35話
あなたが奴隷商の下へと出向くと、大歓迎された。
「ようこそおいでくださいました。本日はどのような?」
めぼしい新商品がないかを見に来た。
そのように告げると、商人は我が意を得たりと頷いた。
「もちろん、極上の奴隷を仕入れております」
商人は獣人の奴隷を重点的に仕入れたようだ。
だが、獣人の奴隷はサシャがいる。
サシャは自分が獣人であるという一点に自負がある。
あなたがサシャの耳が大好きであることに自信があるわけだ。
そこに新しい獣人の奴隷を買ってしまうと、サシャは不安を抱くだろう。
あなたのお眼鏡に叶う者も居たのだが、今回は諦めた。
獣人の奴隷を買うには、もうちょっと時間が必要だろう。
そのため、他の種族の奴隷を重点的に見て行った。
しかし、残念ながら冒険のお供に連れて行くのには少々ばかり微妙な奴隷が多い。
見目麗しい奴隷を集めるとなると、そう言った方向性になりがちなのだろう。
いつもなら気にせず買ったのだが、今はちょうど訓練期間に入る。
サシャの面倒で手いっぱいなので、これ以上何の心得もない奴隷を買うのは負担が大きい。
そう言った都合で、残念ながら今回の訪問ではあなたのお眼鏡に叶う奴隷はいなかった。
エルグランドならば色々な設備が揃っているし、先輩ペットもたくさんいる。
そのため、ド素人の小娘を何人買おうと問題なかったが、こちらの大陸はそうではないのだ。
エルグランドからペットの1人や2人くらいは連れて来るべきだろうか。
「いやはや、ご満足いただける奴隷が居なかったとは、汗顔の至り……ぜひとも次はご満足いただける奴隷を探し出して御覧に入れましょう」
期待していると商人に告げ、あなたは金貨を1万枚ほどテーブルの上にぶちまけた。
そして、前回の時と同様、これは投資のための金なので、自由に使って欲しいと告げた。
「次は必ずやご満足いただける奴隷を仕入れて見せます。どうか、今後ともご愛顧いただけるよう……」
拝む様な勢いで言われたため、あなたは期待していると告げて店を後にした。
サシャの家へと戻ると、少し離れた家の軒先で話し込んでいるサシャの姿があった。
レインは暇そうにその近くで街並みを眺めるなどしていた。
「あ、ご主人様。おかえりなさい」
あなたはただいまと告げるとサシャの頭を撫でた。
そして、話し込んでいた相手、サシャの御近所さんに軽く自己紹介などをした。
それからは、サシャについて世間話などをして回った。
主な目的はサシャの過去の話を聞くことである。
ご近所さんは、そう言った過去の話を知っているのでありがたい。
サシャが何歳までおねしょしていたかなど、実に興味深い話が聞けた。
ご近所さん方は、サシャが様変わりしていることに驚愕し切りだった。
まぁ、以前までは薄汚い身なりの痩せっぽちの小娘でしかなかったのだ。
それが上等な身なりをして、ふっくらと肉をつけているのだから驚きもするだろう。
こんなにいいご主人様なら自分が買われたいくらいだよ、などと笑っている者もいた。
あなたとしては大歓迎なのだが、ご近所さんをペットにしたらサシャがキレそうなのでやめておいた。
さておき、そんな和やかな時間を過ごした後、あなたたちはサシャの家へと戻った。
ブレウの香りが染み付いた家だ。実に清々しい空気で満ちている。
あなたは眼を閉じて静かに呼吸を繰り返した。あなたの体内にブレウの要素が満ちて行く。
あなたが大変愚かな夢想をしながら過ごしていると、ドアがノックされる音がした。
「だれかな」
そんなことを呟きながらサシャがドアを開けると、そこに立っていたのはサシャと同い年くらいであろう少年だった。
「あ、ライリー」
知り合いらしい。幼馴染、と言うやつだろうか。
あなたはライリーに嫉妬した。サシャが幼馴染だなんて羨ましい……。
「サシャ、久し振り。元気……そうだな」
「うん、元気よ」
などと言いながら腕を振り上げるサシャの姿は可愛らしい。
その腕にはトロルを力技で捻り潰せる膂力が満ちているのだ。
元気と言う触れ込みに偽り無しだろう。これで元気が無かったら世の人間の9割は病人だ。
ところで、先ほどからレインがあなたのことをすごく疑わしい目で見ているのだが、なぜだろうか。
ライリーが来てからである。ライリーになにか悪だくみでもしていると思われているのだろうか。
「……ああ、いえ……あなたのことだから、サシャに近付く悪い虫を片っ端から排除するとかしでかすんじゃないかと」
あなたは笑ってその考えを否定した。
あなたは嫉妬はするものの、そう言った交友を否定するつもりはない。
サシャが男の恋人を作るどころか、夫を迎えたいと言ってもあなたは祝福するだろう。
「そうなの?」
ところで一盗二婢三妾四妓五妻と言う言葉を知っているだろうか。
「知らないけど。どういう意味?」
興奮するランキングだ。他人の妻を寝取るのが1番。下女や使用人が2番。娼婦が3番目。愛人が4番目。そして正妻が5番目だ。
つまり、サシャが夫を迎えれば、興奮するランキング4位から一挙に1位にまで急上昇するわけだ。
「知ってたことだけど、あなたって頭がおかしいのね」
レインはあなたのことを真っすぐな眼で見つめながら、そのように直球で罵倒した。
あなたも一応かなり倒錯したことを言っている自覚はあるので、笑って流した。
しかし、男の味を知った女を寝取るのが1番楽しいのは事実なのだ。
そんなことを話していると、サシャがあなたたちの元へと戻って来た。
「あのご主人様、ええと、幼馴染の子が、ちょっと出掛けないかと誘ってきたのですが……行っても大丈夫ですか?」
あなたはサシャの頭を撫で、行っておいでと優しく送り出した。
ただし、その前に、あなたはサシャの手に大きな袋を握らせた。
ずっしりと重たい袋だが、サシャの腕力ならば堪えるほどではない。
「えと、これは?」
遊びに行くならお小遣いが必要だろうから、遠慮なく受け取りなさいとあなたは伝えた。
中身は金貨が500枚である。遠慮せずに全部使っていいとも付け加えた。
「い、いやいや、そんな、金貨500枚って、どんな豪遊したらそんなことになるんですか」
あなたは笑ってサシャが忘れていることを思い出させるように言った。
スルラの町にも書店はあるのだろう。そして、各地の書店で本を買い込む約束について。
「あ、それは」
どのタイミングでもいいので、書店に寄って本を好きなだけ買って来るといい。
もしも足りなかったら、後でいっしょに不足分を買いに行こう。
「はいっ。それじゃあ、行ってきます!」
あなたはサシャに手を振って送り出した。
ライリー少年がポンと金貨500枚を出したあなたを唖然とした顔で見ていたのが印象的だった。
暇潰しにチャタラでレインをコテンパンに負かしていると、ブレウが帰って来た。
無事に退職にこぎつけることが出来たようで、あとはサシャが帰って来るのを待つだけだ。
もしかしたら、ライリー少年と大人の階段を登って帰ってくるかもしれない。
「まぁまぁ、そんなことになったらライリーにサシャを買い戻してもらわないといけませんね」
などとブレウは笑っていた。たぶん不可能だと思われる。
ブレウとしてはサシャを買い戻そうと言う考えはほとんどないようだ。
まぁ、あれだけ可愛がられているなら買い戻そうとするのは特殊だろう。
買い戻すにしても、寵愛を失って扱いが粗末になってからだ。
その境遇に置かれていたら不幸になるだけだし、扱いが粗末なら値段も安くなる。
買値以下にはならないかもしれないが、寵愛分の上乗せがなくなる。
ついでに言えば、あなたがブレウを雇い入れることによって、サシャと同じ場所で過ごせる。
サシャがあなたに所有されている。その一点を除けば以前とそう変わらぬ生活に戻れるのだ。
しかも、信じ難いほどの超好待遇でだ。相場の5倍以上の給金など普通はありえない。
ブレウの生活水準は一気に上がる。そして、戻れなくなる。
金貨5枚あれば、中流でも相当なハイクラスの生活を送れることになる。
いや、衣食住の保証などを考えると、実質的には上流の生活を得られるだろう。
今まで下層市民だった身が、一気に上流。それは麻薬のような快楽になる。
人は、上げた生活水準を下げることは難しい。生活水準を下げないために借金をするものだっている。
ブレウはあなたに雇用されている状態をなんとかして維持したいと思うだろう。
そのために、自分の体が武器になると分かれば、積極的に使って来る可能性は高い。
あなたはブレウをコマすためには最大限努力を怠らなかった。
「くっ……こっちは、詰みだし……でも、こっちでも……うぅ……」
しかし、レインは本当にチャタラが弱い……サシャより弱いのではないだろうか。
以前に自信満々に誘ってきたのは一体なんだったのだろう?
レインが意地になって挑んで来るので、あなたは心折丁寧に負けた理由を解説しながらギタギタにし続けていた。
これだけボコボコにされても懲りずに挑んで来るあたりは心が強いと褒められなくもない。
娼婦として接客するなら、手加減して相手に気持ちよく勝たせてやるのだが。
そうでなければあなたは基本的に勝負事には勝つつもりで挑む。
レインがあなたに勝つための最適解は、あなたに金を握らせて今晩ベッドに来いと命じることだ。
そうすれば娼婦としてレインに気持ちよく勝たせてやるだろう。
まぁ、そんなことをしても勝ちを譲ってもらったことがありありと分かる。
それでレインが納得するかと言えば、かなり微妙なところではないかと思われる。
「ああもう! もう1回! もう1回よ!」
何十回目のもう1回だったろうか。挑まれて断る理由もないので応じるが。
再度レインをボコボコにしていると、サシャが帰って来た。ライリーの姿はない。
「ただいま帰りました」
すてて、と小走りに寄って来たサシャがあなたたちの手元を覗き込む。
「チャタラですか。レインさん、お好きですね」
下手の横好きと言うやつだろうか。好きな癖に上達しないということは、根本的にやり方を間違えているのだと思われる。
まあ、勝つことだけが目的ではないのかもしれないが、勝敗と言う形がある以上は拘るのが自然なことのような気がする。
「ええ、戦況は今のところ五分と言ったところかしら」
これで五分だと思っているならレインの負けは今回も確定だろう。
既に8割がた詰みである。勝ち筋はいくつかあるものの、そこに辿り着けるかと言うと微妙である。
ただ、待ったを使わない辺りは多少好感が持てる。あれはめんどくさい。
ところで、ライリーとはどんな話があったのだろうか。
「あ、ライリーですか? ライリーは冒険者になるって言ってましたよ。冒険者学園に行くって言っていたので、同級生になるかもしれないですね」
わざわざそんなことを報告しに来るとは律義な少年である。
冒険者なぞ、なると言ったらなれるものだ。認められるかはともかく。
そんなことを思いながら、あなたはレインの駒を詰みに持って行った。
「もう1回! もう1回よ!」
ハイハイ分かった分かった。あなたは雑にレインの求めに応じた。
駒を並べ直しつつ、あなたは今日はこの町に泊まる予定でいると2人に伝えた。
来る前に1泊するかも、とは言っていたので問題はないだろう。
「1泊するの?」
久し振りなのだから、親子水入らずの時間を過ごさせてあげたい。
その都合上、あなたとレインは宿を取って泊まることになるだろう。
あなたはそんなことを言うと、レインが納得した様子を見せた。
まぁ、本音を言うと、今晩はレインと遊びたいなと思っているだけなのだが。
「いいんですか?」
親子を無暗に引き離すほど薄情ではないとあなたは笑ってサシャに答えた。
これは建前ではなく本音で、だからこそブレウを家で雇うことにしたのだ。まぁ、8割くらいはブレウをコマすためだが。
以前に言ったように、美味しい親子丼を食べるためには下ごしらえが重要なのだ。
「ご主人様、ありがとうございます……」
ブレウにいっぱい甘えておいで。そんな風に言うと、サシャは顔を赤くして唇を尖らせた。
「もう……そこまで子供じゃありませんよ……」
そうは言いつつも、ブレウと水入らずの時間を過ごせるのは嬉しいのだろう。サシャの頬は緩みっぱなしだ。
そこであなたはサシャに1枚の金貨を握らせた。
「えと、これは?」
今回の冒険で得た戦利品は数少なかったので、些少ではあるがサシャの分け前である。
実際にはほとんどあなたが与える小遣いだが、自分で稼いだ金と言う名目を与えるのは大事だ。
冒険者としての稼ぎで、ブレウに素敵な晩餐をご馳走してあげるといいとあなたは提案した。
「なるほどぉ。そうしてみます!」
はじめて得た稼ぎと言うわけではないが、自分で得た稼ぎだ。
それで親に食事をご馳走するというのは、色んな意味で感慨深いものだろう。
あなたはサシャの頭を撫でて、思い出に残るように豪勢なものにしておいでと伝えるのだった。
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