第6話

 翌朝、あなたは宿に備わっているシャワーなる脅威の設備に心底しびれていた。


 エルグランドは水に恵まれない土地である。

 水自体はいくらでもあるが、諸々の理由により飲用には適さない。

 体を洗うというのも中々の危険行為と言えるくらいである。


 であるから、酒を飲むか、果物の果汁を搾って飲む。

 北の方では、雪解け水が飲用に適すので綺麗な水を飲んでいたりしたが。



 そんなあなたにとって、飲用可能な綺麗な水で体を洗うという行為に驚愕した。

 それだけには飽き足らず、まるで垂れ流すかの如き勢いで使うことにも驚愕した。

 金貨で体を洗うのと大差ないほどの浪費。シャワーとはあなたにとって、そんな脅威の設備なのだ。


「そう言う土地もあるんですね……この近辺では、綺麗な水はいくらでもありますから」


 シャワーについて教えてくれたサシャはそのように言っており、これは特別なことではないのだという。

 下層階級の者でも、毎日水浴びはしているし、ちょっと余裕があるなら、公衆浴場に行くという。


 公衆浴場。その綺麗な水を沸かし、暖かな湯に浸かるという行為を行う場所。

 それくらいはさすがにエルグランドにも存在したが、その多くは貴族の社交場を兼ねていた。庶民が使える場所ではない。


 この近辺はそれほど水に恵まれたすばらしい場所なのだ。

 あなたにとってはこのスルラの町こそが神に祝福された大地に思えた。


 昨晩の情事の痕跡を綺麗に洗い流した後、あなたは自分で料理を作った。

 宿では当然食事が出るが、あなたはそれを断った。食事は自分で用意すると告げて。

 金銭的理由ではなく、だれかの手が関わった料理を口に運ぼうと思わないだけだ。

 エルグランドでは得体の知れないものが食事に混入されていることは決してあり得ないことではなかった。


 特に女は媚薬など盛られたりすることがある。

 そのため、あなたが両親から一番熱心に教えられたのは料理の技術だった。

 自分で食事を賄えるようになれば、何もかも心配いらないと。


 あなたはオムライスとミルクを。サシャには好きにさせた。

 宿の食事を食べるも、あなたの用意する食事を食べるも自由と。

 ちなみに宿泊代に食事代が含まれているので、食事に金がかかることは無いと安心させるように告げた。


 そのためか不明だが、サシャは宿で出される食事を選んだ。

 贅を極めた、と言って差し支えないほど豪勢な食事にサシャは眼を回していた。


 質素、と言えるような料理を口にするあなた。

 その対面で、目もくらむような御馳走を供されるサシャ。

 絵面だけ見るとどっちが主人だかまるで分からない。


 本当ならあなたがサシャに食事を用意すべきなのだろうが。

 料理に媚薬を混入しないでいられるか確証が持てなかったので、あなたはそうした。

 あなたは残念ながら媚薬を盛られる側ではなく、盛る側の人間だった。




 朝食を恙なく終えると、あなたは昨日と同様にサシャの対面に腰かけた。

 サシャが少しばかり身構えるような様子を見せたが、あなたは笑って安心するように言った。


 昨日は溜まっている……と言う状態だったのだ。あなたに物理的に溜まるものはないが、精神的にはある。

 そのため、今日のあなたには余裕があり、サシャが微笑んだくらいで理性は飛ばない。潤んだ瞳で見上げられたら余裕で飛ぶが。


「そ、そうですか……」


 安心していいと判断したのか、サシャは少しばかりほっとしたような様子を見せた。

 それは普通に誤った判断だったが、それを教えてくれる者はどこにもいなかった。



 あなたは今日の予定をサシャに告げる。


 まず、サシャの身の回りの道具を購入する。

 衣服と装備品。そして、冒険に必須の道具類諸々。


 あなた自身の道具類は当然あるが、サシャにも同様のものを持たせる。

 まずないことだとは思うが、万一にはぐれたりした場合に何も持たないでは生存の可能性は極めて低い。


 そして、戦闘技術を身に着けてもらう。

 獣人は戦いを生業にする者が多いらしく、素質はあるだろう。

 まぁ、あるとかないとか関係なしに、努力でゴリ押しするのがエルグランド流だ。

 いずれはエルグランドに連れ帰るので、エルグランド流に慣れてもらう。


「は、はい……がんばります……」


 不安げなサシャは耳を萎れさせている。可愛い。

 このままベッドに押し倒したい衝動をあなたは堪える。


 あなたは愛玩動物を買ったのではない。

 便利で役立つペット、もとい奴隷を買ったのだ。

 奴隷をきちんと育てあげるのも主人の務めである。


 では、早速買い物に行こうと、あなたはサシャを促した。


「は、はい!」


 あなたとサシャは宿を出て、買い物へと向かった。



 宿で聞いておいた服屋へと向かうと、立派な構えの店が待っていた。

 裕福な客向けの宿であるから、紹介する店も相応に裕福な客を想定しているのだろう。

 気後れしている様子のサシャの手を引き、あなたはずかずかと店に入り込んだ。


「いらっしゃいませ。本日はどのような?」


 あなたは手を引くサシャを示し、この子に似合う服をと告げた。

 あなたはファッションにはあまり造詣が深くない。町中用の服を見立てる知識はないのだ。


 冒険用の服は、自分で色々と考え、見出し、時には自作するものだ。

 この店には最初から町中用、つまり普段着しか求めていなかった。


「これはこれは、愛らしいお客様でございますね。ご予算はどのように致しましょう?」


 あなたは金貨を50枚叩きつけた。

 サシャは瞬く間に着せ替え人形にされた。




 あれこれと服を着せられるサシャに、可愛い、とても似合う、最高、これを2着貰おう、今すぐ押し倒したい、美味しそう、食べちゃいたい、もうがまんできない、ヤろう、と褒め称えた。

 そう言うことをするならと店の奥に案内されそうにもなったが、あなたは自制した。


 そうして数々の服を買い上げたあなたは、それを全て『ポケット』に放り込んだ。

 服は軽いので、特に苦労することもない。


「あんなに、たくさん……あ、あの、私、そんなに……いいんですか?」


 なにがいけないのかあなたには分からない。

 奴隷の全ての面倒を見るのは主人の義務だ。

 なにより、可愛い女の子を好き放題に飾れるのは最高である。

 趣味と実益を兼ねた最高の時間なのだ。


「そう言うもの……なんですか?」


 少なくとも、あなたにとってはそう言うものだった。

 なにより自分で買ったのだから、押し倒して服を引き裂くとかしても許される。最高だ。


「そ、そうですか」


 サシャは苦笑気味だったが、あなたは興奮気味に熱く語った。

 いたいけな少女の服を引き裂き、ベッドに押し倒すのは最高の悦楽だと。


「そ、そうですか……あの、ご主人様って、女性、なんですよね……?」


 突拍子もないことを言われ、あなたは首を傾げる。

 どこからどうみても女性にしか見えないはずだが、男に見えるだろうかと。

 たしかに起伏に富んだ体付きではないが、男と見紛うほど貧相でもない。


「そう言うわけでは……その、男性みたいなことを仰るので……」


 たしかに、エルグランドで同様のことを語ると男性の方に同調者が多かった。

 しかし、女性にも同調する者は決して少なくなかった。男なら8割、女なら6割くらいは同調者だった。

 少女ではなく少年だったり、おっさんだったりもしたが、相手の服を引き裂いて押し倒すことは楽しいと言う者は少なくない。


「そ、そうですか……」


 エルグランドの深淵を垣間見たサシャは遠い目をした。

 このくらいで困惑していては、エルグランドでは立派な大人になれないので強く生きてほしいものである。



 次にあなたは街中を歩き回り、種々様々な店を覗いては必要なものを買いこんでいった。


 たとえば保存食。硬く焼き締めたパン、塩タラ、ハチミツ、干し肉、などなど。

 野営用の道具。火熾しに便利な発火器具諸々に、食器、携帯寝具、ランタン数種、ロウソク、脂、松脂など。

 周辺探索用の折り畳み、あるいは分解できる棒、金属製の鏡、チョーク、ハンカチたくさん、生成りの生地、水袋などなど……。


 それら諸々をかばんに詰め込み、これをサシャに持たせる。


「お、重いですね。それに大きいですし……」


 それが冒険者の背負うべき重みである。頑張ってほしい。

 まぁ、実際には『ポケット』の魔法を教えてやればそれで色んなものが解決なのだが。

 重い荷物を持って歩き回る、と言う行為に慣れてもらうためにも、しばらくはこのままだ。




 サシャには適当な武器を与えた。

 この大陸に来て、真っ先に殺した野盗御一行から奪った代物である。


 一級品の装備をいきなり与えてもいいことがない。

 装備を己の実力と勘違いした時、死はあまりにも容易く迫りくるのだ。

 まぁ、己の実力をちゃんと弁えてても、死ぬ時は死ぬわけだが。


 そうして、買い物と準備を終え、明日から冒険の再開だ。

 あなたは楽しみに心が躍る。うきうき気分でベッドに潜り込む。

 もちろん、隣にはサシャがいる。可愛い奴隷と添い寝は主人の当然の権利だ。


「……あの、ご主人様」


 不安げな表情のサシャが、あなたに声をかけた。

 あなたは優しく、どうしたのかと返事を返す。


「私、戦うのがこわいです……ど、奴隷の分際で、こんなこと、いけないですけど……こ、こわい、です……」


 なるほど、よく理解した。


 あなたはサシャをたっぷりと乱れさせて、明日への不安を無理やり捻じ伏せた。

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