9話

 迷宮をパーッと移動し、3層の秘境へ。


「死の安らぎ!」


「去れ、悪魔よ!」


「神よ眠っているのですか!」


「私は蝶!」


「チョウチョが飛んでる!」


 すると『エトラガーモ・タルリス・レム』のメンバーが全員発狂してしまった。


「あらあら~……考えてみると、半日足らずで帰って来ちゃいましたものね~。落ち着かせましょうか~」


 なにか鎮静魔法とかあったりするのだろうか?

 そう思っていると、カイラがおもむろにリゼラをぶん殴った。

 グンニャリとリゼラが卒倒し、地面に崩れ落ちる。

 その光景に他のメンバーが脱兎のごとく逃げ出す。

 カイラは追いかけて他のメンバーを殴り倒していった。


 なんて力強いのだろう。孤拳ただひとつでブチ極める姿は凛々しく美しい。

 問題は仕留めている相手が敵ではなく、味方だということくらいだ。

 なんと言うかこう、鎮静魔法とかなかったのだろうか。


「高度に発達した暴力は魔法と見分けがつかないんですよ~」


 ちょっと何を言っているのかよく分からない。

 あなたは首を傾げざるを得なかった……。



 『エトラガーモ・タルリス・レム』のメンバーをとりあえず治療した。

 そして、目覚める前に、あなたとカイラは再度迷宮を離脱した。

 休暇を与えるという名目で出てきたのを忘れていたのだ。


「どうしましょうか~」


 アルトスレアにあるジルの家に遊びに行くとか。


「ダメです~。メイドに手を出すつもりですよね~?」


 まぁ、そのつもりではあるが。

 しかし、そうするとソーラスの町で時間を潰すのか。

 だが、あそこで遊ぶとなると大分マンネリ気味というか。


「どこか落ち着けるところがいいですよね~。おうちデートとか~」


 じゃあカイラの家に?


「ん~」


 乗り気じゃなさそうだ。ならば、王都にあるあなたの屋敷に?

 しかし、カイラとブレウを引き合わせたらどうなることやら。

 カイラは自分自身に危害を加えるタイプのヤンデレだ。

 だが、さすがにあなたの実の子となると、何をしでかすか分かったものではない。


「…………」


 考え込んでいると、カイラがあなたの顔をじっと覗き込んでいた。

 そして、にこりと笑った。


「あなた、子供何人いるんですか?」


 あなたは力強い意思を宿した眼でカイラに堂々と宣言した。

 この大陸において、あなたの血を分けた我が子は1人としていない。

 命を賭してもいい。この大陸に来て以来、あなたの子は1人として生まれていないと!


「ふーん。エルグランドには何人いるんですか? あと、この大陸で妊娠させた女は何人ですか」


 クソッ、発言に隠した意図が読まれた!

 イミテルにはうまくいったのに!


「あのですね、私のあなた。私はあなたの心をグチャグチャに傷つけたいという思いはあります。あなたの指とか眼とかも欲しいです。今まで冒険して来た景色を見て来た眼……欲しいと思いますよね? 食べたいとか思いません?」


 あなたはそっち方面でもヤベェ趣味あるんだァ……と思わず遠い目になった。

 いやまぁ、景色を共有するという意味で、瞳に意味を見出すのは分かるが。

 それを食べたいとはどういうことなのか、ちょっとよくわかんない……。


「ですが、無関係な他の人間に危害を加えるほど、私は堕ちたつもりはないです」


 だが、あなたの子を産んだ女となると無関係ではない。


「無関係ですよ。関係ありません。私とあなた、1人と1人しかいません。私とあなたは、2人でいる時は2人ぼっちなんですから。この世界に関係するのは私とあなただけです」


 思想つえーな。あなたはちょっとビビった。

 やっぱこの少女、精神状態と言うか、頭と言うか、なにかしらおかしいのでは?

 いや、それほど純粋にあなたのことを想っていると言えばそうではあるが……。


 だがまぁ、言っていることも分からないではない。

 たしかに、カイラは意図的に罠に嵌めるようなことはしない。

 まぁ、同時に罠があることについて忠告もしてくれないが……。

 それに関しては、代価を払って教えてくれと頼んだわけでもないので当然だ。

 そう言う意味で言えば、カイラは死ぬほど怪しい以外は特に変なことはしていないのだ。


「ですから、あなたが妊娠させた人がいるなら教えてください。べつに危害を加えたりはしません」


 しかし、あなたの子を孕んだ妊婦が居たらイラッとしたりしないだろうか?

 悲しいことに、世の中には妊婦と言うだけで害意を抱く人間もいたりするのだ。


「む・し・ろ! 妊婦がいることを隠される方がムカつきますね! 私は、医者ですよ!」


 たしかに怒っているようだ。

 あなたはカイラに謝罪すると、家に妊婦が1人居ると答えた。

 そして、既に生まれた子は先ほど述べたようにいない、とも。


「あら、意外と少ないですね~? 既に3000人くらいいるかと思いました~」


 妙に具体的な数である。

 その数字の根拠は?


「この大陸に来て4年くらいですよね。1日平均2人くらい妊娠させてるのかな~、って」


 さすがにそんなことはしない。

 あなたはそう言う行為は慎重にすべきことだと正論を返した。


「……そこらへんはちゃんとした倫理観あるんですね~?」


 当たり前である。

 あなたは相手もそうだが、生まれて来る子も幸せにしてあげたい。

 なにより、我が子を得るとは、その命に責任を持つということだ。

 あなたはそうした責任から逃げるほど弱くないし、強くもない。


「弱くないし、強くもない?」


 責任を負い切れないと逃げ出すほど弱くはない。

 だが、責任など知ったことかと放り出せるほど強くもないのだ。

 あなたは両親に愛されて育ったがゆえに、我が子にもそうしてあげたい人間なのだ。


「……あなたって、やっぱり基本的にはいい人なんですよねぇ。なんでこんな女狂いになったんですかね……」


 ドでかい溜息を吐かれてしまった。ひどくない?





 カイラに促され、あなたは王都屋敷へと出向いた。

 そして、メイド長のマーサにカイラを引き合わせ、客人として遇するように、と命じた。

 1週間くらいは留守にするつもりで出てきたので、1週間は滞在する予定だ。

 そして、そのあとにあなたはカイラと共にブレウを訪ねた。


「あ、旦那様。あら? そちらの娘は……」


 どうやら少し調子がいいようで、ベッドに腰掛けて刺繍をしていたようだ。

 あなたはブレウにカイラを客人であり、医者であると紹介した。


「こんにちは~、はじめまして~。カイラと言います~」


「こんな姿で失礼します、ブレウと申します」


「サシャちゃんのお母様だそうですね~」


「はい。サシャのことをご存知で?」


「はい~。サディ……読み書きがとてもお上手で、拷……自主学習が好きで、向学心旺盛な立派な子ですよね~。あんな娘さんがいるなんて羨ましいです~。お母様の薫陶の賜物ですね~」


「そんな、あの子の出来がいいだけで、私はなにも……」


 カイラはサシャのことは嫌いではないらしいのだが。

 同時に、趣味がヤバいとしてちょっと苦手ではあるらしい。

 たぶん、サシャもカイラのことをよく知ったら、頭がヤバいと敬遠すると思う。


「さて、今日はあなたの診察に来たのですが~……うん、お腹の子は順調ですね~。性別、聞きます?」


「え、分かるのですか?」


「私なら分かります~」


 とんでもない名医だ……どうやって分かったのだろう?


「あの、男の子ですか?」


「女の子ですね~」


「あら、そうでしたか。サシャには残念な報告になっちゃった」


 どうやらサシャは妹ではなく弟が欲しかったらしい。

 なんで世の中の子供と言うのは異性の下の子を欲しがるのだろう?

 まぁ、あなたは例外的に妹が欲しいと絶叫し続けていた異常なガキだったが。

 なにしろすでに3人妹がいても妹が欲しいと今でも思っている。


「とっても元気そうですよ~」


 ニコニコとブレウのおなかを見て微笑むカイラは天使のように優し気だ。

 いつも朗らかでいながら、微妙に目に闇を宿していたのに……。

 もしや、あれはあなたに対する威圧のアピールだったのだろうか……?


「2人目とのことですので~、必要ないかな~とも思ったのですが~。胎教についての冊子をお持ちしました~」


 そう言ってカイラが本を取り出し、それをブレウへと渡した。

 ブレウは素直に受け取るものの、若干困り顔だった。


「赤ちゃんは妊娠から半年ほどで耳が聞こえるようになるとされています~。その頃から声をかけてあげると、とても良い効果があるとされていますよ~」


「えっと、ですね……」


「音楽なんかを聞かせてあげるのもいいですね~。楽器ができるなら、簡単な音楽を聞かせてあげたり。この家なら蓄音機もあったりするでしょうか~?」


「その、先生」


「はい~」


「あ、あの……私、字、読めなくてですね……」


「あ~。胎教はですね~。上のお子さんや、夫ともいっしょにやるものなんですよ~。サシャちゃんと、そこの女たらしは読み書きできますから~」


「あ、私と赤ちゃんに読み聞かせてもらうと」


「あとまぁ、普通に何度も読み聞かせてもらって、暗記するといいです~」


 まぁ、それが一番手っ取り早い気がする。

 しかし、胎教とやらにそんな効果があったとは知らなかった。


「それからですね~。私、現状で世界最高の薬師かつ医者なのでたびたび期待されちゃうんですけど~」


「はい」


「つわりに効くお薬とかはないんです~……ごめんなさいね~……」


「そうなんですか……」


 ブレウは残念そうだ。あなたも残念だ。

 カイラなら意外となんとかしてくれると思ったのに。


「でもですね、逆にブレウさんは、食べれてなかったせいか、とっ……ても! いい状況ですよ~!」


「そうなんですか?」


「はい。世の中の妊婦、太り過ぎですから」


 しかし、妊婦は赤子の分も栄養を取る必要がある。

 それを考えると、むしろ太るくらいでちょうどいいのでは?


「太るってことは赤子に与える分を補って余りあるくらい食ってるってことですよ」


 言われてみればそうである。


「正直言いまして、個々人で体重増加を管理するのはほぼ不可能です~。私が食事メニューを管理します~」


「はぁ」


「一応聞きますけど~。炭水化物摂取量を1食当たり90グラムに抑えて~、毎日体重測定をして、週の増加量が400グラム未満の場合に適宜増加食を追加って、できます~?」


「炭水化物ってなんですか?」


「ですよね~」


 あなたにも炭水化物とやらがなんなのかは分からない。

 やはり、医者にしてプロであるカイラに任せるべきなのだろう。

 あなたはカイラに、医師としてブレウを管理してもらうのに費用はいかほど必要か尋ねた。


「そうですね~。私自身、冒険やソーラスでの仕事があるので専属ではいられませんし……ちょっとお待ちくださいな~」


 言って、カイラが部屋から出て行こうとする。

 あなたはその背を追い、なにか必要なものでも? と尋ねた。


「ああいえ~、ちょっと必要なものを用意するだけで~……まぁ、すぐ済むし、廊下で出来ることなので、待っててくださいな~」


 カイラがそう言うならと、あなたは部屋の中で待つ。

 しかし、必要なものを用意すると言っても、どう用意するのだろう。

 以前、カイラに『ポケット』の魔法を教えたのでそれを使うのだろうか?


 そう思っていると、すぐにカイラが戻って来た。

 その背後に、以前も見たカイラの弟子、カイル氏を連れて。


「お待たせしました~。ブレウさん、コレは私の弟子で、カイルと言います~」


「はじめまして、カイルと言います。あなたが患者さんですね。よろしくお願いします」


 ニコニコと笑うカイル氏……の、ように見える、なにか。

 生命力が感じ取れないので、少なくとも生物ではない。


「コレの常駐費用として、出産から産褥熱の回復までを見越して1か月……8か月間、全部コミコミで金貨200枚でどうでしょう~?」


 そんな安くていいのだろうか……?


「高いですけど~。医者の平均月収って金貨15枚くらいですよ~。約8カ月雇うのに金貨200枚だと、月あたり金貨25枚ですよ~」


 そう言われると高いのかもしれないが……。

 しかし、それは薬や道具を一切使わなければの話では?

 その辺りの出費は別途費用を請求してもらって構わないのだが。


「ん~。では、少し詳しく詰めましょうか~。ブレウさん、コレと自己紹介などして、お話あってくださいな~。これからずっと専属でいますから、仲良くなれるといいんですけど~」


「ここまでしてもらうなんて申し訳ないやらで……」


「そんなことありませんよ。この世で命より大事なものなんてありません。お母さんと、赤ちゃん。その2人の命を守るのはとっても大事なことなんです」


 命ではないものがなにやら立派なことを言っている。

 なんだかなぁ、と思いつつ、あなたはカイラを連れて部屋を出ると、私室へと連れ込んだ。

 そして、椅子をすすめながら、あれはなんだ? と尋ねた。


「アレはですね~、メディシンフォージドと呼んでますけど~。カイルの人格を転写したデク人形です~。オートマトンですかね~」


 人格を転写した……?

 あなたが首を傾げていると、カイラが『ポケット』から妙なものを取り出した。

 それは見た感じ、猛禽類のくちばしのように見えた。

 だが、素材はどうみても金属で、作り物のくちばしだ。


「ああ……? なんだ、カイラ。お見限りだったじゃないか。歌っておしゃべりできるオレちゃんに用かい?」


 そのくちばしがパカパカと動くと、それは流暢に喋り出した。

 あなたは思わず硬直し、これはいったいなんなのか震える声で尋ねた。


「インテリジェンスウェポンってあるじゃないですか~。あれってどうやって作るんだろうな~? って調べてるうちに、出来たんですけどね~」


 知恵ある武具、インテリジェンスウェポン。

 それらは作り方は色々とあるが、最もメジャーなものは、魂の封入だろうか。

 つまり、制作者である魔術師が、自身の魂を封じ込めてしまうのだ。

 元より知恵あるものを封じ込めるので、自然とインテリジェンスウェポンになる。

 カイラの言うように、知識だけを転写する技法もあるとは言うが……。


「試してるうちに、人格の完全転写は無理らしいことに気付いて、目的別に転写領域を分けて造るようにしました~。コレは軽薄な部分、アレは愛情深い部分ですね~」


 たしかにカイラの手にしているくちばしは軽薄な喋り口調だった。

 そして、先ほどのメディシンフォージドなるものは愛情深かった。


「ちなみに、8割くらいは転写できるので~、やや精神に異常が出るけど、人間の模倣も可能ですよ~」


 なるほど、凄い技術だ。応用も悪用も無数に思いつく。

 もしや、以前のカイル氏もメディシンフォージドだったのだろうか。


「いえ、あれは本物です~」


 すると、カイラは弟子の人格を複数転写して便利な人形を作っていると。

 師匠にしても弟子をこき使い過ぎでは。

 そう言うと、カイラが口のついた筒を取り出した。


「あなたァ、あなたぁん……ねぇ、挿れて……ね、ね? 早く抱いてよぉ……」


 そして、カイラの声でそんなことを呟きだした。

 なんだろう、これ。呪いのアイテム?


「さっきのはおしゃべり用なんですけど、これはおしゃぶり用です。でもキショ過ぎてお蔵入りしました」


 なるほど、既に自分のことも便利にこき使っていたと。

 しかし、利用の仕方が最悪である。カイラの言う通りキショ過ぎる。


「と言うか、逆だとは思いませんでした~?」


 逆?


「つまりですけど~、カイルは以前からあの町で活動してたわけですから~。ポッと出の私よりも、ね?」


 つまり、カイラの方が複製された存在ではないかと。

 たしかに、そっちの方が納得できると言えばそうだ。


 それにカイラにはどことなく男性的な部分があり、それを取り繕っている。

 実のところ、カイル氏の複製品が女性として振る舞っていると言われた方が自然だ。

 まぁ、女らしさを知らなかったので中性的だったとか。

 男親に育てられたので男っぽかったと言われても素直に納得できる程度だが……。


 しかし、あなたにとってそれらはさほど重要な問題ではない。

 向こうから自発的に性転換して女として抱かれに来たなら手間が省けるとしか思わない。

 かつての性別とかどうでもいいし、心に性別があるとかもどうでもいい。

 重要なことは、その肉体が女かどうかであり、悦んだかどうか、満ち足りたか否かなのだ。


「うーん、見境なし……逆にここまでくると怖い……やっぱこの人どっかおかしい……」


 で、実際のところ、どうなのだろう?


「私のあなたは、秘密って言われた方が興奮するんじゃないですか?」


 たぶんする。


「じゃ、秘密です」


 なるほど、興奮した。

 なんと言うか、カイラはあなたの興奮するポイントを心得ている節がある。

 女らしくないのに、魔性の女味があって実によい。

 あなたはカイラをベッドへと押し倒したくなった。


 だが、さすがに身重のブレウの診察に来たカイラを押し倒すのは問題だ。

 夜だ。夜にやろう。やはり秘め事は夜にやるべきだ。

 それに、体に聞くとか、そう言う感じのプレイなら夜の方がふさわしい。

 今日はえっちな尋問プレイがしたいところだ。

 地下に部屋があるので、そこでやるのが雰囲気でる。

 ちなみに地下牢とかではなくただの保管庫とワインセラーである。


 まったく、今夜が楽しみだ!

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