13話

「もう、むりぃ……」


 朝まで勝負をして、あなたは完全勝利を勝ち取っていた。

 技巧的にも体力的にも負ける要素がないので当たり前だが。

 しかし、訓練されていない一般人としてはブレウの体力は驚異的だ。

 獣人が肉体的素養に秀でるとは聞いていたが、相当なものだった。


「もう、凄すぎ……夫相手にイケなくなったら、責任取ってくれるの……?」


 などと甘えるようにあなたに言うブレウ。

 肌を重ねていれば、距離が近づくのは当然だ。

 あなたはブレウの可愛いらしい文句に対し、喜んで責任を取ると答えた。


「んもう……あっ、そうだった。ね、あの薬、若返るやつ、ちょうだい?」


 あなたは頷いて、『ポケット』から薬を取り出してブレウへと渡した。

 ブレウは嬉々として受け取ったものを全部飲み干した。

 なんとなくやるんじゃないかと思って、5服分だけ渡したのだが、正解だったようだ。

 渡す数的には20本くらい渡さないといけなかったので、全部渡したら消滅しかねなかった。


「うわー……すごいすごいっ、若かった頃の手だわ……ほっぺもぷるぷる……」


 そう言って嬉しそうにする姿は、こう言ってはなんだがサシャにはあまり似ていない。

 女の子は父親似のことが多いというが、サシャはその典型なのかもしれない。


「ふ、ふふふ……サシャに見られたらビックリされちゃうかしら! 並んで歩いてたら、姉妹に間違われたりして……」


 なんて楽しそうな想像に耽っているブレウに対し、あなたは追加で15服の薬を渡した。


「えーと?」


 だいたい2~3歳若返るので、3年に1度1つだけ飲むように。

 あなたがそう告げると、ブレウはなるほどと頷いて受け取った。


「と言うことは、いちにいさんよんごろく……15本。えーと、3年に1回だから、3の3の3の……えっとえっと、45?」


 読み書きは出来ないが、計算はそれなりにできるらしい。

 まぁ、出来なかったら買い物の時にボられても気付けないから、なんとなく覚えるのだろう。


「45年分若返れる……もしかして、すっごく長生きできちゃう?」


 まぁ、そうなるだろう。エルグランドでは特段気にすることでもないのだが。

 別大陸の人間には寿命と言う概念があるので、若返りの薬はまさに奇跡の薬なのだ。


「はわー……凄い冒険者なのねー……あっ、ん……ねぇ、もう1回だけシない?」


 あなたが凄腕だと知って、何かそう言う本能が刺激されたらしい。

 とろんと潤んだ瞳で果し合いを申し込んで来たので、あなたは一戦交えるべくブレウを押し倒した……。


 もうすっかりブレウはあなたの虜だった。

 本気でコマすために勝負を挑んだとは言え、チョロ過ぎる気がする。

 獣人には何かそう言う屈服遺伝子でもあるのだろうか。


 しかし、サシャはかなりハイレベルなサディストだ。

 ブレウと同じことをしても、こうはならないだろう。

 すると……単にブレウがチョロいアホの子気質と言うことになる。

 三十路アホの子。なんて味わい深い使用人だろうか。あなたは丹念に味わうことを決めた。







「おはようございます、ご主人様……」


 起き出してリビングに向かったところ、サシャが項垂れて座っていた。

 いったいどうしたというのだろうか。あなたはサシャの対面に座って尋ねかけた。


「うぅ、思いっ切り眠ってしまいました! せっかくご主人様と遊ぶ約束をしたのに……!」


 とのことらしい。自分との逢瀬をそこまで心待ちにしていてくれたとは、滾るじゃあないか……。

 あなたは小躍りしたくなるような気持ちの下、サシャの頬を撫でた。

 そして、勢いよく腕を引っ掴まれた。あなたの腕を引っ掴んだブレウは、そのまま自分の尻尾を握らせて来るではないか!


「どうぞ」


 しゅごい! ふあふあ! しゃいこう! きもちぃにょぉおお!

 壮絶な勢いで知能指数を劣化させながら、あなたはブレウの尻尾に狂喜した。


「え? ちょっ……えっ?」


 サシャがブレウを見て、誰かと訝った直後、何かに気付いたような顔をした。

 何に気付いたのだろうかと思うも、サシャはあなたに恐る恐ると言った調子であなたに問いかけて来た。


「ご主人様……お母さんに、なにをしたんですか……?」


 あなたはサシャの詰問に対し、真剣な顔で答えた。

 サシャが遊びに来てくれなかったのでブレウと遊んだ……と。


「おお……! あまりに良識が無い……!」


 嘆くサシャ。しかし、ブレウが食われないと思っていたならあなたを甘く見過ぎだ。

 まぁ、そんなことは口には出さないが。これからサシャのご機嫌を取る必要がある。

 ここからサシャとブレウ、その双方を納得させ、母娘丼に持ち込むための努力は惜しまない。


「もう、サシャ。旦那様を悪く言ってはダメよ?」


「お、おお、お母さんは、それでいいの……? だって、お母さんにはお父さんがいるんだよ!?」


「そんな人も、いたわね」


「アッ……」


 サシャがなにかを察した。どうも温度感のない眼を見る限り、ブレウの夫でありサシャの父である存在は見限られたらしい。

 まぁ、惨いことを言うようだが……娘が奴隷落ちせざるを得ないような経済状態に一家を追い込んだなら、妥当な扱いかもしれない。

 というか、本当にブレウの夫はいったいどこにいったのだろうか?


「ああ、それですか。夫は大工なんですけどね、最近はスルラの町では仕事がなくなって来まして」


 そう言うものかとあなたは頷いた。

 エルグランドでは大工の需要は常にある。

 あまりにも気軽に吹き飛ばされる町、無意味かつ理不尽に破壊される人々。

 そうした環境を思えば、大工も建築士も常に需要があった。需要がないのは医者と葬儀屋だ。


「ですので、出稼ぎに行ったんですよ」


 仕事が無いならある場所に行く。手に職のついた人間ならではの理論だ。


「それから、2年帰って来てません」


 あなたは首を傾げた。さすがに2年は遅すぎないかと。


「ええ……それでどうしようもなくなって、サシャを売るしかなくなったんです……」


 お針子の給料と言うのは、そう高いものではないという。

 1人生きていくなら辛うじて出来ると言ったところらしい。

 つまり、サシャとブレウ、母娘2人が生きていくことは、難しかった。

 そうして、身売りせねばならないほどに困窮したというわけらしい。


「私が身売りをしたら、サシャが1人で生きていけるか分かりません。それに、私が身売りをしても大した額にならない上に、鉱山に送られでもしたら帰ってくることはできません」


 読み書きができるという学のあるサシャなら、町中で使われる可能性が高い。

 そう言う意味で言えば、サシャの方を売るのは理に叶った判断だと言える。

 論理としてはともかく、倫理的にはどうなのかと言うところはあるが。


「あの人がサシャを買い戻すことができるお金を持って帰ってくるはずでした」


「今年も、帰って来なかったね」


 ブレウとサシャがなんとも言えない色を眼に宿しながら、そう零した。

 どこかで死んだのかもしれないし、どこかで新しい生活を始めているのかもしれない。

 まぁ、出稼ぎ労働者が現地で新しい家族を作ってしまうのは、よくあることだというし……。


「……まぁ、そう言うわけですので」


「え? どういうわけ?」


「……サシャ、ごめんね。お母さんも、旦那様にたくさん可愛がって欲しいの……」


「……」


 サシャが頭を振り、大きくため息をついた後、あなたへと向き直ってきた。


「……ご主人様、私は今、とても複雑です」


 あなたは深々と頷いた。サシャの気持ちは全てわかっているかのように、理解の色を顔に宿しながら。

 自分の実の母が手籠にされて、複雑な気持ちにならない娘がいるだろうか。おそらくいないだろう。


「うぅ……どうしたらいいかわからない……ひとまずご主人様を引っ叩きたい……なぜなんですかご主人様……」


 あなたは首を傾げた後、試すように答えた。

 サシャがレズのサディストだから……?


「なぜというのはそこではなくて……どうして私の前でお母さんといちゃつき出したかですよ!」


 あなたはそっと目を反らし、サシャが遊びに来てくれなかったから……とつぶやいた。

 ただの責任転嫁であったが、サシャには効いたらしく、ウッ……なんて呻いていた。


「な、なら、私がちゃんと遊びに行けばお母さんに……いえ、お母さんが自分からいきますねこれ……」


「そうね」


 ブレウが深々と頷く。そう、もはやこの状況、サシャにとっては詰みなのであった。

 なにをどうしようとブレウをあなたの毒牙から守ることはできない。

 無理押ししてなんとかブレウを引き離そうとしても、ブレウが自分から突っ込んで行ってしまう。

 もはやどうにもならない状況にあることを理解し、サシャが呻いた。


「うぅっ、もうっ、もうっ!」


 サシャのやりきれない想いが拳となってあなたをズムッズムッと厳しく打ち据える。

 かなりの威力だ。あなた相手だからか、サシャも遠慮がない。

 あなたはそれを律義に喰らいながら、今度は3人で遊ぼうねと提案した。


「ええっ!?」


「そ、それは……」


 この大陸に来て、そろそろ半年ほどになるだろうか。

 エルグランドと風土も文化も異なるこの大陸でのナンパは本当に楽しかった。

 女の子たちの瑞々しい肢体の美しさは変わらないが、対応などはやはり違う。

 プレイの最中に垣間見えるお国柄や、性に対する考え方なども行為のスパイスとして実にすばらしい。


 だが、あなたは別種の刺激が欲しくなってきた。

 あなたはこの半年間、1対1の真っ当なプレイばかりだったのだ。

 魚ばかり食べていると肉が恋しくなるように、あなたは刺激的なプレイに飢えていた。


 その手始めとして、まず複数人でのプレイだ。

 娼館では普通にできるが……お金の関係でない相手とアブノーマルな行為をするのとではやはり違うのだ。

 何が違うかと言うと困るが、やっぱりなにかこう、違うのだ。なんかが。


「それは、その、恥ずかしいですし……そ、それに、お母さんといっしょっていうのはちょっと……」


「む、娘といっしょは……さすがに、そのぉ……」


 あなたは落胆し、2人が嫌ならしょうがないと残念そうに頷いた。

 あなたは基本的に、相手がいやがるプレイはしない。

 2人がどうしてもいやというならあなたが諦めるのが筋だ。


「う……そ、その、ご主人様がどうしても、絶対にどうしてもしたいって言うなら……」


「えっ、いや、それはちょっと……」


 サシャは絶対にノーではないらしい。しかし、ブレウはやはり嫌らしい。

 まぁ、これは関係性の深さから出た言葉だろう。

 サシャは出来る限りあなたに応えたい健気な少女なのだ。

 あなたは首を振って、無理をしてまですることではないからとサシャの頭を撫でた。


「はい……」


 母娘でご主人様に抱かれるというのは、些か以上に倒錯的なプレイだ。

 単なる複数人でのプレイ以上のことを要求すれば、断られる可能性が高いのは必然だ。

 残念ではあるが、断られる可能性も十分に考慮していたので、まだ納得できる。


「じゃ、じゃあ、その、それ以外なら私、オーケーですから……」


 なるほどとあなたは頷いた。サシャは母娘丼以外はオーケーらしい。

 では、ブレウとでなければ、複数人プレイはオーケーと言うことだろうか。


「……………………」


 サシャの顔が苦悶に歪んだ。そして、数秒の沈黙ののち、搾り出すように答えた。


「平等に、可愛がって、くれるなら……」

 

 あなたは力強く頷き、平等に可愛がることを約束した。





 サシャから言質を取り、さぁ今晩ベッドに誰を呼ぼうかとあなたは思索に耽っていた。

 やはり、サシャの好みも考慮すると、世間一般から見ての少々以上の特殊性癖は避けるべきだろう。

 すると、高齢者の部類に入る者は除外。特殊な種族も避けるのが賢明だろうか。


 レインやフィリアとは仲良くやれているが、ベッドの上ではうまく行かないこともある。

 冒険の中では譲れることでも、ベッドの上では譲れないなんてことは珍しくない。なので2人も除外。

 見慣れた種族、欲を言えばサシャと同じ獣人。そして、年齢も近く、性質も穏やかなタイプがよい。そしてこれまでとこれからの接点は少な目……。


 特別料金を払って、サーン・ランド行きつけの娼館から獣人の娼婦を呼んで来るべきか……。

 そう考えていると、ふと魔法の気配を感じてあなたは眼を開いた。


 着席していたライティングデスク。その上に、1枚の便せんが浮かんでいた。

 不思議に思いつつも、危険性はなさそうだと雰囲気から察したあなたはそれを手に取った。


 書き慣れて居なさそうな雰囲気の字で、文章が記されている。

 ところどころナイフで紙面を削った形跡があり、随分と書き損じたようだ。

 文を目で追っていき、執筆者の名を見てあなたは頷いた。


 手紙の差出人は、ハンターズのメアリだった。

 あなたに会いたいという健気な思いが紙面一杯に綴られていた。

 洗練された文章ではなかったが、メアリの素朴な慕情が感じ取れて心温まる気分だった。


 この便せんは魔法の便せんで、裏面に記入して放ると返信ができるという追記があった。

 そんなマジックアイテムもあるのだなと感心しつつ、あなたはペンを手に取り、返信を書き始めた。


 要約すると、今すぐ迎えに行くから旅行の準備をしなさい、だ。

 あなたは追伸にあった通り、便せんを放り投げる。すると、便せんがフッと消えた。

 現れた時と同じように、時空間の揺れる気配があったので、転移したのだろう。


 あなたは準備の時間も考え、一休みしてから迎えにいくことにした。

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