第7話

「冒険者として生業を立てるなら、冒険者ギルドに所属するべき……だそうです」


 あなたはサシャにそうしたことを教えられて、冒険者ギルドなる場所へとやって来ていた。

 冒険者ギルドは大層立派な建物で、古くはあるが、手入れの行き届いた建物だ。


 壁には血痕も肉片もついていないし、半死半生の乞食も居ない。頭の弾けた吟遊詩人もいない。

 エルグランドにおいても半死半生の乞食は滅多に見なかったので、その点は変わらない。

 しかし、エルグランドと違って、乞食の死体、あるいは乞食の死体の残骸が散らばっていたりもしない。

 この大陸の冒険者とは、さぞや品行方正なのだろう。驚嘆に値する。


 この調子では、中も大層お行儀がよさそうである。

 中へと入ってみると、どうやらギルドには酒場が併設されているらしい。

 仕事場に酒場を併設するとはいったいどういう神経をしているのか。あなたには理解出来ない。

 酒は酒場で飲むべきで、冒険者ギルドは冒険者としての仕事を為すべき場所である。



 周囲からあなたへと視線が集まる。そして、それはすぐに霧散する。

 エルグランドでも似たようなものだったので、特に気にはならなかった。

 まぁ、それが起きる心理はまったくの別物だったが、あなたは細かいことにはこだわらなかった。


「冒険者ギルドへようこそ。本日はどのような御用でしょうか?」


 ここの冒険者ギルドはこんな店みたいな応対までしてくれるらしい。

 あなたはところ違えば文化も違うものだなと、旅人にしては今更な感想を抱いた。


 ここに所属するにはどのようにすればいいのか、また所属したとして何のメリットがあるのか。

 あなたは端的にそう尋ねると、受け付けの女性は我が意を得たりと言わんばかりの顔で頷く。


「冒険者ギルドでは各地から寄せられた種々様々な依頼の斡旋を行っております」


 それはエルグランドでも変わらない。あれを持ってこいとか、あれを殺せとか、こいつをどこそこに連れていけとかだ。


「冒険者ギルドに所属しますと、そうした依頼の斡旋のほか、仲間の紹介などのサービス業務も請け負っております」


 なんと仲間まで紹介してくれるらしい。自分で仲間を集わなくてよいのはいいことだ。

 あなたの場合、ペットで事足りたので、エルグランドにあっても使わなかったろうが。


「また、各種迷宮に挑む際のサポートなども行っており、地図の販売や情報の紹介などがされております」


 そんなことまでしてくれるとは、いたれりつくせりである。

 この大陸の冒険者は少しばかり甘やかされ過ぎではないだろうか?

 ぶっ殺されては懲りずに迷宮に挑むエルグランドの冒険者を見習ってほしいものだ。


 エルグランドにも冒険者ギルドは存在したが、その多くは完全な自己責任。

 冒険者ギルドは各種の依頼が集まり、それが紹介されているが、そこにギルドはノータッチだ。

 あくまで、冒険者に依頼したい依頼があれば受け付け、それを提示しておくだけである。


 冒険者が冒険者ギルドに属するのは、冒険者ギルドが有用だからだ。

 物品の鑑定をしてくれる魔術師、情報を販売している情報屋、冒険に有用な技術を伝授してくれるトレーナー。

 そしてなにより飯の種が集まっているので冒険者が集うわけだ。


 エルグランドのギルドでお勧めの依頼は? なんて尋ねても鼻で笑われるだけだ。

 もしくは、ここは幼稚園じゃないぞと冷たくあしらわれるだけだ。そう言う場所なのだ。


 そうしたエルグランドのことを思いだしたところで、あなたは少し気になって、ステータスカードはこちらにはないのかを訪ねた。


「ステータスカード……ですか。それは一体どのような?」


 あなたは懐から自分のステータスカードを取り出した。

 ステータスカードとは、冒険者のプロフィールを書き記すカードである。

 特に何かしらの魔法がかかっているということは無く、普通に手書きだ。


 どんなことを得意としていて、またどんな技術があり、どういった迷宮を踏破したか。

 そう言ったような冒険者の実績が記されており、仲間を集う際の端的な自己紹介に用いる。

 要するに、あれができる、これができる、と口で説明するのが面倒なので、テンプレート化させた情報と言うことだ。


「見たことのない字ですが……冒険者としての技能が記された自己紹介カードのようなものなのですね。当ギルドでは、これに類似するようなものは取り扱っておりませんね」


 なんとも面倒なことだ。ステータスカードは自分で書くものだが、ギルドも情報は控えている。

 そうした情報はギルド間で共有され、また冒険者たちにも公開されている。有料だが。


 そうした情報から仲間を探したり、アレを持っている可能性が高いから譲ってもらいに交渉に行くとかが出来るのだ。

 まぁ、食べたら美味そうな食料を探したり、アレを持っているならぶっ殺して奪おうとか、そう言う使い方もされるが。

 あなたもナンパする女の子探しに散々悪用したので、そう言った人物に何か言う資格はなかったりする。


 ちなみに虚偽情報を書いても構わない。

 嘘を書いたら苦労するのは自分だし、自分の命で代償を支払うだけだからだ。


「ギルドに登録されますか?」


 あなたは頷いた。また、背後のサシャの登録も頼んだ。


「字の読み書きは出来ますか?」


 分からないので見せてほしいとあなたは頼んだ。

 提示されたのは、あなたが見たこともない文字で記された書類だった。


 それを眺め、欄の位置や文字の数などから情報を類推する。

 そして、それをサシャに確認し、あなたはこの地の文字の解読に成功した。

 文字の法則は掴めたので、文法と単語を記憶すれば問題なく読み書きができるだろう。

 あなたはサシャに聞きながら記入を行い、それを受け付けへと提出した。


「はい、ありがとうございます」


 受け付けはそれを受け取り、少し眺めてから認可のハンコを押した。

 特に変な情報は書いていないし、そもそも大した記入欄が無かった。

 名前と年齢、性別、それから扱える技術について少しばかりだ。


 名前、年齢、性別は偽らず、技術に関しては記入が面倒だったので最低限だけ書いた。

 つまり、大抵の武器が使えて、魔法も使えるというシンプルな記述だ。

 年齢に関しては、あなたは永遠の15歳前後なのでもちろん15歳と記入した。


「こちらが登録証です。紛失した場合は登録のし直しですので、お気を付けください」


 そう言って渡されたのは板切れである。なんともしょぼい登録証だ。

 そもそも、インクであなたが提出した情報が記されているが、こんなのあてになるのだろうか?

 登録自体はしているが、実態はエルグランドとさほど差が無いのかもしれない。

 つまり、当人の名声と実績で依頼のレベルが決まるということだ。


「ちなみに、有料の登録証もございますよ。プレート型や指輪型がございます」


 あなたは指輪型を2つ買うことにした。

 エルグランドならプレート型が5~6枚は必要そうだが、こちらでは指輪1つで十分だろう。

 体が木っ端微塵になったせいで、どこかにプレートが吹っ飛ぶという事態はそうはなさそうだ。あったとして、回収しなければならないということもない。蘇られないなら1枚残ってれば十分なのだから。


「銀貨2枚になります。彫金が必要ですので、翌日の受け取りになります。それまでそちらの登録証を無くさずにお持ちください」


 もっともな話なので、あなたは素直にうなずいた。


「では、早速ですが、依頼の斡旋をご希望ですか?」


 あなたはとりあえずイエスと頷いた。

 特に金には困っていないが、こちらの依頼がどんなものか気になったのだ。


「あなたはこちらでの実績は特にありませんので、誰にでも紹介できるものになります。どのような依頼をご希望ですか?」


 こんなに丁寧に応対してくれるとは、感激ものである。

 エルグランドでは決して望めない対応だ。こちらの冒険者ギルドは冒険者を大事にしているらしい。

 あちらでは冒険者などいくらでも湧いて出てくる自然物としか思っていない節がある。まぁ、ほぼ事実だが。

 あなたはサシャのこともあって、肉体労働を希望した。肉体労働ならば技術は必要ないからだ。


「そうなりますと……外壁工事の依頼があります。常に人員を募集していますので、昼から外の工事現場に向かってくださいね。報酬は現場でお受け取りください」


 了解したと返事を返すと、あなたは昼食を済ませた後に、その工事現場へと向かった。






 工事現場では屈強な男たちが汗水を垂らして働いていた。

 また、非力な女性たちは、外壁の隙間を埋めたり、石についた塵や小石を払いのける仕事をしていた。

 キツイ仕事ほど報酬が高く、楽な仕事ほど報酬が安い。シンプルな仕事である。

 こういったタイプの仕事はあなたも初めてなので、少しばかり心が躍った。


「うーん、女の子2人か……そっちのちっこい子は掃除婦のやつらといっしょにやってくれ。嬢ちゃんは魔法が使えるらしいな」


 あなたはその問いかけに頷いた。

 エルグランドの魔法はまこと殺傷に適したものばかりなので、ここで役立つことはないだろうが。

 城壁を吹き飛ばす魔法は山ほどあっても、城壁を作る魔法など1つあるかどうかだ。


「あそこの岩、運べる魔法とかあるか?」


 そう言って工事現場の親方が指差したのは、実に大きな岩である。

 石切り職人が切った、四角い岩であり、人間の胴体を3つほど重ねた大きさがある。

 重さも相応にあり、屈強な男たちが2人がかりで道具を使って運んでいる。


 残念ながら、これを動かすような魔法はない。

 破壊を伴っていいなら吹っ飛ばす魔法はあるが、求めているのはそうではないだろう。

 そのため、あなたはその岩に近付くと、ひょいと片手で持ち上げた。


「おおっ! 力を強くする魔法か?」


 そんなものは使っていない。素の腕力で持ち上げただけだ。

 あなたはもう1個をもう片手で持ち上げると、何処に運べばいいのかを尋ねた。


「こりゃすごい戦力だ! あいつらと同じ場所に運んでくれ!」


 屈強な男らが石を運んでいる先を親方が指示したので、あなたはその通りにした。

 両手で2個の岩を持ち運べるあなたは、2人がかりで1つ運ぶ者たちに比べて4倍の効率を示した。

 加えて言えば、なにも持っていないかのようにすたすた歩くので、運ぶ速度も速い。


 あなたは日が暮れるまで岩を運び続けた。

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