8話
「率直に私個人の見解を言えば、世界なぞ滅んでしまって構わぬ」
場所を移し、テーブルを挟んでの会談である。
お茶などを供されて喉を潤し……ジュラク氏の開口一番はそれであった。
世界を存続させるためのお願いではなかったのだろうか。
「我が身は
ジュラク氏は随分と若く見えるが。
実は長寿種族だったりするのだろうか。
「それゆえ、私はあくまでそなたに伏して願う以外のことはせぬし、できぬ。次の世は若人が造らねばならぬ」
言いながら、ジュラク氏があなたへと頭を下げた。
「この世の神秘の安定にどうか尽力していただけぬか」
そのくらいはお安い御用だとあなたは安請け合いをした。
死人は少ない方がいいし、流される涙は喜びの涙であるべきなのだ。
あなたにはそう言った善良な考えを抱ける余裕があった。
「かたじけない」
そうジュラク氏が再度頭を下げた。
真摯な人物なのだなとあなたは思った。
「では、ここよりは私、薬袋
ジュラク氏の従者だと思われた少女がそう名乗る。
アキサメと同じファミリーネームだ。
あまり似ていないが、姉妹だったのだろうか。
「率直に申し上げますと、特別な何かをしていただく必要はありません。ただ、可及的速やかにこの次元における目標を達成し、可及的速やかに退去していただきたい。ただそれだけです」
それだけ?
あなたはいまいち呑み込めずに首を傾げた。
尽力してほしいというからには、なにかしら骨を折る必要があると思ったのだが。
この世界でやるべきことをしたら、さっさと出ていけとは?
「具体的な説明は私の口からはできないのですが、現状ではそれが最善手なのです。知り過ぎない方がよい。そう言うこともあります」
そんなことを言われると逆に気になるが……。
まぁ、そうすべきなのだ、と言うからには、そうすべきなのだろう。
あなたはいまいち呑み込めないながらも無理やり呑み込んだ。
「後ほど、退去寸前にカル=ロス殿よりご説明いただける手筈となっております。どうかご寛恕ください」
そう言ってシュウスイも深々と頭を下げた。
「では、カル=ロス殿。以降よろしくお願い致します」
「はい、お任せください」
どうやらもう会談は終わりらしい。
あなたは首を傾げつつも、カル=ロスに促されるままに部屋から退出。
そして、いっそ無礼なくらいの勢いであなたたちは家を送り出される。
そこで今度はカル=ロスの運転で移動となり、その先で仕事をこなすことになるとか。
「千葉市のさる企業の食品偽装の証拠をつかむ、と言う依頼をご用意しております。こちらをこなしていただこうかと」
「はぁ」
「なんだかすべてお膳立てされてるみたいで、奇妙ですね~」
「すみません。ですが、これしかないものでして」
そうカル=ロスが説明してくれるが、いまいち呑み込めない。
退去前には説明してくれると言うが……。
その後、あなたたちは言われるがままに、さる企業の社屋に潜入して証拠を盗み出した。
なにを盗み出したらいいか分からなかったので、金庫とか書類棚とか片っ端から盗んだ。
どれか1つくらいは当たりだろう。そのように説明したところ、カル=ロスに爆笑された。
「ジルさんはこれで必殺技が使えるようになるんでしたっけ~?」
「いまいちもにょるものを感じますが、使えるようになりました。これでイケるんですね……まぁ、たしかにシャドウランはしたのでいけてもおかしくはないのですが……」
そう言うジルは特に何か変わったようには見えない。
6倍加速できるようになったのではなかったのだろうか?
「目に見えて早くなるわけではないので。うまく説明できないんですよ。1サイクルの速度が6倍になったと言うべきなのかなと」
よく分からないが、そのうち必殺技のお披露目でもしてもらいたいところだ。
「カイラ様にはこちらを」
ここまでカル=ロスが運転して来た車の後ろの扉を開く。
そこはどうやら荷物入れになっているようで、大きな紙製の箱が満載されていた。
「すべて技術書、および化学関連の書籍です」
「自分で選ばせてはもらえないんですね~」
「すみません。町中で自由に行動していただくのは危険でして」
「まぁ、タダで譲っていただけるだけありがたいです~。ありがとうございます~」
「いえ。公費で購入したものですので」
あなたはこちらで観光とかナンパをしたかったのだが……。
「すみません、どちらも許可できないのです」
残念だ。
「私でよければお相手するのですが……」
何だってそれは本当かい!?
あなたは勢いよくカル=ロスとの距離を詰めた。
訓練の痕跡を感じさせる硬い手を握り締め、甘く愛の言葉を囁く。
「すみません、実際にはダメなんです。最後まで説明させてください」
しかし、カル=ロスはやや頬を赤くしたものの、冷静に返事を返して来る。
どうやら、随分とナンパされ慣れているようだ。
「これより、皆さまには退去していただきます。それにあたって、なぜ皆様に自由に活動していただけないのかは、紙面にて説明させていただきます」
言いながら、カル=ロスが懐から封筒を取り出した。
そして、あなたへと向けてそれを差し出して来た。
どうやら中に手紙入っているので、それを読めと言うことらしい。
あなたは封筒を受け取った。まずは退去しろとのことなので、退去してから読めばいいだろう。
「幾久しく壮健でおありください。またいつか」
またいつか会えたらいいね。
その時にはものすごいことをしようと思う。
期待を持たせて断るなんてひどい娘だ。
その裏切りの報いを、ねっとりと教えよう。
「では、未来で待っております」
そう、カル=ロスが手を振る。
あなたは手を振り返した後、ジルの展開した『ディメンジョンゲート/次元門』を潜り、元の世界へと帰還した。
あなたたちの現れた先は、ソーラスの自宅前だった。
いったいなんだったのだろうか? 不思議に思いながら、あなたは首を巡らせる。
そして、あなたは受け取った手紙を開いてみることにした。
「どういう事情だったんでしょう~?」
「私も少し気になります」
手紙には1枚の便箋と、1枚の絵があった。
いや、写真だろうか。その割にはなんだか質感が印刷された絵のようだが。
絵の内容に、あなたは首を傾げる。
黒髪に黒目の少女。先ほどまで会話していたカル=ロスだろう。
数年前の姿なのか、先ほど見たカル=ロスよりも幾分幼げで、目元も明らかにしている。
そのカル=ロスの右隣に座っている金髪の少女。
そして、2人の座っている椅子の背後に立って、2人の肩を抱く金髪の美女の姿。
その2人の姿にあなたは既視感がありまくりだった。
「これ、あなたですよね~?」
「後ろはどなたでしょうか」
後ろに立っているのはあなたの最愛のペットである。
肖像画の構図として考えると、あなたが妻で最愛のペットが夫側として立っていることになる。
エルグランドでは同性婚が当たり前なので、構図やポーズで家族内の立ち位置を示すのが普通だ。
つまり、この絵で考えると、カル=ロスはあなたがおなかを痛めて産んだ子……と言うことになる。
そして、産ませたのはあなたの最愛のペット……いや、しかし、そんな、まさか。
あなたと最愛のペットの間に生まれたならば、種族はハイランダーだ。
そして、ハイランダーは金髪に碧眼が基本である。
それ以外は絶対にいない、とまでは言わないが、まずいない。
まして、黒髪に黒目のハイランダーなど信じ難いほど天文学的な確率である。
って言うか、そもそもあなたには産んだ覚えがない。
いくらなんでもおなかを痛めて産んだ子を忘れるわけがない。
エルグランドの妊娠出産期間が最短1日であっても、だ。
「なんかいましれっと無茶苦茶な話聞こえてきましたね」
「1日で妊娠から出産まで……終わる……?」
あなたはこの絵の謎を知るべく、同封されていた便箋に目を落とす。
エルグランドで広く用いられている公用語での文章だ。
実に手慣れた筆致で日常使いしていることが伺える。
『お母様へ』
あなたは1行目の文章にノックアウト寸前だ。
何と言うことだ。カル=ロスはあなたがおなかを痛めて産んだ子だったのだ!
「いやいや、早合点かもしれないでしょう。すべて読んでから判断してください」
「そもそも同性同士で子供作れませんからね……」
たしかに、同性同士で子を成すことはできない……だが、エルグランドでは違う!
神秘かつ意味不明な地、エルグランドでは同性同士でも子を成すことが可能なのだ!
あなたは目元にギュッと力を入れて、カイラに力強く宣言した。
「……もはや背孕みとか脇下出産とかもできそうですね」
出来るが、それは妊娠する機能のない男性が代用でやる孕み方だ。
女は肉体に生得的にその機能が備わっているので無用だろう。
「なんだかもうよくわかりません、疲れました。エルグランドの話はしないでください」
にべもなく拒絶されてしまった。なんでだろう……。
ともあれ、あなたは紙面に再度目を落とし、文章を読む作業に戻る。
『この世に存在する次元界には、時の運行が厳密に連続していない次元界も存在します。殊にそれは『プレーン・シフト/次元転移』を用いた混送時によく引き起こされます』
『つまりですが、あなたたちは知らず知らずのうちに、近未来の時間軸に転移して来てしまっていたのです』
……つまり、カル=ロスはまだ生まれていないということだろうか?
なるほど、それならば産んだ記憶がないのも当然だ。
しかし、別の時間軸に移動することがあるというのは思いもしなかった。
周辺状況を過去に戻すとかならできるのは知っていたのだが……。
「時間軸転移……そんなこと可能なんでしょうか~? そもそも、時間はエントロピーの増大であって『変化』でしかないという説もありますし~」
「まぁ、少なくとも、最新版からクラシックな時代に戻ることは可能です。そう言うシナリオが売ってました」
「あ、可能なんですね~……その辺りはジルさんの方が詳しそうですね……」
「でも、そのシナリオ買わなかったので内容よく知らないんですよ。『プレーン・シフト/次元転移』で起きる事態だとは思えないです」
よく分からないが、少なくとも起こり得る自体なのだとは分かった。
まぁ、カル=ロスからの手紙によると、たびたび起こることのようではあるし。
『タイムパラドックスの許容は次元界によって異なりますが、私たちの世界ではそれは強く認められます』
『強く物理法則の確定した次元界では、そもそもタイムトラベル自体起こり得ないように』
『タイムトラベルが起こせるということは、タイムパラドックスが起こせるということです』
『そして、この度来訪してしまったあなたたち3人は3つの大陸でも指折りの強者たちでした』
『あなたたちを自由にさせた場合、何が起きるか分かりません。そこで、大ウソをこきました』
『神々の永遠の盟約の内容自体は真実ですが、アレは言葉通り永遠の盟約ですので破棄されないことが前提なのです』
『ですが、40億を超える人命を名目にすれば、大人しく帰っていただけるという確信があったゆえ、名目とさせていただきました』
『横暴な対応で無理やり送り返したことを、ここに謝罪させていただきます』
タイムパラドックスなる懸念はよく分からないが……。
未来と言うことは、あの時間のあなたもどこかにいたのだろう。別世界なのでいないかもだが。
しかし、例えばあなたたちが変な真似をして、元の時間に帰れなくなったら。
カル=ロスを産むものがいなくなってしまう。その場合、カル=ロスは消滅してしまうのではないだろうか?
『謝罪と言うか、謝意のごめんねセックスは私がしますので、たくさんお仕置きしてくださいお母様』
あなたは実の娘に手を出すほど血迷ってはいない。
そのため、悔しいが涙を呑んでカル=ロスには体罰でお仕置きをすることにした。
全身の骨をバキバキにへし折って反省してもらおう。
『なお、私は実子ではなく養子です。あなたの自宅前にて、お父様が捨てられていた私を見つけて引き取られました』
なるほど、そう言うことであればあなたが母側に立っていたのも納得だ。
基本的に捨て子を養育するのは男らしい行為とされるので、捨て子を拾ったものは一律で父親扱いなのだ。
そして、そのパートナーであるあなたは必然的に母親扱いになるわけである。
『ですので、手を出してもオールオッケーです』
しかし、娘として迎え入れた相手を。
それは、そんな、そんなことしちゃって、いいのだろうか!?
カル=ロスに手を出すよりも、アキサメに手を出すべきなのでは?
いや、娘の友人などと言うおいしそうなもの、食べていないわけがない気もするが……。
あなたは葛藤しながら紙面を目で追う。
『なお、養子に手を出すくらいならもう1人居たアキサメに手を出すぜ! などと思っているでしょうが、既に出しています』
やっぱり出してたらしい。
しかし何というか、思考に回り込まれているような手紙だ……。
あなたの思考回路が読まれまくっている。
『そして、その上で言います。血縁はないから養子は食べてもOKなんですよ。いっぱいえっちしましょうね……?』
カル=ロスはそのように肯定してくれた。
あなたは脳が灼けつくような興奮に襲われた。
気が狂ってしまいそうだ。まさか、こんなことになろうとは。
未来であなたのことが大好きでえっちな義理の娘が待っている。
何と言うことだ、輝かしい未来への希望が溢れて来た。
あなたはあの世界の未来も、自分たちの世界の未来も守って見せると決意した。
「この母親クソですね」
「シッ……!」
「忌憚のない意見と言うやつです。文句があるなら反論上等ですが」
「ぐっ……! うぅ……! 反論も……! 擁護も……! なんなら、看過もできませんが……! それでも、その……! 彼女は、顔がいいんです……!」
「それ弁護のつもりです? 子供に姦淫は
「エ……エルグランドはルール無用なんですよきっと!」
「だとしたら怖いですねエルグランド」
まぁ、実際のところ、エルグランドの法律では特に問題はない。
と言うか、血縁のある相手はまずいと思っているあなたは比較的行儀がいい方だ。
それはあなたが裕福で恵まれた家庭で育ったからなのではあるが……。
「マジで問題ないんですか。怖いですね、エルグランド」
「ええ……」
ジルにもカイラにもドン引きされてしまった。
あなたは悲しくなった。
ともあれ、あなたは再度紙面へと目線を落とす。
なにやら最後に1文あるのだ。
『追伸:バカンスが終わる前にギールは助けておいた方がいい、ブレウより美味しい。 とのことです』
伝聞調なあたり、これはどうも未来のあなたからの忠告かと思われる。
誰だろう、ギールって……ブレウと対比しているということは、たぶん獣人なのだろうが。
いや、あなたが獣人として対比するならサシャを出すと思う。
すると、これは単純にギールがブレウと縁故ある人間なのだろう。
あとでブレウに確認するしよう。あなたは一応覚えておくことにした。
「うーん、なんだか色々あって疲れましたね……短い冒険ではあったんですが」
「なんとも駆け足な冒険でしたね」
「そうですね~。3日くらい書店巡りとかしたかったですね~」
「私も現代兵器とか手に入れたかったです」
「ですね~。薬品の現物とかも欲しかったです~」
「まぁ、短くはありましたが、得るものの多い冒険で……あ、しまった」
「どうしました~?」
「アルトスレア大陸の誕生について、アルトスレアがなんなのか聞くの忘れました」
「普通に神様なんじゃないですか~?」
「いくら神でも大陸規模のサイズなはずはないのですが……まぁ、今さら戻って聞けませんし、しょうがないですか」
ぽりぽりとジルが後頭部を掻いて溜息を吐いた。
「ところで、依頼を達成した報酬なのですが」
そう言えばそうだ。今に至るまですっかり忘れていた。
異世界にいけるというので頭がいっぱいになっていたのだ。
もっと言うと、異世界の女の子はどんな感じかが楽しみ過ぎて。
結局異世界の女の子と遊べなかったので、こっちの報酬に期待したい。
「私がアルトスレアの自宅で雇っているメイドとの自由恋愛の権利でいいですか」
最高。分かってるね。あなたはサムズアップで敬意を示した。
まさかそこまであなたのことをわかっている報酬を提示してくれるとは。
あなたは淑女的なので、基本的に主に「好きにしていいよ」と言われでもしない限り、よそ様の家で無体を働いたりはしない。
まぁ、言われた瞬間に好き放題無体を働くが。
「では、いずれ好きな時に遊びに来てください。では、『グレーター・テレポーテーション/上級転移』」
フッとジルの姿が掻き消えた。帰ったのだろう。せっかちなやつである。
「私たちは、訓練に戻りますか~」
あなたは頷き、カイラと共に迷宮へと足を進めた……。
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