フィリア 7話
大地が揺れている。
巨人とドラゴンの移動によって生まれる地鳴りが酷く耳障りだった。
この軍勢のうち、巨人は魔法の武具で武装していることもあった。
個として、その肉体能力だけで巨人は脅威だ。
それが魔法の武具で武装しているのだからたまったものではない。
単に魔法で強化されたのではなく、特殊能力までエンチャントされていることすらあった。
ドラゴンは純粋に強力であり、さらには高位の種まで居る。
魔法も脅威だが、その持ち合わせる特殊能力も脅威そのもの。
そしてなにより、ドラゴンの代名詞たるブレスはひとたび放たれれば容易く人々の命を奪った。
「■■■■■■■■! ■■■■■■■■■!」
意味を推し量るのこと出来ない言葉でドラゴンが叫ぶ。
金に見えて異なる、黄色い体表と言う見たことのないドラゴンだった。
そして、その口から放たれたのは、雷撃のブレスだった。
「くっ!」
咄嗟にカイトシールドで防ぐものの、電撃がフィリアの体を貫く。
電撃や炎などの非実体のエネルギー攻撃は、当たり前のことだが物理的に防ぐことができない。
痛みに明滅する視界の中、フィリアの脇を駆け抜ける影。
ハンターズのモモロウとリンが重量級武具を纏っているとは思えない速度で疾駆する。
そしてフィリアの隣で立ち止まったアトリが、手にした小袋を開けて中身をフィリアへとかけた。
「これは……」
「ボルボレスアスで使われている回復薬だ。これは空中散布型のものだ」
止血鎮痛作用まであるようで、振りかけられただけなのに随分と楽になった。
「私はサポートに回る。あまり強くないのでな。思いっ切りいけ。キッチリ支援してやる」
「……はい! 背中はおまかせします!」
「ああ」
リンが手にした巨大な刀でドラゴンの鱗を突破して肉を裂いている。
手足や尾の一撃を刀でいなしては、そのまま返す刀に切り付ける戦闘技術は凄まじい。
見たことのない様式の鎧を纏っている姿は、素晴らしく勇ましく見えた。
モモロウはドラゴンの頭部周辺に張り付くというすさまじい事をやっている。
噛みつきやブレス攻撃を、信じ難いほどの紙一重で躱してのけているらしい。
手にした盾によるシールドバッシュはドラゴンをのけぞらせるほどの威力があった。
「パンツ野郎! さっさと気絶させろ!」
「黙れ長乳女! 初見の相手のクリーンヒットポイントなんかわかるかよ!」
暴言を交わし合いながらもその動きによどみはなく。
その戦いにフィリアが参陣し、手にしたバスタードソードによる一撃を見舞う。
強化魔法によって増大された筋力、生来の恵まれた体躯、そして種々の装備品。
それらの合わせ技によって得られた威力は、ドラゴンの鱗を砕き、その肉を裂いた。
「■■■■■■!!」
ドラゴンの悲痛な絶叫が響くと同時、凄まじい轟音が響いた。
跳躍したモモロウが、回転運動と共に全体重を乗せたシールドバッシュを叩き込んでいた。
その一撃はドラゴンの意識を一瞬ながらも肉体から引き剥がして見せた。
途絶えた絶叫を認知するや、リンが剣を構えた。
「心機応じて発勝せり! 勝機、既に我が内にあり!」
放たれる連撃と同時、眼に見えぬ力が蓄積される。
武僧の用いる、氣と呼ばれるものに類似した力だ。
ドラゴンの尾、その根元に叩き込まれる3連撃。
刀を振るった勢いのままに行われる血振るいが地面に血の筋を創り出した。
同時、炸裂する剣気がドラゴンの尾をそのまま切り放した。
「■■■■■■■!?」
悲痛な声と共に、ドラゴンが転げまわる。
人間で言えば、四肢を切断されたのにも相当するほどの重傷だ。
一時的に正気を失うほどの混乱を来してもやむなしと言ったところ。
無論のこと、その隙を見逃してくれるほど、冒険者は甘くない。
「死ねトカゲ野郎」
転げまわるドラゴン、その眼窩に銃口を捻じ込み、引き金を絞るのはメアリ。
愛しのお嬢様に対する甘えたような声音ではない、酷く冷たい声。
自身の持てる力全て、その命を狩猟に捧げた狂える戦士の一面だった。
携行用の砲とでもいうべき大口径の銃の持つ力はすさまじい。
ドラゴンの咆哮にも負けぬほど力強く吼え立て、吐き出される弾丸。
弾丸がドラゴンの脳髄を掻きまわし、その頭蓋が内側から爆散する。
灰色の脳髄と、髄液の混じったピンク色の血、肉片が飛び散った。
地面に崩れ落ち、ビクビクと痙攣する頭を喪ったドラゴン。
一歩引いて巻き込まれないようにしながら銃に弾薬を再装填するメアリ。
「ボルボレスアスの飛竜はこんなに簡単に殺らせてくれないんですけどね」
「ちょっとこいつら調子乗ってる感あるよな。自分より強いバケモンと会ったことない感じがする」
「その割に鱗が硬いのがだるい。刀が傷む……」
あっさりとドラゴンを屠っておきながら、ハンターズには高揚も気負いもない。
話しぶりからすると、ボルボレスアスのドラゴンの方が強いらしい。信じ難い話だった。
神話に登場してもおかしくないほどの化け物がゴロゴロいる大陸だとでもいうのだろうか。
思わず戦慄していると、結界内に巨人が出現する。
それに呼応するように飛び出して来たのは、夜闇に溶け込むような黒髪を靡かせる野性味溢れる美女、セリアンだった。
「だりゃあっ!」
跳躍と同時、細腕によって振るわれる拳撃が巨人の頭部をひしゃげさせる。
続けざま、背負った剣が首を跳ね飛ばした。瞬殺だった。
「強っ……セリアン1人でいいんじゃねえのかあれ。理不尽なくらい強ぇぞ」
「セリアンの剣では刃渡りが足らん気がするんだが……少なくとも私の刀くらい要るだろ」
「まぁ、セリアンなら楽勝で倒せるでしょうけど、さすがに全周囲には手が回らないでしょうし……お嬢様の負担を軽減するためにも張り切って戦いませんと」
「サボらんとキリキリ働け。遠距離組は矢玉を使うほど金が減るんだから、近接組の私たちが気張らんといかんのだぞ」
「あーもう! 金金金! 狩人として恥ずかしくねぇのか! あの女たらしから詐欺同然に金巻きあげたくせに!」
「経営陣以外の発言は認めん。どうしても発言したかったら発言権を買え」
「クソッタレ! 金取んのかよ!」
がめついアトリに地面を蹴って毒づくモモロウ。
同一人物だが、割と性格は違う。というのも、モモからするとアトリは10年前の自分だ。
とうに成人していた身ではあるが、それでも10年の歳月は性格を変えるには十分だ。
「……金に関してはともかく、戦線はどうなんだ? 他の組はどうなってるか分かるか?」
「少なくとも瓦解しているということはないだろうな。魔法で連絡が来る手筈になっている」
「ふぅん……」
まぁ、無事というならそれでいいか。そんな調子でモモは戦場を見渡す。
ドラゴンと巨人が無尽蔵に湧いて出て来る異常な戦場だ。
終わりの見えない戦いを繰り返すのはいいが、物資に限界がある。
「早ぇところ、朝になってくれよな……」
それは弱音とも祈りとも言えるような、そんな言葉だった。
「でぇやぁぁぁっ!」
裂帛の気合と共に放たれるのは、短い投げ槍だった。
スピアスロアーによってより強力な投擲を可能としての射出。
それは豪速で空を飛翔し、巨人、ドラゴンの別なく肉を抉り突き刺さった。
サシャの常軌を逸した筋力を最大限に活用できるのは近距離戦闘ではない。
重い射出物を高速で射出できる、遠距離攻撃役なのである。
重量10キロ近い岩を60メートル以上投げられる剛力は伊達ではない。
槍を投げれば200メートル近く飛翔し、スピアスロアーを使えば300メートルを超える。
直撃した部位の肉が弾け飛んで貫通するほどの凄まじい威力だった。
「『魔法武器化』! 『魔法武器化』!」
その横でサシャの投げる投げ槍に次々と強化魔法をかけるレナイア。
より上位の『上位魔法武器化』も使えるのだが、今のレナイアでは劇的な差が出ない。
それに今は手数の方が重要なので、数を使える『魔法武器化』をかけていた。
「僕、投げ槍ってあんまり得意じゃないんだけど」
そしてサシャと同じく投げ槍を次々と放っているトモ。
専門の訓練を積んでいないためか、サシャよりもやや命中率が低い。威力もやや低い。
ハーブで散々に強化されたサシャよりちょっと劣る程度の威力が出る時点で結構おかしいのだが。
「うひょひょひょっ! 拙者の最強タイムの始まりでござるぁぁぁ! 勃起もんでござざざざあ!」
「勃つものないでしょあなた……」
矢を番えては放っているキヨはやや錯乱気味だった。
それはこの町のドワーフたちがこしらえてくれた、キヨ用の矢に理由があった。
ボルボレスアス以外ではまずお目に掛かれない、短めの突撃槍染みた異常な矢なのだ。
ボルボレスアスの剛弓の性能を完全に発揮するには矢の性能が問われる。
木製シャフトの矢なんか番えて本気で絞ったら、放つ前に真っ二つに引き裂かれてしまう。
そのため、矢羽根部分はともかく、シャフト部分まで鉄で出来た矢が必要であり。
その質量による威力を発揮するには大型の円錐形の矢じりが必要なのだ。
ボルボレスアス以外では調達できないと諦めて、妥協したものを使っていたのだが。
今回に限って、無償提供してもらったオーダーメイドの矢が使い放題なのだった。
そしてレインはキヨが使う矢に『魔法武器化』をかけるのが仕事だった。
投げ槍と異なり、矢と言う扱いだからなのか一束まとめてかけられた。
「儂は弓あんま得意じゃないんじゃが……」
キヨと同様にぼつぼつ矢を放っているのはエルマ。
大魔法使いである彼女だが、その身体能力もかなり高い。
と言っても、見た目よりは、と言った程度で、冒険者として劇的に高いほどでもない。
それでも並みの成人男性くらいの膂力はあり、弓を引くのに不都合はなかった。
魔法を使えば大活躍間違いなしの彼女が弓でお茶を濁している理由は単純。
昼間に散々に魔法を使い倒したので、魔力がかなり枯渇しているためだ。
魔力以外に、その精神に設けた空隙に呪文を刻み込む形で呪文を用意しておくこともできるのだが、そちらも粗方使い尽くした。
低位呪文の空隙――スロットは未使用分があるのだが、低位呪文ではどうにもし難かった。
「しかしまぁ、遮二無二突っ込んで来るから、ここまで効果的に働くとはのう……」
そうぼやくエルマの視線の先。
そこでは地面に多数展開された魔法陣が輝きを放っていた。
そして、その上に乗った巨人やドラゴンが次々と消滅していく。
『転移魔法陣』。9階梯呪文と言う最高位呪文であり、『時間停止』と同位階である。
転送先は上空10万キロメートル。つまり宇宙空間だ。
以前にコリントが女たらしを宇宙に放り出していた。
かなり効果的と思ったので真似てみたのである。そして実際に効果的だった。
宇宙空間の詳細な光景が悩みどころだったが、占術で頑張って偵察した。
「あの子は外側で頑張っておるのじゃろうが……いったい、なにが理由でこんなことに?」
力場の壁の外で起きている激戦。
あの女たらしの力量をエルマは疑っていない。
この程度の手合い、容易く屠るだろうという理解がある。
しかし同時に、これを解決できない理由が分からない。
いったいなにがこの事件を引き起こしているのか。
エルマは静かに訝っていた。
結界の外では女たらしがぼんやりと戦っていた。
雑に巨人を切り捨て、ドラゴンを蹴り飛ばして始末していく。
こんなつもりではなかった。そんなため息が思わず漏れ出る。
『力場の壁』の多重展開と言う無茶が罷り通ってしまっている。
まさか、あちこちの町から力づくで物資を掻き集めて来るとは。
フィリアを鍛えられるいい機会だと思ったのに、どうもうまくない。
本当だったらもうちょっとイイ感じにドラゴンとか巨人を通して、フィリアと戦わせるつもりだったのだ。
「まぁ、サシャとレインも同時に鍛えられるのは嬉しい誤算だけども」
本格的に参戦しているわけではないので、積める経験は程々だろうが。
それでも、学園で自主学習をしているよりはずっといい経験になる。
しかし、ハンターズのほか、エルマとセリアンと言った超級冒険者が揃ったのは悪い誤算だ。
激戦と言うほどの激戦にならない。これでは戦いに必死さがなくなる。
まぁ、それでも経験は経験。サシャもレインも成長してくれるだろう……。
学園を卒業すれば、冒険の旅に戻る。そのためには少しでも力が必要だ。
まずはソーラスの迷宮を。それが終われば次を。
尽きせぬ冒険心がある限り、冒険は終わらない。
そしてそれをこなす仲間は強ければ強いほどいい。
「まぁ、フィリアは7階梯が使えるようになったらしいし。最低限の目的は達したかな」
ぼやきながら襲ってきたドラゴンを雑に切り捨てる。
手にした『神々の黄昏』による剣戟がドラゴンを裂いた瞬間、大地から吹き上がる炎。
死を孕んだ風が吹き、巨人とドラゴンがいずこからか湧き出て来る。
「とりあえず1週間ってところかな。そのあとはとりあえず、ドワーフの女の子をナンパして……」
また引き起こされた『終末』の風を感じながら、女たらしは終わった後のことを考え始めた。
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