全員にかけていく。
昨晩に話し合った『元素抵抗』や『元素保護』の呪文。
そのほかにもこの大陸の各種の強化魔法などをかける。
そうして準備を整え、あなたたちはドゥレムフィロアの待つ9層へと進行した。
その空間には寒々とした氷雪のエネルギーが満ちていた。
前回とは幾分様変わりした様子の墓所はところどころが凍り付いている。
レインによってかけられた『元素抵抗』の力で寒さは感じない。
しかし、吐き出す吐息は真っ白で、相当な寒さになっていることが分かる。
その墓所の奥部に座す、黝い龍鱗を持つドラゴン、ドゥレムフィロア。
仄明かりを宿す氷の外殻は、ぼんやりと燐光を放っている。
その口から漏れ出している火のエネルギーが、凍り付いた地面を微かに温めては水蒸気が立ち上る。
「……来たか。先だっての戦いで逃げ出し、再度挑みに参ったのだ。覚悟はできていような?」
そのドゥレムフィロアが、その巨躯に見合った重苦しくも可憐な声で言う。
あなたはその言葉に対し、腰に帯びた剣を抜き払うことで答えた。
「よかろう。此度は逃がすつもりはない。参るぞ!」
その言葉と同時、組み上げられる秘術の呪文回路!
高速で組み上げられていくその呪文回路は高位のそれである。
あなたとサシャは合図をするでもなく、同時に駆け出す。
1発目を打たせてしまうことに違いはないが、2発目を許すつもりはない。
傍らのサシャが腰のベルトに帯びてるナイフを抜く。
生活用に使っている刃が薄く短いもので、武器には使えないものだ。
それと同時に、サシャの足音が消え去る。
「GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAR!」
呪文回路の完成と同時、放たれる咆哮。
墓所全域を震わせる激震となって放たれる音波の波動があなたの耳朶に痛みを与える。
しかし、あなたにダメージを与えるほど、呪文としての出力は高くない。
そして、あなたの傍らを駆けるサシャにも、なんらの痛痒も与えてはいなかった。
サシャが抜いたナイフには、昨日話した『静寂』がかけられていたのだ。
鞘から抜いたことで効果が発揮され、ドゥレムフィロアの咆哮を打ち消したわけだ。
あなたは手ぶりでサシャに「もういい」と示した。
それを見て取ったサシャが素早くナイフを鞘に押し込んだ。
「参るぞ」
直後、あなたの横に空間転移して来たイミテルが構える。
初手において、咆哮を放ってくる可能性は高かった。
そのため、まず間違いなく耐えられるあなたが前に出る。
サシャもまた前に出て、こちらは『静寂』を用いて耐える。
イミテルが後方で待機していた理由は、単純に確実性が欲しかったため。
物体にかけて手に持つ場合、魔法の効能は放射であるので遮られる。
立ち位置によっては無防備に咆哮を喰らう危険性があるので、一端後方で待機したのだ。
「すべて耐えたか! 賢しい手立てと言えども認めよう! 挑む資格ある勇士とな!」
そう吠えたてるドゥレムフィロアの顔には、明らかな喜悦の色があった。
戦闘狂の向きがあるのだろう。戦いを楽しむ趣味がある。
あなたたちがそれに付き合う理由もないが、超えねばならぬ敵だ。
あなたは剣を手にドゥレムフィロアへと挑みかかる。
サシャも、イミテルも、決死の覚悟を胸に、ドゥレムフィロアに肉薄する。
「よいぞ!」
振るわれる爪の一撃。それは前回において、最も強い印象を残しただろうあなたへと向かって振るわれる。
それをあなたは剣戟で以て迎え撃ち、ダガーのような爪を受け流す。
返す刀で振るわれた剣がドゥレムフィロアの鱗を削ぎ飛ばして表皮を抉る。
「ぐっ! じつに、よいぞ! この痛み! おまえが、私の死なのか!」
そう叫ぶドゥレムフィロアに、サシャが渾身の力で持って剣を打ち付ける。
甲殻を突破し、その肉を抉る。噴き出す血に、快哉の声。
イミテルの渾身の力で振るわれた拳の連打がその鱗をことごとく剥がす。
2人の攻撃はドゥレムフィロアに確実に届いている。
「おおおおお……! なんたる勇士……よいぞ、実によいぞ……! 長きに渡るまどろみを吹き飛ばす、鮮烈なる痛みだ……! よいぞ!」
……ドゥレムフィロアの体内で、強烈なエネルギーが渦巻いていることが分かる。
以前よりもなお強く、なお激しく、そのエネルギーが脈動している。
あなたの鋭敏な皮膚感覚と、秘術を用いるものとして養った感覚がそれを訴えている。
前回の時点ですさまじい強さだった。
それですらも本気ではなかった……いや、本気ではあったのだろう。
だが、長きに渡る眠りと倦怠が、ドゥレムフィロアの肉体能力を錆付かせていた。
本気でありながらも、本来持ち得る全力を出し切れていなかった。
前回の戦闘においての真実は、それなのだろう。
エネルギーを賦活させ、それを振るうのもまた肉体能力ではある。
長く振るわねば衰えるのは筋力と同じことである。
前回の戦いで奥義とまで言った力を使わせたことで、錆落としになったか。
前回よりもなお厳しい戦いになりそうだ。
だが、今回はこちらにも仲間たちがいる。
そして、主に使ってきた氷雪エネルギーへの対策も十分。
「参れ! 勇士たちよ! 『竜心墓所』の墓守たる我が身、超えて見せるがよい!
叫ぶ気迫の声。そこには確かなプライドの色。
なるほど、これは手ごわそうだ。
ただ強いだけではなく、気迫と気合がある。
そう言う手合いは時としてものすごい奇跡や強運を見せることがある。
意志の力が肉体を凌駕するものは、そう言うことができる。
舐めてかかっていい相手ではなさそうだ。
あなたは剣を握り直すと、戦闘に没入していった。
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