第55話

 休憩がてら、あなたはサシャに剣技をどう扱うべきかと言う点について論じた。


「剣技をどう扱うべきか?」


 そう。剣を手札のひとつとして使うのか、戦いの根幹として扱うのかだ。

 あなたは剣を単なる手札のひとつとして捉えている。最も扱い慣れた武器でこそあれ、それだけに頼ることは無い。

 必要なら槍でも槌でも使うし、弓だろうが銃だろうが使う。剣だけに頼ることはしない。


「なるほど……私も他の武器を使えるようになった方がいいでしょうか?」


 その辺りは実際に戦っていく中で、必要かどうかを考えて扱うべきだろう。

 『ポケット』が使えない者は手荷物の大きさの関係で諦める場合もあるが。


「たしかに長い槍とか棍棒とかいくつも持ち歩けないですもんね……でも『ポケット』が使えれば違いますね」


 そう言うことである。なので、自分のスタイルにそれが必要かどうかを考える。

 そして、その上でそれを用いることでどんな利点があり、仲間との連携に支障があるかを考える。

 とは言え、基本的には武器は二種類程度、多くても四種類程度までに抑えるべきであるとあなたは論じた。


「と、言いますと」


 単純に修練に注ぐ時間の都合だ。あなたも最初は剣と棍棒、そして弓の三種類のみに絞っていた。

 斬撃の方が効く相手、打撃の方が効く相手、そして距離を取ろうとする手合いや空を飛ぶ連中。

 そうした各種の状況を考え、さらに生まれついての強靭な肉体と俊敏性から、懐に飛び込むスタイルを想定した。


 かつてのあなたは身体能力こそ男たちよりも優れていたが、手足の長さはやはり体格相応。

 そのため、剣先を取り合うような間合いを潰し合う戦法は不得手と言うか不利だった。

 生まれ持った身体能力と俊敏性で一気に飛び込み、頑健な肉体で耐えてブチのめすというストロングスタイルがあなたの戦法だった。


「な、なんか屈強な重戦士みたいな戦い方をしてたんですね……」


 実際そうである。かつてのあなたは頑丈な全身鎧に身を包み、大きく重い大剣と、重厚なバトルハンマーで殴り合いをしていた。

 やがて純粋な戦士としてやっていくことに限界を感じ、魔法の扱い易い軽鎧に変え、武装も長剣と槍に変え、魔法を交えて戦うスタイルになった。

 今は武器戦闘は補助程度とし、魔法を主体とした軽戦士スタイルだ。魔法剣士と言う意味で一番近かったのは中期のスタイルだろうか。人によっては今が一番魔法剣士っぽいというかもだが。


「うーん、なるほど……私も、体格は小さいですけど力はかなりあるし、俊敏さもあると思うので、重たい武装で飛び込んで耐えて戦う方がいいのでしょうか」


 その辺りはやってみないと分からないというのが本音である。

 あなたはどの戦い方でもそれなりに適応したが、重武装スタイルがどうしても馴染めないという人間もいる。

 あなたの父なんかはそもそも重い武装をすると潰れてしまうので、軽装以外はできなかったりした。


「実際に試してみるまで分からないですか。それはまぁ、たしかにそうですよね。うーん……」


 しかも、それ以外にも考えることはいっぱいあるのだ。

 剣を扱うにしても、どういう剣を、どのようにして使うかと言う問題もある。

 もっと言ってしまえば、今のサシャの戦闘方法と今の剣は合致していないのだ。


「え? 私の剣と戦闘スタイルが合致してない?」


 当たり前の話だが。べつに剣が両刃なのはカッコいいから両方についているわけではない。

 当然ながら、片方が欠けたらもう片方を使うとか、そう言う理由で両方についているのでもない。いや、そう言う面がないとは言わないが。

 両刃の剣は、一方を表刃、もう一方を裏刃と言い、それを両方ともに扱うからこそ両刃として作られている。


 剣と言うのは技があって作られるものであり、剣あって技があるわけではないのだ。

 必要に迫られて与えられた形状に対して作られる技と言うのもあるので、全ての剣がそうと言うわけでもないのだが。

 また、リカッソの長さやポンメルの形状などもしっかりと考えて調整していく必要がある。


「ま、ま、待ってください、り、リカッソの長さとポンメルの形状も考える……えと、リカッソとポンメルってなんですか……?」


 サシャがメモを取り出して覚え書きを書き始めた。いいことである。

 リカッソとは剣の根元部分に作られた、刃のない部位である。

 あるいは刃はあっても、そこに硬革を巻いて、掴んで扱えるようにしたりする。


 こうした部位が作られていると、遠心力の影響を軽減してより高い破壊力を持った振り回し方ができる。

 剣をポールウェポンのように扱う方策の一つであり、また体格の大きい相手に対してより強い保持力を発揮できる持ち方もできる。

 長さが1メートル以上を超える両手剣に設けられるものなのだが、サシャの体格比で言えば今の剣にあってもおかしいものではない。


 ポンメルは剣の柄、あるいは尻とも言われる部位に取り付けられる飾りだが、完全に飾りと言うわけでもない。

 手を下側に向けて、地面に置かれた剣を掴む、と言うような形で剣を握った際、ポンメルは必然手首に当たる位置にある。

 つまり、握力だけではなく、てこの原理で手首に重さを負担させることで、剣を握る負担を軽減させるためにある。

 このポンメルの形状も、鎧の形状や装備する部位の選定で変わっていくものである。


 まあ、ポンメルに拘るのはどちらかと言うと日常用のドレスソードの類なのだが……。


「そこまで考える必要があるんですね……私、剣のことなんてぜんぜん知りませんでした」


 まぁ、普通はそんなものではないだろうか。

 さらに考えるべき点は、剣を扱う中で、どれを主体としていくかである。


 純粋な剣技の総合力で勝負していくのか。

 あるひとつの技を磨き抜いて、その技で勝負するのか。

 剣技を主体としてなんらかの奇策を織り交ぜるのか。


「ふむふむ……ひとつひとつにはどんな利点があるのですか?」


 剣技の総合力で勝負する場合、これはもうシンプルに強い剣士となる。

 このタイプの剣士になるにはある一定以上の評価を得ている剣技の会得が必要になるだろう。

 そうした剣技を会得し、技を極めていくに従い、強さの評価を図形で示すと、まるい円を描くような剣士になる。

 さまざまな状況に適応できる、総合力の高さ。どんな相手ともある程度以上は戦える。隙の無い強さだ。


 ひとつの技を磨き抜いて、その技で勝負する剣士は、その技を決めれば勝てる剣士になる。

 このタイプの剣士は我流の剣士が多い。生まれ持った肉体の素養と、培った経験から導き出される技。

 ある意味で心技体を兼ね備えた技は、一点突破の強さとなり、格上との戦いも覆し得るようになる。

 適応できる状況こそ狭いものの、そこらへんは工夫次第と言ったところか。ある意味で戦ううえで怖い剣士。


 剣技を主体として奇策を織り交ぜる剣士であれば、周囲の状況を深く把握できる怖い剣士だ。

 方向性で言えば騎士のそれに近い。騎士は前線指揮官のそれであり、強けりゃいいってものではない。

 こう言ったタイプの剣士は戦う前に勝っている者が多く、戦うこと自体が損な剣士である。


「なるほど。ちなみに、どういった風になるんでしょうか?」


 どういった風とは?


「えと、それぞれの剣士はどんな戦い方をするんでしょうか?」


 であれば、総合力の高い剣士はもうシンプルに分かりやすい剣士だろう。

 さまざまな種類の剣士があるので、これと言った類型こそないものの、分かりやすい剣士だ。

 戦ってみるとある意味でつまらないが、ある意味で正統派の面倒さを思い知らされる。


 ひとつの技を磨き抜いた剣士は、危うさを感じさせるような戦い方をする。

 しかし、なにをしでかしてくるのかが分からない。

 たとえば、相手に防御を取らせた上で、そこから必勝パターンを組む剣士がいる。

 上段からの打ち下ろしをガード。これの対応は剣を横に構えて受けるというものになる。

 このガードを丸ごと打ち破って勝利する。大上段からの振り下ろしに全てを懸ける剣士だ。

 こういったタイプは、その必勝パターンに持ち込む術を多数心得ているので、気付かぬうちに罠に嵌る。


 剣技を主体として奇策を織り交ぜる剣士も、これまたなにをするかわからない。

 戦い方事態は総合力の高さを感じさせるような、つまり、シンプルに分かりやすい剣士のようなスタイルになりがちだ。

 しかし、気付かぬうちに罠に嵌めてくる、と言う点では一点特化の剣士に似た部分もある。

 このタイプの剣士の用いる奇策は似通ったものになりやすいので、熟練者相手には脆い部分がある。


「どのタイプを目指すべきとかって、ありますか?」


 これに関しては好みであるが、基本的には総合力の高い剣士の方がよい。

 とは言え、戦っていくうちに、なんとなくどういうスタイルが自分に適性かは分かって来るものだ。

 我流でやっていくと自然に一点特化型の剣士になる者もいるし、逆に総合力を求めるようになる者もいる。


「私はまだそのタイプを選ぶ段階にも至っていない……ってことですか?」


 基本的にはそう言うことになるので、今のところはまず自分の手札を決めるところからだろう。

 あなたのおすすめは、突き、刺突だ。一般的には女なら刺突を極める方がいい。


「突きですか。どんな理由があるんですか?」


 単純な話、刺突が一番殺傷力が高い。そのため、筋力の不足を補うことができる。

 また、放ち方次第ではあるが、最もリーチに優れる。リーチの不足も補える。

 難点は、突きは一番危険度が高いので捨て身の戦法になりがちであること。


 サシャの場合、筋力の不足はないが、リーチの不足は大きい。

 長い武器を使うか、突きを主体とするか、相手の懐に飛び込むか、なにかしらの対応は必要だろう。


「んん……なるほど。じゃあ、武器も細めの突き向けのものにすべきなんでしょうか」


 べつにそれが悪いとは言わないが、ドレスソードの類は勧めないとも言っておく。

 あれらが突き主体になるのは、そう言う理由で作られたからではなく、別の理由で作られた剣を使うにあたってそうなるというだけだ。


「ええと?」


 ドレスソード、あるいはレイピアなどの類は戦場向きの剣ではない。

 日常用のものであるとか、帯剣が必要であるから備えるという性格が強い。

 そのため、細身で軽い剣が求められ、斬りには適正が低いので、突きが主体となる。


 突きが主体であるから、細身で剣の形状も菱形に近い刺突向きのものとなり、長めのものとなっていった。

 そう言った経緯で産まれた剣であるから、突き以外の適正が低く、戦法に縛りが生まれてしまう。


「あ、なるほど。相手に武器の形状で戦法がバレてしまうんですね」


 そう言うことである。突き一点特化なら悪いとは言わないが、バレるのでやめた方がいい。

 レイピアの類が切れないわけではないが、ロングソードよりも斬撃に向かないのは確かなのだ。


「考えることがいっぱいありますね」


 頭をたくさん捻って編み出した戦法を試していくのも楽しいものである。

 いろいろと工夫をしていくのも剣士の定め。頑張って欲しい。


「はい、がんばります」


 素直でかわいいサシャの頭を撫で、あなたは訓練の再開を宣言した。

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