20話
夕飯前にソーラスに帰りつくと、宿では全員が揃っていた。
「アンカーは店にあった在庫を買って来たんだけど、10個しかなかったわ。再利用できない可能性も考えると、足りないわよね」
「一応、入荷したら取り置きしてくれるように頼んでは来たんですけどね」
まぁ、そう言うこともあるだろう。
かならずしも必要なものがすぐに手に入るとは限らない。
むしろ店に売っていただけありがたいと思うべきか。
専用の道具を自分で作らなければいけない時もある。
「ご主人様、船はどうでしたか?」
あまりに高過ぎて買えなかった。
あなたは端的に答えた。
安くても金貨1000枚くらいだ。
現状、このパーティーの運営資金は金貨100枚もないのである。
「うーん、そこまで高いのね……」
「ただの小舟なら金貨数枚で買えるので、もうちょっと安いかと思ったんですが……」
「私たちの想定が甘かったみたいね」
そこであなたは、知恵者から得て来た知識について話した。
つまり、おがくず入りの氷、パイクリートを使った船の話だ。
「へぇ、おがくずを入れるだけで氷が長持ちするの。なんでそんなこと知ってるのかしら?」
言われてみると、なんでそんなこと知ってるのだろう。
それを使った船の名前を知っていたあたり、以前に作ったことがあるのかもしれない。
「で、実際に作ってみたの?」
まだである。あなたは全員が揃ってからやろうと思っていたのだ。
「あら、そうだったの。さすがに今日はもう遅いから明日やりましょうか」
「どこか水場でやらないとですね」
「おがくずなんてわざわざ持ってないですよね。薪をヤスリで削ればいいのかな……」
そうとなれば、明日に備えて寝よう。
パイクリート製の船、ハバクック。
それがうまくいけば、高額な魔法の船は不要だ。
ややせこいが、節約しながらの冒険と言うのも面白い。
明けて翌日。
あなたたちは実験のできる水場を求めてスルラの町へと転移して来ていた。
サーン・ランドでもよかったのだが、海だと波がある。
加えて当然ながら、海水は塩水。真水とは何かが違うかもしれない。
スルラの町の近辺にある、サシャが幼少期によく泳いでいたという湖。
そこへとやってくると、なるほど町の子供たちが遊んでいる姿が見える。
同様に、涼を取るためなのか、子供たちの監督のためか、大人の姿もいくらか見える。
まだ夏前なのだが、既に泳ぐのに不足がないほど暖かいようだった。
「じゃ、さっそくやってみましょうよ」
あなたは昨晩用意しておいたおがくずを木の桶に放り込む。
そして、湖から汲んだ水を流し込んで混ぜ、そこに『アイスボルト』を叩き込んだ。
直撃すれば、いかなるものをも凍り付かせる殺戮冷凍光線だ。
氷属性に耐性がある場合は問答無用で無効化されるが。
その圧倒的な冷却度により、桶の水が一瞬で凍り付く。
それを取り出し、硬さを確認する。なるほど、なかなか頑健そうだ。
「じゃあ、試しますね」
強度実験の役を担うのは、フィリアのヘビー・クロスボウだ。
あなたやサシャが殴ったらさすがに割れるだろうし。
サメの噛みつきに最低限耐えてくれる強度は欲しい。
カイラの言では強度も上がると言うが、どの程度なのかを知りたい。
ヘビー・クロスボウに耐えられるなら、サメの噛みつきにも耐えてくれるだろう。
近くの木に適当にパイクリートを立て掛ける。
そして、フィリアがそこへとヘビー・クロスボウを打ち込んだ。
弦の揺れる音と共に射出される重厚なボルト。
それはパイクリートに食い込んだかと思うと、僅かなへこみを作るだけで弾き返された。
あなたは思った以上の強度に思わず目を見開いた。
強度が上がるとは聞いていたが、予想をはるかに上回っている。
「こ、こんなに硬いんですか?」
「プレートメイルを貫通するヘビー・クロスボウを弾き返す氷……」
「つまりなんですか。これは騎士の鎧より頑丈ってことですか?」
そう、そうなってしまうのだ。
プレートメイルのほとんどはヘビー・クロスボウを弾き返せない。
たまに防ぐにしても、その多くは当たり所がよくて逸れたとかだ。
ボルトが貫通する鎧に対し、パイクリートは弾き返すほどの強度を持っている。
貫通したからと言って、その下の肉体まで貫くとは限らない。
むしろ、貫けずにそこで止まることの方が多いが……。
それでも、硬い鉄板を貫ける威力を持つボルトが、ただの氷を貫けないというのは尋常ではない。
「思った以上に洒落にならない強度ね……あとは、どれくらい溶けるかね」
「そ、そうですね。10分くらいは保って欲しいですが……」
とりあえず、あなたたちは湖水にパイクリートをつけた。
そして時間を測ろうと時計を開き、あなたは壊れている時計に舌打ちをした。
修理できるところを探さなくてはいけないと思っていたのに忘れていた。
まぁ、とりあえずは、大雑把にどれくらい保つかを数えればいい。
厳密に何秒単位で測る必要はないのだ。
しばらく待ち、パイクリートが溶け切ったのを見届ける。
ザックリと20分ほど保ったように思う。これは悪くないのでは?
氷と言うのは大きければ大きいほどに溶けにくくなる。
そのため、船と言えるレベルのサイズにまで拡大すれば、より溶けにくいはずだ。
「なにかの冗談かと思ってたけど、悪くなさそうね……」
「そうですね。あの、早く帰りませんか……? 視線が、痛くて……」
サシャがしょぼしょぼした顔で言う。
たしかに、いい年こいた女4人組がなにをやってるのか……と言うような視線は刺さっていたのだが。
「ううぅ……ご主人様、ここ……スルラは私の故郷で……幼馴染とかがいるんですよ……」
それは知っている。
「私、ご主人様に買われた時は15歳で、いまは18歳なんですよ……」
それも知っている。
細かく言うと、レインが出会った当時14歳で、現在17歳。
フィリアが出会った当時18歳で、現在21歳だ。
あなたはこの大陸に来た時に15歳で、現在15歳だ。
「18歳って、子供がいても全然おかしくない年齢なんですよ……!」
それも知っている。
「……もしかしてあっちで子供を遊ばせている奥さん方って」
「同い年の幼馴染ですぅ……」
などとしょぼくれるサシャ。
2~3歳くらいの幼児を遊ばせている若奥様たちがいるなとは思っていたが。
なんとサシャの幼馴染だったらしい。
なにかの巡りあわせが違って、奴隷にならなければ。
サシャもあそこで子供を抱いていたのかもしれない。
子を持つというのは、分かりやすい幸せのかたちだ。
それを想って気落ちするのも致し方なしというべきか。
「まぁまぁ……サシャの方が富裕な生活を送って充実してるんだし、使用人のいる生活は分かりやすい幸福のかたちよ。幸せの在り方はそれぞれじゃない」
「わかってはいるんです……でも、こう、子供を産んでよかったわ、あなたは結婚もまだ? 可哀想……なんて言われたら……!」
そう言って怒りを滾らせるサシャ。
まぁ、そう言う女同士の幸福のさや当てみたいなのはよくあることだ。
あなたは身に着けた筋肉か、手にした財貨で殴り倒してやるように言った。
「そうします! えいえいっ! 私は1日で金貨10枚も稼げる女!」
空中に向かってパンチを繰り出しながら猛るサシャ。
なんか間抜けでちょっとかわいい。
威力は直撃したら嫌味な奥様が一撃で肉片になる可愛くない威力だが。
「でも、いずれはお母さんに孫の顔も見せてあげたいし、結婚しなきゃですよね……」
「あんまり考えたくないわ……」
「私は信仰に生涯を捧げた身なので……」
レインはサシャの1歳年下……生年で言うと実際は2歳年下だが。
そのため、レインもサシャと同じく、既に子供がいてもおかしくない年齢だったりする。
フィリアに至っては修道女だからいいが、もう子供がいないとおかしい年齢だ。
「私たちの性癖をひん曲げたあなたが責任取って、私たちを孕ませなさいよ……」
レインがこの大陸の常識では滅茶苦茶なことを言い出した。
だが、エルグランドの常識では、さほどに妙な話ではない。
エルグランドでは同性同士だろうが子供を作ることができる。
ハイランダーと言う女しかいない種族が成立するほど大陸に根付いた生態だ。
そのため、あなたは内心でどぎまぎしながら、作れるなら作りたいのかと尋ね返した。
「? まぁ、変な男に引っかかるよりはマシでしょ」
「ですね。ご主人様なら養育費はケチらないでしょうし」
「男性との姦通無しで妊娠したなら、それは実質処女懐胎では……?」
全員それなりに乗り気らしい。
あなたは子作りが可能なことを話すべきか迷った。
黙っていた理由は特にない。
単に聞かれなかったというか、そんな下世話な話題にならなかったというか。
しかし、ここに来て突然開示したら、変な目で見られそう……。
少し時間をおいて、この時の話を持ち出す形で話すべきか。
それとも、仲間たちに話す前に、適当な相手に試しに暴露してみるか。
あなたは悩みつつも、撤収することを提案した。
「突然どうしたのよ? まぁ、帰るのは賛成だけど」
「帰りましょう帰りましょう……あ、その前にちょっと豚肉だけ買っていきましょう」
「あ、いいですね。ソーセージを買って帰りましょう。この町のブラッドソーセージは美味しいってサシャちゃんに聞いて、楽しみにしてたんです」
「おすすめですよ。新鮮なレバーをたっぷり使ってますからね!」
サメのエサとして豚も買っておきたかったのでちょうどいい。
使わなければ、そのままあなたたちが食べればいいのだ。
となると、それなりにランクの高い豚を買うことになるが……まぁ、大した値段ではないので構わないだろう。
豚肉をどっさり購入した後、あなたたちは王都へと移動した。
ソーラスに戻らなかった理由は単純である。
ソーラスにアンカーが無ければ王都で買えばいいじゃない。
という至極単純な発想からなるもので、買い物のためだ。
各地から物品の集まる王都では大抵のものは手に入るのだし。
「ついでに、頑丈なロープも買い足しましょう。すごい高いんですけど……シルク製のロープはこういう用途に最適なんですよ」
「濡れると脆くなる素材って結構あるけど、シルクは大丈夫なの?」
「はい。濡れてもしなやかで、強度も落ちないらしいですよ。ただ、高いですけどね……」
「まぁ、シルクだものね」
まぁ、高価とは言え、背に腹は代えられないだろう。
滑落したら普通に命の危険があるのだから仕方ない。
「じゃあ、買い物に行ってくるけど……あなたは?」
あなたはちょっと考えてから、残ると答えた。
ハバクックの作り方について考えておきたい。
パーツを作ってから接合するのか、ハナから木型で船を成型するのか。
いくつか実験もしたいので、広い庭のあるここでやりたい。
「重要なことね。分かったわ。ついでに、拾った宝石とかも捌いて来るわね。あ、胆嚢出しなさいよ。王都ならソーラスの3倍の値段で売れるわ」
それなら売るっきゃないと、あなたはソーラスベアから取った胆嚢を提出した。
「あと、新鮮な海の貝も目玉が飛び出るような値段で売れるわよ」
あなたは『四次元ポケット』から渋々貝類を半分出した。
残りは食べるのだ。こればっかりは譲れない。
オイスターをレモン汁でちゅるりと食べ、スパークリングワインと合わせると天国が見えるのだ。
「あとで私にも試させてちょうだいね……」
「お酒はほどほどでお願いしますよ……?」
そんな調子で、レインたち3人組が出かけて行った。
あなたはそれを見送ると、ライティングデスクに羊皮紙を出して船の設計について考え始めた。
船の構造は詳しくないが、要するに頑丈で運べればいいのだ。
そして、推進力を生むために、オールを出す位置を考慮。
その上で、氷の平板を接合して作れる構造を考える……。
多少の強度不足は適宜補強すれば何とかなるだろう。
いっそのこと、箱みたいな船だって構わないだろう。
あとは、氷の冷たさから低体温症にならないために断熱材に毛皮などが必要だろうか。
すると、必要なものが増えてしまう。手持ちに毛皮などない。レインに連絡しようか?
『送信』の呪文は会得しているのでレインに連絡は可能だが……。
いや、そもそも毛皮を買う金を持っているだろうか?
あなたは仲間たちの所持金を把握していないので、立て替えられるか分からなかった。
そこであなたは、屋敷には調度品として毛皮があることを思い出した。
まあ、本来は装飾のためのものなので断熱性能は微妙かもだが。
その辺りは加工すればいくらかはマシになるだろう。
熊の頭つきの毛皮から頭を取り外して敷けば、大分違うだろう。
となればと、あなたはメイド長のマーサと、お針子のブレウを探して部屋を出た。
あるものは使わなければもったいないではないか。
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