7話

 あなたたちは場所を移すとのことで、車に乗せられていた。

 自動車と言うらしいが。極めて可燃性の高い油を連続的に発火させ、その燃焼の威力を動力として取り出しているらしい。

 なんとなく仕組みとしては蒸気機関のそれに類似しているのだろうと思うが。

 あなたはべつに蒸気機関に詳しいわけではないので内実は不明だ。

 便利そうなので持ち帰れるなら持ち帰りたいが……。

 保守できないので持ち帰ってもしょうがなさそうだ。


 しかし、運転をしている少女と、あなたたちを案内している少女。

 2人ともよく似ているというか、よく似せていると言うべきか。

 目元を隠した上で、化粧をして肌色を整え、口紅も塗って個人の印象を潰している。

 暗殺者的なやり口だが、その類なのだろうか?


「自己紹介がまだでしたね。私はカル=ロス・ケヒです。運転手の彼女は薬袋みない秋雨あきさめです」


 鏡に映っている少女が軽く頭を下げた。

 しかし、カル=ロスとは。ハイランダーの伝統的な名前だ。

 もちろん別世界なので偶然音が似ただけなのだろうが。


「これより皆さまには征夷大将軍殿下に謁見していただきます」


「はぁ……あの~、征夷大将軍と言うのは……東夷あずまえびす征伐のために朝廷より任じられる令外官りょうげのかん……ですよね~?」


 なんのなんだって?

 あなたはあまりにも聞き慣れない言葉に首を傾げる。

 セイイタイショウグン? アズマエビス? リョウゲノカン?

 音は分かるが意味はさっぱりだ。いったい何語だろうか?


「……ん? あれ? そう言えば共通語コモンが通じてる……?」


「異世界に住む人間だからと言って、異世界のことを何も知らないというわけではないのですよ」


 そう言って、カル=ロスが微笑んだ。

 カル=ロス自身は人間のようだが、この様子だと養い親がハイランダーとかそう言う線なのかもしれない。

 つまり、あなたが知らないだけでエルグランドとこの世界は交流がある……?


「エルグランドの民である方にしかご理解いただけないかもしれませんが、神々の永遠の盟約の話となります」


 神々の永遠の盟約。

 エルグランドの第一期文明、ルス・マクナの時代よりさらに過去。

 原初の混沌の時代に結ばれた盟約であるとされるが。


 その盟約と言うのが、いずれがいずれに対して結んだものかは不明だ。

 神々の、と冠されるところからわかるように、そこに数多の神々が携わったことはたしかだが。

 それがいったいいずれの神なのかは全くの不明なのだった。


「第一期文明の興隆以前。アルトスレア大陸、ボルボレスアス大陸、リリコーシャ大陸が誕生した時代のことです」


 大陸って誕生するものなのか。

 あなたは首を傾げた。


「プレートテクトニクスか、プルームテクトニクスか……いずれにせよ、超大陸が分裂して、3つの大陸が誕生したということですよね~?」


「いいえ。あなたたちがアルトスレアと呼ぶ大陸は、他2つの大陸と同時に、突如として生まれたものなのですよ。その伝説の通りに」


「伝説の通りにと言うのは、アルトスレア大陸は創造神アルトスレアの背に築かれたという、アレですか」


「それです」


 創造神アルトスレアの背なに築かれし大地。

 たしかに、神学などではそのように表現されることがある。

 そして、対になるかのごとく言われるのが、神に抱かれし大地エルグランドだ。


「私の知るアルトスレア神はバージョン1.0の頃には飛行能力の記載がなかったので酸の落とし穴にブチこまれたら死ぬとか言う神にあるまじきクソザコ存在でしたが、そうではないということですか?」


「はい。むしろその知識はどこから出てきたのですか……?」


 カル=ロスが首を傾げる。あなたも首を傾げる。

 酸ごときで神が死ぬというのはありえないと思うが……。


「アルトスレア大陸は誕生と同時、エルグランド大陸を取り込もうとしました。これを拒んだのがエルグランドの創造神たる虚空の神です」


 虚空の神。忘れ去られし主神であると伝わる神。

 1年の始まりに虚空神に1年の無事を祈る習慣がある以外には、神事すら存在しない。

 謎に包まれた神であり、存在そのものが虚空である。


「虚空神は常世とこよの理と幽世かくりよの理を遮断することで、アルトスレアからの干渉を排除しました。ですが、その代償は大きかった……」


 もしや、それで力を使い果たして現世に干渉できないのだろうか?

 いかに神格とは言え、強過ぎる力を使えば消耗もするし、休眠も必要とする。

 そして、その消耗や休眠は万年単位にも及ぶことがあるのだ。


「虚空の神は遮断した理の代償を補うべく、隣接次元界の神格と盟約を締結。これを神々の永遠の盟約と呼び……それはこの世界の神格も携わった盟約です」


 その盟約の内容とはいったい?


「魂の循環、そのために行われる魂の融通です。エルグランドのある惑星において、現在魂の循環は正常ではありません」


 そうなの?

 あなたは特に何か異常があるとは思っていなかった。

 強いて言うなら、3日で死人が蘇るのは異常と言えばそうかも……?


「死人が蘇るのはべつに何もおかしい話ではないですよ。蘇生魔法と言うものが元よりありますからね。あれはあれで正しい循環です」


「えっ、そうなんですか? 死者蘇生って正常な運航なんですか~?」


「はい。正常でないのは、あの世界では正常な輪廻転生が行われていないことです」


 輪廻転生。つまり、死んだ者の魂が新たな命になることを言うが。

 そう言えば『輪廻転変厭離穢土』と言う技があるが。

 あれになんの効果も無く、死人が雑に蘇るのはそれが理由なのだろうか?


「はい、輪廻転生ができないので効果が出ません。逆呪文には効果があるでしょう。呪文自体に異常があるわけではないです」


 たしかにある。するとたしかに呪文自体に問題があるわけではないのだろう。


「あの惑星内における正常な魂の循環が行えるようになるまで、惑星の生命総数を満たす魂を融通する……それが神々の永遠の盟約の内容です」


「つまり、この世界から転生して来ている人間が多数いるのは、それが……?」


「はい。他の世界から来ている人間もいますし……エルグランドの神が同じ世界内の別の惑星から呼び込んでいる魂もあるようですよ」


「別の惑星とかあるんですか」


「それはまぁ、天の光はすべて星なわけですので」


「言われてみればそうですね」


 天の光はすべて星。言われてみればそうではあるが。

 他の星に、あなたたちと同じような人間が生きている……。

 それはなんだか、とんでもなく楽しい話に思えてならない。


 他の星にはきっと、あなたの知らない未知があるのだろう。

 この世界もいずれ冒険してみたいが、他の星を冒険するのも楽しそうだ。

 他の星に移動する方法は分からないが、なにか探してみよう。


「しかし、魂の循環ですか。凶悪犯罪者の魂を流刑としてエルグランドに送り込むとかしてそうですね。いえほら、聞く限り地獄じゃないですか、あそこ」


「あんまり反論はできませんが、一応現世です。でも、まぁ、しているんじゃないでしょうか。流刑かはともかく、盟約を悪用してるのはたしかなようですし」


「ほう、ルールの悪用と聞いては黙っていられないのがマンチキンです。詳しく」


「別次元でこっそり強大な英雄を作り出して、他の神格を出し抜こうという神が結構いまして。盟約で魂を送り込む際に、ちょっとばかり魂に強力な力を付与して送り込む……などしているようです」


「ほほう……」


「なるほどぉ……?」


 ジルとカイラがなにやら妙な得心顔をしている。

 なにか心当たりでもあるのだろうか?


 まぁ、あなたにはかかわりのない話だろうと、あなたはそれを無視する。

 そして、カル=ロスに、神々の永遠の盟約の内容は分かったと伝える。

 その上でなんだか推定偉い人と思われるセイイタイショウグンと面会する必要があるのはなぜか? と尋ねた。


「神々の永遠の盟約は既にこちらの次元界に根差したものと言っても相違ないものであり、この次元の運行はそれがあることを前提にしています」


 まぁ、聞く限り相当な大昔からあった盟約だ。

 少なくとも、エルグランドの第一期文明ルス・マクナは5000年以上は昔のこととされている。

 5000年も続いたら、それが前提になるのも不自然なことではない。


「ですので、永遠の盟約が破棄されると、この世界は最悪の場合滅びます」


 あなたはしれっと語られた重大事項に固まった。

 この世界が滅びるというのは、つまり、何が起きるのだろう?


「まず、この世界の総人口の20パーセント。ザックリ10億人が2週間以内に死にます」


 大惨事どころの話ではなかった。


「そしてさらに推定で15億人ほどが3カ月以内に死亡し、半年後には累計30億人。1年後の生存者数は2億人前後と見積もられています」


「あの~……なんでそんな大惨事になるんですか~?」


「この次元には、そちらの次元から神秘の許容枠みたいなものが流れ込んでいまして。それがなくなると、エルフとかドワーフみたいな異種族が生きていけなくなるんです」


「……えーと、20パーセントが10億人と言うことは、総人口50億人ほどなんですよね? 95%以上が異種族と言うことですか?」


「混血も含みます。生粋の人間でなくとも、7割以上は人間でないと生存不能だと見積もられています。そして、この世界では数万年前から異種族との混血が続いています」


「……生粋の人間はほとんどいないということでしょうか~?」


「はい」


 国家存亡通り越して、文明存亡とか、惑星存亡の危機な気がする。


「とは言え、あくまで最悪の推定です。実際には何も起こらない可能性もあります」


「起こる可能性と起こらない可能性で言うと、どの程度なのでしょう?」


「先ほど言った世界崩壊シナリオの可能性が2割くらいではないかと言われています。ただ、世界人口が半減する可能性は8割以上とのことで」


「大惨事ですね~……」


「ですので、盟約を継続するためにも、この次元ではいろいろと知恵を絞っています。あなたにも盟約継続のために尽力してもらいたいなぁ……と言うお願いのためです」


 なるほど理屈は分かった。

 あなたとて数十億人とか言う信じ難い数の人間が死ぬのは見過ごせない。

 その半数はおそらく女性なのだ。勿体なすぎるではないか。


「ありがとうございます……そろそろです。ご降車の準備を」


 カル=ロスが言うやいなや、車が停車した。

 そして、車の外には、主に木材で作られた素朴な家が建っていた。






 車から降り、カル=ロスと秋雨に案内されて家に入る。

 そして、草で作られた不思議な床材で覆われた部屋に通される。

 エルグランドの東方様式に似た建築様式だ。


 秋雨がすすめてくれたザブトンなるマットに座る。

 なんとなく落ち着かないが、こういう様式なのだろうか?

 そう思っていると、紙の張られた横開きの戸がスパーンと開かれた。


 そして、白い上衣に黒いズボン姿の青年が入って来た。

 どちらも頑丈そうな生地で、民族衣装かなにかのようだ。

 その後ろを銀髪金眼の少女がついており、従者だと思われた。


「余の顔、見忘れたか!」


 あなたは首を傾げ、はじめまして、とあいさつをした。

 見忘れたか、と言われても。まず間違いなく初対面だ。


「うむ、はじめまして。うむ……異世界より来たのだから、私の顔を知らぬも当然だな?」


「そうでございますね。そも、日本人であってもあなた様の御尊顔を拝した者は少ないと思いますよ」


「かつてならともかく、今や隠居の身ゆえ当然であるな……つまり、元から破綻していた……と言うわけか……!」


「そこは最初から気付いてください」


 呆れた調子で息を吐く従者の少女。

 あなたは主従にしちゃ随分と気安いなと思った。


「まぁ、よいでしょう。一同、頭が高いですよ。ここにおわす方をどなたと心得ますか?」


 普通に知らないので、あなたは素直に分からないと答えた。


「恐れ多くも、先の副将軍、家波戸部いーはとーぶ聚楽じゅらく公にあらせられます!」


「……? いや、副将軍などと言う役職、無いが?」


「そうですね」


 結局、民族衣装の男は何者なのか。


「では、テイク2と参りましょう」


「テイク2とかあるのか。まぁ、よい。委細任せる」


「ははっ。では……一同、頭が高い! 控えおろう!」


 これ、どうリアクションするのが正解なのだろう?

 あなたは周囲をさりげなく見渡して、とりあえず頭を下げた。


「この御方こそ、泣く子も黙る飛将軍……張遼ちょうりょうその人にあらせられます!」


「……人違いだが?」


「おや、間違えたようですね」


 もしやコメディアンだろうか?

 あなたは思わずカル=ロスと秋雨の様子を確認する。

 カル=ロスは変な表情をして自分の太ももを抓っている。笑いをこらえているのだと思われた。

 そして秋雨は手で顔を覆っていた。たぶん目も当てられないとか、そう言う感情表現だ。


「では、テイク3で」


「うむ」


「コイツは私の上司です」


 コイツ呼ばわりな上に結局誰なのかサッパリ分からない。

 あなたの横ではカル=ロスが爆笑し始め、秋雨がドでかい溜息を吐いていた。


「さて……掴みはバッチリでしょう。これだけふざけた真似をしておけば、聚楽様が異常な真似をしても「コイツはそう言うもの」と諦めてくださることでしょう」


「そなたは私を何だと思っているのだ?」


「異常者だと思ってますよ」


「ぬぅぅ……なぜだ……」


「ともあれ、さっさと話を進めてください、聚楽様」


「む、うむ……」


 世界の命運がかかっている話なのだから、重苦しい話になると思っていたのだが。

 こんなに和やかな気分で初めていいのだろうか?

 あなたはそう思ったが、気が滅入るような話よりはマシだ。

 そう思うことにして、あなたはジュラク氏との会談に臨んだ。

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