39話

 十分に英気を養い、あなたたちは8層の攻略に乗り出す……。

 と言っても、前回と同じくひたすらに戦うだけだ。

 玄室型の迷宮は戦闘力さえあればなんとでもなる。

 そう言う意味では、これほど山も谷もない階層もないだろう。

 6層も似たようなものではあるが、種類がちょっと違う。


「鋼鉄の塊同然のゴーレムと言うのも、なかなかに厳しいな……」


 撃破したドラグーンの残骸を前に、イミテルがそのようにぼやく。

 鍛え上げた武僧の拳脚は金属鎧をも穿つが、肉体が鋭く硬くなるわけではない。

 鋼鉄の塊そのものの相手に拳脚を叩き込めば、こちらの方が負傷することだってある。


 無事に貫通出来たとしても、それで撃破できなければ危険だ。

 腕を引っこ抜けずにそのまま動き回られれば腕を基点に振り回される。

 そうなれば腕に全体重がかかる羽目になり、骨折……最悪は切断だ。


 イミテルは武器を使うので腕を喪うことはまずなかろうが。

 それでもやはり、膝や肘で金属塊を叩けば反動で負傷もあり得る。

 強く殴れば殴るほどにその反動も強くなるのだから、当たり前だ。


 そのため、ゴーレムと言った無機生物はイミテルと相性が悪かった。

 生物相手ならば、鍛え上げた武術の冴えもあってかなり強いのだが……。


「私自身が敵を打倒するのではなく、行動を封じる側に……しかし、ここまでデカいと足払いなど通じはすまいし……」


 イミテルはなかなか困っているようだ。

 元々が王女の護衛武官だったのだ。

 主たる仮想敵は人間であり、人型生物だったのだろう。

 大型の敵、無機物による魔法生命体などは管轄外。

 冒険者とは戦う相手が違い、備えるべき準備が異なる。


「私はどうしたらいい?」


 問われて、あなたは分からんと答えた。


「そういじわるを言うな」


 べつにいじわるとかではなく、本当にわからないのだ。

 あなたは拳撃での戦闘技術もなくはないが、主体は武器を使う。

 そして、元来あなたは有り余るパワーを叩きつける生粋のパワーファイターである。


 イミテルとは戦闘技術の方向性が違い、さらには戦闘指針すら違う。

 そんなイミテルに対して的確な助言はとてもではないができないし、わからない。

 鍛えるだけなら奮起を促し、嬲り倒して極限状況での戦闘を繰り返させるのだが。


「ううむ……だれか、なにかないか?」


 イミテルが困った顔でEBTGのメンバーを見渡す。

 が、だれも声を上げる者はなく、イミテルに助言をする者はない。


 これまたあなたと同じく、いじわるをしているわけではない。

 だれも素手での戦闘技術なんてものを収めていないのだ。

 強いて言えば、サシャが咄嗟の時に殴りつけることがあるくらいか。

 しかし、力任せに殴るだけなので、戦闘技術と言えるレベルではない。


「……困ったな」


 溜息を吐くイミテル。冒険者とはそう言うものだ。頑張って欲しい。

 最悪を想定して、それを乗り越える想定と覚悟をするのが冒険者だ。

 これからはそう言う機会が増える。イミテルも冒険者として活動するのだから。


 まずは、超大型サイズの敵と、武僧としてどう向き合うのかを考えるべきだろう。

 少なくとも打撃を叩き込めば、多少なりと損傷は与えられる。

 その上で、そこからどう戦術を組み立てるのかを考える必要がある。


「ふむ……考えてみれば、今は仲間がいるのだ。私1人で戦わずともよいのだな……」


「ああ、そっか。イミテルは侍従武官だものね。貴人の護衛である以上、チームで戦うのはあまり考慮されないのね……」


「その通りだ。侍従武官が戦わねばならぬ状況は、ほぼ単独だからな。それ以外の状況では侍従武官ではなく、ただの武官が複数人配置されている」


 そのあたりの意識を切り替えて、チームで戦う戦術を考えるところからだろうか。

 実際に戦闘に身を置いてみないと、案外気付けない視点だったかもしれない。

 訓練中は表面化しなかったが、考えてみると訓練では集団戦もしていた。

 実戦における集団戦をしていなかったので、そのあたりの意識の差が出たのだろうか。


「まず、前提条件として……私たちの戦闘における攻撃役は、そこな女たらしと、サシャと、フィリアが主体よ」


「3人か。フィリアも本来的には神官だが、武器を執って戦う術も十分に熟達しているのだったな」


「そうよ。そんな状況で、イミテルが4人目の攻撃役になる必要があるかと言うと、微妙なところね」


「4人までならば1体に対し同時に戦えぬでもないが、それら3人がいれば、早々手こずる相手もいまいな……4体以上の敵と戦うとなれば、戦士による抑え込みではなく、魔法による戦況管理を考慮すべきだろう」


「その通りよ。そして、イミテルがその場合、どう立ち回るのが最大効率で戦えるかは……私たちでは判断がつけられないわ」


 補助役に回るのか、あるいはフィリアを後方に下げてイミテルが前面に出るのか。

 またはあなたに思いつかないような、なにか冴えた戦術があるのか。

 そのあたりをあなたが判別することは難しい。


 イミテルの強さは分かっていても、その引き出しと手札の数は把握し切れていない。

 1対1では使えない技術や技、訓練では使うべきではない技術や技とてもある。

 そうした、イミテルの持てる全知全能を知るのはイミテルだけなのだ。


 戦術とは自ら組み立て、見出すもの。

 困難な話だろうが、イミテルにはがんばって貰うほかにない。


「ふむ……少し、時間をくれ」


 もちろんだ。あなたは頷き、ひとまずイミテルを戦力として勘定することをやめた。




 レウナの言によるところの、ドラグーン。

 そして、レウナも詳しくは分からないという人型の何者か。

 それらを特段苦戦することもなく薙ぎ倒して進む。


 まぁ、言葉で言うといかにも楽勝と言った様子に感じられるが。

 油断すれば一瞬で瓦解させて来るような攻撃力を持った相手ではある。

 決して楽に戦って、楽勝で進んで来たわけではない。


 サンダラーなる銃は直撃すれば十二分に致命傷になる攻撃だ。

 頭部や心臓などの急所に直撃すれば即死もあり得るだろう。

 一番頑丈なサシャなら頭蓋骨は貫通しなかろうが、レインはたぶん貫通する。


 そしてドラグーンは超大型サイズの敵だ。

 踏み潰されれば圧死の危険性があるし、そうでなくとも大質量の剣の切れ味はすさまじい。

 重さで叩き切るという運用においては、巨人サイズの剣ほど優れたものはないのだ。


 戦ってまず負けることはない。

 だが、油断してかかれば即座に瓦解する危険を孕む。

 そんな緊張感のある戦いを潜り抜け、あなたたちはすべての玄室を突破する。

 そして、前回の挑戦で撤退した場所、9層の手前へと辿り着いた。


「まずは作戦を立てるわよ」


 レインの宣言にあなたは頷く。否があるわけもない。

 あなたはまず、備えるべき対策になにが必要かを尋ねた。


「実のところ、私は前回の戦いでは開始と同時に即死したから何も分からないのよね……だから伝聞になるけれど、まずは冷気対策ね」


「前回は火炎対策をしましたが、あまり役には立ちませんでしたからね」


 9層にいるドラゴン、ドゥレムフィロアは2種類のエネルギーを使いこなすドラゴンだ。

 すなわち、火炎と冷気、その相反するエネルギーを使いこなす。

 だが、主体として扱うのは冷気であり、事実前回は冷気を主体に使ってきた。

 『魔流星』による攻撃や、火炎によるブレスも使っては来たので無駄ではなかったが……。


「まぁ、これは単純に前回も使った『エネルギー抵抗』と『エネルギー保護』の呪文を氷雪エネルギー用にして使うだけの話ね」


 『エネルギー抵抗』と『エネルギー保護』。

 ややニュアンスの違う言葉は、もちろん効果も異なる。


 『エネルギー抵抗』はエネルギーに対する抵抗力を高める呪文だ。

 つまり、特定のエネルギーに対する防護を獲得し、呪文の効力分だけエネルギーの威力を削ぐ。

 重要なのは、威力を削ぐ、と言う部分である。ダメージしか削いでくれないのだ。

 つまり、副作用は防いでくれない。氷雪エネルギーに呑まれれば寒いし、逆もまた然り。

 氷雪による拘束を防ぐ力もないし、電撃によるしびれ、酸による滑りなども防いでくれない。


 『元素保護』はエネルギーから守ってくれる呪文だ。

 かけられた際に込められたパワーを消費するまでは完全に防護してくれる。

 そして『元素抵抗』と異なり、副作用も防いでくれるのだ。


 この2つの呪文は同時にかけても『元素保護』のパワーから消費される。累積はしない。

 しかし、『元素保護』のパワーを使い切った後も、保険として『元素抵抗』が残る。

 副作用までは防いでくれないものの、エネルギー攻撃の威力を大幅に削ぐのは重要だ。


「次、私とサシャが即死した、アレ」


「咆哮を上げた、アレですよね。あれってたぶん……」


「そうね、あれはたぶん9階梯呪文の『嵐の声』ね。範囲内に存在する敵に、魂を圧するダメージを与える呪文とあるわ」


 手にした魔導書を捲って、以前に記入した記述を見つつレインが言う。

 先日の訓練期間中、あなたの財布から買い漁ったスクロールで9階梯呪文の記入も随分と進んだのだ。


「あの呪文は音波を媒介として広がる呪文だから……」


 レインがフィリアに目配せをし、フィリアは頷く。


「はい。音波系の呪文の常として、『静寂』の呪文で音波を遮れば完全に無効化することが可能です。ただ、これは諸刃の剣ですので……」


「そうなのよねぇ。当然こっちも音声要素の必要な呪文が使えなくなるのよね……」


 音声要素を省略できるあなたにはなんら問題のない弱点だ。

 しかし、この大陸の魔法使いはそうではない。

 特別な訓練を積まない限り、それら要素をしっかりと用いる。

 その方が魔法の難易度も消費魔力量も下がるので自然な話ではある。

 そのため、突然やれと言ってできるほど簡単な技術ではなかった。


「ワンドやスクロールを用いる限りは問題ないけれど……どうしましょうね」


「呪文強化の杖とか持ってたりは……」


「威力強化と高速化のロッドならあるけど、音声省略のはないわね」


 魔法使いっぽさがある、とのことでレインは複数本の杖を持っている。

 その中には呪文を強化する力を持つ杖もあるが、音声要素省略の杖はないようだ。


「そっか、これからは敵が術者な場合も多くなるのよね……それを考えると、むしろロッドは音声要素省略の方が強力かしら……?」


「相手が使えないのにこっちが使える、と言うのはあからさまな強みになりますからね」


「出れたら買いましょう……今回はどうしましょうか。そもそも『静寂』ってそんな長く保たないわよね」


「そうですね。それこそ1分やそこらですね」


「たしか、あの呪文って頑健なら抵抗できるんですよね。それをアテにして、比較的脆いレインさんとフィリアさんが後方で控えて『静寂』で身を守るとか……」


「でも、前回は頑丈なサシャも即死したらしいじゃない」


「うっ、それはそうなんですが……」


「待て、そのあたりは以前ジルになにか聞いた覚えが……あ、そうだ。『静寂』は放射系の呪文だから、箱に仕舞うなどして遮ることができるのだったな?」


「え? ええ、そうですけど」


「なので、ジルは『永続化』で効果時間を永遠にしつつ、必要に応じて取り出すことで使っていたはずだ。それと同じことはできないか?」


「えと……『永続化』は秘術呪文なので、私は使えないんです」


「あれは術者の呪文を永続化させる呪文だから、フィリアの呪文を私が永続化させてあげることはできないしね」


「そうなのか。ジルだからこそ出来たデタラメか……」


 しかし、その考え方自体は十分に使えるだろう。

 戦闘開始直前に『静寂』の呪文を使っておけばいい。

 前回は小手調べとして使われたし、戦闘開始時点での距離が長かった。


 次はそんな暇を与えずに速攻をかける。

 初撃を打たせないのは無理だろうが……2度目を打たせるつもりはない。

 その1度目を『静寂』で防ぎ、不要となれば仕舞い込めばいい。

 もし万一に2度目を打たれた場合を考えると解除は危険だし。


「そうですね。私が使えば1分やそこらは保ちますから、それこそお姉様がドゥレムフィロアに肉薄するまで効果を発揮させればいいと……」


 そう言うことだ。


「実際にやってみた戦術ではないからなんとも言えないけれど、やってみる価値はありそうね。次は……」


 実際に肉弾戦をしてみたあなたからすると、あのドラゴンの近接戦闘力は極めて高い。

 初歩的だが武僧のような技術も持っているし、単純に肉体能力が高い。

 そこら辺を踏まえると、最前線に立つのは同様に肉体能力が高いあなたとサシャとなる。

 その上で戦闘のポジションを考慮し、立ち回りを確定させなくてはいけない。


 つまり、最前線にサシャとあなた。

 後方にレイン。この3名は確定なわけだが。

 イミテルとレウナ、そしてフィリア。

 この3人をどこに置くかだ。


「私は弓での援護攻撃を主体にするので後方に身を置くほかあるまい」


「でしたら、私は中衛ですね。いざという時はサシャちゃんとスイッチして、サシャちゃんは後方でレウナさんに回復をしてもらえば長く戦線維持ができるかと」


「私は中衛に身を置いたところで出来ることもないからな……死ぬのは嫌だが、最前線に身を置くほかあるまい……」


 イミテルが心底嫌そうに言う。

 嫌そうだが、日和って中衛に……などと言い出さない根性は気に入った。


「あと詰めるべきこととして、チームが瓦解したと判断するラインは……」


「お姉様がいるから最前線が瓦解することはまずないわけですが……」


「最前線のサシャと、後衛のいずれかが倒れたら……いえ、戦線を維持するためには信仰呪文が必須と言うことを考えると、後方のフィリアとレウナ、どちらかが倒れた時点で撤退かしら」


「いや、それよりもフィリアだ。フィリアが死ねば蘇生できなくなるぞ。レウナは蘇生魔法は使えぬのだろう?」


「お布施を払えば蘇生はしてくれますけど、最高位の蘇生呪文が使えるとは限りませんからね……」


 そのあともあなたたちは細かく詳細を詰めた。

 この迷宮に挑んで以来、最大の敵たるドゥレムフィロアを超えるために。

 決戦の時は、近い。

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