12話

 使用人関連の話が終わり、あなたはテントサウナへとやって来ていた。

 広さ的な限界があるので、入れるのはせいぜいが4人くらいだろうか。

 そのため、いつもの面子でサウナへと入った。


「うわっ、熱い! これもう暑いじゃなくて熱いよ!」


「ひえー……砂漠のど真ん中より暑いですね……」


「おお……おお……」


 全員が暑さに圧倒されている。ここで十分に体を温め、リラックスするのがサウナの入り方だ。

 その後、本場ならば雪の中に飛び込む。ここには雪がないので水に入ることになるだろうか。

 あるいは単純に、冷涼な空気で体を冷やす、外気浴を行う。これが心地よいのだ。


「へぇー。そうやって入るのね。しかし雪って……本場のサウナは寒そうねぇ」


「雪って私見たことないです……」


「私もないですね」


 あなたはサシャとフィリアの発言の意味が分からず首を傾げた。

 雪を見たことが無いとは? 冬になったら降るだろうに。雨を見たことがないというのと同じことだ。

 そう思ったが、考えてみればこの大陸は極めて温暖だ。あなたが冬を春と勘違いしたように。

 すると、王都ベランサのあたりでは、雪自体が降らないのではないか……?


「いや、さすがに降るわよ」


 レインがそのように訂正したので、あなたはそうなのかと頷いた。


「40年前に降ったって記録が残ってるわ」


 あまりにもレベルの違う発言にあなたは眼を覆った。

 何十年もの単位で降らないなんてことがあるとは。

 すると、湖が凍るなんてことも、この辺りではないのだろう。


「ないわね」


「逆にエルグランドは冷涼だから、凍るんでしょうね」


 あなたはサシャの発言に頷いた。非常に分厚い氷の張る湖もある。

 そこに穴を開け、キンキンに冷えた湖の水で泳ぐ、アイスホールスイミングと言う健康法がある。


「いやいやいやいや、それ死ぬでしょ」


「凍った水で泳ぐって……」


 意外となんとかなる。まぁ、エルグランドに慣れた人間ならではだと思うが。

 燃えるように強い酒をガッと飲んで、冷たい水に体を浸すと気持ちいいのだ。飲んでなくても気持ちいいが。

 サウナで温まった後に、この湖に飛び込むと、温度差の強さに叫びそうなほどの心地よさがある。

 あんまり何度も繰り返すと、ランナーズハイみたいな症状が出て危険だが。やり過ぎると死ぬし。


「寒さに強い人間ってそんなことするの……」


「ちょっと奇行のレベルが違い過ぎますね……」


「私たちがやったら死にそう……」


 この大陸出身の人間たちにはドン引きされてしまった。

 エルグランドとこの大陸では、年間平均気温が20度くらい違いそうなので仕方ないことだと思った。


 さておき、あなたは持って来ていた水桶で、かまどに乗せられた石へと水をぶちまける。

 すると、じゅわっと強烈な蒸気が立ち上り、サウナ内に潤いと温度を届けてくれる。


「うわ、余計に熱い……!」


 ロウリュという。基本的にはやる前に声掛けをするのがマナーである。

 このロウリュによって熱気を高めることで心地よくなれるのだ。

 このロウリュを楽しむために、室温は上げ過ぎてはいけない。基本は高くても80度と言われる。


「へぇー……で、これってどれくらい入るもの?」


 あなたは細かいことは気にするなと答えた。

 サウナとは入りたいだけ入るものであって、出たければ出ればいいのだ。

 同じように、入りたければ入り、入りたくないなら入らなければいい。

 何分入るとか、どういうふうに入るとか、そんなのはくだらないことだ。サウナとは自由なのだ。


「へぇー……まぁ、この熱気に包まれるってのもなかなかいいわね。肌に水滴がついて来て、しっとりする感じが楽しいわ」


「これがエルグランドの人の憩いの場所なんですね。いえ、北方特有って言ってましたっけ?」


「はふ……私、出ますね。暑いです……」


 サシャは暑いのが苦手なのか、出て行った。

 外に椅子が置いてあるので、外気浴をしてみるといいと伝えて。


「はーい」


 サシャが出ていき、あなたはサウナストーンにどんどんロウリュをぶちまける。

 熱気に満たされるサウナ。久し振りにサウナをしたが、やはり気持ちいいものだ。

 北方においてはコミュニケーションの場でもあり、じっくりと入る心地よさは何物にも代えがたい。


「なるほど。憩いの場でありコミュニケーションの場……ちょっと違うけど、サロン的な使われ方もしてたのね」


「寒い地域なら、暖かい場所ってなによりもすばらしいでしょうしね。北方では、温めた石がコース料理に含まれるって言いますし」


「ああ、温石ね。前菜といっしょに振舞われるらしいわね」


 そう言う文化もあるのかとあなたは頷いた。

 よく温めた石を布に包んで、携帯暖房器具として使う文化はエルグランドにも存在した。

 ところ違えど、気候が似通えば似たような文化が生まれるものなのだろう。

 そんな話をしていると、サシャが戻って来た。


「はふぁ……あ、暑い……」


「いや、暑いのに戻って来たの?」


「いえ……こう、外で十分に涼むと、また入りたくなっちゃって……」


「あー、なるほど?」


 なんとなく分かるような……と言った調子でレインが頷く。

 では、外気浴をしてみようとあなたは2人を誘った。


「そうね、やってみるわ」


「出ましょう出ましょう」


 フィリアは限界が近かったらしく、足早に出て行った。

 あなたも続いて出ていくと、清涼な風が蒸気で濡れた肌を撫でた。


「ふあぁ! 涼しくて気持ちいい!」


「あー、なるほど……この、肌の表面に、熱の層が生まれる感じ……あ、気持ちいいわこれ……」


 こうしてリラックスをし、戻りたくなったら戻る。

 もういいかなと思ったら、そのまま体を拭いて服を着ればいいのだ。

 サウナとはまったく自由なものである。


「なるほどね。寒い場所なら余計に気持ちいいのかも……」


「夏じゃなくて冬にやってみたいですね。湖水地方が涼しいとは言え、やっぱり違いますし」


 王都の屋敷にサウナ小屋を作ろうとあなたは決意した。

 普通の入浴もいいが、たまにはサウナも悪くない。




 十分にサウナを楽しみ、冷たい飲み物でリフレッシュ。

 使用人らにもサウナの入り方を教えてやったりして、就寝の時間となる。

 サシャがいつ遊びに来てくれるだろうとワクワクのし通しである。


 あなたは鼻歌混じりに気分を盛り上げるアロマとか飲み物の準備をしていた。

 サシャは酒は苦手だが、さほど弱いというわけではない。まだ味覚が未発達なだけだ。

 そのため、甘い酒類などはそれなりにおいしく飲める。それらで気分を盛り上げると最高に愉しめる。


 あなたは同じ相手だろうと飽きることはないが、相手にはそう言うことがある。

 そのため、気分を変えてみたり、普段と趣向を変えたプレイをしたりは大事だ。

 酒やアロマと言ったものは非常に手軽な方法で、まだまだ経験の少ないサシャには十分に役立つ。

 将来的にはアブノーマルなことなんかもしてみたりしてもいいだろう。


 そうして酒を調合していると、部屋のドアがノックされた。

 あなたが入室を促すと、獣の耳を生やした女性が部屋に入ってくる。

 が、あなたは首を傾げた。それもそのはず、入室して来たのはサシャではなく、ブレウだったからだ。


「えっと、その、すみません旦那様……サシャのことなのですが」


 あなたはサシャがどうしたのかと続きを促した。

 使用人たちは相部屋をしている。さすがに全員に行き渡るほどの個室はないからだ。

 サシャはブレウと相部屋をしていたので、なにか連絡があるのだろうと予想がつく。


「サウナが気持ちよかったとかそんなことを話していたのですが、そのまま寝入ってしまって……旦那様のところに遊びに行くと言っていたので、お伝えしないと……そう思いまして」


 なんてことだ。あなたは嘆いた。サシャは寝落ちしてしまったらしい。

 まぁ、そう言うこともある。人間である以上、疲れたら眠くなるのは当たり前だ。

 考えてみれば、サシャは昼間に散々泳いでいた。そこでサウナでリラックスしたら眠くもなる。

 サシャ本人は来たかったのだろうが、眠気には抗えなかった。そう言うことだろう。


「その、サシャを叩き起こしましょうか?」


 あなたはそれには及ばないと首を振った。

 代わりに、ちょっと付き合ってほしいとあなたは酒瓶を振りながら言った。


「お酒ですか。あまり強くないのですけど、それでよろしければ……」


 痛飲するわけではないから問題ない。

 あなたはそう言って、ブレウを椅子に座らせた。


 実のところ、今に至るまでブレウとは一度もベッドを共にしていない。

 そのため、このバカンスはいい機会だとも思っていたのだ。

 バカンスの中で初体験というのは、物語的な美しさがある。


 酒で気分が上がると、普段は頷かないことも出来てしまえたりする。

 そう、あなたは酒の勢いでブレウの同意を取るつもりだった。





「わ、私、私、どうしたら……」


 ベッドの中でブレウは困り果てていた。

 夫が健在な人妻を抱くのには格別の栄養がある。興奮度が段違いなのだ。

 そして、夫にどう言い訳をしたら……なんて悩む姿からは最高の滋養が染み出す。


 酒に酔わせた後、ベッドに誘ったらブレウは頷いた。

 特別ボーナス金貨10枚の魅力に抗えなかったのだ。

 金貨1枚、5枚には抗えていたので、中々の理性の持ち主と言えよう。


 そして、あなたは熟練のテクニックを存分に使ってブレウを抱いた。

 夫よりすごいと絶叫する姿には背筋に走る快感を抑えきれなかった。


「サシャになんて説明したらいいの……」


 へぅぅ……なんて可愛い鳴き声を発して丸くなってしまうブレウ。

 あなたはそんなブレウにそっと寄り添うと、スッと用意していたものを取り出す。

 それは黄味がかった液体で、小指ほどのサイズの小瓶に納まっている。


「……?」


 あなたはブレウにそれを見せつけた。ブレウの視線がそれに吸い寄せられたのが分かる。

 そして、あなたはブレウに対し、ポーリンの若さの源泉を知りたくないか……そう囁いた。


「ポーリンさんがとてもお若く見えるのは、貴族様だからでは?」


 あなたは笑って違うのだと断言した。ポーリンの若さの秘密は、この若返りの妙薬であると。

 まるで怪しいイカモノの薬を売るかのような文句だが、あなたが押し売ろうとしているのはガチの若返り薬だった。

 あなたはまずはお試しに一服と、ブレウへとその薬を渡し、飲むように促した。


「は、はい……それでは……」


 怪しい薬かもしれない。だが、若返りの薬と言う、あまりにも魅惑的な言葉。

 それに逆らうことは出来ず、ブレウが瓶を開けて、その中身を干した。

 すると、あなたの見ている前で、ブレウが見る間に若返って行く。


 口元の小じわが消え、頬や額に少しばかり浮いていたシミが消えていく。

 肌の瑞々しさもいやまし、ブレウが明白に若さを取り戻したことが分かる。

 あなたが手鏡を差し出してやると、ブレウが目を見開いて、食い入るように鏡に見入った。


「額のシミが……ほ、頬のシミも、毛艶もこんなによくなって……」


 毛艶。あまり着目していなかったが、どうもブレウにとっては重要事項らしい。

 元来のブレウが30を少し過ぎたと言ったところで、今は30ちょうどと言ったところか。

 若さを得ると言うなら、若返りの薬は少なくともさらに2服ほどは必要だろうか。

 30はまだまだ若いものの、若者からすれば既におばさんと言っていい年齢だ。

 万全を期すなら4服ほど。最高を目指すなら利き具合を見つつ6服ほど欲しいところだ。


 ポーリンにはドーンと10服の大サービスをしたため、ポーリンは望む限り最高の若さを得た。

 さて、ポーリンと同じだけの若さを得るには、最低でも4服ほど必要だろう。

 もう4服を得るにはどうすればいいのか。クスクスとあなたは笑って、ブレウの頬を撫でた。


「あ……だ、旦那様……」


 どうしたらいいか、わかるね? そう問いかけるあなたに、ブレウが頬を染めて目を伏せる。


「そんな……わ、私には、夫もいるのに……」


 しかし、サシャを売る羽目になったのは、どうも断片的な情報からすると、その夫のせいではないのだろうか?


「そ、それは……で、でも! 私にそんな、淫売のような真似をさせるのは!」


 では仕方がない。あなたは頷いた。

 そして、部屋の出入り口を手の平で指し示した。

 もう帰って結構。体を冷やさないようにして寝なさい。

 確かな優しさを込めて……だが、隔絶した距離感を持って。あなたはブレウに退出を促した。


「えっ、は、はい……」


 突然突き放されたブレウは戸惑うも、やりたくないと言い出したのは自分だった。

 若返りの薬は欲しい。だが、体を開いて物乞いをするのは……そんな葛藤。

 この辺りは話の持って行き方次第なのだが、たぶん、ブレウにはこっちの方がよい。


 ブレウはそろそろとベッドから降り、出入口へと向かう。

 物欲しげに振り返りながら。そして、ドアに手をかけた時、あなたは思い出したようにブレウへと声をかける。


「は、はい? なんでしょう?」


 あなたは振り返ったブレウに対し、トドメの一撃となる言葉を投げかけた。

 マーサを呼んで欲しい、と。シャワーを浴びて来るようにも伝えてくれと。


「…………は? マーサ、というのは、その、侍従長の……マーサのことですよね?」


 それ以外にマーサと言う使用人がいただろうか?

 特徴を述べるなら、厳めしい雰囲気の40がらみと言った侍従長のことである。

 あなたはブレウにそう伝え、その言葉がブレウの中で咀嚼されたのと同時に、ブレウの髪が逆立った。

 それは怒りの感情だった。ブレウの中で、怒りの炎が燃え上がったのだ。

 主人であるあなたに対し、それを剥きだしにするほど愚かではなかったが。


「わ、私より、マーサの方がいいと?」


 べつにそうは言っていない。ただ、マーサなら呼べば必ず来る。

 少なくとも、今まで何十回も呼び出して来たが、必ず来た。

 シャワーを浴びて来るようにと言う言伝も何回もしたし、そのあとに起こることもマーサは理解している。それでも来るだろう。


「でも、マーサは50近いし……それに、耳も、尻尾だってないのに! 旦那様は耳が好きだってサシャが!」


 あなたは頷いた。たしかにあなたは獣人の耳が大好きだ。

 あのふあふあしてくにくにしている耳と言うやつは最高だ。唇で挟むと天国が見える。

 そして尻尾と言うやつの蠱惑的な動きと言ったらもう……自分は猫なんじゃないかと思うくらいに追いかけたくなってしまう。

 そんな反則的な獣人だが……しかし……。


「しかし?」


 若かろうが耳があろうが、指一本触らせてくれない相手。

 対して、耳はないがえっちなことさせてくれる老婆がいたとして。

 あなたは少し迷うかもしれないが、老婆のほうを選ぶだろう。


 すまない……性欲に弱くて本当にすまない……あなたは無様に謝罪した。

 若干の演技も含まれていたが、本心だった。あなたは思春期の少年よりも欲望に弱かった。


「つ、つまり、なんですか? は? あの、私より、マーサの方がいいってことです? え? ヤらせてくれるから?」


 あなたは頷いた。


「あ、あ、あり、ありえない! それだけで!? わ、私の方がずっと若いのに! マーサの方がいい!? あ、あんな、皺くちゃの女の方が!?」


 ブレウは女のプライドが甚く傷つけられたらしい。

 いやまぁ、老婆と比較されてプライドの傷付かない女の方が珍しいとは思うが。


「わ、私の方がいいに決まってる! 旦那様、思い直してください! ほら、耳も、尻尾もある! それに、私の方が若いし!」


 やや血走った眼で迫ってくるブレウ。

 最初の頃の淫売のような真似は……なんて躊躇はどこにいったのやら。

 あなたはブレウの耳と尻尾を眺め、自分の顎を撫でて答えた。

 どうしたらいいか、分かるね? 先ほどと同じ文言だった。


「もちろん! さぁ、抱きなさい! 耳も尻尾も、好きにして! メロメロにしてあげる!」


 腰に手を当て、フンスと鼻息荒くブレウがアプローチをして来た。

 あまりにも堂々とした誘い文句は苦笑を禁じ得ないが、それはそれ。

 あなたは情熱的なプレイもすばらしいが、スポーツのように肉欲をぶつけ合う行為も大好きなのだ。

 今のブレウとは、積極的にそう言う行為が出来そうだった。


 ブレウは、こういうと失礼だが、あんまり学がない。

 学が無いと論理的な思考と言うのは難しい。あれは訓練して得るものだからだ。

 そして、割と直情的と言うか、自分の思い込みで突っ走ってしまうところがある。


 なのでちょっと煽ってやれば、バカの勝負を仕掛けて来るんじゃないかという目算があった。

 そして、あまりにも予想通りにバカのセックス勝負を仕掛けて来た。


 無敵の性欲魔神たるあなたが、そうした勝負に背を向けるわけにはいかない。

 まして、敗走など許されるわけもなく。あなたはブレウを完膚なきまでに負かすつもりで勝負に臨んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る