第54話

 愉しんだ後、あなたは再度読み聞かせをしてもらった。

 今度は特になにもせず、サシャと一緒に寝転がっての勉強だ。

 まぁ、寄り添っているサシャの柔肌の感触は愉しんでいるが。


 そうしてあなたは文法と代表的な単語を習得した。基本の本だけあって分かりやすかった。

 基本は弁えたので、あとは語彙数を増やしていくばかりだ。

 単語の理解を増やすには逐一聞く必要があるが、どうとでもなるだろう。


「ご主人さまって頭もいいんですね……」


 これに関しては魔法書を解読するスキルが影響しているだろう。

 未知の言語でこそあれ、読み書きすることを前提としたものだ。

 隠すことを第一義とした秘匿言語や暗号の類とは難易度が異なる。


「そういうものですか?」


 そういうものです。

 あなたはサシャの言葉をそのまま返した。


 さておいて、あなたは手にしていた絵本を閉じると、サシャを抱き締めた。

 このままちょっとお昼寝をした後、軽く訓練をつけてあげようと。


「あ、はい。お昼寝をしたあと、訓練ですね。ちょっと楽しみです」


 そう言って笑うサシャを撫でた後、あなたはサシャの体温を感じながら体の力を抜いて睡魔に身を任せた。

 たっぷりと眠っても、勉強をした後はなにやら昼寝をしたくなるものだ。




 存分に午睡をして身を休めた後、あなたとサシャは訓練場に来ていた。

 お互い剣を手にし、それを構えて対峙している。

 もちろん殺し合うわけではない。これは単なる訓練だ。


 サシャに剣を振るわせ、あなたはそれに対応する。

 極めてシンプルな訓練であり、あなたは剣技の基本中の基本から教え込んでいく。

 つまり、とりあえず迷ったら正面に構える。これである。


「とりあえず迷ったら正面……ですか?」


 単純な話、相手が人間であれば、剣は手で持っている。足で持つ連中がいないとは言わないが、基本は手だ。

 多くの人間は胴体に腕が生えていて、そこに手があり、その手が剣を持っている。それが普通だろう。

 下半身から手が生えていたり、頭から手が生えていたり、むしろ13本くらい手が生えていたりする連中もいるが、基本は胴体から腕だろう。


「ご主人様は一体何と戦って……?」


 そうした手合いが戦う場合、体の可動域などの都合から、基本的には上半身に対する攻撃が行われる。

 そして、相手の腕の長さとこちらの腕の長さを考えると、自然な間合いを取ると剣と剣がぶつかり合う位置になりがちである。

 そうした時、真正面に剣を構えると、即応しやすい位置になりがちなのだ。であるため、真正面に構えると防御が楽なのだ。


「なるほど。だから迷ったら正面、なんですね」


 そう言うことだ。相手がよほど特殊でない限りはそれが一番生き残りやすい。

 中には腕が3メートルくらいあって、鎖鎌を振り回してくる騎士とかよく分からんのもいるが、そう言うのは特殊な事例だろう。


「腕が、3メートルある……騎士!?」


 特殊な事例なのであんまり考えなくていいとあなたはサシャを諭した。


「そ、そうですよね。ええと、他には何かあるのでしょうか?」


 勝ち目がいまいち見つからない相手なら、思いっ切り上段に。

 相手が大柄であれば下段に。こうした形が有利に働く場合もある。


「強い相手に上段と言うのはどんな理由が?」


 単純な話、勝ち目が見つからない相手に大人しい戦い方をしても結局勝てない。

 であれば、捨て身とか、破れかぶれの大上段が結果的に功を奏することもある。


 上段に構えるのは攻撃的な型であり、防御を捨てた捨て身の戦法だ。

 格下相手を素早く潰すというのにも使うが、勝ち目がない相手にイチバチの戦いを挑むならアリだ。

 まぁ、そうした状況に持ち込まないのが一番賢いやり方なのだが、無理なこともある。


「なるほど。下段はどんな?」


 大柄だと視点が上からになるので、近距離で下段に構えられると剣の位置が見えなくなるのだ。

 かなり大柄の相手でないと使えないが、自分の体に剣を隠すという戦法は中々奥深い戦い方ができる。


「なるほど……私にはまだ早そうです」


 それはたしかだろう。また、下段と言う意味であれば、泥臭いやり方だが面白い戦い方がある。

 かなりやくざめいた戦法になるが、相手と剣を交える瞬間に自分から地面に転がり、相手の足を切る、と言うやり方である。


「それって、失敗したらすごく不利なんじゃ」


 切ったら即座に転がって逃げるのだ。仲間がいれば、それが出来ないように抑えてもらう。

 1対1の戦いであれば、こうして足を潰せばあとは逃げ回っているだけで相手が倒せる。

 足は重要な血管が多い部位なので、その部位を潰せば勝ったも同然である。

 特に、太ももを切り裂くことが出来ればもはや勝ち確である。相手は即死だ。


「即死までいきますか?」


 この場合の即死は、かなりの短時間、と言う意味なので、瞬時に死んだという意味ではない。

 太ももの大きな血管を切断すれば、1分以内に死に至らしめることも可能なのだ。


「なるほどぉ……」


 また、1対多数であれば、走って逃げるという戦法もある。


「走って逃げる!?」


 相手は追いかけてくるが、足の速さには個人差があるので、やがて相手方の足並みが崩れる。

 そうして追い付いてきた1人を叩き切って、また逃げる。それを繰り返せばやがて相手が引き下がるか全滅だ。

 あるいは狭い通路にまで引き込んで、無理やり1対1を繰り返せるように戦うなど、基本は1対1を限定的にでも作るのが多数戦の基本である。


「ご主人様もそう言った戦法を使うことがあるんですね」


 まぁ、今ならさっさと広範囲の攻撃魔法で丸ごと吹っ飛ばしてオシマイであるが。

 かつてはそうした戦い方に頼ったこともあった。


「なるほど……集団戦……」


 そうサシャが考え込み出し、とりあえず、考え事をしながら剣を振ってると危ないので、いったん腰を下ろして休憩することとした。

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