第56話

 ザーラン伯爵家には、その規模に見合った大きい浴場がある。

 大きいと言っても、エルグランドに存在した温泉ほどではないが。

 それにしても、個人で用いるには大きいと言って差し支えない浴場だ。


「昨日も使いましたけど、すごく立派なお風呂ですね」


 なにやらちょっとばっかり挙動が不審なサシャがそのように言う。

 目が潤んでいて、なんとも可愛らしく、もじもじとしている。

 やはり、お互いに裸身であるから、そう言った想像をしてしまうのか。

 なんともえっちな子に成長したものだとあなたはうっそりと微笑む。


 これはもうご期待に応える以外の選択肢はなかろう。

 あなたはサシャに、とりあえず体を洗おうと伝え、お互いの体を洗うことにした。

 もちろん、たっぷりと石鹸を泡立たせて、素手で洗うのだ。


「は、はい……そ、その……やさしくおねがいします……」


 何回やっても恥ずかし気にそんな可愛らしいことを言うのだから、まったく辛抱たまらんペットである。

 あなたは存分にサシャを可愛がって入浴を終えた。




 入浴後、あなたとサシャは談話室でお茶を飲んでいた。

 湯上りの火照った体にリンネルの部屋着が心地いい。

 入浴文化が盛んな地域だけに、入浴後の愉しみ方と言うのも色々あるらしい。


 エルグランドにも温泉宿と言うものがあったが、愉しみ方はだいぶ違う。

 あそこは娼婦を買って入浴する場所であって、ヤるために行くところだ。

 そのため、純粋に入浴を楽しみ、火照った体を癒すという意味の楽しみ方はなかった。

 まぁ、それはそれで抜群に楽しいので、あなたはよく娼婦を独り占めにしたりしていた。


「私、チャタラはあんまりやったことないんですけど、基本は知ってるので……」


 チャタラとはこちらの大陸で盛んなボードゲームの一種だという。

 6種類の駒を、8×8マスの盤上で交互に動かして、王をとったら勝ち。

 1対1のものと、4人対戦形式があり、4人対戦ではサイコロも使う。また4人対戦の場合は駒は5種類。

 こちらでは湯上りに、体を冷やす効能のあるハーブティーを飲みながらチャタラをやるのが基本の楽しみ方なのだとか。

 その他には賭博、演劇鑑賞、女とイチャつく、殴り合い、馬鹿話、詩作、読書などなど……。


 エルグランドではイマイチ流行りそうにない楽しみ方だ。そもそもあそこには風呂自体が少ないが。

 深層からの湧水でなければ覚醒病に汚染されているので、天然温泉くらいしか安心して浸かれる風呂がないのだ。

 もしエルグランドで流行れば、楽しみ方のひとつに殺し合いが追加されるのは間違いないだろうが。


 あなたはサシャにやり方を教えてもらいつつチャタラを楽しむことにした。


「ご主人様、強いですね。やったことあったんですか?」


 もちろんない。ただ、エルグランドにはチェスと言う似たようなゲームがあった。

 あなたはチェスはかなりやっていたので、その経験がだいぶ生かされているのだろう。


「ご主人さまもそう言うボードゲームはされるんですね」


 なにしろ娼婦の嗜みのひとつであるから、覚えるのは当然だろう。


「あっ、そう言う……娼婦を買った時にやるんですね……分かりました……」


 あなたは首を振って否定する。買った時にやることもあるが、覚えた理由は違う。

 あなたがチェスを覚えたのは、あなたが買われた時にやるのである。


「えっ。ええと……その、それだと、ご主人様が娼婦と言うことになるんですが……」


 あなたはエルグランドにおいては娼婦ギルドに所属する娼婦だ。

 そのため、あなたは冒険者であるが、公的な職業については娼婦と言うことになる。


 ギルドの斡旋してきた客が女なら喜んで応対し、男ならあの世に送る。

 いずれにせよ天国を見せていたのはたしかなので、特に問題はないだろう。まぁ、男の方は地獄を見ている者もいるかもだが。


「ええ……な、なんで娼婦なんかに……」


 なにしろ自宅にお金持ちのお客様が向こうから来てくれるのだ。

 あなたにとってはお金をもらえてヤレると最高の天職である。

 今となっては金などどうでもいいが、抱いてくれる、あるいは抱かせてくれる女が向こうから来てくれるのは最高である。

 まぁ、あなたのペットからすると、ご主人様が金で買われて好き放題に抱かれる、と言う状況なので、それに脳を破壊されたりしていたが、ともあれ最高だ。


「そうですか……こっちの娼婦とはだいぶ違うんですね……いえ、娼婦に詳しいわけではありませんが……」


 まぁ、こちらでは娼婦ギルドに入るつもりはない。あるのかも知らないが。

 娼婦ギルドはエルグランドにしか存在しない、と聞いたことがあるので、おそらくないのだろう。


「まぁ、聞いたことは無いですね。たぶん、町ごとに何かしらの組合みたいなものはあるんだと思いますが……娼婦そのものが所属してるということは無いと思います」


 そう言うものかと頷きつつ、あなたは象の駒を動かす。チェスにはなかった種類の駒である。

 この近辺では、戦象と言うものが用いられていた歴史があり、象は重要な戦力なのだとか。

 現在では人間の用いる兵器の開発が進んだことで用いられることはなくなったらしい。今は儀礼用にわずかな数がいるだけだとか。


「うーん……ご主人様本当にお強いですね……ううん……」


 どうしよう? と頭を悩ませながら駒の上で手を彷徨わせるサシャの姿はなんとも愛らしい。

 眺めているだけで胸が温まるような、そんな心地にさせられる。

 そうしていると、レインが姿を現した。


「ああ、いたいた。ねぇ、トモとモモってあなた分かる?」


 レインが尋ねて来たのはそのような内容だった。

 もちろんその名に覚えはあったので、あなたは頷く。


「そう、知り合いだったのね。さっき冒険者ギルドに推薦状を出して来たんだけど、あなたのことを探してるって人探し掲示板に提示されてたわよ」


 追いかけて来たようだが、随分と早い行動である。

 あなたはその2人は今どこにいるのか分かるかをレインに尋ねた。


「『明けの黄金亭』って言うところに宿を取ってるらしいわよ。用事があるようなら行ってきたら?」


 あなたはそうすると頷いて、サシャに次の手を考えておくように言って、ザーラン伯爵家を発った。



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