34話
時間の捻出。むずかしい問題である。
冒険者は自由な職業と見られがちだが、そうでもない。
たしかに自由に振舞おうと思えば、できる。
だが、冒険者として過不足なくやろうと思えば、そう暇はない。
なによりも頼れるのは己の腕っぷしであるから、自己研鑽は必須。
冒険するための道具類や知識を蓄えるのも、当然ながら必須だ。
また、得た戦利品を捌くための交渉なども必要である。
町中にいる時は割と遊んでいるように見えるが、それは羽を伸ばしているから。
自由人に見えるのは、町中に暮らしている人間たちから見ているからなのだ。
あなたは決心した。年単位で訓練の時間を取ろうと。
今まで散々迷って、迷宮に挑もうか、挑むまいかと悩んでいたが。
やはり、戦力の不均衡の多少なりの改善が必要である。
完全な解消は無理だろうが、今のままでは危うい。
単に冒険者としての技量を積むだけでは足りない部分がある。
それは不特定の多数の人間と行動し、連携を取ることで得られる技術と経験だ。
言ってみれば、サシャとレインはまだ冒険者として活動できる水準に至っていない。
というよりはまぁ、あなたがサシャとレインには不相応な場所に連れ回してしまっているというのが正しいだろう。
あなたとフィリアはこのままでもどうにでもなるが、サシャとレインが無理をし過ぎることがある。
無理は続かないものであり、無理をせずに戦わなければ冒険者はやっていけない。
このままではいずれ、サシャかレインが死に至ることもあるだろう。
蘇生すればいいだけではあるが、蘇生しまくって戦い続けるのは精神面に悪影響が出る気がする。
あなたにしてみれば、死など慣れ親しんだもので、今更忌避するものでもない。
だが、1度死んだらおしまいなこの大陸では、おそらく死と言うのは最も恐ろしいものだ。
そうした状況に直面し、さらにはその死に包まれた精神が無事だとは思えない。
1度くらいならまだしも、短期間に連続して死に続けた者が精神の平衡を持ち崩してもおかしくはないだろう。
だから戦力の不均衡を解消し、冒険者としての技量を得る必要がある。
サシャとレインには、もっと実践的な訓練が必要であるように思えた。
実戦ではダメで、実践的な訓練が必要なのだ。実戦では求められる水準が高過ぎる。
実践的な訓練で技量を身に着け、それを実戦でブラッシュアップすることで戦力として完成させる。
一晩考え込んだ末に、あなたはそのような結論を出した。
そして、それを朝食の席で全員に告げた。
「そう……たしかに、私が微妙だって言うのは分かってたことよ」
「あぅ……」
レインは比較的冷静に受け止めていたが、サシャはしょんぼりと落ち込んでしまった。
可哀想だが、さすがにこんなところで歯に衣を着せていいわけもない。
極論を言ってしまえば、冒険者とは1人で完結している必要がある。
各々が最善を求めたスタンドプレーを行い、それがチームワークになる。
それが生物的とすらいえるほどの連携になるのだ。
あなたのように多角的な技能を身に着けていれば、本当に1人で冒険ができる。
さすがにその水準までは求めないものの、どんなパーティーに放り込まれてもうまく連携を取れるようにならなければいけないだろう。
そのためには自分にできること、自分がすべきことを把握し、行動の取捨選択が必要だ。
そして、そうした技量と経験を積むためには、このパーティーだけで活動していてはダメだ。
「冒険者学園ですね」
あなたの言葉にフィリアがそんなことを言った。
「冒険者学園なら実習授業がありますから……そうした経験を積むには凄く有用だと思いますよ。実際、『銀牙』のメンバーはビフスと私以外は冒険者学園出身でしたし」
なるほどとあなたは頷いた。
たしかに『銀牙』のメンバーの連携はよかったように思う。
あなたが瞬殺の嵐で片づけてしまったものの、各々がすべきことを把握していた。
まぁ、そこまで行動を見ていたわけではないが、あなたから見て失点と言える行動はなかった。
あなたに纏めて捻じ伏せられたことからわかるように、失点が無ければ必ず成功するわけではないが、失点はない方がいい。
「みんなで冒険者学園に入学して、卒業するまで頑張ってみるのも、悪くないんじゃないかと思います」
フィリアには要るのだろうか?
「えーと、まぁ、神官としては要らないですけど……お姉様は、私に近接戦闘もできるようになってほしいんですよね」
あなたは頷いた。
「なら、私は神官ではなくて、そう言う前衛の戦士として訓練をしてみようと思うんです」
たしかにそうした学びの姿勢を取るのであれば、フィリアが冒険者学園に入学するのも悪くない気がする。
具体的にどのような授業をしているのかは知らないが、冒険者学園と言うものがあり続けている以上、卒業生は有能なのだろう。
無能揃いの冒険者しか養成できないのであれば、そんなものは遠からず廃校にされているはずだ。
おそらく、冒険者学園の卒業生がいずれは迷宮探索をすることで、町や国に恵みを齎してくれることを期待しているのだろう。
そのために国や貴族からのバックアップがあり、成果を出して欲しいからこそ実践的な授業がされている。
実利優先の学び舎と言うわけだ。学問のための学び舎とは随分と性格が違う場所なのだろう。
「まぁ、学費はともかく、生活費が必要なんですけど……お姉様が用立ててくれるんですよね」
あなたは頷いた。サシャとフィリアの面倒を見るのは当然だ。
レインに関しては自腹を切ってもらうことになるだろうが、金がないなら無利子で貸してもいい。
「……まぁ、学費くらいはなんとかなるわ」
レインはむずかしい顔をしたものの、問題ないと答えた。
実際、レインは冒険者学園に通うことに関してはどう思っているのだろうか。
通わずに冒険者になったことを思うと、必要ないと考えていたのだと思われるが。
「ええ、まぁね。でも、実際に冒険者として活動する中で、自分の至らない部分に直面することは多かったわ。そうした部分を補ってくれるなら、たしかに冒険者学園と言うのは必要なんでしょうね」
つまり、通うことに関しては意欲的と言うことだ。
であれば、全員の総意は通うという方向性でいいのだろう。
サシャに関しては有無を言わせるつもりはない。
あなたにしてみても、冒険者学園と言うものには興味があった。
「あら、そうなの? あなたこそ必要ないでしょうに」
あなたにとって興味があるのは、学園と言う形態だ。
先輩や後輩と言う関係。甘酸っぱいラブロマンス!
なんでかは知らないが、学び舎の園と言うのは不思議と心が躍る。
「あのね、学園って言うのは女漁りをするための場所じゃないのよ」
レインが妙なことを言い出した。そんなのは当たり前である。
学園である以上、そこは学び舎だ。学び、問うことこそが学問。
女漁りをするための場所は娼館などであり、学園はそんな場所ではない。
「……まぁ、分かってるならいいわ」
レインはいまいち納得していないような顔をしていた。
あなたはちゃんと学園では学問に打ち込むつもりでいるのだ。
自分自身の訓練の時間も取りたいし、サシャとフィリアに訓練もつけたい。
そして、性愛と言うのもまた学問であるから、それを真摯に追求したいと思う。
「とりあえず、それならソーラスの迷宮に挑むのは中止ってこと?」
サシャの剣を注文しているので、その受け取りまではソーラスに滞在するが、迷宮探索は中止だ。
また、生活環境として王都の屋敷の雇用などを調整し、サシャの母ブレウの勧誘などもする。
冒険者学園に通うのは、それからということになるだろうか。
「そう、分かったわ」
ならば話は速い方がいいと、あなたは行動を開始することにした。
あなたはフィリアに留守番を頼み、サシャとレインを連れてスルラの町に向かうことにした。
「え? 滞在するんじゃないんですか?」
『引き上げ』の魔法でびゅーんひょいで済ませる。日帰り、あるいは1泊で済む。
ソーラスの町の用事は剣の受け取りだけであるから、誰か1人が居ればそれでいい。
それまでの間にブレウの勧誘や、王都屋敷の事務的な処理は可能な限り進めるのである。
「な、なるほど……日帰り……」
「転移魔法が使えるって言うのはそういうものよ。マーキング先とやらを増やせるならぜひ同行したいわね」
「お土産よろしくお願いしますね~」
フィリアはお土産が欲しいらしい。何か考えておこう。
あなたはサシャとレインの手を取ると『引き上げ』の魔法を発動した。
空間が歪む感覚に、サシャとレインが戸惑いの声を発している。
そして、その歪む感覚が収まると、あなたたちは見慣れた場所に立っていた。
「ここって……私が訓練してた場所、ですね」
あなたがマーキングしていた場所は、獣を召喚してサシャに戦わせていた場所だ。
ちょうど町のはずれにあるし、なにか建てるには不便の多い場所なのでマーキングに使っていた。
ちなみにマーキング先に何かが建造されればマーキングが潰れるのですぐにわかる。
「ほ、本当に一瞬で帰って来ちゃった……魔法って、すごい……!」
「凄いわよね。これが私にも使えるのよね」
レインが嬉しそうにしている。高位の転移魔法と同等とのことなので、感動も一入なのだろうか。
ともあれ、あなたはさっそくブレウの勧誘に出向こうと2人を促した。
「あ、はい。行きましょう」
「ええ。私はいればいいようなものだし、簡単ね」
あなたはスルラの町へと歩を進めた。
サシャの自宅を訪ねると、ブレウは在宅だった。
あなたの姿を認めると、ブレウはすぐにサシャの姿を探し、そして驚きをあらわにした。
「まぁ……サシャ、大きくなったわね!」
「うん! ただいま、お母さん!」
そう言ってブレウに抱き着くサシャの姿は子供らしくて可愛い。
あなたもレインも微笑まし気にサシャの姿を見守っていた。
「髪もつやつやで、ふっくらしちゃって……可愛がってもらっているのね」
「え、えと、うん」
色んな意味で可愛がっているが、サシャ的には秘密にしておきたいようだ。
まぁ、たくさんベッドの中で可愛がってもらっているなど吹聴するようなことでもあるまい。
恋のさや当てに吹聴するならともかく、実の母親にそれを報告するのは性癖が倒錯し過ぎだろう。
「あ、お母さん。あのね、ご主人様が、お母さんを雇いたいって」
「え?」
あなたはとりあえず家に上がってもいいかを訪ねた。
「はい。狭くて汚い家ですが……」
快く迎え入れてもらい、あなたたちはテーブルに案内された。
あなたとレインが隣り合い、サシャはブレウの隣に。
そして、あなたは単刀直入に、ブレウを王都の屋敷で雇いたいと述べた。
「私を、王都のお屋敷で……? え、ええと、私はなにをすれば?」
あなたは仕事の内容についても述べた。
お針子として服を仕立てるのと同時、仕立て直しや補修なども任せたい。
また、それに付随して給金についても伝えた。
「金貨5枚!? そんな、私はそれほどのお給金を頂くような腕は……」
お針子としてやっていける程度の腕前があるなら問題はない。
この場合に重要なのは、サシャの母親であるという一点だ。
たとえばブレウがお針子でなく、酒場の店員だったとしても同様の待遇で勧誘していた。
その場合、屋敷で就いてもらう仕事は別物になっただろうが、給金も同額だった。
「それほどの厚遇を頂けるなんて……その、よろしいのであれば、ぜひ」
あなたは言質を取れたことに頷いた。
レインの援護射撃も要らなかったようだ。
「でも、その、私はそんなに優れた腕はないので、流行りの洋服が仕立てられるかは……」
あなたは『ポケット』から型紙を取り出した。
取り出した型紙は、あなたが仕立てていた下着の型紙だ。
その型紙から下着を仕立てることは可能かと訪ねた。
「これは……ええ、これだけ詳細な型紙があれば」
であればなんら問題ない。あなたが求める仕事ができるならそれでいい。
あなたはさっそくブレウに今の勤め先に暇を貰って来るように伝えた。
「はい。ですがその、少々お時間を頂く必要があるかと……」
あなたはテーブルの上に金貨を10枚並べた。
5枚は支度金。もう5枚は今の勤め先への迷惑料。
金貨を5枚くれてやるから、即日の退職を認めろということだ。
「わ、わかりました」
ではさっそく行って来るように。そう告げると、ブレウは慌てて家を出て行った。
あなたはサシャとレインに留守番を頼み、懇意にしている商人のところに顔を出してくると告げた。
「へぇ、懇意にしてる商人なんていたのね」
「わかりました。えと、ご近所に挨拶をしてきてもいいですか? お母さんが帰ってきたらすぐに気付くと思いますし」
そのくらいなら問題ないとあなたは答えた。
行き違いにならなければ、それでいいのだ。
あなたはさっそく奴隷商人のところに出向くことにした。
なにかめぼしい新商品が入荷していないか、楽しみである。
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