7話

 あなたたちは街道ではなく、道なき道を移動した。

 エルフ戦団の1人が王都周辺の地理を詳細に把握していたのだ。

 信じていいのか若干迷ったものの、あなたはそれを頼りに移動した。


 道なき道を超えていき、鬱蒼とした森に分け入り。

 その森を、太陽の光を頼りにひたすら移動し続ける。

 そして、日没が訪れて、あなたたちは野営に入った。


 初夏の頃と言うこともあり、決して寒くはない。

 それぞれがきちんと衣服を着ているので、野生動物の危険を除いて野営に不安はない。

 そして、野生動物の襲撃があったとて、この集団が遅れを取ることもないだろう。


 あなたたちは森の中で焚火をし、野営をすることとした。

 ダイアとイミテル、そしてあなた。

 なんでかついて来ているエルフ戦団20名。

 意味が分からな過ぎてあなたは首を捻った。


「強き女よ……あなたの名を教えてくれ」


 森の中に腰を落ち着けてしばらくの頃。

 戦隊隊長なるエルフの男がそんな調子であなたに名を訪ねて来た。

 あなたは警戒して最低限の名前だけを名乗った。


 こいつらが本当に味方なのか、分からないのだ。

 もしかすれば、なんらかの手段で情報を流すかもしれない。

 その上でついて来させた理由は、味方になってくれるならば心強い戦力だからだ。

 獅子身中の虫である可能性を踏まえても、受け入れておきたい戦力だ。


「私の名はクルゴン。強き人間の女よ……どうか、我が先達となりて武技を導いてくださらんことを願う……」


 そう言って、クルゴンが恭しくあなたの前にひざまずいた。

 あなたはこれがどういう儀式なのか分からず、イミテルに尋ねた。


「エルフの風習には詳しくないのか。クルゴン殿の仰るそのままだ。貴様に師匠になって欲しいんだ。承諾するならば、クルゴン殿を鍛えてさしあげろ」


 それは分かったが、それを受けてあなたには何のメリットがあるのだろう?


「基本的に何もない。だが、弟子は師の窮地に駆け付けるもの。貴様が面倒を見た分だけ、弟子たちは貴様の剣となって戦うだろう。戦団や戦隊もそのように構築されるものだ」


 おおよそわかった。

 つまり、ここでクルゴンを弟子にすれば、あなたのために戦ってくれるわけだ。

 しかし、人間を師匠にするなんてそんなのアリなのだろうか?


「戦団における真理はただひとつ。強いやつがトップ。それだけだ」


 すごくシンプルだ。まぁ、そのあたりはわかった。

 しかし、弟子。あなたにはちょっと縁遠い概念だ。

 ペットや仲間なら分かるが、教え育てる弟子とは。

 仲間を鍛えていっぱしにすることは多々あるが……。


「なら、その仲間として遇すればよかろうが」


 イミテルの言にあなたは首を振る。

 あなたが仲間として迎え入れる条件はいろいろとある。

 たしかな戦意を持ち、向上する意欲があること。

 冒険に貢献すること、それにふさわしい技能を身に着けること。

 そうした精神的なものや、行動的なものがある。


 そして、絶対に外せない条件が1つ。

 性別が女であることと言う絶対条件が必要なのだ。

 これはあなたが女の子が大好きだからではない。

 男女混合チームは痴情の縺れで瓦解しがちだからだ。


 そのため、あなたは自身の性別が女と言うこともあって、女性限定パーティーしか組むつもりがない。

 それが臨時のパーティーならば男女混合になることは許容するが……。


「ああ、冒険者ならたしかにそう言う懸念が……クルゴン殿、そう言うわけだから、諦めなさるが道理かと思うが……」


「痴情の縺れが原因……つまり、私が女に手を出せぬ体になればよいのであろう。自ら去勢して御覧に入れる。それに免じて弟子にしてはくださらぬか」


 そこまでしてあなたの弟子になりたいらしい。

 あなたはそう言うレベルにまで突き抜けるバカが好きだ。

 去勢をしてまでもなりたいのならば、やってもらおうではないか。


「去勢すれば、弟子にしてくださるのか?」


 ただし、去勢の方法は物理ではない。魔法によるものだ。

 あなたは『ミラクルウィッシュ』のワンドを取り出した。

 今まであなたがこの大陸で、男を女の子にして食い散らかすために使って来た道具だ。

 あなたはそれをクルゴンに渡し、女の子になったら弟子にしてやると告げた。


「委細承知……私は願う! この身を女にしたまえ!」


 こいつマジでやりやがった。

 あなたは爆笑して地面を転げた。

 クルゴンがあなたの前で長身の偉丈夫から、長身の美女に変じていく。

 さすがはエルフと言うべきか、顔面偏差値が凄く高い。


「これにて私は御身の弟子。どうか強き道に導いてくださることを……」


 あなたは笑うのをやめて立ち上がると、クルゴンを立たせた。

 そして、昼間の戦いで折れていた腕を魔法で治してやった。

 これからビシバシ鍛えてやるので覚悟するようにと告げながら。


「おお……! 望むところ! 私をより高き領域に導いてくれ……!」


 クルゴンが深く礼をする。

 そして、エルフ戦士団が押し寄せて来た。


「私もだ! 私も女になるぞ! 私を弟子にしてくれ!」


「よりいと高き領域にこの武技を至らせることが叶うならば、肉の身の性別など拘る必要も無し!」


「ククク……! 女になるだけでだと……これほど安い代価があるものかよ!」


 全員超乗り気だった。

 あなたは笑いながら『ミラクルウィッシュ』のワンドを配った。

 そして、すべてのエルフ戦士団が、エルフ女戦士団になった……。


「なんということだ……皆様方、妻子ある身であられように……」


「うむ。夫を取る必要はないということだな」


「その発想はなかった……」


 あなたは厳つい男どもが厳つい美女になったのでご満悦だ。

 あなたは上機嫌で夕飯の支度を始めた。




 野営をし、その翌日。

 あまり食が進まず、ほとんど眠れなかった様子のイミテル。

 武官の割に、こうした野外での活動は得意ではないらしい。

 表向きに……つまり戦争に使われるのではない、内向きの武官なのだろうか?


「私は御付武官、あるいは侍従武官と言われるものだからな……王子ならばともかく、姫の御付武官が戦争に出されることはない。姫が戦争に出ることはないのだからな」


 なるほどとあなたは頷いた。

 御付武官は武官でこそあれ、実態としては従僕に近いのだろう。

 あるいは、武官の教育を受けた従僕と言うべきか。

 それでは野営に慣れていなくても仕方ないだろう。


 しかし、そうだとするとダイアは何なんだという話になる。

 昨夜はモリモリごはんを食べ、毛布を被ったら朝までぐうぐう寝ていた。

 まるで野生の獣のように感覚も鋭敏で、夜半の野生動物の接近すら察知していた。

 トイネが尚武の気風が強く、姫君にまで野戦教育をしているとでもいうのだろうか?


「……それは、単に……姫様の資質だろう。そう言うお方なのだ」


 王族も色々あるのだな。あなたにはその程度の感想しか言えなかった。

 今まで接してきた限り、ダイアは王族向きの人間でない気がする。

 あまりにも向かなさすぎるせいで、清廉な王族として振る舞えている。

 ダイアは一言で評するとそうなるという不思議な人間だった。


「言うな……姫様は本気なのだ……言うな……」


 なんとなくイミテルはその辺りは察しているようだ。

 まぁ、あなたよりも遥かに付き合いが長いのだ。それは当然と言えばそうだ。


「姫様のことはいい……これからどうするのだ?」


 あなたはイミテルの問いに頷き、これからの展望について話した。

 王宮で大乱闘を働き、最精鋭とか言う第一戦闘団なる連中をボコボコにした。

 このあたりの話はやがて漏れ聞こえるようになるだろう。


 もしかすると、目的としていたセレグロス辺境伯家は既に把握しているかもしれない。

 大身の貴族家ならば、密偵の1人や2人くらいは抱えているものだ。

 そして、魔法による連絡手段を持たせていてもおかしくない。

 そうでなくとも、あなたたちが順当に移動する間に伝わるだろう。


 望外の幸運と言うべきか、手勢も少数ながら得られた。

 セレアロス辺境伯家所領まで向かい、その道中の町々に立ちよる。

 いれば反乱軍は片っ端から討伐し、いなければ穏当に立ち去る。

 その赫々たる戦果でもって、セレグロス辺境伯家を説得するのだ。


「なるほど、分かりやすいやり方だな」


 言いつつイミテルが腰元のカバンから地図を取り出す。


「道中の町の数はなかなかのものがある。元より、トイネにおいてマフルージャ王国との交易の利はかなり大きい。その交易路沿いの町が発展しているのだ。その元締めがセレグロス辺境伯家と言ってもよかろう」


 ちなみになにを交易しているのだろうか?


「我が方からは絹織物を出し、マフルージャ王国からは金銀に真珠、珊瑚だな。マフルージャ王国の深紅の珊瑚は特に珍重される」


 珊瑚。マフルージャ王国ではほぼ見かけなかったが……。

 交易品としてほぼ全量が輸出されていたのかもしれない。

 トイネからは絹織物と言うことは、トイネは養蚕が盛んなのだろうか?

 たしかにダイアが身に着けている衣服も、エルフ戦士団のフェイスベールも上物の絹織物だ。


「いや、我が方が出している絹織物はより北方の国から輸入しているものだ。トイネは交易の要衝なのだ。我が方の主たる産物はまぁ、武力であろう」


 なるほどとあなたは頷いた。

 たしかに、エルフの戦士たちは極めて精強だった。

 あなたは鼻歌混じりに粉砕してしまったが、エルフ戦士団は凄まじい強さだ。


 いま引き連れている20人の戦士団。

 これをマフルージャ王国で放てば、都市の1つや2つは楽々陥落させられるだろう。

 たったの20人が、一個の軍団にも匹敵するほどの戦力価値と言うことだ。


 これと同等、あるいはやや劣る程度にしても。

 エルフ戦士団を交易の護衛や案内役として出せれば。

 その交易は成功を約束されたも同然と言えるだろう。

 これから奪えるような盗賊団がいるなら戦場の英雄になれる。


「うむ。そう言うことだ」


 しかしこの交易、どう考えてもトイネを挟まない方が双方得をする。

 なんでより北方の国がマフルージャと直接交易をしないのか。

 なんでマフルージャが直接珊瑚や金銀を売りに行かないのか。

 その国家間に所在する、やたら強い戦士団を多数抱えるトイネ。


 直接売りにいこうとすると……つまり、道中のトイネを素通りしようとすると。

 やたらめったら強いエルフの盗賊が襲ってくるとかそう言うことなんじゃ……。

 なんかいろいろと察するものがあって、あなたは口を閉ざした。


「どうした? 腹でも痛いのか?」


 口を閉ざしたあなたを見て、なにやら案じてくれるイミテル。

 あなたは首を振ってなんでもないと答えると、朝食前に稽古をつけてやろうと提案した。


「ほう。なにやら貴様に指南されるのもやや業腹な気もするが……姫様の御為に、どれほど力はあってもよい。厳しく鍛えてくれ」


 あなたは頷くと、稽古をつけてやるので欲しいやつは全員集合と号令を発した。

 すると、瞬く間にエルフたちが集い、あなたの指南を待った。

 エルフ戦士団はともかく、ダイアまでキラキラした眼であなたの指南を待っている。


 戦争の最中に稽古など、そんな悠長なことは普通やっていられない。

 まったくの未熟者をいっぱしの兵士にするのならばともかくとして。

 既に熟練の戦士の力量を底上げするのには時間がかかるからだ。

 なので、手厳しく荒い手段で無理やりにでも底上げする。


「して、どのようにお鍛えくださるのですか、我が師よ」


 あなたはクルゴンの言に頷くと、まずはイミテルから鍛えてやろうと伝えた。

 イミテルが頷いて立ち上がり、あなたに対峙する。


「指南をよろしく頼む」


 あなたは頷き、これから嬲り殺しにするから全力で抗えと告げた。

 死ぬ気で抗わないと、そのまま本当に殺すとも。


「……え? 嬲り殺……え?」


 あなたは剣を抜くと、無造作にイミテルの頭をカチ割りに行った。

 イミテルが必死でそれを回避するが、顔がザックリと斬られ、血が噴き出す。


「ま、待て! 真剣でやるのはさすがにおかしいだろうが!」


 ゴチャゴチャ言ってると本当に死ぬぞ。

 あなたは冷酷にそう告げ、イミテルの力量に合わせつつも本気で殺しにかかった。

 鋭い刺突がイミテルの肩を穿ち、勢いよく血が噴き出した。


「がっ……! き、貴様……頭がおかしいのかぁぁぁ!」


 ようやく本気になったようだ。

 あなたは死力を尽くせと告げた。


 残念ながらイミテルとあなたの力量の差は次元が違う。

 その差を埋めることなど、本来は不可能である。

 抗うというのならば……せめてものこと、命くらいは懸けてもらわねば。

 死力を尽くすとはそう言うことだ。




 それから3分、イミテルは全力で抗った。

 抗ったがまぁ、たかが命を懸けた程度であなたに勝てたら苦労はしないわけで。

 あなたは瀕死のイミテルの心臓を刺突で貫いた。


「かはっ……あっ……あっ……」


 心臓を貫かれ、どろりと眼が濁るイミテル。1分と経たずに死ぬだろう。

 あなたはイミテルの心臓から剣を抜くと、『軽傷治癒』をかけた。


「あ……?」


 全身の切り傷と重篤な刺し傷の全てが瞬く間に治癒する。

 続けて、あなたはイミテルに『完全修復』の魔法をかける。

 これによって、あなたの剣で傷んだり穴の開いた服が新品同様に戻る。


 ではイミテルは終わり。次の者が前に出るように。

 そのように告げたところ、イミテルが掴みかかって来た。


「お、おおお! おい! ふざけるなよ貴様!」


 あなたはハイハイ可愛い可愛いと雑に応対した。


「なにが可愛いだ! こ、このっ、このぉぉっ!」


 可愛いのだが、稽古の邪魔である。

 あなたはイミテルの足を払うと、その流れで地面に叩きつけた。

 何も言わなくなったイミテルを脇に転がし、次の者と告げた。


「では、私から行かせていただきます!」


 意気揚々とダイアが前に出て来た。怖気づいてすらいない。

 イミテルが嬲り殺しにされるさまを見て参加したがるとは、なかなかキマった姫様だ。

 もちろん、あなたは相手が一国の姫だからと遠慮などしない。

 容赦なく3分かけて嬲り殺しにし、最後はその豊満な胸を貫いて心臓を穿ってやった。


「うぅあぁあぁあああああああ――――!」


 が、ダイアは瀕死の最中にあっても挑みかかって来た。なんと言う根性だろうか。

 貫かれた心臓を一顧だにせず、そのまま掴みかかって来るダイア。

 あなたの剣がより一層深く心臓を貫いてもお構いなしだ。


 強烈な意思の力と、滾る激情のうねりがダイアに底知れない不死性を与えているのだ。

 その意思が肉体を超越し、溢れんばかりの激怒の炎が命の代わりに燃えている。


 あなたはその意志力に免じ、1発殴られてやった。

 その姿にダイアはふっと笑うと力が抜けた。

 あなたは急いで剣を抜いて、ダイアを回復してやった。


「ふぅ、敵いませんでしたか。口惜しいですが、次はかならずや……」


 イミテルと違って文句すらないらしい。

 あなたは頑張れと応援してやると、次の者を呼んだ。


 それから1時間かけて、あなたはすべてのエルフを嬲り殺しにした。

 もちろん最後はちゃんと回復してやったが、ギリギリの戦いを演じたのはたしかだ。

 生死のギリギリのところで戦えば、かならず糧になる。

 どれほどの成果が得られるかは未知数だが、成長自体は確実にあるだろう。


 手勢が強くて悪いことはないし、旗頭が強くて悪いこともない。

 あなたはこの旅の中で毎日これを続けるつもりだ。朝に1回、夜に1回ずつ。

 さらに、反乱軍との実戦もある。かならずや成長できることだろう。


 イミテル以外はみんな超乗り気で「こいつら頭おかしいな」とあなたですら思ったが、まぁ、些細なことだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る