14話
あなたは一休みした後、王都ベランサへとハンターズの面々を迎えに行った。
夏真っ盛りの王都ベランサは茹だるような暑さに満ちている。
水資源が豊富だからか、汚物が山積して異様な臭気を放っていないのが救いだろうか。
さておいて、あなたが『明けの黄金亭』を尋ねると、そこでは数人の男が地面に転がっていた。
「よう。避暑地に連れてってくれるんだって?」
そして、その男たちを殴り倒した下手人であろうモモロウの姿。
暑いからか、ノースリーブの胴衣を着ており、しなやかな首元が曝け出されている。
男にしておくにはエロ過ぎるうなじだなと思いつつも、あなたは頷いた。
「石造り主体の都市ってなんか暑いから、助かる……」
同じくノースリーブの胴衣に、短めの巻きスカートを履きこなすトモ。
こちらもやはり男にしておくには惜し過ぎるほどにエロかった。
いやしかし、トモのなんとも言えないエロさは女らしくあろうとする少年特有のものもあって、これはむしろ男だからそそるのかもしれないとも思った。
あなたは基本的に女性しか好きではないが、男性特有のエロスティックな部分への理解もあった。
「? ああ、この男たち? こいつらがだらしねぇ恰好してるから、俺らのこと知らん連中が絡んで来てな」
2人のエロさに内心唸っていたのだが、転がっている男たちが気になって静止していると思ったらしいトモがそんな注釈をつけてくれた。
ハンターズのメンバーは美男美女揃いなため、絡まれることは多いらしい。
そこで穏当に対応しようという考えは毛頭ないらしく、彼らは大体容赦なく暴力を振る舞っているようだ。
「……六根清浄……六根清浄……六根清浄……」
「…………でっけ……でかすぎるでござろう……こんなん人死にが出るでござるよ……マジでこの摩羅でかすぎでござる……」
リンは不可思議な呪文を唱えながら酒を呷っており、キヨは幻覚か何かを見ているらしい。
眼も覚めるほどに涼やかな酒杯で酒を嗜んでいるようだが、やっぱり暑いものは暑いらしい。
2人ともだらしないことこの上ない恰好をしており、諸肌を晒しているのがなんともセクシーだ。
テーブルの上では黒猫がでろんと伸びており、アトリがその黒猫の毛並みをふあふあと触っている。
アトリだけは以前と変わらずにきちんと服を着こんでいる。メアリはどこに行ったのだろう?
「メアリか……」
尋ねるとアトリが難しい顔をしたかと思うと、猫の腹をもみもみと揉み始めた。
すると猫が暴れ出した。毛をふあふあされるだけならいいが、揉まれると暑いのだろう。
アトリの手からぬるりと抜け出した猫が、ぐにゃりと伸びた。
異様な光景にあなたが思わず目を瞠ると、瞬く間に猫が大きく伸び、人間へと変貌した。
それはどこからどうみてもメアリそのものであり、猫から変化したというのに服もきちんと着ている。
「暑いッ!」
「知ってる。ほら、おまえの愛しのお嬢様が来たぞ」
「えっ」
メアリが振り返り、あなたと眼が合う。
そして、猫のような俊敏さであなたへと迫って来た。
「お嬢様!」
心底嬉しそうに、満面の笑みでメアリが抱き着いて来る。
クソ暑いが、あなたがその程度の理由で少女の抱擁を拒むわけがない。
そしてメアリもまた、死ぬほど暑かろうがあなたと抱擁できる機会を逃すわけがなかった。
「見てるだけで暑い……」
「ね……涼しい時期なら挟まりたいって思うかもだけど」
「それはダメだろ」
「そう?」
「万死に値するからな」
「そんなに?」
「知らんのか。女同士の間に挟まると即死するぞ」
「即死するの……?」
「まぁ、単純な話だが……メアリはうちで最強だし、彼女も超人級冒険者だぞ」
「たしかに、あの2人の勘気を買って生き残れるかと言うと微妙でござるな」
「あ、普通に物理的にぶっ殺されるってことね……」
「まぁ、結果的にはそうだが、概念的にはちと違うというか……」
「どうしても挟まりたいなら、トモちんも女になってからにしておけ」
「薔薇から作った百合の造花でも、彼女なら問題なかろうからな……」
「女の子なら生き残れるってどういうこと……? なんかよくわかんないけどわかった……」
後ろでわいわいと騒いでる間も、熱く堅く抱擁し合ったあなたとメアリ。
とは言えいつまでもくっついてると暑いし、会話もできない。
そのため、どちらからともなく離れると本題に入る。
「お嬢様、バカンスに連れて行ってくれるってホントですか?」
もちろんとあなたは頷いた。サーン・ランドを主な拠点としていた都合上、王都にはあまり帰れていない。
また、ソーラスの町にいるヤンデレ少女カイラを放置すると、人死にが出るというおぞましい都合もある。
そのせいでハンターズのメンバーとはあまり遊べていなかったので、ここでバカンスに招待して親交を深められるのは実によい。
「やったぁ! えへへ、凄い水着用意してあるんですよ。お嬢様だけに、特別にみせてあげちゃいますよ」
凄い水着! 凄いというからにはやはり、凄い! のだろうか……。
その凄い水着で最高に熱い夜を過ごしたいところだ。水の中でこっそりと言うのも最高に滾る。
水の中で致すには体質的な問題が要求されることもあるが、あなたの肌感ではメアリはいけるだろう。
水中での行為には、分泌液の粘度が高めでないといけないのだ。
「私たちはみんな準備できてますから、さっそくいきましょう!」
あなたは待ち切れないとばかりに逸るメアリに苦笑し、他の面々にも準備がいいかを尋ねた。
あなたも今すぐに出発してメアリとベッドの中で仲良しをしたいのだが、他の面々を置き去りにするわけにもいかない。
「あ、もう出発するの。荷物取ってくるわ」
「酒を全部持って行かんと……」
「楽しみでござるなー。むふふ、拙者も主殿といいことするでござるよ~」
「なんだっていい、涼しい場所に行くチャンスだ!」
全員が慌ただしく出発の準備をはじめる。
とは言え、全員がそうした行動に慣れた者たちなだけあり、瞬く間に準備は終わる。
「準備完了だ。いつでも出発できる」
そうアトリが報告して来て、あなたはうなずく。
そう言えばこの集団の頭目はアトリなのだ。
あなたは全員を対象にし、『引き上げ』の魔法を発動する。
特有の空間が歪む感覚を味わって間もなく、あなたたちは湖畔へと移動していた。
「おお……すっげ、涼し……」
「うわ、綺麗ー……静かな雰囲気で涼し気だね」
「心地いいところだな」
三々五々に反応を示すも、その全ては好意的なものだった。
まぁ、あの猛烈な暑さの王都から抜け出せたなら、大体の人間は好意的にもなろうものだ。
「ほう、美しい湖だな……」
「透明度めっちゃ高ぇでござる! 冷たくて気持ちいいでござるな!」
「……しかし、転移魔法と言うのは、どうしてこう、気持ち悪……うぶっ」
「ぎゃああああっ! 人が入ってるところに吐くんじゃねぇぇぇ! でござる!」
リンは転移酔いをしたらしい。突然環境が変わるせいで、体調が悪化するものもいるのだ。
直接的には転移魔法による影響ではないのだが、転移が原因なのはたしかなので転移酔いと呼ぶ。
あなたはリンの背中をさすってやりつつ、気休め程度に回復魔法をかけた。
この転移酔い、周辺環境の激変に感覚がついていけずに起きるもので、適切な治療法はないのだ。
リンを介抱してやっていると、近くにいた使用人がパタパタと駆け寄って来た。
「ミストレス、お客様でしょうか……その、心得のあるものに看病をさせた方が?」
「このクズは酔っぱらってるだけだから気にしなくていいよ。そこらへんの草食わしといたら回復するから」
「おら、薬草食えでござる」
「まずい」
そこらへんの草ではないものの、そこら辺に生えている薬草を食わされるリン。
大人しくムシャムシャ食べているが、転移酔いに効くのだろうか?
「ミストレス、お客様のご案内はどのようにすれば……?」
あなたは笑って心配いらないと答えた。
これはバカンスなので、使用人たちの手を煩わせることはない。
客の面倒はあなたが見るので心配いらない。
「ああ、そう言う感じのバカンスか。なら、こっちでベースキャンプ張るから気にしなくていいぞ」
「地元じゃいつもやってたことだもんね」
「まぁ、旅館があるなんて思ってたわけでもないからな」
順応が速い。あっさりとキャンプを張ることに納得してしまっている。
あなたはちゃんと全員分の宿泊場所を用立てるつもりだったのだが。
どこか人の住んでいるところまで向かって、適当な小屋を買い取り、土台ごと地面からぶっこ抜いて持ってくるとか、そう言う力業の解決をするつもりだった。
「とは言え、食料調達までしろと言うわけでもないだろう? 食料に、飲み水……は湖があるからいいが、そうした生活用品なんかの提供はしてもらえると思ってもいいのか?」
アトリがそのように言うので、あなたはもちろんと頷いた。
食材はもちろん提供するし、衣服の洗浄などの道具も提供する。
さすがに人手までは出せないので、その辺りは自分でやってもらうことになるが。
「ふふん、そのタイプのバカンスか」
バカンスにも色々と楽しみ方があるが、観光地やリゾート地に行くバカンスのほか、自給自足生活をするバカンスと言うものもある。
華やかなものではないが、普段都市に住んでいる人間などが都市の喧騒から離れるためにそう言うことをする。
「するとそれなりの長期間になるわけだが、食料などの買い出しもあるだろう? それにあたって、私たちの意見の反映なども……」
どうやらアトリはバカンスを快適なものとするべく、あなたに交渉を持ちかけて来ているようだ。
あなたは面白いと笑って、アトリとの舌戦に応戦の構えを見せた。
あなたとアトリの舌戦は和やかで、しかし熾烈なものとなった。
アトリは硬軟織り交ぜた粘り強い交渉をし、僅かでも利があると見るや果敢に挑みかかって来る。
しかも、本当に価値があるのだかわからないものを、まるで価値があるかのように見せかけて来る。
9割くらい詐欺と言ってもいいレベルの交渉を仕掛けて来るのだから恐ろしい。
何が恐ろしいって、あなたの思考回路を見抜いているので、その詐欺同然の交渉があなたには通じることだ。
まさか、アトリとの永久握手券と引き換えに金貨250枚分の酒類の提供を約束させられるとは……。
さらに2ショットチェキ券なる謎の代物を金貨1500枚で買い取る羽目にもなった。
しかし、2ショットチェキ券があれば、アトリといつ何時でも1回限り写真撮影ができるのだ。絶対に価値がある。
使用場面の限定が無かったので、ベッドの中で仲良くしている時でも許可が得られると考えてもいいはずだ。
あなたは5回分のツーショットチェキ券を購入したので、最高のベストショットを撮らなくては……。
「話は纏まったか?」
「モモ。まず、私との永久握手券と引き換えに金貨250枚分の酒類の提供を確約させた」
「初手から壮絶なぼったくりをしやがる……マジでそれなんの価値あんの?」
「周辺の野獣の警戒を私たちが担当する代わりとして、さらなる食料提供。また、それらの退治にあたっての追加報酬として酒類」
「まぁ、本業だからな」
「リン、キヨ、メアリとの2ショットチェキ券、金貨1500枚を5枚ずつ」
「は?」
「私とのツーショットチェキ券も5枚だ。全員合わせて金貨3万枚だな」
「待て待て」
「全員の水着撮影券を各5枚、1枚金貨3000枚」
「待てっつってんだろ!」
「なんだ」
「おまえなにを売りつけてんだよ!?」
「チェキ券だが」
「そのチェキをどうやって撮る!?」
「知るか、私の管轄外だ」
言われて、はたとあなたも思い至る。
チェキ券……チェキと言う言葉の意味自体は不明だが、写真撮影の権利であることは説明されて分かっている。
しかし、写真撮影の方法などについてはなんらの説明もされなかった。
あなたは写真機を持っていない。普段から持ち歩くような道具ではなかった。
以前にサシャのことを撮影したかったが出来なかったように。
すると、あなたが売りつけられたチェキ券とやらはただのゴミと言うことに……。
いや、エルグランドに1度戻って写真機を持ってくればいいだけの話ではあるのだが。
そう思っていると、アトリが箱型の道具を取り出した。
それは2つのレンズを持った二眼タイプの写真機だった。
「ところでここにカメラがあるのだがな」
「……こいつ」
「金貨5万枚で売ってやらんでもないが?」
あなたは笑って、1度自宅に戻って写真機を取って来ると答えた。
取りに行くのは面倒だが、そこまで手の平で踊らされるのはまっぴらごめんだ。
あなたの答えに対し、アトリはふふんと笑うと、1枚の紙切れを出して来た。
「なんと、いまなら3P券がオマケでついて来てしまうぞ。おまえが誰かとナカヨクする時に私を呼びつけることが可能だ!」
「うわぁ……」
「あ、だが、すまない……ハンターズのメンバーとの時にはできれば遠慮してもらいたい」
あなたは葛藤した。強烈なまでに欲しい。
なんであなたが最高に欲しているものが分かるのだろう?
しかし、そのためだけに金貨5万枚を払うのはバカバカし過ぎる。
あなたはエルグランドの金なんぞドブに捨てても構わないと思っている。
しかし、本当にドブに投げ込むほど下品な真似をしたいとは思わない。
それと同じように、要らないものに金を払いたいとも思わないのだ。
「いまから1分以内に売約が成立すると……なんと3P券が10枚つづりになる」
あなたは壮絶なまでに苦悩した。欲しい。あまりにも欲しい。
10回分はあまりにも欲しい。だが、そのために金貨5万枚は……。
払ってしまってもいいのだが、ここで払ってしまうとアトリとの交渉勝負は完敗である。
握手券を金貨250枚で売りつけられている時点で完敗な気もするが、まだ名誉挽回は可能と信じたい。
「ほう、粘るな……ん、獣耳の使用人もいるんだな。うちのイカれ女とは違うだろうが……あの2人は似てるが、姉妹で雇ったのか?」
突然の話題転換にあなたは首を傾げつつも、アトリの視線を辿る。
すると、サシャとブレウがキヨと話し込んでいる姿があった。
あなたは姉妹ではなく母娘であると答えた。
「なるほど。ふふん、なるほどな」
アトリはなにかを確信したらしい。そして、懐から小冊子を取り出すと、そこになにかを書きつけ出した。
ビッと勢いよく紙片を引き剥がし、それをテーブルの上に置く。
「私に勝負下着を着用させる権利もつけよう」
あなたは歯を食い縛った。もう吐きたいほどに欲しい。
勝負下着と言う、熱い夜にすばらしいアクセントを加えてくれる代物。
しかもそれを命じて着用させられる。自発的な着用とはまた違う興奮がある。
「ただ、1つ了承して欲しいことがあるのだが」
あなたは首を傾げた。なんだろうか。勝負下着にいちゃもんをつけるわけもないのだが。
そう思っていると、アトリが内緒話の姿勢をするので、あなたは耳を寄せた。
「……旦那に贈られたものなんだ。そこのところは許してくれ」
夫に贈られた、勝負下着。
それをあなたのために着用してくれる。
しかも、年若い未亡人が。
あなたは勢いよく金貨をテーブルの上に叩きつけた。
この金貨全部と……そのカメラを交換してくれ! と叫びながら。
「まいどあり」
「…………こいつは、こいつはほんとに……」
アトリがカメラを差し出して来て、あなたは権利書と共に受け取った。
あなたは敗北感に打ちひしがれていたが、どこか清々しい気持ちだった。
世界には、勝利よりもなお勝ち誇るに値する敗北がある。そのように思う。
湖畔に佇みながら、あなたはそんな敗北の感覚を噛み締めていた。
「よう」
モモロウがなにやら申し訳なさげな顔をしながら歩いてきた。
どうしたのだろうかとあなたは首を傾げた。
「あの、なんか、ほんとごめん……」
べつに謝ることなどなにもない。
アトリとの交渉はボロ負けしたが、あなたが弱かっただけだ。
エルグランドでは圧倒的な交渉技術で値引きも値付けも自由自在だったはずなのだが。
それに負けたにしても、この近辺の人間には莫大な損失に見えるだろうが、エルグランドでは小銭同然だ。
「いや、あいつの交渉は詐欺同然だろ……あんたがカメラ持ってなかったら、チェキ券が全部ゴミと化すところだったんだぞ」
たしかにそれはそうかもだが、結果的にあなたは自宅に写真機の心当たりがあった。
そう言う意味では、アトリの出した写真機に、3P券と勝負下着券をつけさせるというオマケをもぎ取れたとも言える。
「まず、そもそもいいか。落ち着いて聞いてくれ」
頭をガリガリと掻いたモモロウが真剣な顔であなたに前置きをする。
あなたはひとつ深呼吸をしてから、モモロウに続きを促した。
「……アトリのカスはともかく、他の奴らとのチェキはタダで撮れたと思うよ。水着も。3Pも……呼んだら普通に来ると思うよ、元々そう言う好色なやつだし」
……言われてみればたしかにそうかもしれない。
「アトリの話術に嵌ってるぞ……いや、詐欺同然の交渉をしたアトリが悪いんだがな……」
まぁ、騙されたも同然だが、これは気付けなかったあなたが悪い。
本来なら気付いて然るべきだ。アトリの方が1枚も2枚も上手だったようだ。
「マジでうちのカスがすまん……」
べつに気にしなくてもいい。あなたは笑ってモモを止めた。
「そう言ってくれると助かるが……まぁ、なんか、埋め合わせは考えとく」
モモがそうするいわれもないのだが、そうせねばならないと思うほどのことだったらしい。
そうした謝意はやや心苦しい気もしたものの、固辞すればモモの気が済まないだろう。
そのため、あなたはモモの気遣いは受け取ると頷いた。客人には心安らかに過ごしてもらいたいものだ。
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