6話

 カイラとのデートが途中でご破算となってしまったが、カイラはどうも気もそぞろな様子だった。

 ジルの言う異世界とやらがそんなに気になるのだろうか?

 まぁ、あなたも異世界の女の子はどんな感じなのか気になるので、その気持ちはわかる。


 ともあれ、カイラが異世界に行きたいとご要望なのであれば、あなたはそれを叶えるまでだ。

 ジルの頼みもこなせるし、カイラの願いも叶えられ、あなたは異世界の女の子と出会える。

 誰も損をしない。どころか得をする。積極的にもなろうものだ。


 さておき、あなたたちはデートを切り上げ、3層は『大瀑布』の秘境に戻って来た。

 『エトラガーモ・タルリス・レム』のメンバーに軽くジルを紹介し、各々の訓練内容を見守る。

 ジルは明らかに凄腕で、なおかつ多岐に渡る能力を持っているので何か刺激になればいいのだが。


「現状は把握しました。『エトラガーモ・タルリス・レム』のメンバーの実力の底上げをしているのですね」


「はい~。全員円熟して、伸び悩みの時期ですからね~」


「そうですね。リーゼさんがソードマンレベル13ですか。ステータスから見てファイター互換クラスと考えて相違なさそうですね。1本伸ばしは高名なファイターのフォロワーでしょうか」


「一番伸び悩んでいるのはリゼラなんですよね~」


「ファイター4、モンク1、ナイト8。もうちょっとこう、なんとかなりませんでしたかね。モンク1要ります? モンク混ぜるならせめて鎧を脱いだ方が。逆なら低レベル時の半端さを補うためなんだなと思うのですが……そうするとファイター4がなんだかよく分かりませんし。後1取った方がいいのでは」


「なにか助言とか出来そうですか~?」


「ナイトの規範がある以上は下手なこと出来ませんし、重装戦士である以上は機動力改善も難しい上に、こちらの大陸ではダンジョンの攻略が主となると馬も持ち込めませんし、ファイター1上げる以外には特になにも……」


「そんなぁ……もうちょっとこう、なにかありませんか~……?」


「所持特技になにがあるのかわかりませんのでなんとも言えませんが、ビルドがなんとも。まぁ、取ってる特技次第で手直しは効く気がしますが……」


 ジルはなにやら他の人間とは物の見方が違う。

 そんなジルから見ても、リゼラはなかなか厳しいらしい。


「チー・ソラ・リグさん。シャーマン13。呪文リストを見ないとなんとも言えませんが、順当に呪文行使能力を上げるクラスを取っていけばいいのでは。このままシャーマンを伸ばすという意味でも」


「まぁ、魔力量を増やす以外に特に効果的な訓練はないですよね~」


「スアラさん。エンチャンター2、ローグ1、ディフェンド・チャンピオン5、マスター・スペシャリスト5……結構なロマンは感じますが、脆さを補いつつ、攻撃力もあり、文句の付け所は特に見当たりません」


「スアラは前面には出ずにいつつも、敵を幻惑する補助的な行動をしつつ、チャンスには致命の一撃を捻じ込む今のスタイルをより先鋭化させるのでいいと思うんですよね~」


「トキさん。レンジャー12、ローグ1。まぁ、そうですね。特に文句の付け所はないと思います」


「たしかにトキは文句の付け所がないんですけどね~……」


 まとめると、いちばんの問題はリゼラと言うことだろうか。


「まぁ、そうですね。テコ入れして強くなるところはありますが、ビルドが強ければそのまま強いというわけでもないのが悩みどころではあります」


「強い武器があっても使いこなせなければ弱いということでしょうか~?」


「そうですね。まぁ、ビルドが弱いと順当に弱いので、強ビルドの方がいいのは間違いないのですが。少し考えてみましょう」


 ジルも助力してくれるらしい。ありがたい限りだ。

 あなたでは順当に鍛える以外の解決手段が思いつかない。

 ところで、カイラの方はどうなのだろうか?


「読めません。たぶん、システムが違います。ヒットポイントが500を超えているあたり、余裕で伝説の英雄クラスなのは間違いありませんが」


 システムが違う?


「私は他人の能力を数値として捉え、それを自分の知識の範疇内にあるものと照らし合わせて言語化しています。カイラさんの能力は、私の知るいずれの類例とも異なるため、おそらく基礎部分から私の知る常識と異なります」


 なるほど、他に類例を見ない能力を持っているというのは分かりやすい。

 たしかにカイラの能力は独特で特殊だ。あなたも言われてみれば類例が思い浮かばない。

 不思議な人形みたいなものを使役して戦うのも独特極まりないし。


「あらあら~、褒めてもなにも出ませんよ~。ちなみに彼女はどうなんでしょう~?」


 カイラはあなたの能力が気になるようだ。


「彼女もシステムが違います。その上で、ステータスも高過ぎて読めません。6面ダイスで4ケタ出せとか要求されてる気がするので、凄まじく高いのは間違いないのですが」


「なるほど~」


「世の中には目指せる高みがまだまだあるということですね。やはりパワープレイヤーたるもの、それを踏み越えたいものです」


 なにやらジルは嬉しそうだ。目標が出来たということだろうか?

 いずれ、ジルが勝てると確信した時には喧嘩を売られるのだろうか?

 それは楽しみだ。早く強くなって喧嘩を売りに来て欲しいものだ。





「強くなるにあたっては、実際の経験を積むのが最適です。つまり私があなたたちの敵になってボコります」


 ジルはそのように宣言すると『エトラガーモ・タルリス・レム』のメンバーを容赦なく叩き伏せた。

 そして、同じ戦い方ではマンネリ化するからと言う理由で、実に多彩な闘技を見せつけてくれた。

 戦士としても、魔法使いとしても、魔法戦士としても戦える上で、さらに細分化したスタイルを使いこなせるらしい。


「気蓄積を消費しての連打。相手は死にます」


「ぐわぁぁぁ!」


「ドルイド呪文で木製グレートソードを作成し、魔法でトゲを生やしつつ鉄より堅固にした上で、『グレーター・マジック・ウェポン/上級魔法武器化』をかけます。エラッタによって累積しないことになりましたが、私は累積すると考えます。相手は死にます」


「ぎゃああぁぁぁ――――!」


「私は流派『虎爪拳』で武器を爪のごとく扱います。二刀流で用い、武技『宿命爪・竜走り』を使用します。跳躍して飛び越えた敵の頭を攻撃します。相手は死にます」


「ぐわばっ!」


「一生懸命作った魔法のロウソクを使用し、各種呪文修正を適用した『ファイアボール/火球』をSP消費無しで起動します」


「ああぁぁづあああぁぁ!!」


「私は超能力『テレキネシス・フォース』を『超能力修正:範囲』で25倍化し、相手を上空に放り投げて落下させます。飛行能力を持たない相手は死にます」


「うわぁあぁああああ――!」


 なかなか酷い有様である。もうちょっと容赦とかしてあげたらいいのに。

 あなたはジルにボコられた惨憺たる有様の面々を介抱して回った。


 しかし、そうしてボコられたことが奮起に繋がったのか。

 あるいはいい刺激になったのかは不明だが、『エトラガーモ・タルリス・レム』の面々の動きが目に見えて変わった。

 全員がキビキビと力強く訓練に励み、その意気込みも熱意も一入と言ったところ。

 毎日飽きもせずジルにボコられては挑み続ける。そんな日々だ。

 あなたも時々仮想敵としてボコる側に回ったりもした。


「ああ……今日も元気だ……毎日ボコボコにされているのに、コンディションに問題はないんだ……」


「毎日手厚い回復呪文がもらえるのはありがたいけど、ありがたいけど……!」


「気の安らぐ時がない、おぉ気の安らぐ時がない。つまり気の安らぐ時がない、おぉ気の安らぐ時がない」


「実力が伸びてるのは分かるんだけど、もうちょっと、ね……?」


「うへぇ……あの女たらし相手ならベッドに誘えばいいんだけど、ボレンハイムくんはね……」


 そんな日々を続けていると、やっぱり精神的に疲弊して来たらしい。

 以前、エルフ戦士団をボコって分かったことだが、あんまり根を詰めすぎると心が磨滅するようなのだ。


「そろそろ休みにしますか」


「今バカンス中ですけど~」


「では、休みを超えた休みを与えるべきだと思います」


「そうですね~。仕方ないを超えた仕方ないでしょうか~」


 あなたとしてはこのままさらにボコればより効果が得られるのでは? とも思うのだが。

 あんまりやり過ぎて心が粉々に砕けても問題である。

 そのため、ジルとカイラの言う通りに休みを与えるべきか。


「ジルさんの依頼をこなしに出向いて、それを終えて帰ってくるまで休暇にするというのはどうでしょう~?」


「いいんじゃないでしょうか」


 ジルはこれを狙っていたのだろうか?

 どうも常に無表情だし声にほとんど抑揚も無いので判別がつかない。

 ジルは人格があるのかも怪しむレベルで人間味がないのだ。


 まぁ、以前に分身を派遣してくれた時は実に可愛らしかったが。

 ベットの中でねっちょり可愛がると、か細い反応を零すのが実によかった。

 ついつい肉体の反応で零れてしまった嬌声ほど興奮するものはない。




 あなたたちは『エトラガーモ・タルリス・レム』のメンバーに、訓練の一時中断を通達した。

 ジルの依頼をこなし終えるまでは、自主訓練を頑張るようにと。

 全員が涙を流して喜んでいた。帰ったらもっとビシバシ鍛えよう。


「じゃ、いきましょうか~? どうやって行くんですか?」


「『プレーン・シフト/次元転移』を使います」


「あれって転移先に調和した触媒がないと転移不能では~?」


「この次元界に極めて至近の次元界に転移します。問題ありません。その次元からこの次元に、魂だけで来訪して産まれ直している人間も多数います。相互通行が極めて容易な証拠です」


「……なるほど~」


 あなたにはその辺りのことはよく分からない。

 ジルとカイラに任せよう。

 ジルはなにやら異世界だの異次元だのへの確信があるようだし。

 そもそも、ジルの依頼で行くのだから、任せるほかにないのだ。


「では、行きます。手を取ってください」


 あなたは言われるがままにジルの手を取る。

 カイラも同様にジルの手を取ると、ジルが魔法を構築しだした。

 見たことのない種類の魔法だが、種別で言えば召喚術のようだ。

 さて、異世界だか異次元はどんな場所なのだろう?

 そう胸を踊らせていると、呪文が完了。あなたたちは次元を飛び越えた転移を行う。


 一瞬の酩酊感とも浮遊感とも言えるものを感じたあなたは、直後に身を裂くような冷たさを感じる。

 手を繋いでいるジルとカイラの暖かさ以外の全てが酷く冷たい。

 あなたは凍り付きそうなほどに冷たい目を開けると、極めて高い高度にいることに気付いた。


 自前の飛行能力で飛翔。ジルとカイラを抱き寄せて抱える。


「そう言えばこの呪文はブレが激しくて、5~500マイルの範囲内で目的地からずれるんでしたね」


「上空にもズレるんですか……それ下手すると出た瞬間即死では?」


「言われてみるとたしかにそうですね。『ゲート/次元門』で移動するべきでしたか。まぁ、今さらですね」


 既に過ぎたことだ。ぐちぐち言っても意味がないだろう。

 それにカイラが懸念するほどの上空と言うわけでもない。

 おそらく高度8000メートルくらいだ。眼下に見える星が、あなたのよく知る星と同程度の大きさならば、と言う前提は必要だが。


「降りましょうか」


 あなたはジルに促されるまま、雲の隙間から見える地表面へと向かって降りて行った。



 降りていくにしたがって、雲の合間から見えていた町がハッキリと見える。

 天を裂くほどに巨大な建造物がいくつも立ち並んでいる未来的都市だ。

 コンクリートか何かだろうか? あれほど高い建造物をいくつも作るとは……。


 ジルに言われるがまま、適当に人目のない位置に降りる。

 そして、そこから徒歩で町に移動し、情報収集を行う。

 ジルはなにやら確信を持ったような様子で迷いなく歩き、公園のような場所に入り込む。

 そして、ジルがゴミ箱に突っ込まれていた紙束を取り出して読んでいる。

 ニュースペーパーかなにかだろうか?


「西暦2024年。初版は1994年。30年。近未来ですね、ヨシ!」


 文字読解の魔法でも永続的に付与しているのだろうか?

 魔法を使った気配もなく、あっさりと未知の文字を読み下している。


「……清和11年?」


「そう書いてありますね」


「ふーん……さて、ジルさん、これからどうするんですか?」


「非合法の仕事を探します。そして受けます。こなします」


「それは分かってますけど……そこに至るまではどうするのですか~?」


「探せばなんとかなります。いざとなれば神託でも授かることにしましょう」


「ジルさん割と何も考えてませんね~?」


「まぁ、はい」


 なんてことを話していると、公園の入り口前に止まっていた乗り物から少女が降りてきた。

 先ほどから何度も見かけていた不思議な乗り物だ。

 蒸気動力と言うわけでもないようだが、何動力で動いているのだろう?


 その乗物から降りてきた少女は、黒い水兵服を着ている。

 頭にも黒いベレー帽を被っており、なんらかの戦闘訓練を受けていることを彷彿とさせる身のこなしだ。

 その少女はあなたたちの下へと確信を持った足取りで向かって来ている。


 ジルとカイラは既に気付いているが、特に警戒はしていないようだ。

 まぁ、警戒するほどの相手ではないように思えるし、無暗に警戒すると逆に警戒される。

 警戒しないことが結果的に一番の自衛になるパターンもある。

 こうした、平穏な町中では特にそうなりがちである。


 しかして、その少女はあなたたちの前で立ち止まると、さらりとした調子で重大な情報を述べてきた。


「ジル・ラザッツ・オベルビクーン伯に、カイラ・イシ様。そして――――様ですね?」


 それはあなたたちの名前であり、この世界では知る者のいないはずの名だった。

 ジルとカイラが警戒を露わとする中、少女は手の平をみせて無害さをアピールして来た。


「私は敵ではありません。武器の持ち合わせはありませんし、あなたたちに危害を加える意思はありません」


 なんとなくそれは分かる。丸腰なのも嘘ではないだろう。

 しかし、なぜあなたたちのことを知っているのか。問題はそこだ。


「私たちはさる御方のご意向により、あなた方の速やかなこの世界よりの退出を目的としています。そのため、あなたたちの欲するところを叶える用意があります」


 あなたたちは顔を見合わせ、なんとも言えない面持ちになった。

 なぜ、それを知っていて、それを叶えようとしているのだろうか?

 知る手段はいくつかありそうだが、それにしても不気味だ……。


「あの~、そのさる御方って……どなたなのでしょう~?」


「征夷大将軍殿下にあらせられます」


「……なんて?」


「征夷大将軍殿下にあらせられます」


 セイイタイショウグン。何かの役職のようだが。

 カイラとジルが首を傾げだしてしまった。何か知っているのだろうか?


「詳しくお話しましょう。場所を移しませんか?」


 少女の促しにあなたは頷いた。

 先ほど酷く寒いところに放り出されたせいか、暖かいものが飲みたい気分だった。

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